【知財高判令和元年12月25日(平成31年行ケ10006号、100058号)】

【キーワード】
進歩性、技術常識

事案の概要

 本件は、アレルギー性鼻炎薬に関する特許について特許無効審判の無効審決の取消請求が棄却され、無効審決が維持された事案である。争点は、進歩性であった。特に、「1日1回」という投与頻度の容易想到性について、他の鼻腔に投与される局所活性ステロイド薬の投与例をもとに技術常識を認定し、容易想到であると判断した点が興味深い。

本件特許発明(請求項1のみ取り上げる)

「【請求項1】
 モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,1日1回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。」

引用発明及び引用発明との一致点・相違点

(1)引用発明(甲1発明)
「炎症状態を治療するための,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液。」

(2)本件特許発明と引用発明との一致点・相違点
 ア 一致点
「モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,鼻腔内に投与される,炎症状態の治療のための薬剤。」

 イ 相違点
「[相違点1]
薬剤の用法・用量につき,本件発明1では「1日1回」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。

[相違点2]
治療の対象である炎症状態につき,本件発明1では「アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。」

裁判所の判断

「第5 当裁判所の判断
 事案に鑑み,下記2以降において,取消事由2-1,取消事由2-3,取消事由1-2及び2-2,取消事由2-4,取消事由2-5,取消事由1-2及 び2-6の順に判断する。
・・・(略)・・・
3 取消事由2-3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)について
(1) 甲2文献の記載(翻訳については,弁論の全趣旨)
 甲2文献には,①「ヒト血漿中のモメタゾンフロエート(SCH3208 8)の直接定量のための競合的エンザイムイムノアッセイ」(473頁表題),②「モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所的抗炎症活性を有 しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない,合成のコルチコステロイドである。」(473頁左欄3~8行)〔判決注:なお,この記載部分は,参考文献として甲A69及び70を引用する。〕,③「SCH32088は,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補である。SCH32088は有望な生物学的及び薬理学的活性をこれまで示してきたが,当該薬物の非常な低投与量療法によって必要とされる,十分に高感受性で且つ再現性のある分析方法がないために,その代謝,薬物動態学及び毒物動態学は評価されてこなかった。」(473頁左欄8~17行)との記載がある。
(2) 相違点2の容易想到性について
ア 甲1発明は,炎症状態を治療するための,モメタゾンフロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液であるところ,甲2文献には,上記(1)のとおり,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎の鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補であることが記載され,治療の対象としてアレルギー性 鼻炎の記載があるといえる。
イ そして,甲1文献と甲2文献には,いずれも局所活性ステロイドである モメタゾンフロエートを鼻腔内に投与することが記載されていると認められるところ,鼻の炎症には, 急性鼻炎・慢性鼻炎等のほかアレルギー性鼻 炎や季節性アレルギー性鼻炎が含まれる(弁論の全趣旨)ことをも考慮す れば,甲1発明の治療の対象である「炎症状態」を,「アレルギー性また は季節性アレルギー性鼻炎」とすることは,当業者が容易に想到し得たも のといえる。
ウ したがって,甲1発明において,相違点2(治療の対象である炎症状態 につき,本件発明1では「アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎」 と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。)に係る 構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たといえる。
・・・(略)・・・
4 取消事由1-1及び2-2(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
(1) 相違点1の容易想到性について
本件優先日当時,モメタゾンフロエートを含有する鼻腔内投与剤の用法・用量について公知のものはないところ,モメタゾンフロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液を用いて炎症状態を治療する場合に,その薬理効果や副作用等を考慮し,他の局所活性ステロイドの鼻腔内投与における投与回数及び投与量を参考にして,モメタゾンフロエートにとって最適な投与回数及び投与量を設定することは,製薬分野の当業者にとって通常のことであったということができる
イ 本件優先日当時,モメタゾンフロエートが極めて強い局所抗炎症作用を 示す一方,副作用が弱いステロイドであることが知られ,また,モメタゾンフロエートについて,クリーム等の形態で,通常1日1~数回,適量を皮膚に塗布するという用法や,小児であっても1日1回の投与で安全かつ迅速な治療効果を与えたこと(前記2(2)ア(ア)(イ))が知られていた。また,本件優先日当時,鼻腔内投与によりステロイド局所療法を用いる際に,懸濁液とし,粘稠性を与えて,ステロイドが必要とする有効濃度で長時間にわたって徐々に鼻の粘膜にしみこむようにするなど,局所投与で全身への影響を防ぎつつ長時間にわたり気道粘膜にステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られることも周知であった(前記2(2)ウ)。
また,次の点からすれば,本件優先日当時,鼻腔内投与される局所活性ステロイド薬には,1日1~4回の用法が存在し,患者の好みやコンプライアンスの観点から,1日1回の投与が利点を有することは周知であった
 (ア) 本件優先日当時,鼻腔内に投与される局所活性ステロイド薬とその用法として,①ベクロメタゾン(1日4回。甲A4,5),②ブデソニド(1日1回又は2回。甲A6),③フルチカゾンプロピオネート(1日1回又は2回。甲A7),④トリアムシノロンアセトニド(1日1回。 甲A8),⑤プロピオン酸ベクロメタゾン(1日2回又は4回。甲A7 5),⑥フルニソリド(1日2回。甲A75)などが知られていた
 (イ) また,甲A75(乙6)(耳鼻咽喉科薬物療法,平成2年,金原出版株式会社,1991年)の表Ⅱ-12「副腎皮質ホルモン剤の局所使用 適応症および一回量」には,「局所使用の1回量」,「鼻腔内注入」欄に一律の記載として「1日1~3回」と記載され,また,鼻腔の炎症状態として,アレルギー性鼻炎(花粉症),血管運動神経性鼻炎及び進行性 壊疽性鼻炎が列挙されている。
 (ウ) さらに,1日1回の鼻腔内投与が,患者の好みやコンプライアンスの観点から,1日2回に勝る利点を提供するとされている(甲A6)。
エ 以上によれば,甲1発明の,「炎症状態を治療するための,モメタゾン フロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液」について,モメタゾンフロエートの薬理効果や副作用等を考慮して,鼻腔内に投与される局所活性ステロイド薬の用法として最適とされていた,1日1回投与の用法を選択することは,当業者が容易に想到し得たものといえる。
オ したがって,甲1発明において,相違点1(薬剤の用法・用量につき,本件発明1では「1日1回」と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。)に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たといえる。」

検討

 本判決では、モメタゾンフロエートを含有する鼻腔内投与剤の用法・用量について公知のものはないことを認定しつつ、他の他の局所活性ステロイドの鼻腔内投与における投与回数及び投与量を参考にして,モメタゾンフロエートにとって最適な投与回数及び投与量を設定することは,製薬分野の当業者にとって通常のことであったと認定されている。
 医薬品の分野では、有効成分の構造が少しでも構造が異なれば活性が著しく相違することも珍しくなく、構造から結果が予測できない分野であるとされていることから、進歩性判断において、類似・同種の医薬の例を参考にして相違点の容易想到性が認定される例はそれ程多くないという印象がある。
 それに対して、本判決では、モメタゾンフルオレートを含有する鼻腔内投与剤の1日1回という用法・用量について、ベクロメタゾン、ブデソニド、フルチカゾンプロピオネート、トリアムシノロンアセトニド、プロピオン酸ベクロメタゾン、フルニソリドという、モメタゾンフルオレートとは別の薬剤の用法・用量から、モメタゾンフルオレートの1日1回という用法・用量が容易想到であるとされた。
 なお、参考とされたこれらの薬剤のうち、1日1回で投与されているのは、ブデソニド、フルチカゾンプロピオネート及びトリアムシノロンアセトニドのみであり、他の薬剤は、1日2~4回投与されるものである。
 このことからすると、甲A75(乙6)(耳鼻咽喉科薬物療法)という教科書的文献中に、「副腎皮質ホルモン剤の局所使用適応症および一回量」には,「局所使用の1回量」,「鼻腔内注入」欄に一律の記載として「1日1~3回」と記載されていることや、甲A6に、1日1回の鼻腔内投与が,患者の好みやコンプライアンスの観点から,1日2回に勝る利点を提供すると記載されていることが結論に大きな影響を与えたのではないかと推測される。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎