【知財高判令和元年9月18日(平成31年(行ケ)第10033号)】

【キーワード】
商標登録の取消しの審判,書証の成立の真正,信用性

【判旨】
 通常使用権者が,要証期間内に,日本国内において,取消対象役務である「建設工事」について,本件商標を使用した(商標法50条2項)と認められるから,本件審決は取り消されるべきものである。

事案の概要

1.はじめに
 本件は,「登録第5639879号商標の指定役務中,第37類「建設工事」についての商標登録を取り消す。」旨の審決(本稿において「本件審決」といいます。また,取消しに係る役務を「取消対象役務」といいます。)の取消しを求める訴訟です。主な争点は,通常使用権者による本件商標の使用です。

2.本件商標
 原告は,次の商標(本稿において「本件商標」といいます。)の商標権者です。
登録番号:第5639879号
登録出願日 平成25年7月9日
設定登録日 平成25年12月27日
登録商標(標準文字) アンドホーム
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第37類 建設工事,建築工事に関する助言,建築物の施工管理,建築設備の運転・点検・整備
第42類 建築物の設計,測量,地質の調査,デザインの考案,建築又は都市計画に関する研究

3.本件審判
 被告は,本件商標の指定役務中,第37類「建設工事」についての不使用を理由として,商標法50条1項に基づき,商標登録取消審判請求をし,平成29年6月22日,同請求が登録されました(取消2017-300387号)。特許庁は,当該請求につき,上記の本件審決をしました。本件審決の理由の要旨は,次のとおりです。
「原告の被告に対する本件商標の使用許諾は認められないから,被告が通常使用権者として,本件商標を使用したものとは認められない。
 また,K(以下「K」という。なお,本件審決では「K氏」と記載されている。)は,本件商標の通常使用権者であると認めうるとしても,取消対象役務について本件商標を使用したものとは認められない。
 したがって,原告が,前記取消審判請求の登録前3年以内…に日本国内において,商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが取消対象役務について本件商標を使用していたことを証明したとは認められない。
 よって,本件商標は,商標法50条の規定により,取消対象役務について,その登録を取り消すべきものである。」

4.本件訴訟
 本件審決の取り消しを求めたのが本件訴訟です。原告は,取消事由として,原告の被告に対する使用許諾についての判断の誤り(取消事由1)と,Kによる本件商標の使用についての判断の誤り(取消事由2)を主張しました。裁判所は,取消事由2には理由があるとして,本件審決を取り消しました。
 以下では,不使用取消審判の意義等について確認した上で,裁判所の判断の要点を確認します。

判旨等(-請求認容-)

1.原告の主張
「建設工事は,①施工する前にどこの土地に,②どのような建築物を建築するかを決定し,③請負契約を締結し,④建築確認を受け,⑤建築物を建築する等を行うといった過程を辿るところ,建設工事の役務は,①から⑤までの全ての過程を指す。いずれかの過程を,商標を付して行えば,商標に対し,建設工事という役務についての需要者の保護すべき信用が化体されるといえるから,商標を付して建設工事の役務を行ったものというべきである。
 本件において,Kは,「アンドホーム」の標章を付して建設場所をどの土地にするのかについてアドバイスを行い,また,「アンドホーム」名義で地盤調査も発注した。
 また,Kは,建築物の建築にあたって,注文者に助言を行い,注文者とともにどのような建築物を建築するかを決定し,注文者と請負契約を締結した。
 そして,Kは,上記請負契約に基づく義務を履行するために,どのような建築工事をするか下請業者にアドバイスをし,下請業者に対してリビング工事等の建築工事及び仮設工事等を「アンドホーム」の名で依頼し,下請業者が建築工事に必要な作業を行った。
 Kは,平成28年6月9日以降,屋号を「株式会社シンプルハウス」としたが,上記①から④と,⑤の一部の過程は,「アンドホーム」として行った。
 したがって,Kは「アンドホーム」の標章を付して建設工事の役務を提供したといえる。」

2.被告の主張
「被告は,原告が主張する事実関係を争うものである。また,原告がその事実関係を裏付けるものとして提出する書証につき,その成立及び信用性を争う。」

3.裁判所の判断
「ア まず,上記各書証の成立の真正についてみると,原本で提出されているもの…と写しが原本として提出されているもの…とが存在する。そして,信用性の点につき別途の検討を要するとしても,その記載内容や外観,この点に関する本件審判手続の証人尋問におけるKの供述内容…によれば,当該各書証の名義人として表示された者の意思に基づいて当該各書証が作成されたこと,すなわち各書証の成立の真正(写しを原本として提出する書証についてはその原本の存在も含む。)が認められる。
イ これに対し,被告は上記のとおり各書証の成立の真正を争うものの,被告自身が名義人であるなど,被告がその作成過程を認識し得る書証は含まれておらず,当該各書証に名義人として表示された特定の作成者の意思に基づかずに当該各書証が作成されたことについて具体的な事実関係を主張するものではない。むしろ,被告の主張は,各書証の作成名義ではなく,その作成時期や記載内容の信用性を争うものである…。そうすると,当該各書証の成立の真正に関する被告の主張は採用できず,前記アの通り,…各書証の成立の真正が認められる。」

「工事請負契約1に係る確認済証及びその添付書類一式…及び同契約に係る建築計画概要書…は,行政官庁に提出され,行政官庁において保管されていた文書の写しであるから,当該行政官庁に対して行った手続の内容に関する証拠としては信用性が高いといえるところ,これによれば,平成28年6月9日の建築確認申請の際にKが営業所名を「アンドホーム」として手続をし,同月15日に営業所名を「株式会社シンプルハウス」に変更する手続をしたことが認められる。かかる事実は,前記アのKの供述内容のうち,Kが,平成28年6月9日に「アンドホーム」から「シンプルハウス」に名前を変えて法人化したが,それまでの間は「アンドホーム」の名称で建物の建築等の事業を行っていたという,最も重要な部分を裏付けるものである。
 そうすると,…Kの供述内容のうち,「アンドホーム」の名称での契約締結やその契約において提供した役務等に係る点については,上記のとおり,重要な点において裏付けが存する上,その供述内容全体も,合理的なものであって不自然な点は存しないから,基本的には信用できるというべきである。」

検討

1.商標法50条1項
(1)条文の内容
 商標法50条1項は,次のとおり規定しています。
「(商標登録の取消しの審判)
第五十条 継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。
(以下略)」

(2)規定の趣旨
 我が国では登録主義を採用しているので,使用主義を採用する諸国のように,商標の使用は,商標権の発生及び存続の要件ではありません。しかし,商標は,現実に使用されることによって業務上の信用維持という機能を果たすことから,商標法上の保護は,本来,商標の使用によって蓄積された信用に与えられます。一定期間使用されていない登録商標については,保護すべき信用も発生しないか,すでに消滅しているので,商標法上の保護を与える対象としてふさわしくありません。さらに,本来何人も自由に標章を使用して経済活動ができるところ,使用の伴わない登録商標を放置することによって,商標の選択の余地を狭めこれを阻害します。また,使用の伴わない登録商標に対して排他的独占的権利を与えておくのは国民一般の利益に反します。したがって,商標法は,登録主義を採用しつつ,不使用の商標を放置するのではなく,請求を待って取り消す制度を採用しました1

2.裁判所の判断及び実務的な留意点
 被告は,原告が登録商標の使用に関して提出した証拠につき,書証の成立の真正及び信用性を争いましたが,裁判所は,いずれも,被告の主張を採用しませんでした。
 書証の成立の真正については,裁判所は,「被告自身が名義人であるなど,被告がその作成過程を認識し得る書証は含まれておらず,当該各書証に名義人として表示された特定の作成者の意思に基づかずに当該各書証が作成されたことについて具体的な事実関係を主張するものではない」と述べています。この判示内容からしますと,書証の成立の真正を争うには,「その作成過程を認識し得る書証」が必要であるとも読め,かなり難しいことといえそうです。
 次に,信用性については,裁判所は,書証の一つが「行政官庁に提出され,行政官庁において保管されていた文書の写し」であることを重視しています。この判示内容を踏まえますと,もし,紛争になりかけている事案において,万が一のことを考えて証拠を作成する場合には,信用性確保の観点から,行政官庁を関与させる方法により証拠作成を行っておくことが考えられます。

以上
(文責)弁護士 永島太郎


1 金井重彦等「商標法コンメンタール」746頁