【東京地裁令和元年12月3日判決(平成31年(ワ)第1270号)】

【判旨】
 原告が,被告において別紙被告標章目録記載の各標章を付した商品を譲渡し,譲渡のために展示した行為等について,商標権侵害及び不正競争防止法2条1項1号違反に基づく差止及び損害賠償請求を行った事案。裁判所は、本件仕入先業者から被告を介することなく原告に商品を直送するような場合において,商品に標章を付す行為について着目するときには,当該行為は被告による行為ではなく,本件仕入先業者による行為として捉えられるものというべきであるとして、商標権侵害の成立を否定し、不正競争防止法違反についても周知性がないこと等を理由に請求を棄却した。

【キーワード】
商標の使用、不正競争防止法2条1項1号、周知性、営業等表示、特別顕著性

事案の概要及び争点

(1)事案の概要
 本件は,原告が,被告において別紙被告標章目録記載の各標章を付した商品を譲渡し,譲渡のために展示した行為等について,①原告が有する別紙商標権目録記載の商標権を侵害すると共に,②原告の商品等表示として周知の商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用したものであり不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号の不正競争行為に該当すると主張して,被告に対し,商標法36条1項,2項又は不競法3条1項,2項に基づき(選択的主張),上記商品の販売等の差止め,上記商品の廃棄等を求め(前記第1の1(1)ないし(3),同2(1)),また,民法709条,商標法38条3項又は2項に基づき,損害賠償金(主位的には16万3952円,予備的には5万0852円)及びこれに対する平成31年2月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(前記第1の1(4),同2(2))事案である。

※各商標の態様

原告商標 被告標章

【商標権】
TOWER PRO
(標準文字)

【営業等表示】

(2)争点
 本件の争点は,下記のとおりである。
   (1)  商標権侵害の成否(争点1)
   ア 原告商標と被告各標章との類否(争点1-1)
   イ 被告による商標権侵害行為の有無(争点1-2)
   (2)  不競法2条1項1号所定の不正競争行為の成否(争点2)
   ア 原告各商品の標章又は形態が周知な商品等表示といえるか(争点2-1)
   イ 類似性及び混同のおそれの有無(争点2-2)
   (3)  被告の故意又は過失の有無(争点3)
   (4)  損害額(争点4)

裁判所の判断

(1)争点1(商標権侵害の成否)について
 裁判所は、以下のとおり、本件の流通過程における具体的事情に照らせば、「本件のように本件仕入先業者から被告を介することなく原告に商品を直送するような場合において,商品に標章を付す行為について着目するときには,当該行為の性質及び内容に照らせば,被告と本件仕入先業者とは別個の主体であるというべきであるから,特段の事情がない限り,上記行為は被告による行為ではなく,本件仕入先業者による行為として捉えられるものというべきである」として、商標権侵害を否定した。

※裁判例より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)

 1  争点1(商標権侵害の成否)について
    (1)  各末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
    ア 被告ウェブサイトにおける被告各商品の展示等の状況
  被告ウェブサイトにおいては,被告各商品が販売のために展示され,被告各商品に係る情報として,別紙被告商品目録記載1ないし4の各型番のほか,「メタルギア・デジタルサーボ」「(海外から直送)」等の文字列と,被告各商品の外観に係る画像が表示されていたが,原告商標である「TOWER PRO」と同一又は類似の文字列は表示されていなかった。(甲3~6)
    イ 被告が本件仕入先業者に発注した際の状況
  前記第2の1(3)ウのとおり,被告は,インターネット上の通販サイトで,本件仕入先業者に対して,納入先を原告として被告各商品を注文したところ,同通販サイトにおいては,当該商品に係る情報として,別紙被告商品目録記載1ないし4の各型番のほか,「メタルギア」「サーボ」等の文字列と,「FUNGWAN」という文字列を含むラベルが貼付された商品の外観に係る画像が表示されていたが,原告商標である「TOWER PRO」と同一又は類似の文字列は表示されていなかった。(乙2~4)
    (2)  本件事案に鑑み,まず,争点1-2(被告による商標権侵害行為の有無)について判断する。
    ア 上記第2の1の前提事実及び上記(1)の認定事実からすれば,被告は,被告ウェブサイトにおいて,原告商標である「TOWER PRO」と同一又は類似する文字列を使用しない状態で,被告各商品を展示して販売の申出をしていたところ,同ウェブサイトにおいて原告から被告各商品の発注を受けたため,別の通販サイトにおいて,本件仕入先業者による,原告商標である「TOWER PRO」と同一又は類似する文字列を使用しない状態で展示されていた商品を見出して,同人に対し,納入先を原告として同商品を発注したものである。
  そうすると,本件仕入先業者から原告に対し直送された被告各商品に原告商標である「TOWER PRO」と同一又は類似する文字列を含む被告各標章が付されていたとしても,本件のように本件仕入先業者から被告を介することなく原告に商品を直送するような場合において,商品に標章を付す行為について着目するときには,当該行為の性質及び内容に照らせば,被告と本件仕入先業者とは別個の主体であるというべきであるから,特段の事情がない限り,上記行為は被告による行為ではなく,本件仕入先業者による行為として捉えられるものというべきである。しかして,本件において,被告と本件仕入先業者との間に,通常の取引関係を超えた緊密な関係が存在する状況にあったこと,または,被告が本件仕入先業者が発送した商品の現物を認識すべき状況にあったことなど,同人の行為を被告による行為と同視すべきことを合理的に根拠づけるような事情は何らうかがわれず,その他,本件全証拠をみても,上記の特段の事情を認めるに足りるものはない。
    イ これに対し,原告は,商品購入の申込みをするに当たり当事者として表示されるのは被告の屋号であり,本件仕入先業者の名前は何ら表示されていないこと,被告各商品の売買契約は原告と被告との間に成立しており,本件仕入先業者は当該売買契約の当事者ではないこと等を主張する。
  しかしながら,商品購入の申込みをするに当たり被告の屋号が表示されていたとしても,本件のように仕入業者から被告を介することなく原告に商品を直送するような場合においては,被告各商品の売主であることから直ちに,同商品に対し標章を付す行為を行った者であることまでもが導かれることにはならず,上記説示のとおり,本件仕入先業者の行為を被告による行為と同視すべき事情はうかがわれないところである。また,前記(1)の認定事実によれば,原告と被告との間の売買契約は,原告商標である「TOWER PRO」と同一又は類似する文字列を使用しない状態で展示されていた,被告各商品を目的として成立したものであるといえ,そのような売買契約の成立により直ちに原告商標権を侵害し得る具体的な危険性が生ずるものとも認め難いことからすれば,被告が上記売買契約の当事者であるという事実によって直ちに前記アの説示が左右されるものではないというべきである。
    (3)  以上によれば,仮に,原告標章と被告各標章の類似性が肯定されて(争点1-1),原告に対する被告各商品の販売が原告商標権の侵害行為を構成し得るとしても,これを被告による行為と捉えることはできないし,他に商標権侵害を構成し得る行為は見当たらない以上,被告による原告商標権の侵害は認められない。

(2)争点2(不競法2条1項1号所定の不正競争行為の成否)について
 また、不正競争防止法2条1項1号に関しても、本件では原告主張の各表示について営業等表示該当性ないし周知性が認められず、被告標章との類似性や混同のおそれもないとして、原告の請求を棄却した。

 2  争点2(不競法2条1項1号所定の不正競争行為の成否)について
    (1)  原告各商品の標章又は形態が周知な商品等表示といえるか(争点2-1)について
  原告は,原告表示1-1ないし同2-3につき,原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されている旨を主張する。
  しかしながら,次のとおり,原告主張に係る各表示は,いずれも原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されているとは認められない。
    ア 原告表示1-2及び同2-2について
  原告主張に係る原告表示1-2及び同2-2は,いずれもサーボモーターの外観を示したものであるところ,原告は,これらが単に原告表示1-1及び同2-1の型番が表示され,又は原告表示1-3及び同2-3のラベルが貼付された状態を説明したものにとどまるものではなく,各サーボモーターの形態自体が,原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されている旨を主張しているものと解される。
  この点,不競法2条1項1号にいう「商品等表示」とは,人の業務に係る氏名,商号,商標,標章,商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいい,しかして,商品の形態は,これに付される商標等とは異なり,本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではない。そうすると,このような商品の形態自体が不競法2条1項1号の「商品等表示」に該当するためには,①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性),かつ,②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され,又は極めて強力な広告宣伝や爆発的な販売実績等により,需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)を要するものと解するのが相当である。
  これを本件について見るに,原告表示1-2及び同2-2のいずれについても,他のサーボモーターの形態と対比して客観的に異なる顕著な特徴を具体的に含んでいることを的確に認めるに足りる証拠はないものであって,同形態が上記①の特別顕著性を有しているとは認められないというべきである。
  したがって,原告表示1-2及び同2-2はいずれも不競法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たるとはいえない。
    イ その他の表示について
  原告は,原告表示1-1ないし同2-3の表示が周知性を有することの根拠として,原告各商品が各種媒体において頻繁に使用例が掲載されていること,インターネット上の検索サイトで,「メタルギア サーボ」のキーワードを用いて検索すると,検索結果の上位の大半を原告各商品に係る表示が占めること,最大手のオンライン通販市場の売上げランキングにおいて上位を独占していること,秋葉原の小売店での販売実績の上位であること等を挙げる。
  しかしながら,各種媒体における掲載状況や小売店での販売実績については,これを具体的に認めるに足りる客観的な証拠はなく,また,検索サイトの検索結果についても,原告の主張する上記キーワードとは別のキーワードによる検索結果に係る資料(甲15,16)が提出されているにすぎず,さらに,オンライン通販市場での売上げランキングについても,期間が限定された,断片的な資料(甲17,18)が提出されているにすぎないのであって,その他本件全証拠を精査しても,原告主張に係るその他の表示(原告表示1-1,同1-3,同2-1及び同2-3)の付された商品を見た需要者において,商品の出所が原告であると認識する状況になるまでに至っているものと認めるには足りないというべきである。
  したがって,原告主張に係るその他の表示は,いずれも原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されているとは認められず,不競法2条1項1号にいう「他人の商品等表示(中略)として需要者の間に広く認識されているもの」に当たるとはいえない。
    (2)  類似性,混同のおそれの有無(争点2-2)について
  以上の説示によれば,不正競争行為の成否に係る原告の主張は既に理由がないものであるが,なお念のため,原告表示1-3及び同2-3と被告表示1-3及び同2-3との類似性及び混同のおそれの有無につき検討する。
  この点,原告表示1-3は,横書き3行の文字列で構成されており,1行目が「Towerpro」,2行目が「MG996R」,3行目が「DIGI HI TORQUE」と表示されているのに対し,被告表示1-3は,1行目に相当するスペースは黒色の地に紫色で塗りつぶされたように見えるが文字は確認できない状態であり,2行目は原告表示1-3と同様の文字が表示され,3行目は「DIGI HI TORQU」の文字列が表示され,「U」に続く文字は不鮮明な状態となっている。
  また,原告表示2-3は1行目が「TowerPro」,2行目が「MG995」,3行目が「DIGI HI-SPEED」と表示されているのに対し,被告表示2-3は1行目には「DUSCO」及び「E」と読める文字列,2行目及び3行目は原告表示2-3と同様の文字が表示されている。
  しかして,商標の類否ないし混同のおそれの有無は,同一又は類似の商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察して決すべきものであるところ,原告表示1-3と被告表示1-3及び原告表示2-3と被告表示2-3とをそれぞれ対比すると,1行目の表示が全く異なる文字列で構成されているか(被告表示2-3)又はそもそも文字列の表示が確認できない状態であり(被告表示1-3),この部分の外観,観念,称呼が異なることは明らかであって,また,2行目の「MG996R」及び「MG995」や3行目の「DIGI HI-SPEED」は一致し,3行目の「DIGI HI TORQUE」は概ね一致しているが,これは,上記各表示が使用される商品であるサーボモーターの型番や性状を示す部分にすぎないと認められる。
  以上に照らし,サーボモーターに係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すれば,表示全体として,原告表示1-3と被告表示1-3及び原告表示2-3と被告表示2-3とが類似しているとは認め難いというほかなく,混同のおそれがあるということもできない。
    (3)  以上によれば,被告による被告各商品の販売行為等は,不競法2条1項1号所定の不正競争行為に当たらない。

検討

 本件は、被告表示は原告の登録商標である「TOWER PRO」を含んでいることから、商標の外観だけを見れば、原告と被告の表示は同一ないし類似といえなくもないが、商品の流通形態等の具体的事情を考慮の上、被告は商標権侵害の主体に該当しないと判示した点で興味深い。また、不正競争防止法2条1項1号の点に関しても、原告の商品形態を営業等表示として主張しているものの、特別顕著性を欠くことを理由に営業等表示該当性が否定されている。近年、商品形態が営業等表示として主張される事案が増えているが、不正競争防止法2条1項1号における保護期間が半永久的であることに鑑みると、個人的には安易に商品形態に同号の保護を与えるべきでないと思料する。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸