【平成30年(ワ)第16791号(東京地裁R元・5・15)】

【事案の概要】

 本件は,中学校の受験のための学習塾等を運営する原告が,同様に学習塾を経営する被告に対し,被告が,原告の許可なく,原告が作成した国語の問題(「本件問題」)及び「解答と解説」と題する各解説(「本件解説」)を複製して利用した行為が複製権侵害に当たると主張し,また,上記各問題及び上記各解説をインターネット上で動画配信している行為が翻案権侵害に当たると主張し,被告に対し,著作権法112条1項に基づき,上記動画等の配信の差止め及びその予防を求めるとともに,同法114条2項に基づき,損害賠償の一部請求として1500万円及びこれに対する不法行為後の日である平成30年6月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 本件問題及び本件解説の著作物性の有無,複製又は翻案該当性,損害の有無及びその額が争点とされた。

【判決抜粋】(下線部筆者)

第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件問題及び本件解説の著作物性の有無)について
  (1) 証拠(甲4の1,5の1)によれば,本件問題のうち,国語Aの1は物語文の,同2は論説文の読解問題であり,いずれも問1~10から構成され,国語Bの1は物語文の,同2は説明文の読解問題であり,いずれも問1~5から構成されていることが認められる。
  また,証拠(甲4の2,5の2)によれば,本件解説には,解答部分,配点部分,解説部分から構成され,解説部分には,設問ごとに,問題の出題意図,題材とされた文章のうち着目すべき箇所,当該箇所に係る文章の理解方法,正解を導き出すための留意点等が記載されている。
  他方,被告ライブ解説(甲1)は,本件問題について,同問題に係るテストの終了後に,被告の担当者等がウェブ上の動画において口頭でその解説をするものであり,本件問題及び本件解説が画面上に表示されることはない
  (2) 著作権法12条は,「編集物…でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは,著作物として保護する。」と規定するところ,被告は,本件問題について,「どの部分を問題とするのか」,「何を問うのか」は問題作成におけるアイデアにすぎないとして,本件問題は編集著作物に該当しないと主張する。
  しかし,国語の問題を作成する場合において,数多くの作品のうちから問題の題材となる文章を選択した上で,当該文章から設問を作成するに当たっては,題材とされる文章のいずれの部分を取り上げ,どのような内容の設問として構成し,その設問をどのような順序で配置するかについては,作問者が,問題作成に関する原告の基本方針,最新の入試動向等に基づき,様々な選択肢の中から取捨選択し得るものであり,そこには作問者の個性や思想が発揮されているということができる。本件問題についても,題材となる作品の選択,題材とされた文章のうち設問に取り上げる文又は箇所の選択,設問の内容,設問の配列・順序について,作問者の個性が発揮され,その素材の選択又は配列に創作性があると認めることができる。
  したがって,本件問題は編集著作物に該当する。
  (3) 本件解説は,前記のとおり,本件問題の各設問について,問題の出題意図,正解を導き出すための留意点等について説明するものであり,各設問について,一定程度の分量の記載がされているところ,その記載内容は,各設問の解説としての性質上,表現の独自性は一定程度制約されるものの,同一の設問に対して,受験者に理解しやすいように上記の諸点を説明するための表現方法や説明の流れ等は様々であり,本件解説についても,受験者に理解しやすいように表現や説明の流れが工夫されるなどしており,そこには作成者の個性等が発揮されているということができる。
  したがって,本件解説は創作性を有し,言語の著作物に該当するというべきである。
 2 争点(2)(複製又は翻案該当性)について
  (1) 複製について
  原告は,被告が本件問題及び本件解説の複製を自ら行っているか,仮に,自ら複製行為を行っていないとしても,保護者又は生徒をいわば手足のように利用して複製をさせているのであるから,被告自身が複製を行ったと同視し得ると主張する。
  しかし,被告は,複数の原告学習塾の生徒から問題の原本を入手し解説を行っている事実は認めるものの,問題を複製した事実は否認するところ,本件においては,被告が自ら本件問題及び本件解説文を複製したと認めるに足りる証拠はない
  また,被告が,指導者としての強い立場を利用し,保護者又は生徒に本件問題等の複製を依頼し,あるいは,複製の費用を負担し,金銭や便宜を供与するなどの働きかけをして保護者や生徒に本件問題等の複製を依頼したとの事実を認めるに足りる証拠もない。そうすると,仮に,保護者又は生徒が本件問題等の複製を行い,複製した本件問題の写しを被告に交付したとしても,そのことから直ちに被告自身が複製を行ったと同視することはできない
  したがって,被告が原告の有する複製権を侵害したとの主張は理由がない
  (2) 翻案について
  ア 著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的な表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
  イ 被告ライブ解説においては,前記1(1)のとおり,本件問題の全部又は一部の画像を表示しておらず,また,口頭で本件問題の全部又は一部を読み上げるなどの行為もしていない。そうすると,被告ライブ解説は本件問題の本質的な特徴の同一性を維持しているということはできず,被告ライブ解説に接する者が本件問題の素材の選択又は配列に係る本質的な特徴を直接感得することができるということはできない
  したがって,被告ライブ解説が本件問題を翻案したものであるとは認められない
  ウ 本件解説に関し,原告は,被告ライブ解説と本件解説は同様の問題について,同じ視点から解説したものであり,同じ目的の下,同じ解答に至る考え方を説明したものであるから,その本質的な特徴は同一であると主張する。
  しかし,原告が翻案権侵害を主張する設問について,本件解説と被告ライブ解説の対応する記載を対比しても,表現が共通する部分はほとんどない。例えば,国語Aの1の問5に関する本件解説と被告ライブ解説を比較しても,共通する表現は「険のある」,「祐介」など,ごくわずかな部分にすぎず被告ライブ解説が本件解説の本質的特徴の同一性を維持しているということはできない。本件解説の他の設問に係る部分についても,本件解説と被告ライブ解説とで表現が共通する部分はほとんど存在せず,当該各設問に係る被告ライブ解説が本件解説の本質的特徴の同一性を維持しているということはできない
  したがって,本件ライブ解説が本件解説を翻案したものであるとは認められない
 3 結論
  以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

【解説】

 本件は,大手中学受験塾を運営する原告が,その大手受験塾のテストや教材の解説を行う他の塾を経営する被告に対し,本件問題及び本件解説を利用したインターネット上の動画配信が複製権及び翻案権の侵害に当たると主張し,当該動画配信の差止と損害賠償を請求した事案である。
 被告が取り扱った対象である本件問題と本件解説については,それぞれ編集著作物および言語の著作物として著作物性が認められた。本件問題については,設問の個所や設問の内容,配列,順序について作問者の個性が発揮され,創作性があり,本件解説については,受験者に理解しやすいように表現や説明の流れが工夫されて作成やの個性が発揮されている,との理由で著作物性を認めた判断は正当といえる。
 しかし,本件問題と本件解説の著作物性は認められたが,被告の行為につき複製も翻案も認められなかったため,著作権侵害は認められなかった。複製については,被告が本件問題を生徒から入手して解説を行い,生徒も本件問題を手元に持って解説授業を受けていると考えられることから,複製自体が行われたことはあったとしても,被告自身が複製を行った証拠がない以上,複製権侵害を認めない判断は正当といえる。
 翻案については,江差追分事件の規範を引用して該当性を判断している。本件問題の全部または一部は表示されておらず,また口頭で読み上げるなどの行為もしていないことから,本件問題の翻案に当たらないことは明らかといえる。また,本件解説についても,表現が共通する部分がほとんどないことから,被告ライブ解説が本件解説の本質的特徴の同一性を維持しているということはできない,との判断は正当といえる。原告は,被告ライブ解説と本件解説は,同じ視点から,同じ回答に至る考え方を説明したものであるから,本質的な特徴は同一であると主張している。しかしながら,著作権はアイデアではなく具体的な表現を保護するものである以上,本件解説と被告ライブ解説で共通する表現がほとんどなければ翻案権侵害は成立しないといえる。具体的な表現内容は判決文からは明らかではないが,共通する表現を使わずに同一の問題に関する解説を行うことは,一般にはそれほど容易ではないと推測できるため,被告ライブ解説には解説者の個性ないし創作性が発揮されていると思われる。
 本件以前にも,原告は,被告の動画配信に対して不正競争防止法2条1項1号に該当するとして差止と損害賠償を請求したが,棄却された(東京地裁H30.5.11)。筆者は当該裁判例を本欄で取り上げ,その際に著作権侵害で争う方法はなかっただろうかとコメントを付けた。本件では実際に著作権侵害が争われているが,上記のとおり,本件問題及び本件解説に著作物性は認められたものの,被告の行為につき複製も翻案も認められなかったため,著作権侵害は認められなかった。本件で認定されたような被告の行為を前提とすれば,本判決の結論もやむを得ないものであると考える[1]

以上
(文責)弁護士 石橋 茂


[1] 大手学習塾である原告のテストに対して,被告が行ったような別の解説授業に対するニーズが存在するならば,被告の行為は自由競争の範囲内ということであろうか。