【知財高裁令和元年5月29日判決(平成31年(ネ)第10006号) 特許権侵害差止等請求酵素事件】

【キーワード】
構成要件充足性

【判旨】
 本件は、敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び物質に関する特許の構成要件充足性が争われた事案である。控訴人は、「敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び物質」の特許(特許第5215250号、以下「本件特許」という。)を有していた。被控訴人は、敗血症様全身性感染の検出キット(以下、「被告キット」という。)を製造しており、控訴人は、被告キットの製造等が本件特許に記載の発明(以下「本件発明」という。)の間接侵害に当たると主張して、差止めおよび損害賠償請求を求めた。
 裁判所は、以下のとおり述べて、被告キットを用いた方法(以下「被告方法」という。)が本件発明の技術的範囲に属しないと判断した。
「『患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること』とは、患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味する…被告キットを使用すると、患者の検体中において、プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく、いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ、その測定結果に基づき敗血症の鑑別診断等が行われていると認められるものの、本件全証拠によっても…被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で、プロカルシトニン3-11 6の量が明らかにされているとは認められない。」
 判旨は、明細書に記載された先行技術の存在を参酌して、本件発明の技術的範囲を限定的に解釈した一例として参考になるものと思われる。

第1 事案の概要

1 本件発明
【請求項1】患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む、敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法

2 判旨抜粋
(1)クレーム解釈
 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば、本件発明の「プロカルシトニン3-116」は、「患者の血清中」から「測定」されるものであり、測定結果が「敗血症及び敗血症様全身性感染」の「検出」のために用いられることを理解できる。
 そして、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には、「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について規定する記載はないが、「測定」とは、一般的に、「長さ、重さ、速さなど種々の量を器具や装置を用いてはかること」(大辞林(第3版))との意味を有する。
 したがって、特許請求の範囲の記載によれば、本件発明の「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは、患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。
 また、本件明細書の発明の詳細な説明には、従来技術として、患者の血清中のプロカルシトニンの測定が、敗血症の検出にとって有益な診断手段であることが知られていたこと、「本発明」の開始点は、敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンが、プロカルシトニン1-116ではなく、プロカルシトニン3-116であるという発見であり、そこから新規な診断及び治療方法、そこで使用可能な物質等を導き出したことの開示がある。一方、本件明細書の発明の詳細な説明には、「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について明示した記載はない。
 そして、このような本件明細書の記載に照らしても、本件発明の「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは、患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味し、その測定結果が敗血症等の検出に用いられることを理解できる。 
 以上の特許請求の範囲及び本件明細書の記載事項を総合すると、「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは、患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。

(2)控訴人主張の排斥
 これに対し控訴人は、構成要件Aの「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは、敗血症患者の血清中でプロカルシトニン3-116を敗血症の検出に必要な精度で測定することをいうと解すべきであり、プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を測定することを必須とするものではない旨主張し、その根拠として…①本件明細書の記載事項(【0002】〜【0008】等)から、患者の血清中でプロカルシトニン1-116等とプロカルシトニン3-116を区別することなくプロカルシトニン一般を測定したとしても、敗血症等の検出に必要な精度でプロカルシトニン3-116を測定できることが当業者に明らかであること…②本件明細書には、本件特許に係る「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の具体例として、血中から検出されるプロカルシトニンの濃度を一般的なイムノアッセイにより測定することが記載されているが(【0062】、表3)、通常のイムノアッセイでは、プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を測定することは不可能であることを挙げる。
 しかしながら、「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは、患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと認められることについては、前記…のとおりである。上記①の点については、患者の血清中のプロカルシトニン3-116をプロカルシトニン1-116等と区別することなく測定することとは、患者の血清中のプロカルシトニンを測定することと同義であるところ、本件 明細書には、患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定することにより敗血症等を検出する技術は、本件出願の優先日前に従来技術として存在したものであり、「本発明」は、かかる従来技術に対して新規のものである旨が記載されていること…からすると、かかる従来技術が本件発明に係る方法に含まれると解することはできない。
 なお、本件明細書には、敗血症等の患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であることを発見した旨の記載があるが(【0009】、【0010】)、たとえそのような関係があるとしても、プロカルシトニン3-116を測定することと、プロカルシトニン一般を測定することとが同義とはいえないことは明らかである。更に付け加えれば、敗血症等の患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分はプロカルシトニン3-116であるとの知見が存在するとしても、敗血症等であるかどうかが明らかではない(だからこそ、その診断を要する)患者については、その血清中のプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であるかどうかは明らかではないはずである。したがって、敗血症等であるかどうかの診断に当たり、検出されたプロカルシトニン一般の大部分がプロカルシトニン3-116であるとの前提に立つことはできないというべきであるから、上記知見の存在は、前記アの判断を左右するものではない。
 また、…本件明細書には、正常者及び敗血症患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定した旨が記載されているところ (【0062】)、【0062】に明示の記載はないが、上記測定は、【0023】と同様に、市販のプロカルシトニンアッセイを用いて行われたものと理解することができる。しかしながら、本件明細書には、かかる測定は、これと同時に行われたこれらの者の血清中のプロホルモン濃度の測定結果と対比することにより、正常者と敗血症患者の間の濃度の差異がプロカルシトニンにおいて際 立っていることを示すものである旨の記載があることからすると(【0059】、【0062】、【0063】、表3)、上記測定が、本件特許に係る「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の具体例として記載されたものであるとは認められない。したがって、上記…主張 は、その前提を誤るものである。
 以上によれば、控訴人の上記主張を採用することはできない。 

(3)構成要件充足性
 被告方法について前記前提事実のとおり、被告装置及び被告キットを使用すると、患者の検体中において、プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく、いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ、その測定結果に基づき敗血症の鑑別診断等が行われていると認められるものの、本件全証拠によっても、被告装置及び被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で、プロカルシトニン3-116の量が明らかにされているとは認められない。

第2 検討

 クレームの文言は、明細書を参酌して解釈するものとされており(特許法70条2項)、明細書に記載がない場合、適宜辞書などを参酌して技術常識に基づく解釈が行われる。本件でも、「測定」との文言について、大辞林第3版の記載を引いて、「…の量を明らかにすることを意味する」との認定がなされている。
 さらに、本件では、明細書記載の先行技術との対比により、文言解釈がなされている。これも、特許法70条2項に基づく文言解釈の具体例として整理することができる。
 ところで、特許権侵害訴訟において、特許発明の技術的範囲が先行技術と重複する場合、当該発明には新規性違反や進歩性違反の無効理由が存在することになる。この場合、充足性と有効性とは別の議論であるとして、先行技術との重複については無効論の問題であると整理することが原則であるが、他方で、文言解釈により先行技術と重複しないように特許発明の範囲を確定することが可能である場合、かかる解釈が当事者により主張される場合がある。いわゆる「先行技術に基づく限定解釈」と呼ばれるものである。クレームの文言解釈にあたって先行技術が参酌される理由は判然としないが、先行技術の存在を当業者の技術常識として読み込み、当業者であれば、当然技術常識として存在する先行技術を含まないようにクレームを起案したはずであると理解することによるものと思われる。そうすると、理論的には、限定解釈の根拠とされるべき先行技術については、新規性、進歩性の場面とは異なり、かかる先行技術が周知・慣用技術であること、ないし技術常識であることまでの立証を要することになろう(例えば、文言を広く解釈すると、出願当時に自明の技術思想を含むことになるとして、限定解釈を採用した例として、東京高裁平成15年9月9日判決・玩具銃事件(平成14年(ネ)第3714号))。
 以上の整理に基づけば、本件判決のように明細書に先行技術を記載すると、先行技術が技術常識であることの立証が不要になり、クレーム文言について先行技術を考慮した限定解釈がなされるおそれが高くなるものと思われる。そのため、一般的に言えば、明細書には最新の先行技術を記載しないこととして、クレームが限定解釈されるリスクをなるべく避けるべきである。
 ただし、審査等で新しい先行技術が引用された場合、明細書に当該技術に対する優位性が記載されていれば、進歩性判断において極めて有効である。そのため、明細書に単に枯れた技術を記載すれば良いというものでもなく、両者の利益衡量が求められることとなる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓