【平成30年12月20日(東京地判 平成30年(ワ)第22646号)】
【本稿における要旨】
被告による「解凍後 100%生存」等を含む表示が,被告製品の需要者である医療関係者や研究者をしてその品質等を誤認させるおそれがあるとは認めるに足りないとして,原告の請求を棄却した事例
【キーワード】
不正競争防止法2条1項20号,品質誤認
なお,本判決では,平成30年改正前の不正競争防止法が適用されたため,当時の条文番号は「不正競争防止法2条1項14号」である。
※不正競争防止法2条1項20号(平成30年改正前の不正競争防止法2条1項14号)
商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地,品質,内容,製造方法,用途若しくは数量若しくはその役務の質,内容,用途若しくは数量について誤認させるような表示をし,又はその表示をした商品を譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,輸出し,輸入し,若しくは電気通信回線を通じて提供し,若しくはその表示をして役務を提供する行為
事案の概要
本件は,卵子等のガラス化凍結保存・加温融解に用いる医療関連器具を販売する原告が,同種の医療関連器具を販売する被告の管理に係るウェブサイト又は被告の作成に係るカタログに表示されている各表示(以下,「本件各表示」という。)のうち「解凍後 100%生存」,「生存率 100%」,「100%の高い生存率」,「100% survival vitrification!」,「100% post-warm survival rates」,「100% survival」(大文字により表記されたものを含む。)及び「achieving 100%, literally 100%, survival」と記載された各部分並びに本件表示8の表示全部(以下,これらを併せて「本件記載部分」という。)は被告が販売する製品の品質及び内容(以下「品質等」という。)を誤認させるような表示であって,不正競争防止法(以下「法」という。)2条1項20号(平成30年改正前の不正競争防止法2条1項14号)の不正競争行為に当たり,それによって原告が営業上の利益を侵害されたと主張して,被告に対し,法3条1項に基づき上記表示の差止めと抹消を求めるとともに,法4条及び5条2項に基づき損害賠償金の支払を求めた事案である。
争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)
被告の行った本件各表示が,不正競争防止法2条1項20号(平成30年改正前の不正競争防止法2条1項14号)の品質誤認行為にあたるか。
判旨(下線の記載は筆者が付した)
第1,第2 ・・・略・・・
第3 当裁判所の判断
1 本件記載部分は被告製品の品質等について誤認させるような表示か(争点(1))について
(1) 本件記載部分を含む本件各表示は,被告製品の需要者である医療関係者や研究者において,使用手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解すると100%の生存率を達成することができると理解される表示であると認められる(弁論の全趣旨)ところ,原告は,研究報告1ないし5等を論拠にして,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することはできない旨主張する。
そこで,以下,これらの研究報告等について,順次検討する。
(2) 研究報告1について
ア ロタンダ・ヒト生殖センター(ムンバイ・インド)等の担当者らは,研究報告1において,平成22年(2010年)10月から平成24年(2012年)8月までの間に成熟卵子をクライオトップ法又はクライオテック法により凍結して融解した症例の生存率について,前者の方法では95.1%(336個中319個),後者の方法では97.1%(275個中267個)であったと報告している(甲14の1ないし3,15の1,2)。
イ しかしながら,研究報告1の対象期間は前記のとおりであるところ,被告が被告製品を用いて卵子・受精卵を凍結保存する手法を完成させたのは平成24年(2012年)であると認められる(甲11,28,33の1,弁論の全趣旨)から,クライオテック法により実施した症例には,その完成前に実施されたものも含まれていた可能性がある。その上,当時前記センターの院長であったB氏は,その書簡(乙12の1,2)において,同年5月にクライオテック法により実施された症例について,同年1月に前記センターのチームに加入した胚培養士が担当し,卵子を粗悪に取り扱ったために結果が芳しくなく,生存率を引き下げたと説明している(なお,原告は,この書簡について,作成日付が記載されていないことや,被告代表者の依頼に応じて,現在閉院となっている上記センターの研究室長の肩書で作成されたものであることから,成立の真正と信用性を争う旨主張するが,これらは成立の真正を左右する事情には当たらず,また,信用性を減殺すべき事情とも認められない。)。
ウ そうすると,クライオテック法により実施した症例の生存率が100%にならなかったのは,クライオテック法が完成される前に実施された症例が含まれていたことや担当した胚培養士の技量が未熟であったことが原因であった可能性があるから,研究報告1によっては,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することができないとは認めるに足りない。
(3) 研究報告2について
ア セントマザー産婦人科医院の医師らは,研究報告2において,未受精卵を原告製品又は被告製品を使用して凍結した症例の蘇生率について,前者の場合には70%(10個中7個),後者の場合には53.9%(13個中7個)であったと報告している(甲16の1ないし3,弁論の全趣旨)。
イ しかしながら,研究報告2において,被告製品について,操作に慣れていないこともあり胚が見えづらかったという欠点が指摘されていることからすると,被告製品を使用した症例には,担当した医師らが使用手順を遵守しなかったものも含まれている可能性があるから,研究報告2によっては,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することができないとは認めるに足りない。
(4) 研究報告3について
ア VITALAB生殖補助センター(ヨハネスブルク・南アフリカ)の担当者らは,研究報告3において,平成26年(2014年)9月から平成27年(2015年)5月までの間にクライオテック法により凍結保存して融解した940個の卵子の生存率について,月ごとの生存率が63ないし100%であり,平均生存率が83.8%であったと報告している(甲17の1ないし4)。
イ しかしながら,研究報告3が,より最近の月における生存率が顕著にそれ以前の月よりも高くなっており,これはこの技術を用いた技師の経験が有益であることを示唆している旨考察していることからすると,担当技師が被告製品を使用する経験を重ねて手順を遵守することにより,遅くとも前記期間の最終月までには,生存率が100%に至っていたことがうかがわれるから,研究報告3によっては,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することができないとは認めるに足りない。
(5) 研究報告4について
ア 前記ロタンダ・ヒト生殖センターの担当者らは,研究報告4において,平成23年(2011年)1月から同年12月までの間にクライオテック法により凍結して融解した544個の卵子の生存率について,94.5%であったと報告している(甲26の1ないし3)。
イ しかしながら,前記(2)イで認定したとおり,被告が被告製品を用いて卵子・受精卵を凍結保存する手法を完成させたのは平成24年(2012年)であり,研究報告4はその完成前に実施された症例を対象としたものということになるから,研究報告4によっては,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することができないとは認めるに足りない。
(6) 研究報告5について
ア 被告代表者のAは,研究報告5において,クライオテック法について,平成24年(2012年)に一般患者由来の胚はもちろん,未成熟卵子や成熟卵子でも,また,がん患者や高齢患者由来の低グレードの卵子や胚であっても解凍後の生存率がほぼ100%となる極めて有効で安全な非侵襲的ガラス化法として完成した旨報告している(甲33の1,2)。
イ しかしながら,研究報告5の内容を子細に見ても,上記生存率がどのような症例を対象としたものか説明されておらず,手順を厳密に遵守して実施した症例のみを対象としたものか明らかでないから,研究報告5によっては,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することができないとは認めるに足りない。
(7) ・・・略・・・
(8) 小括
以上によれば,研究報告1ないし5によっては,手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することができないとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠もないから,被告から提出された証拠(乙4ないし10)の内容も考慮すれば,本件記載部分を含む本件各表示が被告製品の需要者である医療関係者や研究者をしてその品質等を誤認させるおそれがあるとは認めるに足りない(なお,本件記載部分の表現については,紛争予防の観点から,研究報告1ないし5の内容も踏まえ,より慎重に検討することが望まれる。)。
解説
本件は,被告の行った表示が不正競争防止法2条1項20号の不正競争行為(品質誤認行為)に該当するとした原告の主張が認められなかった事例である。具体的には,本件では,本件記載部分を含む本件各表示は「被告製品の需要者である医療関係者や研究者において,使用手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解すると100%の生存率を達成することができる」と理解される表示であることを前提(以下,「前提事項」という。)に,原告の主張(研究報告1ないし5等を論拠)によっても「手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解したとしても100%の生存率を達成することはできない」ということが認められなかったため,このような結論になったものである。
ここで,どのような場合に不正競争防止法2条1項20号の「誤認」とされるかという点については,個別・具体の事案に応じて当該表示の内容や取引の実情等,諸般の事情を考慮し,取引者・需要者に誤認を生じさせるおそれがあるかどうかで判断される(逐条解説不正競争防止法の「2条1項14号関係」の解説ページ)。
この点,本件の上記前提事項に関しては,「被告製品を使用する医療関係者」という取引者・需要者を考慮し,これらの者が「療機器を使用するに当たって使用手順を厳格に遵守する」ということを考慮の上で,上記前提事項を判断したものと言える。なお,原告も「医療機器を使用するに当たって使用手順を厳格に遵守することは当然の前提であるから,本件各表示は,被告製品を使用する医療関係者にとって,使用手順を厳密に遵守して被告製品を用いて卵子を凍結保存し融解すると,100%の生存率を達成することができる旨を表示したものといえる。」と主張していたようであり,上記前提事項に関しては,当事者間で事実上争いがなかったとも言える。
そうすると,原告側で上記前提事項に反する事実があることを示さなければならないが,一般的に,研究報告のようなもので実験の使用手順をこと細かに(つまり,使用手順を厳格に遵守したかどうかという点を)記載することは少ないであろうから,原告主張のような研究報告の論拠では,使用手順を厳格に遵守していたかどうかまで,明らかにするのは(「研究報告」という性質上)難しかったと言わざるを得ない。もっとも,この研究報告の報告者も医療関係者であることを考えれば,各研究報告において,本件でいう「使用手順」を遵守していた可能性が相当程度あったであろうということは優に理解できる。机上の話であるが,使用手順を厳格に順守したことを「客観的に立証可能な形で記録した上で」原告主張のような事実が出るようなことがあれば,今後,逆の結論が出る可能性があるということであろう。この点,上記判旨の最後のカッコ書き(「なお,本件記載部分の表現については,紛争予防の観点から,研究報告1ないし5の内容も踏まえ,より慎重に検討することが望まれる。」)は,これに配慮したものではないかと思われる。
以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳