【令和元年9月11日判決(平成30年(ワ)第13400号)特許権侵害差止等請求事件】

【キーワード】
均等論、第1要件

【判旨】
 本件は、車載用アンテナについての特許権を有する原告が、被告に対し、被告製品の差止め及び廃棄、並びに損害賠償を求めた事案である。
 裁判所は、被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属しないとした上で、傍論として、均等侵害の第1要件について判断した。裁判所は、被告製品の実験結果を参酌し、本件特許発明と同様の効果を得るために、別の構成を採用していると判断して、均等侵害を否定した。均等論の立証活動の一例として参考になる。また、第2要件の判断要素を第1要件の判断に持ち込むものであり、興味深い。

事案の概要

1 本件特許発明1
【請求項1】
「底面に給電用筒状部を有するベース体と、ベース体の上側を覆うカバーと、前記ベース体に設けられる仮固定用ホルダとを備え、前記仮固定用ホルダは、可撓性樹脂で成形されており、前記給電用筒状部の外壁面に沿って下方に延びる複数のメインアーム部と、前記メインアーム部に対して下端部にて繋がったサブアーム部とを有し、前記サブアーム部は前記下端部が前記サブアーム部の撓みの支点となり、前記サブアーム部の上端部は前記メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪をなし、かつ前記係止爪は上端に向かって肉厚が増加している、アンテナ。」

2 判旨抜粋
(1)本件発明の意義
 本件各発明は、〈1〉車載用等に適した構造の電波受信等に使用されるアンテナを技術分野とするものであり、〈2〉上記アンテナの仮固定用ホルダには、アンテナを車体パネル等の被装着パネル等に取り付ける際はスムーズに取付孔に挿入可能であり、その後のネジ止め工程において作業中にアンテナが完全に外れないことが要求されるところ、従来例では抜け力が弱く、作業の仕方によっては外れてしまうことがあり、抜け力(抜くのに必要な力)を強くするためにアーム部の係止爪の引っ掛かり量を多くすると、挿入力が強くなり作業性が悪化するという課題を解決するため、〈3〉請求項1等に係る構成を採ることにより、アンテナ挿入時には、メインアーム部及びサブアーム部の両者が撓むことにより、より少ない挿入力で挿入でき、取付孔への挿入性の向上を図るとともに、アンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときは、係止爪が外側に撓んで拡がる構造となっているため、抜け力を増大させ、仮保持状態におけるアンテナ保持力の向上を図ることを可能にし、〈4〉これにより、被装着パネルに対する挿入力は弱いままで、抜け力を強くすることが可能で、アンテナの被装着パネルへの取付作業性の改善を図ることが可能になるという効果を奏するものであると認められる。

(2)均等の第1要件
 本件発明1は、特に車載用等のアンテナの仮固定用ホルダについて、従来例の仮固定用ホルダでは抜け力が弱いという問題があり、他方、抜け力を強くするために係止爪の引っ掛かり量を多くすると、挿入力が強くなり作業性が悪化することから、挿入力は弱いままで、抜け力を強くするという課題を解決するためのものであると認められる。そうすると、本件発明1の本質的部分は、挿入力は弱いままで、抜け力を強くするための構成にあり、従来技術との対比でいうと、特に抜け力の強化のための構成が重要であるというべきである。
 そして、本件発明1は、上記課題の解決のため、〈1〉メインアーム部と、メインアーム部の下端部で繋がったサブアーム部を有し、〈2〉当該下端部がサブアーム部の撓みの支点となり、〈3〉サブアーム部の上端部を、上端に向かって肉厚が増加する係止爪からなるものとすることなどにより、取付孔への挿入性の向上を図るとともに、アンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときは、係止爪が外側に撓んで拡がることにより抜け力の増大を可能にするものであると認められる。
 他方、被告製品においては、サブアーム部の爪部の上部にフック部が設けられ、当該フック部と車体のルーフ孔の距離が0.3mmであると認められるから、抜け方向に荷重が加わった際に、フック部は0.3mm程度以上は撓むことなくすぐに車体のルーフの内側面に当たり、爪部がそれ以上に外側に撓ることは抑制されるものと認められる。
 そして、被告製品における抜け力に関し、被告が実施した実験結果によれば、本件発明1の実施品の抜け力は186Nであるのに対し、被告製品の抜け力は、215.8N、227N、271N、295Nであり、最小でも約30N、最大で約110Nの差が生じたことが認められる。また、被告が実施した、被告製品のコの字型部材(サンプル〈1〉)と、被告製品のコの字型部材を加工してフック部を除いたもの(サンプル〈2〉)を用いた実験結果によれば、前者の抜け力の平均値は227.60N、後者の抜け力の平均値は73.51N(いずれも10回実施)であり、フック部を備えたコの字型部材の方が、抜け力において約150N大きいことが認められる。
 前記のとおり、被告製品の爪部は外側への撓みが抑制されていると認められるところ、これに上記の各実験結果を併せて考慮すると、被告製品は、本件発明1の実施品に匹敵する抜け力を備えているということができ、その抜け力の大きさは、同製品がフック部を備えることに起因しているものと考えるのが自然であり、少なくとも爪部の外部への撓みによるものではないということができる。
 なお、原告は、実験はサンプル〈2〉のフック部のカット加工の際にメインアーム部とサブアーム部の接続部の耐久性が損なわれた可能性があるとして、実験の信用性を争うが、サンプル〈2〉はフック部を爪部からカットするものであり、上記接続部の耐久性が損なわれたことをうかがわせる事情は見当たらない。前記判示のとおり、実験はサンプル〈1〉と〈2〉のそれぞれについて10回ずつ実験を行っているところ、数値にばらつきはあるものの、サンプル〈1〉は200N以上であり、サンプル〈2〉は概ね60~100程度であり、全体的に100N以上の差が生じていることに照らすと、その差が誤差や実験方法の不適切さに由来するものとはいうことはできない。
 前記判示のとおり、抜け力の増大という課題を解決するための構成は本件発明1の本質的部分ということができるところ、本件発明1はこの課題をアンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときに係止爪が外側に撓んで拡がることにより解決しているのに対し、被告製品は爪部に加えてフック部を備えることにより抜け力を保持しているものと認められ、そうすると、被告製品は本件発明1と異なる構成により上記課題を解決しているということができる。
 そうすると、本件発明1と被告製品はその課題解決のための特徴的な構成において相違し、本件発明1と被告製品との相違点は、この課題解決に必要な構成に関するものであるから、同相違点は本件発明1の本質的部分に関するものであるということができる。
 したがって、本件発明1と被告製品の相違点は、本件発明1の本質的部分に関するものではないということはできないので、被告製品は第1要件を充足しない。

検討

 本件では、均等の第1要件の判断にあたり、本件特許発明と被告製品の抜け力の大きさを絶対値(単位・N)で比較し、両者が同一の効果を奏するかを検討している。しかし、本件特許発明は、クレームで抜け力の大きさを絶対値で規定しているわけではないし、抜け力の絶対値が本件特許発明の本質的部分であると認定されたわけでもないから、本質的部分を備えているか否かの判断に当たり、抜け力の絶対値を基準とすべきでない。
 また、本件では、被告製品について、フック部を備えた構成と、備えていない構成とを比較し、フック部を除いた構成とした場合の抜け力が小さいことから、被告製品の効果(抜け力の大きさ)は、フック部を備えることに起因していると認定した。しかし、被告製品について、フック部を備えた構成と、備えていない構成とを比較しても、被告製品に備えられた「爪部」が抜け力に及ぼす影響を検討することはできないから、被告製品が本件特許発明の本質的部分でとして認定された「爪部が外側に撓んで広がることにより抜け力の増大を可能にする」という特徴を備えているか否かを判断することは不可能である。
 仮に被告製品が、フック部を備えることにより抜け力の増大を可能とする構成を採用していたとしても、それに加えて、「爪部が外側に撓んで広がることにより抜け力の増大を可能にする」との本質的部分をも同時に具備しているのであれば、被告製品は第1要件を充足するというべきであるから、判決は、より直截的に被告製品の爪部の構成のみを検討して第1要件を判断すべきであったと思われる。
 なお、本判決は、上記のとおり、被告製品が本件特許発明の効果を奏しないこと(正確には、効果を奏するのであるが、それは特許発明の本質的部分とは違う構成によるものであること)を根拠として、第1要件の充足を否定した。近時、第1要件に加えて第2要件が更に設けられていることの意義が問われているが、第1要件の判断において対象製品の奏する効果を検討するという本判決の枠組みによれば、第1要件の判断にあたって、第2要件も実質的に判断されることとなるように思われる。
 これに対し、第1要件は明細書に開示された発明を保護するための要件であり、第2要件は保護される技術的思想が発明されたものであることを担保するための要件であるから、両者は区別されるとの学説もあり(WLJ判例コラム第78号、田村善之教授)、今後の裁判例の傾向が注目される。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓