【平成31年2月28日(知財高裁 平成30年(行ケ)第10064号)】

【本稿における要旨】
発明の名称を「核酸分解処理装置」とする特許についての特許無効審判請求を不成立とした審決について,相違点の容易想到性の判断に誤りがあるとして,審決を取り消した。

【キーワード】
特許法29条2項,進歩性,発明の要旨

事案の概要

(特許庁等における手続の経緯)
被告(正確には,被告の他に共同出願人(権利共有者)がいたが,その後,当該共有者から持分譲渡を受けて被告単独名義となったため,本稿では「被告」と称することする。)は,平成24年3月19日,発明の名称を「核酸分解処理装置」とする発明について特許出願(特願2012-62880号)をし,平成26年1月24日,特許権の設定登録(特許番号第5463378号)を受けた。原告は,平成29年1月17日,本件特許について特許無効審判を請求(無効2017-800004号事件)した。被告は,審決の予告を受けたため,同年12月27日付けで,請求項2ないし4を訂正し,請求項1を削除する内容の訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。その後,特許庁は,平成30年3月27日,本件訂正を認めた上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。そこで,原告は,平成30年5月2日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。本件訴訟では,本件訂正の適否は争われていない。

本件訂正後の請求項2(以下「訂正発明2」という。)

メタノールタンクから供給されたメタノールを霧状に噴射するノズルを備え,該ノズルを介して噴射されたメタノールを気化してメタノールガスを発生させるメタノールガス発生部と,上記メタノールガス発生部の上方に位置して,熱反射可能な多孔質金属材料で互いに隔てられた上部と下部とからなり,該上部には空気を供給する空気供給部が連結されており,該メタノールガス発生部から発生したメタノールガスを自然対流により上方に移行させる流路となるとともに,上記メタノールガスに該空気供給部から供給された空気を所定の割合で混合させる筒体部と,上記筒体部の上方に位置し,該筒体部において上記所定の割合で空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化する触媒部とを有し,上記触媒部は,金属薄板をハニカム構造に成形してなるラジカル反応触媒より構成され,該ラジカル反応触媒を複数積層してなり,空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化して少なくともメタノールに由来する活性種を含み生成される複合ガス(以下「バイオガス」という)を発生するバイオガス発生部と,
  上記バイオガス発生部における生成ガス量を供給空気量とメタノール量で制御する生成ガス量制御手段と,
  上記バイオガス発生部により発生したバイオガスが供給される暴露部と,
  上記暴露部の暴露空間内の温度を制御する温度制御手段と,
  上記暴露部の暴露空間内の湿度を制御する湿度制御手段と,
  上記暴露部に供給されたバイオガスを排気する排気処理部と,
  上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御するバイオガスの排気量制御手段と,
  上記暴露部におけるバイオガスのホルムアルデヒド成分の濃度を測定するホルムアルデヒド成分濃度測定手段と,
  臭いを検出又は測定する手段を備え,
  上記ホルムアルデヒド成分濃度測定手段による測定結果として得られるガス濃度情報が上記生成ガス量制御手段に帰還され,上記バイオガス発生部において,一定の触媒の自己反応温度と濃度のバイオガスとなるように,上記生成ガス量制御手段により上記バイオガス発生部における生成ガス量が供給空気量とメタノール量で制御されるとともに,上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内ガス濃度を一定にし,
  上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による上記暴露部の暴露空間内のバイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段を備え,
  上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され,上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内差圧を一定にすることを特徴とする核酸分解処理装置。

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

特許法29条2項(進歩性)の発明の要旨認定

判旨(下線の記載は筆者が付した)

第1~第3 ・・・略・・・
第4 当裁判所の判断
1  取消事由1-1(甲1を主引用例とする訂正発明2の進歩性の判断の誤り)について
(1)~(3)  ・・・略・・・
(4) 相違点2の容易想到性について
ア 訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の意義等について
 (ア) ・・・訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載によれば,訂正発明2の核酸分解処理装置は,「暴露部」の「バイオガスのホルムアルデヒド成分の濃度」の「ガス濃度情報」が「生成ガス量制御手段」に帰還され,「上記生成ガス量制御手段」及び「上記排気量制御手段」により「バイオガス発生部」における「生成ガス量」及び「暴露部」から排気する「バイオガスの排気量」を制御することにより,「暴露部」の「庫内ガス濃度」を一定にし,かつ,「庫内差圧情報」が「排気量制御手段」に帰還され,「上記排気量制御手段」により「暴露部から排気するバイオガスの排気量」を制御することにより,「暴露部」の「庫内差圧」を一定にすること,すなわち,「暴露部」の「ガス濃度情報」及び「庫内差圧情報」を基に,「生成ガス量」及び「バイオガスの排気量」を制御し,「暴露部」の「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の両者を一定にする制御を行うものであることを理解できる。
  しかるところ,訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)には,「庫内差圧検出手段」及び「排気量制御手段」の具体的な構造や装置構成について規定した記載はなく,また,「暴露部」の「庫内差圧」をいかなる数値又は数値範囲で一定にするのかについて規定した記載もない。
  (イ) 次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」の実施形態として,核酸分解処理装置100の制御部150が,暴露部120に設けられたガス濃度センサ129から供給された暴露空間内のガス濃度情報に基づき,バイオガス発生部110へのエア供給量及びメタノール供給量の制御及び排気処理部140の排気ブロア143の吸入量の制御により,暴露部120の庫内の濃度を一定にする制御を行うとともに,暴露部120に設けられた庫内圧力センサ132から供給された暴露空間内の圧力情報に基づき,排気処理部140の外気導入バルブ142の開閉度及び排気ブロア143の回転数の制御により,陰圧範囲内を目標値とした暴露部120の庫内差圧を一定にする制御を行うことが記載されている(【0028】,【0103】,【0111】,【0140】~【0148】,【0150】,【0161】~【0164】,【0182】,【0183】,図10)。これらの記載は,制御部150により暴露部120の庫内差圧を陰圧の数値範囲に制御することを開示するものと認められる。
  他方で,本件明細書の「本発明の実施の形態について,図面を参照して詳細に説明する。なお,本発明は以下の例に限定されるものではなく,本発明の要旨を逸脱しない範囲で,任意に変更可能であることは言うまでもない。」(【0026】)との記載に照らすと,本件明細書には,「本発明の要旨を逸脱しない範囲」であれば,「本発明」の実施形態が上記実施形態に限定されるものではないことの開示がある。
  しかるところ,本件明細書には,「庫内差圧検出手段」及び「排気量制御手段」を特定の構造や装置構成のものに限定する記載はないし,また,「暴露部」の「庫内差圧を一定にする」にいう「一定」の数値範囲を定義した記載もない。
  また,訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載から,訂正発明2の核酸分解処理装置は,「暴露部」の「ガス濃度情報」及び「庫内差圧情報」を基に,「生成ガス量」及び「バイオガスの排気量」を制御し,「暴露部」の「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の両者を一定にする制御を行うものであることを理解できること(前記(ア)),本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」は,訂正発明2の構成を採用したことにより,フィードバック制御により暴露部の暴露空間内における温度,湿度,濃度の定量的制御を行うことができ,検体の種類に対応した短時間で高効能を発揮する条件を定義することができるという効果を奏すること(【0021】,【0196】)の開示があること(前記(1)イ(イ))を総合すると,訂正発明2は,フィードバック制御により暴露部の暴露空間内の温度,湿度,「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の定量的制御を行うことにより,検体の種類に対応した短時間で高効能を発揮する条件を定義することができるようにしたことに技術的意義があることが認められる。
  そして,訂正発明2の上記技術的意義に照らすと,「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御する必然性は見いだし難い。また,本件明細書全体をみても,「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御することによって,陽圧の数値範囲に制御することと比して有利な効果を生じるなどの技術的意義があることについての記載も示唆もない。
  (ウ) 以上の訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると,訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の検出の対象となる「庫内差圧」は,「庫内」(暴露部の暴露空間内)の圧力と暴露空間外の圧力との差圧であれば,特定の数値範囲のものに限定されるものではなく,陰圧の数値範囲のものに限定されるものでもないと解すべきである。
  したがって,訂正発明2の「庫内差圧検出手段」は,「滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段」であって,滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出するものであると限定解釈した本件審決の判断は誤りである。
イ 甲2の開示事項について
・・・そうすると,甲2における「本発明」の第2の実施の形態の「微差圧検出器56」,「コントロールユニット58」及び「排気量調整電磁弁74及び送風機82」は,それぞれ,訂正発明2における「庫内差圧検出手段」,「上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が…帰還され」る「上記排気量制御手段」及び「上記排気量制御手段により制御される排気処理手段」に相当するものと認められる。したがって,甲2には,相違点2に係る訂正発明2の構成が開示されているものと認められる。・・・
ウ 相違点2の容易想到性の有無について
  ・・・したがって,当業者は,甲1及び甲2に基づいて,甲1発明に甲2記載の上記構成を適用して相違点2に係る訂正発明2の構成を容易に想到することができたものと認められる。・・・
⑸  小括
以上のとおり,相違点2に係る訂正発明2の構成は,当業者が容易に想到することができたものと認められる。

解説

本件は,訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の意義について,本件審決が「滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段」である(そして,滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出するものである)と限定解釈したことを誤りとし,訂正発明2の進歩性を否定したものである。
この点,発明の要旨認定は,「特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」(平成3年3月8日最高裁判所第二小法廷判決(いわゆるリパーゼ判決))との大原則がある。ただ,リパーゼ判決の調査官解説(塩月秀平「判解」最判解説民事篇平成3年度39頁)では,「参酌する」の意義に関して,「特許請求の範囲の記載は,発明の要旨や権利範囲にかかわる事項(構成要件)が凝縮して記載されているため,それを通読しただけでは,意味内容を把握できない場合が大部分である。しかしながら,本判決が,発明の要旨を認定するに際して,発明の詳細な説明の記載を参酌することができるとした例外的な場合の『特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合』というのは,このような場合をいうのではない。すなわち,本判決は,発明の要旨を認定する過程においては,発明にかかわる技術内容を明らかにするために,発明の詳細な説明や図面の記載に目を通すことは必要であるが,しかし,技術内容を理解した上で発明の要旨となる技術的事項を確定する段階においては,特許請求の範囲の記載を越えて,発明の詳細な説明や図面にだけ記載されたところの構成要件を付加してはならないとの理論を示したものであり,この意味において,発明の詳細な説明の記載を参酌することができるのは例外的な場合に限られるとしたものである。」,「例外」の場合に関して,「特許請求の範囲の記載に基づいて認定されるべきであるとは言っても,文言の形式的解釈にとどまってはならないことはもちろんである。発明の目的,効果などの発明の詳細な説明の記載をにらみながら,特許請求の範囲に記載された技術事項がいかなるものであるかを認定しなければならない。・・・機械の分野での特許請求の範囲の記載は,部材や機能の名称・用語が出願ごとにまちまちで,・・・発明の詳細な説明の記載の参酌が許される場合があるのはもちろん,かえってその参酌をしなければならない例が少なくない。」とあるように,本件のような分野では,実務上,発明の詳細な説明の記載の参酌を行うのが(むしろ)原則であるといってもよいと思われる。
本件では,本件審決で行った「限定解釈」を否定しているが,リパーゼ判決の原則論に従って「発明の詳細な説明の記載の参酌を『行わずに』」限定解釈を否定したのではなく,上記判決文「第4」「1」「(4)」「ア」「(イ)」の通り,「発明の詳細な説明の記載の参酌を『行なった上で』」,発明の詳細な説明に記載された本件発明の意義,作用効果等を参酌した上で,限定解釈を否定したものである。その意味で,本件判決も,実務上の原則(発明の詳細な説明の記載の参酌を行う)に沿った,判断をなしたものと評価できる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳