【令和元年12月25日判決(平成31年(行ケ)第10006号/第10058号)審決取消請求事件】

【キーワード】
顕著な効果

【判旨】
 本件は、名称を「気道流路及び肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用」とする発明にかかる特許権(特許第3480736号、以下「本件特許」といい、本件特許の請求項1に記載の発明を「本件発明」という。)についての審決取消請求事件である。
 被告は、本件特許について無効審判を請求し、特許庁は特許を無効とする審決をしたため、原告は、審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 裁判所は、容易想到性の判断の誤りや、効果の顕著性に関する判断の誤りなどを検討し、本件特許が引用発明に対して進歩性がないと判断し、審決を維持して本件特許を無効とした。
 本稿では、かかる裁判所の判断のうち、効果の顕著性に関する判断を取り上げる。裁判所は、本件特許の明細書に記載された薬理効果について、引用発明と本件発明との相違点に関するものでないことから、これを検討しなかった。医薬発明の顕著効果を検討する際に参考となる一例である。

事案の概要

1 本件発明
【請求項1】
モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって、
1日1回鼻腔内に投与される、アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。

2 引用発明との相違点
[相違点1]
薬剤の用法・用量につき、本件発明1では1日1回と特定されているのに対し、甲1発明では特定されていない点。

[相違点2]
治療の対象である炎症状態につき、本件発明1ではアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎と特定されているのに対し、甲1発明では特定されていない点。

3 判旨抜粋
(1)本件発明の効果
 本件明細書の記載によれば、
 本件発明の効果として、アレルギー性鼻炎に対して、1日1回の鼻腔内投与で、プラセボとの対比において治療効果があり、かつ、モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが約1%未満であり、血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず、全身性副作用が存在しないことという効果が認められる。

 これに対し、審決は、以下の効果①~効果③を認定する。

 ア アレルギー性鼻炎に対して、1日1回のモメタゾンフロエートの鼻腔内投 与で、プラセボとの対比において、治療効果がある(以下「効果①」という。)。

 イ 経口溶液と比して、経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が、モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く、モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果がある(以下「効果②」という。)。

 ウ プラセボとの対比において、HPA機能抑制に起因する全身性副作用がない(以下「効果③」という。)。

 しかし、本件明細書の「治療上有効であって、かつ、鼻腔内投与・・・によって投与されたときに、低いバイオアベイラビリティと低い全身性副作用とを示すコルチコステロイドを見出すことが望まれている。」との記載及び「本発明は、アレルギー性鼻炎に対して効果的に1日1回の服用で鼻腔内を処置するための薬剤を調製するためのモメタゾンフロエート水性懸濁液の使用を提供する。ここで、このモメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は、実質的に存在しない。」との記載に照らせば、本件明細書における、経口溶液や経口懸濁液に関する数値やそれに対する比較は、本件発明の構成が備える効果として記載されているものとは認められない。したがって、効果②のように経口溶液及び経口懸濁液との比較を効果として認定すべきものとはいえない。

(2)効果が予測できない顕著なものであるかについて
 甲1には、炎症状態を治療するための、モメタゾンフロエート一水和物を含む鼻腔投与用水性懸濁液が記載されている。また、甲2には、①モメタゾンフロエートが、皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に、アレルギー性鼻炎の鼻腔内吸入の治療効果が見込まれ、鼻腔内吸入の方法を用いアレルギー性鼻炎に用いること、②モメタゾンフロエートが局所的抗炎症活性を有しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない合成のコルチコステロイドであることが記載されている。
 本件優先日当時、①モメタゾンフロエートは、極めて強い局所抗炎症作用を示す一方、副作用(全身作用、皮膚萎縮)は弱く、主作用と副作用の乖離が大きい薬剤であること、②モメタゾンフロエートは、皮膚疾患について1日1回の投与で小児でも安全かつ迅速な治療効果があること(同)、③皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する局所活性ステロイドについては、鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であることが、技術常識として当業者に理解されていた。
 また、本件優先日当時、鼻を含めた気道粘膜のアレルギー性疾患にステロイド局所療法を用いる際に、全身への影響を防ぐために懸濁液とし、粘稠性を与えるなどの気道粘膜に長時間にわたりステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られていたことが知られ、甲1にも、このような工夫をした水性懸濁液が開示されていた。以上によれば、本件優先日当時の当業者は、技術常識並びに甲1及び甲2の上記記載により、副作用が低いモメタゾンフロエートの鼻腔投与用水性懸濁液につき、皮膚への局所投与と鼻腔への局所投与により薬物動態等の相違があるとしても、1日1回の鼻腔内投与でアレルギー性鼻炎に治療効果を有し、全身への吸収が低く、バイオアベイラビリティが優れていることも、予測できた範囲のものと認められる。
 以上によれば、本件優先日当時の当業者は、本件発明の構成について、アレルギー性鼻炎に対して、1日1回の鼻腔内投与で、プラセボとの対比において治療効果があり、かつ、モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが低く、血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず、全身性副作用が存在しないという効果について、予測することができたというべきである。そして、バイオアベイラビリティが約1%未満であるとの数値についても、その程度が、本件優先日当時の技術常識に基づき予測できた範囲を超える顕著なものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。

検討

 本件発明と、引用発明との相違点は、(相違点1)薬剤の用法・用量につき、本件発明1では1日1回と特定されているのに対し、甲1発明では特定されていない点、(相違点2)治療の対象である炎症状態につき、本件発明1ではアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎と特定されているのに対し、甲1発明では特定されていない点、というものである。
 つまり、本件発明と引用発明とは、共に鼻腔内に懸濁液として投与される抗炎症剤という点では共通し、この点は一致点と判断されている。
 一方、本件明細書には、モメタゾンフロエートを静脈注入、経口投与、経口懸濁液投与、鼻腔懸濁液投与等の各種の投与方法でヒトに適用し、その後に血中濃度を測定した結果、鼻腔懸濁液投与の場合には、血漿中から同薬剤の代謝生成物が検出されなかったとの実施例が示されていた。
 そのため、特許権者は、鼻腔懸濁液投与の場合にはモメタゾンフロエートの全身吸収が低いとの点を、本件発明の顕著効果として主張したが、引用発明との相違点にかかる効果でなかったため、判決により上記のとおり否定された。
 ところで、特許権者は、本件訴訟において以下のような主張を行っている。

 審決は,甲1発明はモメタゾンフロエートの鼻腔投与用懸濁液であるから,効果②・・・は本件発明の有利な効果の存在の根拠とならないと判断する。審決の判断によれば,公知物がある効果を客観的に奏するのであれば,優先日当時に当該効果の存在が当業者に知られていなくても,発明の効果の顕著性は,上記効果と比較して判断することになる。
 しかし,用途発明は,既知の物質について新規な用途を発見したことを特徴とする発明であり,当該新規な用途を基礎づける物性は(発見されていないだけで)公知物自体にすでに客観的に備わっている。したがって,公知物に当該物性が備わっていることを理由に用途発明に顕著な効果を認定しないとすると,公知物に当該物性を発見したことを根拠とする用途発明については,およそ顕著な効果を根拠とする進歩性(特許法29条2項)はあり得ないことになる。

 この主張は、善解すれば、引用発明ではモメタゾンフロエートをアレルギー性鼻炎の治療に用いるという用途は見出されていなかったところ、アレルギー性鼻炎の治療という用途と、それに適した1日1回鼻腔懸濁液投与という用法・用量(投与方法)を見出して初めて、当該投与方法において、モメタゾンフロエートの全身吸収が低いという効果も発揮されると主張するものである。
 第二医薬用途発明においては、例えば、第一用途と用法・用量(投与方法)は同一であるものの、その効果・効能(用途)のみが異なるという場合が想定される。そのような場合に、投与方法に関する効果について、等しく第一医薬において見出されていた効果であるとして、これを否定することは適当でない。
 一方、本件では、投与方法に関する効果(用法を鼻腔懸濁液投与とすることにより、全身吸収が低いという効果②)が、第二医薬用途(アレルギー性鼻炎の治療に用いること)と直接関連していなかったことから、裁判所は、効果②を本件発明の効果として認定されなかったものと考えられる。
 しかし、第二医薬用途発明において、投与方法について単に第一医薬用途を踏襲するということは通常考えられず、むしろ第二医薬用途において適切な薬効を示す投与方法が選択されるはずであるから、本件のように、引用発明である第一医薬用途と本件発明の投与方法が同一であることに基づいて、明細書に記載された効果を参酌しないことは、少なくとも一般論としては適当でない。
 本件でも、特許権者の主張するとおり、アレルギー性鼻炎の治療のために1日1回投与とした場合に、全身吸収が少ないという効果(つまり、第二医薬用途独自の効果)として、効果②を参酌するという考え方もあり得たように思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓