【平成28年(ワ)第3928号(大阪地裁R元・10・3)】

【キーワード】
特許法第78条,特許権実施許諾契約,ノウハウライセンス契約

【事案の概要】

(1)原告
 原告は,コイルボビン式巻鉄心変圧器の開発,製造,販売,同製造装置の製造,販売,及び同材料,部品の製造,販売等を目的とする株式会社である。原告は,次の2つの特許権(以下,「本件各特許」という)について,川鉄電設株式会社(現JFE電制株式会社。以下「川鉄電設」という。)より特許を受ける権利の持ち分の譲渡を受け,株式会社西本合成販売と共有していた。本件特許は,出願から20年を経過した平成27年3月31日をもって,いずれも存続期間満了により消滅した。
① 変成器及び変成器用のコイルボビンに関する特許
 特許番号   第3229512号
 出願日    平成7年3月31日
 出願番号   特願平7-99735
 登録日    平成13年9月7日
② 変成器用の巻鉄心に関する特許
 特許番号   第3672842号
 出願日    平成13年5月1日
 出願番号   特願2001-134268
 分割の表示  特願平7-99735の分割
 原出願日   平成7年3月31日
 登録日    平成17年4月28日
(2)被告ら
 被告らは,いずれも,近畿変成器工業会加盟のトランスメーカーであり,WBトランスの製造,販売を行ってきた。
(3)契約
 被告らは,川鉄電設と次の通りのWBトランス事業に係る契約(以下「本件各基本契約」という。)を締結し,その後,原告が本件各基本契約の契約上の地位を川鉄電設より承継した。なお,川鉄電線及び原告は,被告らが,イニシャルフィーを支払った後,WBトランスの製造のために「技術資料 コイルボビン式巻鉄心変圧器(WBトランス)」と題する資料(以下「本件技術資料」という。また,本件技術資料に記載されている情報を「本件技術情報」という。)を,被告らに交付していた。
 ア 頭書き
 川鉄電設と被告らは,川鉄電設が開発し,保有する後記WBトランスに関する後記本件技術情報を被告らへ供与することについて,以下の通り契約する。
 イ 定義(第1条)
 (ア) WBトランス(当初契約では「BSWトランス」と表記され,追加契約ではその後通称となった「WBトランス」の表記が使用されているが,名称変更の前後を通じ,以下「WBトランス」という。)とは,巻線部の断面形状を矩形状もしくは60度をなす船底状とし,鉄心巻込部の外周を鉄心の内径と等しい曲率部を有するコイルボビンを使用したコイルボビン式巻鉄心変圧器という。
 (イ) 本件技術情報(本件各基本契約では「本技術情報」と表記されているが,以下「本件技術情報」という。)とは,川鉄電設が本件各基本契約締結時において所有し,かつWBトランスの設計・製造に必要と考える技術資料及びデータをいい,技術資料であるコイルボビン式巻鉄心変圧器(80~1500VA)の標準電気関係設計書,及びデータであるコイルボビン式巻鉄心変圧器(80~1500VA)の捲線,ワニス含浸,温度上昇等の技術データを内容とする。
 ウ 実施許諾(第2条)
 (ア) 川鉄電設は,被告らに対し,本件技術情報に基づきWBトランスを,本件各基本契約存続期間中,製造,販売する非独占的実施権を許諾する。
 (イ) 被告らは,前項の実施権について,第三者に対し,再許諾,譲渡,質権の設定をしてはならない。
 (ウ) 被告らは,上記実施許諾に基づきWBトランスを製造する場合,その品質確保のため,鉄心巻込装置,コイルボビン及びフレーム(ただし,川鉄電設が特許出願中のものに限る。)については,川鉄電設が供給又は指定する者より購入し,WBトランスの製造のために使用する。
 エ 技術援助等(第3条)
 (ア) 川鉄電設は,本件各基本契約締結日より3か月以内に,本件技術情報を被告らに開示,提供する。
 (イ) 川鉄電設は,川鉄電設が必要と判断した場合,適当な技術者を派遣し,技術指導を行う。
 オ 対価(第4条)
 (ア) 被告らは,ウの実施許諾及びエの技術援助等の対価として,イニシャルフィー(別紙イニシャルロイヤルティ一覧表記載のとおり,当初契約につき100万円又は300万円,被告ら17社で総計3500万円,追加契約につき100万円,被告らのうち11社で総計1100万円)を支払う。
 (イ) 被告らは,ウの実施許諾及びエの技術援助等の対価として,ランニングロイヤルティとして,第三者へのWBトランスの販売価格の3%相当額を川鉄電設に支払う。
 (ウ) 前項のランニングロイヤルティは,品番別に川鉄電設が工業会と協議決定した標準価格(最も小さな100VAのものの標準価格が2250円/台,最も大きな1500VAのものの標準価格が1万2100円/台などと定められている。)をベースに算定する。
 カ 実施報告(第5条)
 (ア) 被告らは,毎年2月末日及び8月末日から1か月以内に,その前6か月におけるWBトランスの品番別の販売数量及び前項(イ)に基づく実施料額を記載した実施報告書を川鉄電設に提出する。
 (イ) 被告らは,前項の期間にWBトランスを販売した事実がないときは,その旨を記載した書面を川鉄電設に提出する。
 キ 川鉄電設特許権の実施許諾(第7条)
川鉄電設は,川鉄電設が本件各基本契約期間中において取得するWBトランスに関する特許権等について,本件各基本契約の履行を条件として,被告らに対し,通常実施権(出願中のものについては非独占的実施権)を許諾する。
 ク 秘密保持(第9条)
 (ア) 被告らは,本件技術情報をWBトランスの製造,販売のためにのみ使用する。
 (イ) 被告らは,本件技術情報に関し,本件各基本契約の存続期間中はもちろん,契約終了後においても,川鉄電設と被告らが秘密保持義務の解除を確認するまで,秘密保持義務を負う。
 ただし,被告らの責めなくして公知になった情報,本件各基本契約締結日前に,被告らが現に知得していた情報,及び被告らがWBトランスを販売するに必要最小限の技術情報はこの限りではない。
 ケ 解約(第11条)
 川鉄電設は,被告らが本件各基本契約に定める債務の履行を怠り,川鉄電設の催告後3か月以内にその履行をしないときは本件各基本契約を解約し,かつ被告らに対し,川鉄電設の被った損害の賠償を請求することができる。
 コ 契約終了後の措置(第12条)
 (ア) 被告らは,本件各基本契約期間終了後(前記ケに基づき解約された場合を含む。),すみやかに,前記エにより川鉄電設より開示提供された本件技術情報に関する資料,データ等の書類(複製物を含む。)を川鉄電設に返却する。
 (イ) 被告らは,本件各基本契約期間終了後(前記ケに基づき解約された場合を含む。),いかなる場合においても本件技術情報を使用してはならず,WBトランスを製造,販売してはならない。
 サ 契約期間(第13条)
 本件各基本契約は,前記クの秘密保持及び前記ケに基づき解約終了する場合を除き,契約日から7年間有効とし,期間満了の3か月前までに双方いずれからも別段の申出がない場合は,同様の条件をもって更に2年ずつ自動更新される。なお,この場合,川鉄電設は被告らに対し,前記オ(ア)のイニシャルフィーは要求しない。
(4)原告の主張
 本件契約はノウハウライセンス契約であるため,被告らは,本件各特許権が期間満了により消滅した平成27年4月1日以降もノウハウ使用の対価としてのロイヤルティ支払義務を負っている。そのため,本件契約に基づく未払いロイヤルティ及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した。[1]

【争点】

・締結された契約の性質は,特許権実施許諾契約か,ノウハウライセンス契約か。

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3 省略
第4 当裁判所の判断
1  認定事実(前提事実及び後掲各証拠又は弁論の全趣旨から認定できる事実)
・・略・・
⑻  本件技術情報についての検討
 原告は,本件各特許権が消滅した後も被告らはロイヤルティ支払義務を負い,被告らの行為が不正競争行為に当たることの根拠として,本件技術情報は,それなしではWBトランスを製造することのできない有用な情報であり,秘密としての保護に値する旨を主張するので,本件技術情報の性質について検討することとする。
・・略・・
イ 本件技術資料に開示された情報
 本件技術資料の内容は,大きく分けて,①川鉄電設及び原告において,WBトランスを開発した際に獲得したデータ(巻鉄心の磁化特性,鉄損特性,WBトランスの温度上昇等),②WBトランスの設計図(設計磁束密度,銅占積率等のデータについて,WBトランスの規格ごとに一覧表にしたもの),③コイルボビンやWBトランスの製品の外形図及び寸法・重量,④巻線計画関連(WBトランスの規格ごとの船底部巻回数等の一覧表,捲線仕様書,WBトランスの規格ごとの巻回数の一覧表。以下「巻線計画等」という。)である。
・・略・・
 ・・本件技術資料中の電気設計一覧表及び電気設計書において開示された数値は,試作品における実測値にすぎず,被告らにおいても,独自に計測・算出したり,製造元に問い合わせて確認したり,WBトランスの完成品を用いて測定したりすることが可能であったものであるから,原告からの開示がなければWBトランスの設計・製造が不可能であったものとはいえない。
・・略・・
 コイルボビン及びWBトランスの外径寸法や重量は,パンフレットを参照したり,WBトランスの完成品を測定したりすることにより容易に得られる値である・・。
 巻線計画等についても,原告から開示された数値によらなくても,被告らにおいて,使用するコイルボビンの凹状溝の幅と,選択した銅線の径から巻数を算出し,上記のとおり算出された一次巻数及び二次巻数まで,整列巻で巻き回していくことは可能であると考えられる。
ウ まとめ
 ・・本件技術情報の開示を受けなければWBトランスを製造することができないといった事情までは認められず,本件技術情報がWBトランスの製造に必須であることを前提に,本件各基本契約の性質を考えることはできない。
・・略・・
2  争点⑴(本件各基本契約の性質は,本件各特許権の実施許諾契約か,それともノウハウライセンス契約か)についての判断
⑴  本件各基本契約の内容
 本件各基本契約の内容は,・・・文言上は,WBトランス製造及び販売の実施許諾,指定された装置及び資材の使用,技術情報の提供,対価としてのイニシャルフィー及びランニングロイヤルティの支払,その前提としての実施報告,特許権等の実施許諾,改良技術の通知,秘密保持といった内容が双方の権利または義務として定められており,原告が主張する技術情報の提供および秘密保持も,被告らが主張する特許権の実施許諾も,いずれも本件各基本契約の内容として定められているのであって,その関係をどのように解するかが問題となる。
⑵  原告の主張について
 原告は,本件各基本契約は,ノウハウライセンス契約であって特許の実施許諾を内容とするものではなく,イニシャルフィー及びランニングロイヤルティの支払義務は,ノウハウの使用に対する対価であって,特許の使用許諾に対する対価ではないから,本件各特許権の消滅により影響されない旨を主張する。
 しかしながら,ノウハウライセンス契約であるとの主張は,本件技術情報がなければWBトランスを製造することができないとの原告の主張を前提とするものであるところ,その主張が失当であることは既に述べたとおりである。
・・・WBトランスとして定義されたものは,本件各特許権の特許請求の範囲の文言と一致する部分が多く,当初契約の際の川鉄電設側の説明によっても,特許権者の許諾を得ない限り,これを製造,販売することはできないと考えられる。WBトランスの製造に使用する資材や装置にも,川鉄電設や川崎製鉄の権利が及ぶものは多いと考えられ,権利者の許諾を得るか,権利者又はその許諾を得た者が製造した資材や装置を購入等するのでなければWBトランスを製造,販売することはできず,単に製造に関する技術情報やノウハウの提供を受けるのでは足りないというべきである。
 ・・・被告らの照会やトランスの設計依頼に応じて,川鉄電設又は原告から情報提供が多数回にわたって行われているが,時期的なところに着目すると,被告らが当初契約を締結し,WBトランスの設計,製造をしてその販売を行い始めた平成9年から平成13年までの間になされたものが大部分であり,最長20年にわたるランニングロイヤルティの支払と技術情報の提供ないし技術情報とが対価関係に立つと解することは不合理である。
 むしろ,従前にはなかった形式のものとして新たに開発したWBトランスについての実施許諾を行うに際し,被告らにおけるWBトランスの製造が軌道に乗るまでの間,WBトランスの開発者である川鉄電設又は原告が,技術情報を提供したり,技術指導を行うというのは,通常予定されるところと考えられること,川鉄電設から原告に契約関係を承継した際に,・・・当初契約に係るイニシャルフィーは承継せず,追加契約に係るイニシャルフィーは,実施分を控除して原告に承継される扱いであったことからすると,本件各基本契約において,技術情報の提供や技術指導の対価と認められるのは,契約当初に支払われるイニシャルフィーと解するのが合理的である。
 以上を総合すると,本件各基本契約には,前記⑴で要約した複数の要素が含まれるものの,その中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり,本件技術情報の提供は,これに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も,本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり,これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。
 原告は,本件各基本契約の体裁として,第2条にWBトランスの製造,販売の実施権の許諾を,第3条に技術情報の提供を,第7条に特許権の実施許諾を定めた上で,第4条の対価は第2条,第3条の対価である旨定めていることをその主張の根拠とする。しかし,既に検討したとおり,そもそも本件各特許権の実施許諾なしにWBトランスを製造,販売することはあり得ないし,契約の第2条において,鉄心巻込装置,コイルボビン,フレームについては川鉄電設が特許出願中のものを使用すべきことが定められていることからしても,同条の実施許諾は,本件各特許権の実施許諾を含むものであり,第7条の規定は,特許の登録後と出願中の場合とを分けて規定したものと解されるから,第4条の対価に特許の実施許諾に対するものが含まれないと解することはできない。
 したがって,本件各基本契約がノウハウライセンス契約であり,ランニングロイヤルティ等はノウハウの使用許諾の対価であって,本件各特許権の消滅によっては影響されないとする原告の主張は採用できない。
・・略・・
 ・・本件各基本契約は,本件各特許権の実施許諾を中心とするものであり,少なくともランニングロイヤルティはこれに対する対価とみるべきものであるから,本件各特許権が存続期間満了により消滅した場合には,ランニングロイヤルティの支払義務は当然に終了するものと解するのが相当である。

【検討】

 本判決は,ノウハウについてのライセンス及び特許権の実施許諾の双方を内容に含む契約について,実際にノウハウとして開示された情報や製造された製品の内容から,契約の性質は,特許権実施許諾契約であるとし,対象となる特許権の期間満了によりロイヤリティ(実施料)の支払い義務は終了すると判断した。
 1.ノウハウライセンス契約と特許権実施許諾契約
 特許権のライセンス(通常実施権)の法的性質は,物権的権利の行使をさせないという不作為請求権であるとされている(大阪高判平成15年5月27日(平15(ネ)320号))。そのため,特許権実施許諾契約は,物権的権利の行使をしないことを約する契約であると解することができる。
 一方,ノウハウのライセンスの法的性質について考えると,ノウハウの保有者には,排他的使用権が本来的に与えられているわけではないことから,秘密であるノウハウ(技術情報)の開示を受け,契約上の一定の条件の下でそれを使用する権利であると考えられる。そのため,ノウハウライセンス契約は,ノウハウを使用するための権利を与える契約であると解することができる。
 上記の違いから,特許権実施許諾契約は,特許権が存続期間の満了により消滅した場合,終了するのに対し,ノウハウライセンス契約は,使用権が与えられている限り,対価の支払いが存続する。
 本件についても,上記を前提に,本件各基本契約が,ノウハウライセンス契約である場合は,使用権が与えられていた間,被告らにライセンスロイヤリティの支払い義務が生じ,特許権実施許諾契約である場合は,本件各特許権が存続期間満了により消滅した後,被告らにライセンスロイヤリティの支払い義務は生じないこととされ,本件各基本契約の性質が争われた。
 2.契約の性質
 契約は,当事者間で自由に定めることができる(私的自治の原則)。そのため,契約の性質について解釈を行う場合は,当該契約の内容から,当事者間の合理的意思を解釈し行われる。特許権実施許諾契約やノウハウライセンス契約においてもこれは同様である。
 3.本件
 本件各基本契約では,ノウハウのライセンスに関する条項(第2条)と特許権実施許諾に関する条項(第7条)がどちらも含まれている。そのため,当事者は,本件各基本契約にノウハウライセンス契約及び特許権実施許諾契約のどちらの性質も持たせることを想定していたとも考えられる。すると,個別具体的な事情を考慮し,本件各基本契約の中心的な性質がどちらであったかを認定した本判決も妥当であるとも考えられる。
 しかしながら,本件各基本契約では,まず第1条にて「技術情報」の定義が定められ,その後,第2条で技術情報(ノウハウ)についての許諾文言が定められている。そのため,ノウハウについてライセンスが行われていることは明確であるといえる。一方,特許権の実施許諾については,第7条にて「本件各基本契約期間中において取得するWBトランスに関する特許権等について,・・通常実施権・・を許諾」という文言で定められているのみであり,対象となる特許権も明確とされていない。さらに,対価に関する条項では(第4条),「ウ(第2条)の実施許諾及びエ(第3条)の技術援助等の対価として,ランニングロイヤルティとして,第三者へのWBトランスの販売価格の3%相当額を川鉄電設に支払う」と定められており,ライセンスロイヤリティの対象が,第2条のノウハウライセンスであることが明らかであるといえる。(この点,「ウ(第2条)の実施許諾及びエ(第3条)の技術援助」という文言から,特許実施許諾の対価としても定められていると解する余地もあるが,当事者の合理的な意思解釈とすれば,通常は,ノウハウライセンスへの対価を定めたものといえよう。)
 これらの点を加味すると,本件各基本契約は,ノウハウライセンス契約であったと考える方が,当事者の合理的な意思に沿うものではないかと思われる。

以上
(文責)弁護士 市橋 景子


[1] なお,本件では,被告らが,本件各基本契約の解除後においても,原告から被告らに対して開示した本件技術情報を使用して変圧器を製造,販売していることについて,不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に当たるとして,同法3条1項及び2項に基づき,被告らの製品の製造,販売の差止め及び廃棄の請求も行われたが,本検討では,契約の性質についてのみ取扱う。