【令和元年12月17日判決(東京地方裁判所 平成30年(ワ)第34728号)】

【事案の概要】
 本件は、発明の名称を「分割起点形成方法及び分割起点形成装置」とする特許権(特許第6197970号。請求項の数は4である。以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である原告が、被告に対し、SDレーザソー(別紙被告製品目録記載の各製品(以下「被告各製品」という。)品の製造販売等は,特許法101条2号による間接侵害に該当するから,上記特許権を侵害するとみなされる旨主張して,上記特許権に基づき,被告各製品の製造,譲渡等の差止めを求めるとともに,上記侵害行為を組成したものであるとして,被告各製品の廃棄を求めた事案である。

【キーワード】
間接侵害、特許法第102条第2号、「物の生産に用いる物」、「その発明による課題の解決のために不可欠なもの」

本件発明

 本件発明を分説すると以下のとおりである。
 A 内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを分割するための分割起点形成装置において,
 B 前記ウェーハの前記改質領域を研削除去するための研削手段であって,
 C 前記改質領域から延びる微小亀裂を前記ウェーハの表面に露出させない状態で前記ウェーハの裏面を研削除去する研削手段を有する,
 D 分割起点形成装置。

争点

 本件では,3つの争点があるが,主として、被告各製品が,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物…であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるかが問題となった。この点に関して、原告は、SDレーザソー(被告各製品搭載)及び研削装置は,本件発明の「分割起点形成装置」を構成するものであるといえるから,被告各製品は,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物」に当たるといえると主張したのに対し、被告は、被告各製品は,本件発明に係る「分割起点形成装置」(研削装置)の「生産に用いる物」に当たらないと主張した。以下,下線等の強調は,筆者が付した。

裁判所の判断

1 争点2(被告各製品が,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物(中略)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるか)

(1)生産用途要件
 裁判所は、いわゆる生産用途要件の充足性について、以下のとおり判示した。

 本件特許請求の範囲の記載をみると,本件発明に係る「物」である「分割起点形成装置」(構成要件A,D)は,「内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを分割するための」装置であるものであって,上記の「形成した」という記載文言からすれば,既にその内部にレーザ光で改質領域が形成されたウェーハを加工対象物として,その割断のための分割の起点を形成する装置であることが明らかである。
 このことは,本件明細書の各記載からも裏付けられる。すなわち,本件発明の課題は,チップ断面の改質領域の部分からの発塵やチップの破断等を防ぎ,抗折強度の高い,安定した品質のチップを効率よく得るようにすることにあるところ(段落【0010】,【0022】),本件発明は,研削後においても,微小空孔が大きくなり亀裂が進展するものの,完全に基板は分割されていない点に技術的特徴があり(段落【0051】),また,本件発明の実施の形態によれば,研削によりレーザ光により形成された改質領域内のクラックを進展させることができるため,チップCの断面にレーザ光により形成された改質領域が残らないようにすることができる(段落【0209】)というのである。これらによれば,本件発明は,その内部に既にレーザ光で改質領域が形成されたウェーハを対象として所定の加工等を行うに当たり,クラックの進展の程度を制御しようとする技術思想のものであることが認められる。
 そうすると,SDレーザソーに搭載される被告各製品は,あくまでその内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを製作するためのものであり,本件発明に係る分割起点形成装置に対しては,その加工対象物を提供するという位置付けを有するものにとどまるというべきであるから,このような被告各製品をもって,同分割起点形成装置の生産に用いる物ということはできないというほかない。
 したがって,被告各製品は,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物」に当たるということはできない。

(2)不可欠性要件
 裁判所は、不可欠性要件について、以下のとおり判示した。

 上記のとおり,構成要件A,Dは,既にその内部にレーザ光で改質領域が形成れたウェーハを加工対象物として,その割断のための分割の起点を形成する装置であることを示すものであり,本件発明に係る上記技術思想を実現する構成を特定するものではないことからすれば,本件特許請求の範囲の記載において,同技術思想について具体的に特定している構成は,構成要件B(「前記ウェーハの前記改質領域を研削除去するための研削手段であって,」),構成要件C(「前記改質領域から延びる微小亀裂を前記ウェーハの表面に露出させない状態で前記ウェーハの裏面を研削除去する研削手段を有する,」)にいう「研削手段」であるものというべきである。
 そうすると,本件発明は,SDBGプロセス実行システムBを実現する複数の装置の中で,上記「研削手段」により,課題を解決する発明であると解されるものであって,本件発明において,課題解決手段による作用効果を直接もたらすものは,上記「研削手段」以外には存しないというべきであるから,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるものは,構成要件B,Cの「研削手段」であるというべきである。
 しかして,SDレーザソーに搭載される被告各製品は,飽くまでウェーハ内部に改質領域を作るための装置であって,上記構成要件B,Cの「研削手段」を実現する装置ではない。そうすると,被告各製品は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるとはいえないというべきである。

検討

(1)生産用途要件について
 特許法第101条第2号にいう「その物の生産に用いる物」は、当該物の部品や原料などが、少なくともこれに当たると解されている。特許発明に係る物の直接の物(原料など)に加えて、当該直接の物を生産するための物(発明に係る物の原料の原料など)がこれに当たるかどうかの議論がある。特許法第101条第5号についても、同様の議論がなされており、この点について、知財高裁平成17年9月30日判決は、特許法第101条第5号は、「その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって,そのような物の生産に用いられる物を製造,譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない」とし、使用用途要件につき,当該物自体が直接方法特許の使用に供されなければならないとの判断を示したと評価されている。
 本件の被告各製品は,レーザ加工を行うためのレーザエンジンであるところ,レーザエンジンとは,レーザ光源,光学系ユニット,自動焦点ユニット及びこれらの制御装置から成り,制御装置による制御の下で,レーザ出射装置からウェーハに向けて所定の条件でレーザ光を出射することにより,ウェーハ内部に改質領域が形成されるというものである。本件発明の構成要件Aの「内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを分割するための分割起点形成装置」という記載からすれば、被告各製品は、少なくとも分割起点形成装置(その物)の部品ではないと考えられる。
 このような被告各製品について、裁判所は、「あくまでその内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを製作するためのものであり,本件発明に係る分割起点形成装置に対しては,その加工対象物を提供するという位置付けを有するものにとどまる」と判示した。特許法第101条第2号の「その物の生産に用いる物」の該当性の判断にあたって、その物(分割起点形成装置)に対する位置付けを問題にしており、事例判断とはいえ、一つの参考にはなると思われる。もっとも、裁判所が特許法第101条第2号の「その物の生産に用いる物」の解釈を示していないこと、また、上記判示は、分割起点形成装置に対する位置付けを問題にしているものの、その物(分割起点形成装置)との直接性を問題にしているかどうかは明らかではないことから、その物(分割起点形成装置)との関係でどの範囲の物が含まれるかは不明であると考える。

(2)不可欠性要件について
 裁判所は、「その発明による課題の解決に不可欠なもの」との要件についても、その解釈を示していない。もっとも、「本件発明は,SDBGプロセス実行システムBを実現する複数の装置の中で,上記「研削手段」により,課題を解決する発明であると解されるものであって,本件発明において,課題解決手段による作用効果を直接もたらすものは,上記「研削手段」以外には存しないというべきであるから,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるものは,構成要件B,Cの「研削手段」であるというべきである。」との判示からすれば、「その発明による課題の解決に不可欠なもの」は、課題解決手段による作用効果を直接にもたらす手段と解しているようである。
 本件は、特許法第101条第2号の「その物の生産に用いる物」及び「発明による課題の解決に不可欠なもの」の該当性について判断した事案として参考になるものと思われることから紹介した。

以上
(文責)弁護士・弁理士 梶井啓順