【令和元年6月26日(知財高裁 平成31年(ネ)第10001号,同年(ネ)第10021号)】

【本稿における要旨】
侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないとした事例。

【キーワード】
特許法104条の3,控訴審

事案の概要

(原審)
本件は,名称を「美容器」とする各発明に係る各特許権(特許第5791844号及び特許第5791845号。本件特許1及び2)を有する被控訴人が,控訴人が業として販売等する製品(被告製品)は,本件発明1及び2の技術的範囲に属するとして,控訴人に対し,特許法100条1項に基づく同製品の製造・販売等の差止め,同条2項に基づく半製品及び金型等の廃棄,並びに,平成27年8月14日から平成28年7月末日までの不法行為に基づく損害賠償金の支払いを求めた事案である。
原判決は,被控訴人の上記各請求のうち,差止請求を全部認容し,損害賠償請求の一部を認容した上で,その余をいずれも棄却した。
控訴人は,原判決中その敗訴部分を不服として控訴し,被控訴人の請求の全部棄却を求めた。これに対し,被控訴人は,原判決中損害賠償請求を棄却した部分の一部を不服として附帯控訴した。

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

特許法104条の3,控訴

判旨(下線の記載は筆者が付した)

第1,第2 ・・・略・・・
第3 当裁判所の判断
1~4 ・・・略・・・
5 争点(4) 本件特許1に無効理由があるか。)について
事案に鑑み,まず,乙104発明を主引例とする進歩性欠如の主張について検討する。
(1) ・・・略・・・
(2) 本件において乙17の1及び乙18の1を主引例として無効を主張できるか。(当審における追加主張)
ア 特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。
控訴人は,無効審判手続と特許権侵害訴訟における特許権者が置かれている立場の質的相違等から,特許法167条の趣旨は,侵害訴訟に適用されないと主張するが,上記説示したところに照らし採用できない。また,控訴人は,第三者の無効審判請求により特許権が無効とされるべき場合にまで侵害訴訟において無効の抗弁を主張できないのは不当であるという趣旨の主張もしているが,控訴人自身は,無効審判手続において無効主張をする機会を十分に与えられ,かつ無効不成立審判に対して審決取消訴訟を提起する機会も与えられていたのであるから,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立審決を確定させた結果,もはや当該審判手続において主張していた特許の無効事由を主張できないこととなったとしても,その結果を不当ということはできない。
イ 認定事実
(ア) 本件無効審判請求1において,控訴人は,本件発明1は,①乙17の1に記載された発明(乙17発明)に,乙18の1に記載された発明(乙18発明),乙19又は23,42ないし45,33,34に記載された技術事項及び従来周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである,②乙18発明に,乙17発明,乙19又は23,42ないし45,33,34に記載された技術事項及び従来周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである,とそれぞれ主張した。(甲14)(本件審決1における甲1,2,3,7ないし13は,順に本件訴訟における乙17,18,19,23,42ないし45,33,34に対応する。)このほか,控訴人は,乙20ないし22も証拠として提出していた。
(イ) しかしながら,本件審決1は,主引例である乙17の1及び乙18の1には,ローラの直交2方向への移動(及び移動に伴う肌の摘み上げと押圧)という技術思想が存在せず,また,控訴人が提出した各種証拠から認められる技術事項及び周知技術を考慮しても,この点を容易に想到することができるとはいえないとして,上記無効理由のいずれも認めず,本件発明1は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえないと判断した。
ウ 乙17の1又は乙18の1を主引例とする進歩性欠如の無効主張の可否
本件訴訟において,控訴人は,乙17の1,乙18の1をそれぞれ主引例とした上,これに,乙17発明(乙18の1を主引例とする場合)又は乙18発明(乙17の1を主引例とする場合),及び乙19ないし23,33ないし35,42ないし45,101及び104に記載の副引例又は周知技術を併せれば,本件発明1は容易想到であると主張している。
しかしながら,乙17の1及び乙18の1は,本件審判請求1においても主引例とされていたもの,乙19,23,33,34及び42ないし45は,副引例又は周知技術を認定する証拠として提出されていたものであり,乙20ないし22も,明示的には主張されていないものの,周知技術を認定する証拠等として提出されていたものと認められるから,結局,本件審決1と本件訴訟における控訴人の主張立証との間では,主引例は全く共通である上,副引例又は周知技術,証拠もほとんど共通し,両者で共通していないのは,副引例ないし周知技術の証拠である乙35,101及び104のみである(しかも,乙101は,乙35から分割出願された発明であるから,両者は極めて類似している。)ことになる。そして,乙35,101及び104は,いずれも4個のローラの直交2方向への移動ということはおよそ想定していないものであるから,本件審決1が認定した本件発明1と乙17発明及び乙18発明との相違点を埋めるものであるとはおよそいい難いものである。
このように,本件訴訟独自の証拠である乙35,101及び104は価値の乏しいものであるから,結局,本件訴訟における控訴人の主張は,本件審判1と実質的に「同一の事実及び同一の証拠」(特許法167条)に基づくものと評価されるべきものである。
そして,本件審決1は,控訴人による審決取消訴訟が提起されることなく確定している上,本件において,前記アの特段の事情も窺われない。
したがって,本件訴訟において,控訴人が,乙17の1又は乙18の1を主引例とする進歩性欠如の無効を主張することは,信義則に反し,許されないといわざるを得ない。
(3) 結論
よって,控訴人の乙17の1又は乙18の1を主引例とする無効の抗弁の主張はいずれも許され・・・ない。

解説

本件は,控訴審における無効主張が認められなかった事案である。
上記「第3」「5」「(2)」「ア」の判旨の通り,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないとした。
本件は,原審(大阪地裁平28年(ワ)4356号)で,乙17の1又は乙18の1を主引例とする無効の抗弁をしたが認められず,控訴審でも引き続き主張(追加主張込み)を行ったが,被告が行った無効審判(乙17の1又は乙18の1を主引例とする)の無効不成立の審決を,審決取消訴訟を提起せずに確定させたことを述べて,控訴審での特許無効の抗弁の主張を認めなかったものである。
ここでの判示は「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」ことを理由としているようにも読めるが,この翌日に出された知財高裁第四部の判決(知財高裁令和元年6月27日(平成31年(ネ)第10009号))では,「侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定したときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されない」(下線は筆者が付した)とし,必ずしも「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」ことを理由としていないようにも読める。もっとも,この知財高裁第四部の判決の事案も「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」事案であった(別稿で示す)ので,単に規範部分に「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」のフレーズが無かっただけ,という理解もできる。
いずれにしても,「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定」した事実があると,単に対世効を生じる機会がなくなったというだけでなく,侵害訴訟での無効の抗弁の主張も難しくなるおそれがあるので注意したいところである。また,侵害訴訟の被告側で,侵害訴訟と無効審判をダブルトラックで走らせることを検討している場合には,あまりに早く無効審判を請求してしまうと無効審判の結論(不成立審決)が先に確定してしまうことにもなりかねないので,双方同時に知財高裁での審理(無効審判についての審決取消訴訟と侵害訴訟の控訴審)を受けたいとするのであれば,無効審判の請求タイミングについても一考を要するかもしれない。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳