【大阪地判令和元年5月16日・平成29年(ワ)第12529号損害賠償請求事件】

【キーワード】
生産行為、再生産、専用実施権、消尽

第1 はじめに

 本件は、専用実施権者である原告が、特許発明の実施品である装置を被告に販売したところ、被告が当該装置の主要な交換部品を交換した行為が、特許発明の実施品の新たな生産にあたる(すなわち消尽が否定される)と主張して専用実施権侵害に基づく損害賠償の請求を行ったところ、部品の交換という事実自体が認められず、請求が棄却された事例である。

第2 事案

1 特許発明
 本件における特許発明は、発明の名称を「地中障害物の撤去装置及び掘削ユニット並びにこれを用いた地中障害物の撤去方法」とする特許第4653110号(以下「本件特許」)の請求項1にかかる発明である。以下、本件特許の請求項1を引用する。
【請求項1】
 円筒状のケーシングと,このケーシング下端部の掘削歯と,前記ケーシング下端部に設けられた孔と,この孔に挿入されケーシング内側に突出するチャック爪と,このチャック爪をケーシング内側に突出させる爪駆動装置とを有し,地中に埋設された障害物の外周を前記掘削歯で掘削して当該障害物をケーシングにより覆うと共に前記チャック爪で障害物を掴んだ状態でケーシングを引き上げることにより障害物を地中から撤去する地中障害物の撤去装置であって,前記チャック爪が前記爪駆動装置により前記孔に沿ってケーシング内側に突出するように湾曲しており,前記孔を形成する部材が厚みを有し,前記チャック爪に下方向きの荷重が掛かった際に前記孔の下部でケーシング内側部分と前記孔の上部でケーシング外面側部分を前記チャック爪に接当させて前記下方向きの荷重を支持することを特徴とする地中障害物の撤去装置。

第3 主な争点

 被告は、原告から本件特許発明の実施品である装置(「本件機械」)を購入した。本件機械の「チャック爪」は消耗品であり、ある程度使用した後に交換する必要がある。
 被告は、平成27年2月にチャックつめを原告から購入した。
 主な争点は、本件機械について、平成27年2月に購入したチャック爪を使用した交換以外にも、チャック爪を交換したか、本件機械のチャック爪を交換する行為は本件特許の実施品の生産行為に該当するか。

第4 判旨(下線は筆者)

「第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告は,本件機械について,平成27年2月に購入したチャック爪を使用した交換以外にも,チャック爪を交換したか)について
(1) 原告は,被告が本件発明の構成部材である本件機械のチャック爪を少なくとも20回修理交換したとして,その行為は本件特許の実施品の生産行為に該当すると主張している。
 そして,原告は被告に対して平成27年2月20日頃,チャック爪を2個販売し,被告はその数年後,これを使用して本件機械のチャック爪を交換したことを認めているが,原告はこの交換が本件特許の専用実施権の侵害に当たるとは主張していないから,原告の損害賠償請求や差止請求との関係では,被告がこれ以外に本件機械のチャック爪を交換したかどうかが問題となる。
(2) そこで,原告の主張する事実が認められるかを検討すると,まず原告の主張を直接裏付ける証拠があるわけではない
 また,そもそも本件機械のチャック爪は,原告が図面を作成した上で,鉄工所に委託して製造しているもので,汎用品ではない(原告代表者供述)から,被告が原告からチャック爪を購入せず,また原告に依頼せずにチャック爪を交換するためには,被告がチャック爪を自作するか,原告以外の第三者に製造を委託するなどしてチャック爪を調達してくる必要がある。しかし,原告以外の者が本件機械のチャック爪を製造していたことを認めるに足りる証拠はないから,そのような証拠状況の下で,被告が,原告から購入したチャック爪を使用した交換以外にチャック爪を交換したと推認することはできない
 さらに,原告はチャック爪は少なくとも7000mの掘削を施工するごとに修理交換する必要があるという前提で,被告が本件機械を使用して合計13万2800mの掘削を行ったと主張しているが,被告はこれを否認している。原告が主張する修理交換の頻度については,客観的かつ具体的な裏付けがあるわけではないし,これを措くとしても,原告において被告が本件機械を使用して施工した杭引抜き工事が多数あることを具体的に主張立証しているわけではないから,被告が平成27年2月20日頃に購入したチャック爪を使用した交換以外に,本件機械のチャック爪の交換を必要とする状況があったことの立証もされていない。
 以上の事実を総合すると,被告が,原告から購入したチャック爪を使用した交換以外に本件機械のチャック爪を交換していた事実を推認することはできず,その他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない
 なお,原告が指摘するように,被告取締役は,本件機械の平爪よりもさらに先に設置されている爪を頻繁に交換したことを認めているが,その爪はチャック爪よりも先端側に設置されていて,掘削作業により摩耗し得るものであって,チャック爪の外側にはガードフレームやガード板が設置されていることを踏まえると,上記のチャック爪とは別の爪を頻繁に交換していることから,直ちに原告主張の事実が推認されるとまでいうことはできない。
(3) そうすると,争点2について判断するまでもなく,被告において原告が有する本件特許の専用実施権を侵害する行為をしたとは認められない。したがって,原告による損害賠償請求及び差止請求には理由がないことになる。」

第5 検討

 特許権者から特許発明の実施品を購入した場合、特許権が消尽したとして、当該購入品を使用や転売することは特許権の侵害には問われない。専用実施権者から実施品を購入した場合も同様である。
 ただし、実施品の部品を交換した場合、特許発明の実施品の新たな生産にあたるとして特許権侵害に問われることがある。
 この点について、インクカートリッジ最高裁判決(最判平成19年11月8日・民集61巻8号2989頁)は、「特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるとき」は,特許権に基づき、権利行使ができると判示した。当該最高裁判決は、「特許製品の新たな製造」に該当するかどうかの判断手法として、「当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となる」と判示した。
 本件の原告も、上記インクカートリッジ最高裁判決が述べた「特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるとき」にあたるとして、専用実施権侵害を主張したものであるが、裁判所は、そもそも部品の交換があったとは認定できないとして、原告の主張を退けた。判決文を読む限り、原告の主張を裏付ける証拠が乏しかったようであり、上記最高裁判決が述べた判断規範の当てはめに入る前に原告の主張が退けられてしまったのも仕方がないように思われる。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎