【平成29年7月27日判決(東京地裁 平成28年(ワ)第35763号】

【事案の概要】
 発明の名称を「会計処理装置,会計処理方法及び会計処理プログラム」とする発明についての特許権を有する原告が,被告による別紙被告製品目録記載の各製品(以下,順に「被告製品1」などといい,総称して「被告製品」という。)の生産等,並びに別紙被告方法目録記載の方法(以下「被告方法」という。)の使用が上記特許権を侵害していると主張して,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告による上記各行為の差止め及び被告製品の廃棄を求める事案である。

【キーワード】
特許法105条1項但書,「正当な理由」,文書提出命令,却下

 本件では,請求項1及び10(会計処理装置),請求項13(会計処理方法),請求項14(会計処理プログラム)に係る発明の構成要件充足性及び均等論の成否が争われたが,本記事では,文書提出命令に関連する箇所のみを取り上げる(下線等の強調は筆者が付し,図面等は適宜挿入した。)。

1.争点に関する当事者の主張

《被告の主張》
ア 被告方法と本件発明13との対比
(ア) 構成要件13C
 本件発明における「対応テーブル」とは,「取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブル」であり,そのクレームの文言上,特定のキーワードの1つ1つに対して特定の勘定科目が対応づけられているテーブルを意味することは明らかである。なお,「テーブル」とは何らかのデータ全般を意味するのではなく,「配列」すなわち対比表のデータのことを意味する。
 一方,被告製品の本件機能は,いわゆる機械学習を利用して,入力された取引内容に対応する勘定科目をコンピュータが「推測」するものである。機械学習とは,「コンピュータにヒトのような学習能力を獲得させるための技術の総称」といわれており,コンピュータが,データ識別等の判断に必要なアルゴリズムを,事前に取り込まれる学習データから自律的に生成し,新たなデータについてこれを適用して予測を行う技術のことをいう。被告は,これまでのサービスの提供を通じて自らが保有する莫大な数の実際の仕訳情報の中から抽出した膨大なデータを,学習データとして利用することで(すなわち,既に正解が判明している大量の取引データをコンピュータに入力して学習させることで),新たな取引についても,より高い確率で適切な勘定科目に仕訳することができるようなアルゴリズムをコンピュータに自律的に生成させ,これを本件機能に用いているのである。このアルゴリズムは,極めて複雑な多数の数式の組み合わせから構成されるものであって,キーワードと勘定科目の「対応テーブル」を参照するなどというものではないし,そもそもキーワードと勘定科目が対応づけられたテーブルなど保持していない
 このことは,実際にMFクラウド会計の本件機能を使って,様々な入力例に対して提案される自動仕訳の結果(乙1)によっても明らかである。例えば,本取引⑥における「店舗チケット」の入力に対する出力は,「店舗チケット」を構成する「店舗」に対応する「福利厚生費」又は「チケット」に対応する「短期借入金」のいずれでもない「旅費交通費」となっているし,本取引⑦も同様であるが,このような結果は,原告が主張するような「対応テーブル」が存在するとすれば説明がつかない。また,本取引⑮と⑯,⑰と⑱,⑮と⑰,⑯と⑱をそれぞれ比べると分かるように,取引金額やサービスカテゴリーが変わることによって,表示される勘定科目が異なったものになっているから,本件機能は,単にキーワードのみに着目して,特定の単語に対応する特定の勘定科目を出力している訳でもなく,このことからも本件機能が「対応テーブル」を有していないことは明らかである。さらに,本取引⑲ないし(22)では,通常の日本語にはない単語,すなわち「対応テーブル」に登録されているはずのない単語が摘要に記載されている場合であっても,特定の勘定科目が表示されており,本件機能が,ある特定のキーワードに着目して,かかるキーワードと勘定科目との「対応テーブル」を参照するという方法を採用していないことを端的に示している。

 このように,被告方法は,摘要の記載に含まれ得るキーワードと勘定科目との対応づけなど保持しておらず,勘定科目を自動的に付与するために,そのような対応づけを参照することもないから,構成要件13Cを充足しない。
(イ) 構成要件13E
 本件発明における「優先ルール」とは,漠たる「優先する規則」全般を意味するものでなく,クレームの文言自体から明らかなとおり,取引内容に含まれる複数のキーワードに対し適用されるルールであって,複数のキーワードの中から「優先順位の最も高いキーワード」を1つ選出するためのルールである。
 一方,本件機能は,摘要に複数の単語が記載されている場合,それら全ての単語を機械学習により自律的に生成されたアルゴリズムに入力して勘定科目を推定しており,勘定科目の仕訳に用いるキーワードを一つに絞ることはしていないから,そもそも「優先順位の最も高いキーワード」が選出されることはないし,「優先ルール」に相当するものも存在していない。
 このことも,本件機能を使った実際の自動仕訳の結果(乙1)から明らかである。例えば,本取引⑦は,「商品店舗チケット」の入力に対し勘定科目の推定結果として「仕入高」が出力されているが,各キーワードである「商品」,「店舗」及び「チケット」を入力とした場合(本取引①ないし③)の出力である「備品・消耗品費」,「福利厚生費」及び「短期借入金」のいずれとも一致していないから,本件機能に「優先ルール」が存在しないことが明らかである。
 したがって,被告方法は構成要件13Eを充足しない(そもそも,上記(ア)のとおり,本件機能は「対応テーブル」を保持していないから,この点からも構成要件13Eを充足しない。)

2.裁判所の判断

1 争点1(文言侵害の成否)について
(1) 構成要件13C及び13Eについて
 …
(2) 被告方法について
ア 被告方法の認定
 原告による被告方法の実施結果は,別紙「原告による被告方法の実施結果」記載のとおりであり,被告による被告方法の実施結果は,別紙「被告による被告方法の実施結果」記載のとおりである。
 上記2つの実施結果は,両立しうるものというべきであり,また,それぞれの信用性を疑わせるような事情は特に認められないところ,後者の実施結果によれば,次の事実が認められる。
 すなわち,入力例①及び②によれば,摘要に含まれる複数の語をそれぞれ入力して出力される勘定科目の各推定結果と,これらの複数の語を適宜組み合わせた複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果をそれぞれ得たところ,複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が,上記組み合わせ前の語を入力した場合に出力される勘定科目の各推定結果のいずれとも合致しない例(本取引⑥⑦⑭)が存在することが認められる。例えば,本取引⑦において,「商品店舗チケット」の入力に対し勘定科目の推定結果として「仕入高」が出力されているが,「商品店舗チケット」を構成する「商品」,「店舗」及び「チケット」の各単語を入力した場合の出力である「備品・消耗品費」,「福利厚生費」及び「短期借入金」(本取引①ないし③)のいずれとも合致しない。
 また,入力例③及び④によれば,摘要の入力が同一であっても,出金額やサービスカテゴリーを変更すると,異なる勘定科目の推定結果が出力される例(本取引⑮ないし⑱)が存在することが認められる。
 さらに,入力例⑤及び⑥によれば,「鴻働葡賃」というような通常の日本語には存在しない語を入力した場合であっても,何らかの勘定科目の推定結果が出力されていること(本取引⑲ないし(22))が認められる。
 以上のような被告による被告方法の実施結果によれば,原告による被告方法の実施結果を十分考慮しても,被告方法が上記アのとおりの本件発明13における「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」という構成を採用しているとは認めるに足りず,かえって,被告が主張するように,いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる。
 なぜならば,被告方法において,仮に,取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照しているのであれば,複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が組み合わせ前の語による推定結果のいずれとも合致しないことや,摘要の入力が同一なのに出金額やサービスカテゴリーを変更すると異なる勘定科目の推定結果が出力されることが生じるとは考えにくいし,通常の日本語には存在しない語をキーワードとする対応テーブル(対応表のデータ)が予め作成されているとは考えにくいからそのような語に対して何らかの勘定科目の推定結果が出力されることも不合理だからである。

3 結論
 よって,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。(なお,本件においては,原告から「被告が本件機能につき行った特許出願にかかる提出書類一式」を対象文書とする平成29年4月14日付け文書提出命令の申立てがあったため,当裁判所は,被告に対し上記対象文書の提示を命じた上で,特許法105条1項但書所定の「正当な理由」の有無についてインカメラ手続を行ったところ,上記対象文書には,被告製品及び被告方法が構成要件1C,1E,13C,13E,14C又は14Eに相当又は関連する構成を備えていることを窺わせる記載はなかったため,秘密としての保護の程度が証拠としての有用性を上回るから上記「正当な理由」が認められるとして,上記文書提出命令の申立てを却下したものである。

3.検討

 本件は,原告の「被告が本件機能につき行った特許出願にかかる提出書類一式」を対象文書とする文書提出命令の申立てについて,「正当な理由」が認められるとして,却下した事案である。
 ところで,知的財産高等裁判所判決平成28年3月28日・平成27年(ネ)10029においては,書類提出命令(特許法105条1項)の成否を検討するにあたり,まず,証拠調べの必要性について検討し,証拠調べの必要性があると認められた場合に,「正当な理由」(特許法105条1項ただし書)の有無について検討している。
 本判決の判示からは,証拠調べの必要性についての判断は明らかではないが,「正当な理由」の有無についての判断をしているため,証拠調べの必要性はあるとの判断をしたものと推測される。
 被告の規模,出願件数(文書提出命令の申立時においてJ-Platpatを用いて確認できる件数が数件であること)等も考慮すれば,特許出願に係る提出書類に記載されている内容が被告製品に実装されている可能性は相当程度あるとして,証拠調べの必要性があるとの判断もできるのかもしれない(ただし,本判決の判示内容からは,これらの点については明らかではない)。
 一方で,特許出願に係る提出書類に記載されている内容は必ずしも被告製品に実装されているとは限らない(被告方法であるとは限らない)こと,本判決が「被告が主張するように,いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる」と判示するように,被告が提出した証拠によって,被告方法が構成要件13C,13Eを充足しないことを推認させることからすれば,証拠調べの必要性がないとの判断も可能であったように思われる。
 本件のようなソフトウェア関連特許においては,特許請求の範囲に内部処理が規定されることがあるが,被疑侵害者のシステムの内部処理を立証する証拠は,被疑侵害者が保持しており,特許権者側がこれを立証することが困難であることが一般的であると考えられる。このような場合,本件の原告のように,システムへの入力と出力とから内部処理を推測するという立証にならざるを得ないため,特許権者としては文書提出命令に期待したいところであろう。
 ところで,被疑侵害者のシステムの内部処理を立証するのであれば,端的にシステムに関連するソースコードやシステムに関連するマニュアル等を対象文書としても良いように思われる。もっとも,これらの文書は,仮に証拠調べの必要性があると認められたとしても,営業秘密の程度が高いことが通常であるため,「正当な理由」が認められる可能性が高いように思われる。一方,特許出願にかかる提出書類一式であれば,出願済みである以上,出願後1年6か月後程度で公開されることもあり,秘密の程度は,相対的に高くないといえる。本件の原告がシステムに関連するソースコード等を対象文書にせずに「被告が本件機能につき行った特許出願にかかる提出書類一式」としたのは,保護されるべき秘密の程度を考慮したからかもしれない。
 本件は,ソフトウェア関連特許において,文書提出命令の申立てについて判断した事例として興味深いことから紹介した。

以上
(文責)弁護士・弁理士 梶井啓順