【令和5年7月28日(東京地裁 令和4年(ワ)第17015号)】
【判旨】
本件は、意匠に係る物品をスチーム調理用蓋付きトレーとする意匠登録第1616424号の意匠権(以下、「本件意匠権」といい、本件意匠権に係る意匠を「本件意匠」という。)を有する原告が、被告に対し、被告製品である「スチーム調理用蓋付きトレー」の販売等が本件意匠権を侵害すると主張して、被告製品の販売等の差止及び損害賠償等を請求した事案である。裁判所は、本件意匠と被告製品に係る意匠(以下、「被告意匠」という。)は類似するものとは認められないとして、原告の請求を全て棄却した。
【キーワード】
意匠権、類似、公知意匠、要部
1 事案の概要及び争点
原告は、キッチンウェア等の金属加工品の企画設計・製造及び販売を目的とする株式会社であり、被告は、キッチンウェア等の金属加工品の製造・輸入及び販売を目的とする株式会社である。原告の登録意匠(本件意匠)の形態は以下のとおりであった(被告意匠の形態は、判例データベースに掲載がなく不明)。
本件意匠 |
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斜視図 |
正面図 |
底面図 |
平面図 |
本件の争点は、本件意匠と被告意匠の類否(争点1)及び損害(争点2)であったが、争点1で原告の請求が棄却されたため、本稿では争点1について述べる。
2 裁判所の判断
(1) 各意匠の形態
まず、裁判所は、本件意匠及び被告意匠の形態について、それぞれ以下のとおり特定した。
※裁判例より抜粋
1 本件意匠と被告意匠 (1) 本件意匠と被告意匠は、別紙意匠公報の【図面】及び別紙被告物件目録の図面のとおりであり、これらが前記第2の4(1)の原告の主張ア、イのような形状等を有することは当事者間に争いがないところ、基本的構成態様は、意匠を大づかみに捉えたものであること、用途や使用方法それ自体は直ちに意匠とはいえないこと、本件意匠において具体的な寸法は規定されていないこと、色彩のほか、光沢や質感も需要者の美感に影響に与えるもので意匠となるとするのが相当であるが、材質そのものは意匠とはならないと解されることなどを考慮すると、それぞれの基本的構成態様、具体的構成態様は以下のとおりと認める。 (2) 本件意匠 ア 基本的構成態様 a トレー状の台座部と、取手部付きの蓋部とからなり、 b 前記台座部は、平面視円形で、円形支承板面部である中央部と周縁部を有し、周縁部には外広がり形状の傾斜鍔部を有し、中央部の前記円形支承板面部には相当数の小孔が形成され、 c 前記蓋部の外縁部が前記台座部の周縁部の上側に載置されて、前記蓋部が前記台座部の中央部の前記円形支承板面部を覆い、円形ドーム状の蓋本体部の中央頂部に前記取手部が設けられている。 イ 具体的構成態様 a 前記台座部の周縁部の前記傾斜鍔部は、外縁全周に水平フランジ部を有しかつ外径が外側に至る程大きくなるラッパ状であり、この傾斜鍔部の基部である前記円形支承板面部との境界部はほぼ垂直に近い急傾斜面に形成されていて、この急傾斜面から外側に比較的緩やかな外広がり傾斜面が形成されていているとともに、この途中にも前記急傾斜面に比べてわずかな範囲だけ垂直に近い急傾斜面が形成され、その途中に段差が形成されている形状で、この傾斜面途中の段差に蓋部の前記水平周縁フランジ部を係止させて蓋部がかぶせられ、この段差よりも外側の傾斜面は蓋部をかぶせても蓋部の全周縁の外側に突出し、前記台座部の周縁部の傾斜鍔部の下部には小孔が形成され、 b 前記台座部の中央部の前記円形支承板面部は、水平板状で、 c 前記円形支承板面部には、ほぼ全面に前記小孔が多数散在して形成されていて、この小孔は、多数の同心円方向でかつ多数の放射線方向に間隔を置いて、中心になるほど小孔が密集し、中心から離れるほど小孔は散在して並んでおり、 d 前記蓋部の本体部は、外縁全周には前記水平フランジ部を有するがその内側の周縁部は垂直に近い急傾斜状で、これより内側から中央頂部に至る範囲は緩やかな傾斜状に形成されていて、 e 前記蓋本体部の中央頂部に設けられている前記取手部は、台座部上笠状で、前記取手部は、上方に突出した円形部の上に笠状の把持部が付いていて f 前記台座部並びに取手部及び中央頂部の一部を除く前記蓋部は銀白色で金属光沢を有して金属の質感を有し、前記取手部及び前記蓋本体部の中央頂部の一部は黒色である。 (3) 被告意匠 ア 基本的構成態様 a トレー状の台座部と、取手部付きの蓋部とからなり、 b 前記台座部は、平面視円形で、円形支承板面部である中央部と周縁部を有し、周縁部には外広がり形状の傾斜鍔部を有し、中央部の前記円形支承板面部には、相当数の小孔が形成され、 c 前記蓋部の外縁部が前記台座部の周縁部の上側に載置されて、前記蓋部が前記台座部の中央部の前記円形支承板面部を覆い、円形ドーム状の蓋本体部の中央頂部に前記取手部が設けられている。 イ 具体的構成態様 a 前記台座部の周縁部の前記傾斜鍔部は、外縁全周に水平フランジ部を有しかつ外径が外側に至る程大きくなるラッパ状であるが、外広がり状の平坦傾斜面ではなく、この傾斜鍔部の基部すなわち前記円形支承板面部との境界部はほぼ垂直に近い急傾斜面に形成されていて、この急傾斜面から外側に比較的緩やかな外広がり傾斜面が形成されていているとともに、この途中にも前記急傾斜面に比べてわずかな範囲だけ垂直に近い急傾斜面が形成され、途中急傾斜面により傾斜面途中に段差が形成され、この傾斜面途中の段差に蓋部の前記水平周縁フランジ部を係止させて蓋部がかぶせられ、この段差よりも外側の傾斜面は蓋部をかぶせても蓋部の全周縁の外側に突出し、 b 前記台座部の蒸前記円形支承板面部は、帯環状に低くなっている帯環状段差面部を有し、 c この円形支承板面部には、ほぼ全面に直径3.5mm程度の小孔が多数散在して形成され、中央部に2cm程度の孔が設けられているとともに、小孔は、複数の同心円方向に間隔を置いて並んでおり、 d 前記蓋部の本体部は、外縁全周には前記水平フランジ部を有するがその内側の周縁部は垂直に近い急傾斜状で、これより内側から中央に至る範囲は徐々に緩やかとなる傾斜状に形成され、中央部は水平な平坦面に形成されていて、 e 前記蓋本体部の中央頂部に設けられている前記取手部は、ハンドル状で、中央の突出部に平長く中央に長孔が設けられている把持部が突設されていて、 f 前記台座部及び取手部を除く前記蓋部は銀白色で金属光沢を有して金属の質感を有し、前記取手部は黒色である。 |
(2) 判断基準及び法的評価
次に、裁判所は、意匠の類否判断についての一般的な判断基準を述べた上で、公知意匠等を参酌しながら、本件意匠の要部を、「円形ドーム状を前提とする蓋部の各部位における曲率等の具体的な形状、蓋部の頂上に取手部が存在することを前提とする、取手部の具体的な形状等の具体的な構成態様である」と認定した。
そして、本件意匠と被告意匠では、要部のうち蓋部の形状や取手部の形状が異なることから、要部において顕著な差異があると評価し、本件意匠と被告意匠の共通点を考慮しても、全体として差異点(1~5)が共通点を凌駕しており、視覚を通じて起こさせる全体としての美感を異にするものであるとした。
※判決文より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)
2 本件意匠と被告意匠の類否(争点1)について (1) 意匠権者は,業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有している(意匠法23条本文)。登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものであり(同法24条2項),この類否の判断は,登録意匠に係る物品の性質,用途,使用態様を考慮し,更には公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を参酌して,当該意匠に係る物品の需要者の視覚を通じて最も注意を引くべき部分である意匠の要部を把握し,この部分を中心に,両意匠の構成を全体的に観察・対比して認定された共通点と差異点を総合して,両意匠が全体として美感を共通にするか否かによって判断するのが相当である。以上を前提に,本件意匠及び被告意匠が類似するといえるか否かについて検討する。 (2) 本件意匠の要部について ア 本件意匠に係る物品は、スチーム調理用蓋付きトレーであり、この蓋付きトレーは、トレー状の台座の上に食品を乗せ、台座の上に蓋を乗せ、これを、水を張ったフライパン等に乗せて使用する調理器具である。そうすると、本件意匠の需要者は、個人消費者であると認められる。そして、個人消費者が蓋付きトレーの形態のスチーム調理器具を観察する場合には、主として、トレーと蓋が一体化した状態で、その全体について、上方又は斜め上方から視認するといえる。また、トレーと蓋を分離した状態で、それぞれを上方又は斜め上方から視認することもあるといえる。 イ 新規性及び創作非容易性という意匠の登録要件を充足して登録された意匠の保護範囲はその意匠の美感をもたらす意匠的形態の創作の実質的価値に相応するものとして考えなければならず、公知意匠を参酌して、登録意匠の保護範囲を検討する必要がある。意匠登録第1219229号公報(乙2。平成16年10月12日公報発行)に記載された意匠(以下「本件公知意匠」という。)は、本件意匠の登録出願前に公開された公知の意匠であり、別紙本件公知意匠公報の【図面】のとおりのものである。本件意匠も本件公知意匠も、食品蒸し器容器に係る意匠である。もっとも、本件意匠は、台座部及び蓋部本体部が銀白色で金属光沢を有し蓋部取手部が黒色であるのに対し、本件公知意匠は、蓋部取手部の上部のほか蓋部本体部や台座部上部に円環上の着色があるほかは白色であり、また、金属光沢があるとは直ちには認められない。しかし、要部の認定に当たり公知意匠が参酌される理由に照らせば、上記の違いにより、本件意匠の要部の認定に当たって本件公知意匠の形状を参酌することができなくなるとは認められない。 なお、当事者の主張中には、本件公知意匠が陶器製の物品の意匠であることを前提とする主張があるが、材質そのものが意匠となるものではないと解されるほか、別紙本件公知意匠公報の【図面】により示される本件公知意匠について、金属光沢を有するとは直ちには認められないものの、その【図面】からは、その材質が陶器、磁器又は金属に釉薬をかぶせたもの(ホーロー)であるかが直ちには明らかとはいえない。 ウ 本件意匠の基本的構成態様aからcの形状や、台座部の周縁部の傾斜面途中の段差に蓋部の水平周縁フランジ部を係止させて蓋部がかぶせられ、この段差よりも外側の傾斜面は蓋部をかぶせても蓋部の全周縁の外側に突出し、台座部の円形支承板面部の小孔に複数の同心円方向に間隔を置いて並んでいるものがあることは、本件公知意匠によって公知の形状であった。また、乙8,9によれば、一部に銀白色の金属光沢を有する食品蒸し器は本件意匠登録出願前に知られていたと認められる。 エ 上記アないしウによれば、本件意匠の要部は、円形ドーム状を前提とする蓋部の各部位における曲率等の具体的な形状、蓋部の頂上に取手部が存在することを前提とする、取手部の具体的な形状等の具体的な構成態様であると認められる。 (3) 本件意匠と被告意匠の対比 ア 共通点 前記本件意匠と被告意匠の基本的構成態様aからc、下記差異点を除いた本件意匠と被告意匠の具体的態様aからf イ 差異点 (ア) 取手部の差異(差異点1) 本件意匠は、蓋部の取手部が笠状であるのに対し、被告意匠はハンドル状で、中央の突出部に平長く中央に長孔が設けられている把持部が突設されている(各具体的構成態様e) (イ) 通気孔の配置部位、配列、間隔の差異(差異点2) 本件意匠では、小孔が傾斜鍔部にも存在しているが、被告意匠には存在しない。(各具体的構成態様a) 本件意匠では、台座部において小孔が同心円方向で、かつ、放射線方向に並んでいるが、被告意匠では、同心円方向で並んではいるものの、放射線方向には並んでいない。(各具体的構成態様c) 本件意匠では、小孔が同一の大きさであるのに対し、被告意匠では、中心部に他の小孔に比べて大きな孔が設けられている。(各具体的構成態様c) (ウ) 蓋部の形状の差異(差異点3) 本件意匠では、蓋部がドーム状で、中央頂部に至る範囲は緩やかな傾斜上に形成されていて蓋部全体が丸みを帯びているが、被告意匠では、蓋部の中央が水平な平坦面に形成されている。(各具体的構成態様d) (エ) 蓋部における黒色の部分の差異(差異点4) 本件意匠では、取手部及び蓋本体部の中央頂部の一部は黒色であるのに対し、被告意匠では取手部のみが黒色である。(各具体的構成態様f) (オ) 台座部の円形支承板面部の形状の差異(差異点5) 本件意匠では、円形支承板面部が水平な板面となっているが、被告意匠の円形支承板面部は、帯環状に低くなっている帯環状段差面部を有している。(各具体的構成態様b) ウ 共通点及び差異点の検討 (ア) 本件意匠と被告意匠は、いずれも、スチーム調理用蓋付きトレーであり、前記アで共通するところ、そのうち、基本的構成態様の形状については本件公知意匠があることから(前記(2)イ)、需要者の注意を特に強く引くべき部分とまではいえない。そして、前記(2)エのとおり、本件意匠については、蓋部における円形ドーム状を前提とする蓋部の各部位における曲率等の具体的な形状、蓋部の頂上に取手部が存在することを前提とする、取手部の具体的な形状等の具体的な構成態様が要部であると認められる。取手部について、本件意匠の取手部は笠状の把持部からなるのに対し、被告意匠のハンドル状の取手部は蓋本体部の大きさとの関係で相当の大きさを有し、一方方向に伸びているため、蓋部の対称性が崩れるものであり、需要者の美感に大きな影響を与えるといえる(差異点1)。また、蓋部について、本件意匠が中央頂部に至る範囲は緩やかな傾斜状に形成されているのに対し、被告意匠の中央部は水平な平坦面に形成されている。意匠に係る物品を主に上方又は上斜上方から見る需要者にとり、蓋部の全体的な形状の違いは異なった印象を与え得るものであるところ、本件公知意匠の形状が公知であって前記のとおり蓋部における円形ドーム状を前提とする蓋部の各部位における曲率等の具体的な形状等が要部となる本件意匠において、この蓋部の差異は、需要者に異なる美感を生じさせるものといえる(差異点3)。その他、需要者は、トレーと蓋を分離した状態で、それぞれを上方又は斜め上方から視認することもあるといえるところ、この場合、台座部の孔についても、被告意匠の中心部に他の孔よりも大きな孔がある点は、他の小孔と大きさが異なることで注意を引き、また、小孔の配置も、本件意匠は台座部の縁に近づくにつれてまばらになる印象を与えるが、被告意匠は台座部前面にわたって均一に配置されている印象を与え、本件意匠と被告意匠とで異なった美感を生じさせる(差異点2)。本件意匠と被告意匠には、他に、蓋部における黒色の部分の差異(差異点4)や台座部の円形支承板面部の形状の差異(差異点5)がある。 (イ) 以上によれば、本件意匠と被告意匠の共通点のうち基本的構成態様の形状は、需要者の注意を特に引くべき部分であるといえない。需要者の注意を特に引くべき部分のうち、特に取手部や蓋部の形状の差異は需要者に異なった印象を与えるものである。そうすると、本件意匠及び被告意匠の全体を観察しても、両者は要部において顕著な差異があり、上記共通点を考慮しても、全体として差異点が共通点を凌駕しており、視覚を通じて起こさせる全体としての美感を異にするものであるというべきである。したがって、本件意匠と被告意匠は、全体として美感を共通にするものであるとはいえず、類似するものとは認められない。 |
3 検討
本件は、意匠に係る物品を「スチーム調理用蓋付きトレー」とする意匠権について、公知意匠との対比から要部が具体的形態の一部に限定され、結果として被告商品と非類似であると評価された事案である。被告商品の形態(写真)が不明であるため、詳細については判りかねる部分もあるが、いわゆる「蒸し器」自体は古くから存在する商品であり、「円形ドーム状の蓋を有する蒸し器(スチーム調理用蓋付きトレー)」についても本件意匠の出願日(平成30年1月11日)より前にも相当数の先行商品・先行意匠が存在したと推測されることから、登録意匠の類似範囲(権利範囲)について限定して解釈されたのもやむを得ないと考えられる。
以上
弁護士 丸山真幸