【知財高裁令和1年11月25日(令和1年(ネ)10043号)】

事案の概要

 本件は、学習塾等の運営に当たって原判決別紙1-1及び1-2の各問題(本件問題)並びに同別紙1-3及び1-4の「解答と解説」と題する各解説(本件解説)を作成した控訴人が、控訴人とは別個に本件問題についての解説(被告ライブ解説)をインターネット上で動画配信した被控訴人に対し、〈1〉被控訴人が被告ライブ解説に際して本件問題及び本件解説を複製して利用することによって控訴人の複製権を侵害した旨主張し、また、〈2〉被告ライブ解説は本件問題及び本件解説の翻案であるから翻案権の侵害に当たる旨主張して、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、上記動画等の配信の差止め及びその予防を求めるとともに、同法114条2項に基づき、損害賠償の一部請求として1500万円及びこれに対する不法行為の日以後である平成30年6月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却する原判決をした。控訴人がこれを不服として控訴した。

判決抜粋(下線部筆者)

第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も、控訴人の請求は棄却されるべきものであると判断する。その理由は、控訴人の補充主張に対する判断を次項以下に付加するほかは、原判決「事実及び理由」「第4 当裁判所の判断」(原判決10頁7行目から13頁15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、引用に当たり、原判決12頁22行目、同23行目、13頁3行目、同9行目及び12行目の各「本質的」の前にいずれも「表現上の」を加える。
 2 控訴人の補充主張(上記第2の4)に対する判断
  (1) 被控訴人は、本件問題又は本件解説の複製を行っているかについて
  この点に関しては、原判決(原判決11頁21行目から同12頁10行目)に指摘されているとおり、被控訴人が、本件問題又は本件解説の複製を行っているとは認められない
  控訴人は、被告ライブ解説に接する生徒たちがテストを受けてきたばかりであって問題文の記憶が鮮明に残っていること、生徒たちが本件問題及び本件解説を手元に置いて参照しながら視聴していることをも総合的に考察すべきである旨主張するが、被控訴人の手によって有形的な再製が行われていない以上、「複製」が行われたと認めることはできない
  (2) 被告ライブ解説は本件問題の翻案に当たるかについて
  ア 最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決(同平成11年(受)第922号、民集55巻4号837頁)は、言語の著作物に関してであるが、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為であるとしている。そして、翻案の意義は、本件問題のような編集著作物についても同様であると解されるから、編集著作物の翻案が行われたといえるためには、素材の選択又は配列に含まれた既存の編集著作物の本質的特徴を直接感得することができるような別の著作物が創作されたといえる必要があるものと考えられる。
  イ これを本件について検討してみるに、本件問題は、控訴人自身も主張するとおり、題材となる作品の選択や、題材とされる文章のうち設問に取り上げる文又は箇所の選択、設問の内容、設問の配列・順序に作者の個性が現れた編集著作物であり、ここでは、このような素材の選択及び配列等に、その本質的特徴が現れているということができる。これに対し、被告ライブ解説は、作成された問題(すなわち、素材の選択及び配列等)を所与のものとして、これに対する解説、すなわち、問いかけられた問題に対する回答者の思考過程や思想内容を表現する言語の著作物であって、このような思考過程や思想内容の表現にその本質的特徴が現れているものである。このように、編集著作物である本件問題と、言語の著作物である被告ライブ解説とでは、その本質的特徴を異にするといわざるを得ないのであるから、仮に、被告ライブ解説が、本件問題が取り上げた文を対象とし、本件問題が提起したのと同一の問題を、その配列・順序に従って解説しているものであるとしても、それは、あくまでも問題の解説をしているのであって、問題を再現ないし変形しているのではなく、したがって、本件問題の翻案には当たらないものといわざるを得ない。
  この点について、控訴人は、本件問題と被告ライブ解説とはその本質的特徴を同一にするとして種々主張しているけれども、上記に指摘した点に照らし、採用することはできない。
  (3) 被告ライブ解説は本件解説の翻案に当たるかについて
  控訴人は、本件解説と被告ライブ解説とは、本件問題の読解対象文章及び設問・選択肢の文章を前提としているということでは全く共通であるから、個々の文言にほとんど共通性がないからといって、表現の本質的特徴に同一性がないということにはならない旨主張する。しかしながら、読解対象文章及び設問・選択肢の文章を前提としていること自体からは、表現にわたらない内容の同一性がもたらされるにすぎないから、表現の本質的特徴の同一性の有無は、別途、文言等の共通性等を通じて判断されるべきものである。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
  また、控訴人は、本件ライブ解説の個々の箇所について、本件解説との間で表現上の本質的特徴の同一性を有する旨主張する。しかしながら、本件解説と被告ライブ解説とがいずれも本件問題に対する解説であることに由来して内容の類似性・同一性はみられ、被告ライブ解説は、その内容については部分的に本件解説と本質的特徴を同一にするといえるものの、その表現については、控訴人の主張を踏まえて検討しても、本件解説と本質的特徴を同一にするとは認められない。したがって、控訴人の主張は採用することができない。
 3 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、本件問題及び本件解説の複製権又は翻案権侵害を控訴人が主張したが、原審と同様に棄却された。
 本件問題に関しては、生徒たちが本件問題及び本件解説を手元に置いていることを総合的に考察すべきとの控訴人の主張に対して、被控訴人の手によって有形的な再製が行われていないとして、裁判所は複製を認めなかった。「複製」の定義が「有形的な再製」である以上、被控訴人が有形的な再製を行っていなかったのでこれを認めなかった裁判所の判断は正当である。
 また、被告ライブ解説が本件問題の翻案に当たるかについては、江差追分事件の規範を用いて、編集著作物である本件問題と、言語の著作物である被告ライブ解説とでは、本質的特徴を異にし、同一の問題をその順序に従って解説したとしても、あくまで解説しているのであって問題を再現しているわけではないとして、翻案には当たらないとした。
 さらに、被告ライブ解説が本件解説の翻案に当たるかについては、本件問題の文章及び設問を前提としていることから、被告ライブ解説と本件問題に、内容の類似性・同一性が見られたとしても、文言等の表現については、被告ライブ解説が本件解説と本質的特徴を同一にするとは認められないとして、翻案には当たらないとした。
 著作権は、著作物の具体的な表現を保護するものであるところ、仮に控訴人の主張が認められたとすると、本質的特徴を同一にするという対象(保護対象)を表現自体から内容(アイディア)に拡張してしまうことになるので、裁判所の判断は正当であるといえる。
 原審を含めて、控訴人(原告)の主張の本質は、表現それ自体ではなく、内容の類似性・同一性も保護対象に含めるべきである、との内容であったので、その主張が認められなかったことは、著作権における保護対象の考え方を踏まえれば、当然の結果と考えられる1

以上
(文責)弁護士 石橋 茂


1 本件以前に、控訴人(原告)は、被控訴人(被告)のライブ配信に対して、不正競争防止法2条1項1号に該当するとして差止と損害賠償を請求したが、棄却された(東京地裁H30.5.11)。本件で著作権侵害も否定されたため、控訴人が本件問題と本件解説を保護するために残された方法としては、不正競争防止法上の営業秘密としての取扱いをすることが理論上はあり得るが、大手学習塾の営業形態上、現実的ではないだろう。