【令和5年12月7日(東京地裁 令和5年(ワ)第70139号)】

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を若干簡略化している)

 本件は、「木枯し紋次郎」シリーズに係る小説(以下「本件書籍」という。)を執筆した小説家笹沢左保から、同人の創作に関する著作権全てを相続した原告、及び、原告から当該著作権一切に関する独占的な利用を許諾された原告会社(以下、まとめて「原告」という。)が、以下の被告図柄及び「紋次郎」という語を菓子類の包装容器に付して、これを製造販売している等の行為について、本件書籍に基づくテレビシリーズ、映画作品、漫画作品(以下「本件各作品」という。)に係る複製権又は翻案権等の著作権を侵害するとともに、不正競争防止法2条1項1号又は2号に掲げる「不正競争」に該当するとして、差止め・廃棄、及び損害賠償を求めた事案である。

【被告図柄】

2 判示内容(判決文中、下線部は本記事執筆者が挿入)

 ⑴ 主張自体失当とした原告の主張について

  「木枯し紋次郎」シリーズの「紋次郎」は、一話完結形式の連載小説に登場するキャラ クターであるが、裁判所は、連載漫画のポパイのキャラクターと著作物に関して判示した最判平成9年7月17日民集51巻6号2714頁に言及して、「一話完結形式の連載小説に登場するキャラクターは、著作権法2条1項1号にいう著作物ということはできない」と判示した。

  その上で、裁判所は、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張するのであれば、「その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定する必要がある」と判示した(この特定の問題について、裁判所は「特定論」と表現している。)。

  この特定論に関し、原告は、「著作権が侵害されたと主張する著作物につき、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人という記述(以下「本件渡世人」という。…)であると特定」した。

  しかし、裁判所は、原告は、連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定していないため、著作権侵害の原告主張は主張自体失当(原告の主張した事実を前提としたとしても著作権侵害に係る法律効果の発生が認められないこと)であるとした。

⑴ 著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載小説においては、当該登場人物が描かれた各回の文章表現それぞれが著作物に当たり、上記登場人物のいわゆるキャラクターといわれるものは、小説の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができない。そうすると、一話完結形式の連載小説に登場するキャラクターは、著作権法2条1項1号にいう著作物ということはできない(連載漫画についての最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)。
 したがって、著作権者は、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定する必要があるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、原告らは、特定論において、著作権が侵害されたと主張する著作物につき、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人という記述(以下「本件渡世人」という。別紙本件紋次郎表示目録参照)であると特定するにとどまり、本件渡世人を個別の写真や図柄等として特定するものではなく、その他に主張する予定もないと陳述している(第1回口頭弁論調書参照)。
 そうすると、原告らは、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定するものではない。
 したがって、原告らの特定論に係る主張を前提とすれば、原告らは、本件書籍において著作権が侵害されたという著作物を具体的に特定しないものとして、その主張自体失当というほかなく、この理は、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物として主張される本件渡世人についても、異なるところはない。

 ⑵ 傍論に関する裁判所の判示内容

   上記のとおり、裁判所は、原告主張を主張自体失当としたが、「仮に」という前置きをした上で、
   (ⅰ)本件渡世人という記述に加え、本件書籍等の一貫した中心人物という趣旨というものとして特定している場合
   (ⅱ)木枯し紋次郎に係るテレビ作品の映像の一部に係る人物写真に著作権を有することを前提として著作権侵害を主張している場合
  を検討している。

   (ⅰ)については、原告が特定するものは具体的な表現そのものでないとして、著作物であると認めることができないとした。さらに、本件渡世人に係る記述自体をみても、上記「⑴」の①〜④は「ありふれた事実をいうものであ」るとした。
   (ⅱ)については、当該テレビ作品の映像の一部と、被告図柄との同一性を検討し得る部分は「明らかに創作的表現がない部分にとどまる」ので、被告図柄の制作が複製又は翻案に該当しないことは自明であるとした。

3 若干のコメント

 著作物といい得るためには具体的表現でなければならない。漫画等の登場人物としての、いわゆる「キャラクター」は、各人が何らかのイメージを想像するものの、それは具体的表現ではなく抽象的概念であるから、キャラクターに関して著作権侵害を主張するためには、漫画であれば、その漫画のどの回のどの具体的表現であるかを特定しなければならない。

 本件は、著名な小説である「木枯し紋次郎」シリーズに関するキャラクターについて、原告が、上記「2」「⑴」の①〜④のとおり、「木枯し紋次郎」に関する特徴的要素を列挙したものの、裁判所は、具体的表現をいうものではないとして主張自体失当であると判断した。

 本件は、裁判所が特に新しい判断を示したものではないが、キャラクターに関する著作権を理解する上においては、参考となる裁判例であると考える。

以上
弁護士 藤田達郎