【平成30年10月19日判決(東京地裁 平成29年(ワ)第22041号)】

【判旨】
 発明の名称を「洗濯用ネット」とする発明に係る本件特許権を有する原告が,被告が業として被告製品を製造、販売等する行為は本件特許権を侵害すると主張して、被告製品の製造、販売等の差止め、被告製品の完成品及び半製品の廃棄を求めるとともに、損害賠償金3398万7869円の支払を求めた事案。裁判書は、被告製品は本件特許発明の構成要件のうち「逆台形状」(構成要件B),「スライダ構成体を10~50%露出」(構成要件C)及び「拡大把持体が収まった状態」(構成要件E)を充足しないから,本件特許発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,原告の請求を棄却した。

【キーワード】
充足論,70条1項,70条2項

事案の概要と争点

 本件特許権(特許第3523141号)の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

構成要件 内容
ネット状袋体に務歯よりなる開口部とスライダと引き手とを備えたスライダファスナーにより開閉自在な洗濯用ネットであって,
引き手にはそれより大きく摘みやすい逆台形状のリング形状を有し,かつ合成樹脂又はゴム材で形成された拡大把持体を設け,
開口部の閉口端には,閉口された状態において,スライダと引き手と拡大把持体とで構成されるスライダ構成体を10~50%露出させ,
かつ少なくともスライダの肩部が露出し,
拡大把持体が収まった状態になるように弾圧的に覆うカバー体を設け,
拡大把持体が基部を備え,該基部がスライドファスナーの引き手を内挿して該引き手に設けられた切抜き穴及び頭部に不可逆的に係止するための係止爪及び止め部を備えた
ことを特徴とする洗濯用ネット。

 被告が製造販売していた被告製品1~16は,本件特許に関わる構成部分(洗濯ネットの開口部分やスライドファスナーなど)がいずれも共通している。なお,被告は,平成29年3月頃,被告製品の仕様を変更し,合成樹脂の把持体を布製リボン(紐)に変更した(これにより,構成要件Bの「合成樹脂又はゴム材で形成された拡大把持体」を非充足とすることを意図したものと考えられる)。
 本件の争点は,構成要件B,C,D,Eに係る充足性と,無効理由の有無(進歩性,明確性要件),差止の必要性,損害額である。判決では構成要件B,C,Eの充足性のみ判断(請求棄却)されたため,本稿でもこれらの点のみ言及する。

裁判所の判断

(1)本件発明の技術的意義
 まず,裁判所は,本件明細書の記載を適宜引用しつつ,本件発明の技術的意義(特徴)について下記の通り認定した。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   (2)  上記(1)によれば,本件発明は,①洗濯用ネットに関する発明であり,②洗濯ものや洗濯機の保護効果を充分に満足しつつ,スライドファスナーの開閉を容易に行うという課題を解決するため,③スライドファスナーに把持体を取り付けると同時に,開口部の閉口端にスライダ構成体を覆うためのカバー体を設け,閉口時においてスライド構成体を閉口端側に10~50%露出させ,拡大把持体がカバー体に収まった状態になるようにすることにより,上記の課題を解決するものであると認められる。

 なお,洗濯ネットのファスナーを開く際は,スライダ3を反対側から指の腹で押し込むことにより,拡大把持体1の先の部分をカバー体4から露出させ,指で掴んで引き抜くことができる(下図参照)。

(2)構成要件B(逆台形状)について
 まず,裁判所は,構成要件Bの充足性に関し,被告製品の把持体はむしろ「楕円形状」というべきもので,「逆台形状」に該当しないから,非充足であると判断した。

   (1)  争点1-1(構成要件Bの充足性)について
  原告は,被告製品の把持体外側の外郭部分全体の形状は「逆台形状」であるから,構成要件Bを充足すると主張する。
  構成要件Bの「逆台形状」の意義に関し,本件明細書の段落【0008】,【0018】,【0023】,【0024】には,本件発明の把持部12が「逆台形形状」である旨の記載があるが,その形状の定義や意義についての記載は存在しない。そこで,一般的な用法を参酌すると,広辞苑第六版(乙1)には,「台形」とは「一組の対辺が平行な四辺形」であると記載され,かつ,上底が下底より短い四辺形の図が掲載されている。これによれば,「逆台形」とは,「上底が下底より長く一組の対辺が平行な四辺形」をいうと解するのが相当である。
  このような理解に立って本件明細書の図2に図示された把持部をみると,その上部(引き手から遠い部分を「上部」,引き手に近い部分を「下部」という。)の直線が下部の直線より長く,その側辺が直線状であるので,本件明細書における「逆台形状」という語の意義は,上記の一般的用法に沿うものであると認められる。
  他方,証拠(甲3)によれば,被告製品の把持体(前記第3の1(1)〔被告の主張〕掲記の「被告製品の把持体」の赤線で囲まれた部分)は,下底は直線状であるものの,下底から上部に向かう側辺は全体が曲線であり,把持体の中央部分で最大幅となり,その後,上部に向かい先端部に行くほど幅が狭くなっている上,上底も直線状ではなく,曲線から構成されていることが看取される。そうすると,被告製品の把持体は,平行な対辺もなく四辺形でもないことから「逆台形状」ということはできず,むしろ「楕円形状」というべきである。
  これに対し,原告は,「逆台形状」の「状」とは,「…のような形である」の意味であるから,本件発明の「逆台形状」は必ずしも正確な「逆台形」に限られないと主張する。しかし,被告の把持体が厳密な意味での「逆台形状」の定義を満たすことは要しないとしても,少なくとも,逆台形としての基本的な形状は備えていることを要すると解されるところ,被告製品の把持体は,側辺及び上部が曲線で「四辺形」ということは到底できず,「楕円形状」というべきものであり,逆台形の基本的な形状を備えているということはできないことは前記判示のとおりである。
  したがって,被告製品の把持体は「逆台形状」とは言えず,構成要件Bを充足しない。

(3)構成要件C(10~50%露出)について
 次に,裁判所は,構成要件Cに関しても,被告製品の通常の用法においては,閉口端側におけるスライダーの露出割合は10%を超えないとして,非充足であると判断した。なお,原告の方も露出割合が10%を超える実験結果を提出してはいたものの,当該実験結果は通常使用される態様より強くファスナーカバーに押し込んで実測されたものであるところ,当該製品が通常使用される状態において測定されるべきであるとして,原告の主張は採用されなかった。

   (2)  争点1-2(構成要件Cの充足性)について
  原告は,被告製品は,スライダーが10~50%露出しているので,構成要件Cを充足すると主張する。
  しかし,被告製品の写真である証拠(乙19の1の4枚目,19の2の5枚目,19の3の3枚目,19の4の3枚目,19の5の4枚目,19の6の4枚目,19の7の4枚目,19の8の3枚目,19の9の3枚目)によれば,被告製品において,スライダーがファスナーカバーに収まった状態において閉口端側に露出することはあるものの,その露出割合は10%を超えないと認めることが相当である。
  また,被告製品1の吊り下げヘッダー裏面にはスライダーをファスナーカバーに収めた状態が図示されているが(甲3の1の図5),同図においても,スライダーはファスナーカバーから閉口端側に露出していない。これによれば,被告製品の通常の用法においては,スライダーがファスナーカバーに収められた際に閉口端側に露出することは想定されていないものというべきである。
  これに対し,原告は,被告製品1の実測値(別紙被告製品説明書の図1を再度実測したとされるもの。原告第1準備書面11頁の図1)によれば,被告製品1のファスナーカバーの長手方向の全長は約25mmであり,露出部分が約3.5mmであるから,被告製品のスライダーは約14%(3.5/25×100=0.14)露出していると主張する。
  しかし,原告が根拠とする上記の実測値は,被告製品の把持体を弾性のあるファスナーカバーにどの程度強く押し込んだ上で実測されたかが明らかではなく,訴状に添付された同製品に係る別紙被告製品説明書の図1(甲3の1の図3)においては,被告製品1のスライダーの露出部分は約3mm程度にとどまっている上,前記のとおり,吊り下げヘッダー裏面の図(甲3の1の図5)においては,スライダーがファスナーカバーから閉口端側に露出していないことなどに照らすと,上記の再実測図(原告第1準備書面11頁の図1)は,被告製品1のスライダーを通常使用される態様より強くファスナーカバーに押し込んで実測されたものであると推認される。
  この点,原告は,本件発明の技術的範囲は,被告製品がスライダーをファスナーカバーから所定の割合で露出させることが可能かどうかで判断されるべきであるから,スライダーを強くファスナーカバーに押し込んだ状態で露出割合が10%を超えるのであれば構成要件Cを充足すると主張するが,被告製品におけるスライダーの露出割合は,当該製品が通常使用される状態において測定されるべきであり,弾性を有するファスナーカバーにスライダーを強く押し込んだ状態においてスライダーの露出割合が10%を超えるとしても,それによって構成要件Cを充足するということはできない。
  したがって,被告製品は構成要件Cを充足しない。

(4)構成要件E(収まった状態)について
 裁判所は,構成要件Eにおける「収まった状態」の文言解釈について,少なくとも,拡大把持体が開口時にその先の部分を指でつまんでそのまま開口することができない程度までカバー体に覆われていることを要するとした上で,被告製品はそのような構成となっていないから非充足であると判断した。

   (3)  争点1-4(構成要件Eの充足性)について
  原告は,被告製品は,ファスナーカバーに把持体が「収まった状態」となっているので,構成要件Eを充足すると主張する。
  構成要件Eの「収まった状態」との語に関し,本件明細書には,拡大把持体がカバー体にどの程度覆われていることを意味するかについての直接的な記載はないが,本件発明に係る洗濯用ネットの開口部を開口及び閉口する際の手順を記載した本件明細書の段落【0020】及び段落【0022】の記載によれば,本件発明は,洗濯ネットの閉口時にはスライダ構成体を「確実にカバー体に収」め,開口時には閉口端側からスライダ3を押すことにより,拡大把持体1の「先の部分」を一定量カバー体から露出させ,その部分を指でつかんで引き抜くことにより開口するものであると認められる。
  このような,本件発明に係る洗濯ネットの開閉時の手順及び仕組みによれば,閉口時において拡大把持体は,その「先の部分」まで「確実に」カバー体に覆われた状態にあるものと解するのが相当であり,本件明細書の【図4】(C)にも,開口部を閉じた際に拡大把持体1が完全にカバー体に収められた状況が図示されている。
  そうすると,構成要件Eの「収まった状態」とは,拡大把持体がカバー体に完全に覆われた状態をいうものと解すべきであり,このような理解は,「収まる」という語が,一般的には「ある範囲内に全部が残らず入る」ことなどを意味すること(乙3)とも整合するというべきである。
  また,仮に,原告の主張するように閉口時において拡大把持体がカバー体に完全に覆われることを要しないと解し得るとしても,上記の開閉時の手順及び仕組みによれば,少なくとも,拡大把持体は,開口時にその先の部分を指でつまんでそのまま開口することができない程度までカバー体に覆われていることを要するというべきである。
  以上に基づき被告製品についてみると,証拠(甲3,乙19)によれば,被告製品はいずれも開口時に閉口端側からスライダーを押して把持体の先の部分を露出することを必要とせず,そのまま把持体を指でつまんで開口するものであり,これを可能にするように,開口部側において把持体のリング部分の一部が指でつまむことができる程度にファスナーカバーから露出していることが認められる。
  このように,被告製品は,閉口時に把持体がファスナーカバーに完全に覆われておらず,少なくとも,把持体が指でつまむことができる程度に露出しているのであるから,被告製品は構成要件Eの「拡大把持体が収まった状態」にあるということはできない。

検討

 構成要件Bに関しては,クレーム上で「逆台形状」と形状を特定してしまった以上,文言非充足は止むを得ない判断と思われるが,発明の作用効果との関係では把持体の形状はあまり関係ないと思えるため,仮に均等論の主張がされていたらどうなったかは興味深い。
 構成要件C,Eに関しては,測定方法によりクレームの充足/非充足が分かれるところ,裁判所が「当該製品が通常使用される状態において測定されるべき」として,原告の実験結果(ファスナーカバーにスライダーを強く押し込んだ状態で測定)を排斥した点が興味深い。確かに,通常の使用態様において構成要件が充足されないとすれば,被告製品の使用者は本件発明の作用効果を享受することはできないから,裁判所の判断は妥当と思われる。
 「通常使用される状態」が何を指すのかという点は必ずしも明確ではないが,他の類似事例の充足論を考えるにあたっても参考になると考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸