【令和元年(行ケ)第10089号(知財高裁R1・11・26)】

【判旨】
 原告の「押出し食品用の口金」に係る意匠は創作非容易ではないとされた事例。

【キーワード】
押出し食品用の口金,星形の抜き穴,千鳥状,意匠法第3条第2項

事案の概要

 証拠番号等に関しては,適宜省略する。以下同じ。
 (1) 原告は,平成29年11月30日,意匠に係る物品を「押出し食品用の口金」とし,意匠の形態を以下のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について,意匠登録出願(意願2017-26691号。以下「本願」という。)をした。
(2) 原告は,平成30年11月7日付けの拒絶査定を受けたため,平成31年1月16日,拒絶査定不服審判を請求した。
 特許庁は,上記請求を不服2019-508号事件として審理し,令和元年5月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。
(3) 原告は,令和元年6月15日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

本願意匠

被告方法

 原審の認定によれば,以下のとおり。

争点

 本願意匠の創作非容易性の有無

判旨抜粋

1 本願意匠について
(1) 本願意匠は,意匠に係る物品を「押出し食品用の口金」とし,本願意匠の形態は,別紙第1記載のとおりであり,薄い円形板に,角部に面取りを施した5つの凸部からなる星形の抜き穴を,同一の方向性に向きを揃え,各抜き穴の中心部を結んだ線のなす角度が60°となるような千鳥状(「60°千鳥」)の配置態様で19個形成したものである。
(2) 本願の願書(甲5)の「意匠に係る物品の説明」欄には,「本願意匠は,主にステンレス製の薄板で作成する。食品に清潔感を表現する。」との記載がある。
 本願意匠に係る「押出し食品用の口金」は,ハンディーマッシャー(押し潰し器)等に装着して使用され,抜き穴から食品を棒状に押し出すことができるものであり,略円筒形状の底面部内周部分に環状縁部を設けた上記調理器具に装着して使用されるものである(別紙第1記載の「使用状態を示す参考図1」及び「使用状態を示す参考図2」)。
2 創作容易性の判断の誤りについて
(1) 本願の出願前に公然知られた形状等について
ア 意匠1
 意匠1の意匠に係る物品は,インド菓子「ムルック」を作製する調理器具である「ムルックメーカー」(murukku maker)に装着し,ムルックの食材を抜き穴から押し出して棒状に形成する際に使用する「押出し食品用の口金板」である。
 意匠1は,別紙第2記載のとおり,「薄い円形板の中心付近に,角部に面取りを施した5つの凸部からなる星形の抜き穴を1個形成したもの」であり,本願意匠の出願前に公然知られた形状であることが認められる。

(別紙2は筆者が挿入した。)
イ 意匠2
 意匠2の意匠に係る物品は,インド菓子「ムルック」を作製する調理器具である「ムルックプレス」(murukku press)に装着し,ムルックの食材を抜き穴から押し出して棒状に形成する際に使用する「押出し食品用の口金板」である。
 意匠2は,別紙第3記載のとおり,「薄い円形板の中心から略等距離の位置に,角部に面取りを施した6つの凸部からなる星形の抜き穴を,正三角形となる配置態様で3個形成したもの」であり,本願意匠の出願前に公然知られた形状であることが認められる。

(別紙3は,筆者が挿入した。)
ウ 意匠3
 意匠3の意匠に係る物品は,押出し食品用の調理器具としても使用できるステンレススチール製の「ポテトライサー(Potato Ricer)」に装着し,じゃがいも等の食品を抜き穴から押し出す際に使用する「押出し食品用の口金板」である。
 意匠3は,別紙第4記載のとおり,「薄い円形板の全面部分に,同一形状の長円形の抜き穴を,その長手方向の傾きの角度を揃えて,略千鳥状の配置態様で19個形成したもの」であり,本願意匠の出願前に公然知られた形状であることが認められる。

(別紙4は筆者が挿入した。)
(中略)
 (エ) まとめ
 前記(ア)ないし(ウ)及び前記ウを総合すれば,本願の出願当時(出願日平成29年11月30日),①板状の金属材料にデザイン性を持たせるため,60°千鳥の配置態様で,複数個の「抜き孔」を設けることは,ごく普通に行われていたことであり,当業者にとってありふれた手法であったこと,②19個の抜き穴を千鳥状に配置する形状は,公然知られていたこと(例えば,意匠3)が認められる。
(2) 検討
ア 意匠法3条2項は,物品との関係を離れた抽象的モチーフとして意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合を基準として,当業者が容易に創作をすることができる意匠でないことを登録要件としたものであることに照らすと,意匠登録出願に係る意匠について,上記モチーフを基準として,その創作に当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性があるものと認められない場合には,当業者が容易に創作をすることができた意匠に当たるものとして,同項の規定により意匠登録を受けることができないものと解するのが相当である(最高裁昭和45年(行ツ)第45号同49年3月19日第三小法廷判決・民集28巻2号308頁,最高裁昭和48年(行ツ)第82号同50年2月28日第二小法廷判決・裁判集民事114号287頁参照)。
 これを本願意匠についてみるに,前記1認定のとおり,本願意匠は,薄い円形板に,角部に面取りを施した5つの凸部からなる星形の抜き穴を,同一の方向性に向きを揃え,各抜き穴の中心部を結んだ線のなす角度が60°となるような千鳥状(「60°千鳥」)の配置態様で19個形成した「押出し食品用の口金」の意匠であり,また,本願意匠に係る「押出し食品用の口金」は,主にステンレス製の薄板で作成され,ハンディーマッシャー(押し潰し器)等に装着して使用され,抜き穴から食品を棒状に押し出すことができるものであり,略円筒形状の底面部内周部分に環状縁部を設けた上記調理器具に装着して使用されるものである。
 しかるところ,前記(1)ア及びイの認定事実によれば,本願意匠に係る「押出し食品用の口金板」の物品分野においては,抜き穴から食品を棒状に押し出す調理器具に使用される金属製の円形板の口金板に設けられた,角部に面取りを施した5つ又は6つの凸部からなる星形の抜き穴の形状は,本願の出願当時,公然知られていたことが認められる。
 加えて,前記(1)エ(エ)認定のとおり,板状の金属材料にデザイン性を持たせるため,60°千鳥の配置態様で,複数個の「抜き孔」を設けることは,本願の出願当時,ごく普通に行われていたことであり,当業者にとってありふれた手法であったこと,19個の抜き穴を千鳥状に配置する形状は公然知られていたこと(例えば,意匠3)に照らすと,本願意匠は,本願の出願当時,円形板の抜き穴の形状として公然知られていた角部に面取りを施した5つの凸部からなる星形の抜き穴(例えば,意匠1)を,当業者にとってありふれた手法により,薄い円形板に,同一の方向性に向きを揃えて,60°千鳥の配置態様で19個形成して創作したにすぎないものといえるから,本願意匠の創作には当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性があるものとは認められない。
 したがって,本願意匠は,本願の出願前に公然知られた形状の結合に基づいて,当業者が容易に創作をすることができたものと認められる。
 これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

解説

 本件は,審決と同じく,本願意匠には創作非容易性1が認められないと裁判所に判断されたものである。
 本願意匠は,「薄い円形板に,角部に面取りを施した5つの凸部からなる星形の抜き穴を,同一の方向性に向きを揃え,各抜き穴の中心部を結んだ線のなす角度が60°となるような千鳥状(「60°千鳥」)の配置態様で19個形成した「押出し食品用の口金」の意匠であり,また,本願意匠に係る「押出し食品用の口金」は,主にステンレス製の薄板で作成され,ハンディーマッシャー(押し潰し器)等に装着して使用され,抜き穴から食品を棒状に押し出すことができるものであり,略円筒形状の底面部内周部分に環状縁部を設けた上記調理器具に装着して使用されるもの」であるところ,星形の抜き穴の形状は,すでに公然知られており(意匠1,2),さらに「板状の金属材料にデザイン性を持たせるため,60°千鳥の配置態様で,複数個の『抜き孔』を設けることは,本願の出願当時,ごく普通に行われて」おり,さらに「19個の抜き穴を千鳥状に配置する形状は公然知られていたこと」が意匠3から認定されており,裁判所に「公然知られた形状の結合」であると判断された。結論としては極めて妥当であろう。
 以上のように,本件は事例判断ではあるが,意匠の創作非容易性に係る判断として参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志


1 意匠法第3条
2 意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたときは、その意匠(前項各号に掲げるものを除く。)については、前項の規定にかかわらず、意匠登録を受けることができない。