【知財高裁令和元年10月9日(令和元年(ネ)第10037号)】

【キーワード】
営業秘密,秘密管理性,非公知性,退職後の競業避止義務

【判旨】
 控訴人が営業秘密と主張するグンマジを用いた開錠の方法やグンマジの構造・部材に関する本件情報は,「秘密として管理されている」情報とはいえず,「公然と知られていないもの」ともいえないから,不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない。 労働者が使用者と競合する企業に就職したり自ら開業したりしないという競業避止義務につき,使用者と退職者との間で,個別に退職後の競業避止義務に関する合意をしたとしても,このような合意は,退職者の職業選択の自由,営業の自由を制限するものであるから,無条件にその効力が承認されることはなく,使用者の利益,退職者の従前の地位,制限の範囲,代償措置の有無や内容から,退職者の競業避止義務を定める合意の効力を検討すべきものと解するのが相当である。

事案の概要

1.事案の要旨等
 本件は,鍵の販売,取付け,修理等を業とする控訴人が,被控訴人らに対し,(ア)被控訴人らが共謀して控訴人の所有する工具等を違法に持ち出したことは,不法行為を構成し,(イ) 被控訴人Y1が控訴人の従業員を違法に引き抜いて被控訴人会社に転職させた行為は,不法行為を構成し,(ウ) 被控訴人Y1,同Y2及び同Y3が共謀の上,控訴人の開錠技術等に関する営業秘密を違法に持ち出して,被控訴人会社の業務に使用した行為は,不正競争防止法2条1項4号及び5号の不正競争行為に該当し,また,(エ) 控訴人の従業員であった被控訴人Y2及び同Y3が被控訴人会社に転職したことは競業避止義務違反の債務不履行に該当すると主張して,上記(ア)ないし(ウ)の被控訴人Y1,同Y2及び同Y3については民法709条,719条1項,不正競争防止法4条に基づき,被控訴人会社については民法709条,715条1項又は会社法350条に基づき,また,上記(エ)の被控訴人Y2及び同Y3については民法415条に基づき,損害賠償金として1億8783万9135円等を連帯して支払うよう求めた事案です。
 原審は,被控訴人会社が,その従業員のうちの何者かにおいて控訴人の所有する工具を違法に持ち出した不法行為(前記(ア))につき民法715条1項の使用者責任を負うものと判断し,被控訴人会社に対する請求につき,持ち出された工具の販売価格相当額に弁護士費用を加えた138万6000円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる限度で理由があるものとして認容し,その余を棄却し,また,その余の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がないものとして棄却しました。
 そこで,控訴人が,自己の敗訴部分を不服として本件控訴を提起しました。

2.当事者
 控訴人は,鍵の販売,取付け,修理,その関連工事等を業とする株式会社です。
 被控訴人会社は,ウェブ広告の企画,製作等を業とする株式会社であり,被控訴人Y1は,被控訴人会社の代表取締役です。
 被控訴人Y2及び同Y3は,控訴人の元従業員です。

3.控訴人の業務の内容
 控訴人は,顧客の依頼を受けて開かなくなった鍵を開錠する業務を行っており,その際,つまみ部分にボタンを付け,ボタンを押した場合にのみ回すことができる構造を有するサムターン(スイッチサムターン)が扉の内側に設けられている場合であっても,解錠することができる道具(控訴人において「グンマジ」と称しているもの。以下「グンマジ」といいます。)を自ら開発し,これを使用しています。

4.被控訴人Y2及び同Y3の誓約書
(1)被控訴人Y2作成の誓約書
 被控訴人Y2作成の誓約書には,次の各事項を遵守することを誓約する旨の記載がありました。
(ア) 控訴人の機密情報,顧客・従業員その他の個人情報を第三者に開示及び漏洩しないこと。
(イ) 控訴人の所有する工具等を,控訴人の業務で使用する場合を除き,控訴人の許可を受けることなく社外に持ち出さないこと。
(ウ) 控訴人で教わった技術及び知った技術を控訴人以外の者に教えないこと。
(エ) 控訴人で教わった技術及び知った技術を犯罪に使用しないこと。
(オ) 控訴人に入社してから5年以内に退社した場合は,退社後3年間にわたり,控訴人の営業と競業する行為を避止し,次の行為を行わないこと。
a 控訴人と競合関係に立つ事業者に就職したり,役員に就任すること。
b 控訴人と競合関係に立つ事業者の提携先企業に就職したり,役員に就任すること。
c 控訴人と競合関係に立つ事業を自ら開業又は設立すること。
(カ) 本誓約書に違反した場合は,控訴人の被った損害を賠償すること。

(2)被控訴人Y3作成の誓約書
被控訴人Y3作成の誓約書には,前記 (ア)ないし(エ)及び(カ)のほか,次の各事項の遵守を誓約する旨の記載がありました。
(ア) 鍵開錠作業等に用いる控訴人所有の工具等又はその複製品,模倣品若しくは類似品を,自ら使用若しくは作成し,又は他人に使用させ若しくは作成させること。
(イ) 控訴人に入社してから3年以内に退社した場合は,退社後1年間にわたり,控訴人の営業と競業する行為を避止し,前記ア(オ)のaないしcの行為を行わないこと。

5.争点
 本件の争点は,次のとおりです。以下では,争点⑶及び⑷をとりあげてご説明します。
⑴ 工具等の持ち出し行為の有無
⑵ 違法な引き抜き行為の有無
⑶ 不正競争行為(営業秘密の使用行為等)の有無
⑷ 被控訴人Y2及び同Y3の競業避止義務違反の有無
⑸ 被控訴人会社の責任原因
⑹ 控訴人の損害額

判旨(-請求棄却-)

1.争点3(不正競争行為(営業秘密の使用行為等)の有無)
「3 不正競争行為(営業秘密の使用行為等)の有無(争点3)について
⑴ 不正競争防止法において「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう(同法2条6項)。
⑵ 控訴人は,グンマジを用いた開錠の方法やグンマジの構造・部材に関する本件情報が外部に流出しないように管理されていたことを当審でも重ねて主張し,これに沿う証拠…を提出する。
 しかしながら,前記認定事実…に加えて,証拠…によれば,控訴人は,東京,大阪及び神戸において,「鍵の学校 ロックマスター養成講座」との名称で,一般人を対象として有料で開錠技術等を教える本件講座を開講していたこと,本件講座においては,ピッキングによる開錠方法,オープナーを使用する開錠方法のほか,グンマジを使用する開錠の方法も教えられていたところ,受講者に秘密保持義務を課していたとは認められないこと,また,控訴人は,少なくとも本件講座と関係して,グンマジを29万8000円で販売していたこと,さらに,控訴人がインターネット上で公開していたブログ等には,上記の事実を裏付けるような内容の記事が掲載され,グンマジを使用しているモザイクなしの写真付きの記事を見ることができたこと,以上の事実が認められる。
 以上の事実によれば,控訴人が営業秘密と主張するグンマジを用いた開錠の方法やグンマジの構造・部材に関する本件情報は,「秘密として管理されている」情報とはいえず,「公然と知られていないもの」ともいえないから,不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない。
⑶ 控訴人は,グンマジの保管が厳格にされていた旨を具体的に主張するが,このことは,工具であるグンマジの物理的な管理方法をいうにすぎず,「営業秘密」に該当するか否かが検討されるべき本件情報の管理態様をいうものではないから,控訴人の上記主張は上記⑵の判断を左右しない。
⑷ よって,グンマジを用いた開錠の方法やグンマジの構造・部材に関する本件情報が営業秘密に当たることはないから,グンマジの使用をもって不正競争行為に該当する旨をいう控訴人の主張は,その前提を欠き,理由がない。」

2.争点4(被控訴人Y2及び同Y3の競業避止義務違反の有無)
「4 被控訴人Y2及び同Y3の競業避止義務違反の有無(争点4)について
⑴ 労働者が使用者と競合する企業に就職したり自ら開業したりしないという競業避止義務につき,使用者と退職者との間で,個別に退職後の競業避止義務に関する合意をしたとしても,このような合意は,退職者の職業選択の自由,営業の自由を制限するものであるから,無条件にその効力が承認されることはなく,使用者の利益,退職者の従前の地位,制限の範囲,代償措置の有無や内容から,退職者の競業避止義務を定める合意の効力を検討すべきものと解するのが相当である。
⑵ 控訴人は,被控訴人Y2のかかる合意の効力を主張するとともに,被控訴人Y3についても,競業避止義務を含む誓約書…が見つかったとして,当審において新たに証拠として提出する。
 しかしながら,前記前提事実(第2の2⑷)のとおり,被控訴人Y2が提出した誓約書…の内容は,場所的制限もなく一律に退職後3年間というある程度の長期間にわたり競合関係に立つ事業者への転職を禁止するものであること,被控訴人Y3から提出された誓約書も,証拠…によれば,退職後1年間にわたり場所的制限なく一律に競合関係に立つ事業者への転職を禁止するものであり,制限の範囲は広く,直ちにその効力を承認することはできない。
 そこで,控訴人は,使用者の利益や退職者の従前の地位の観点から,開錠という業務の性質上従業員に競業避止義務を課す必要性が高いことを主張し,また,開錠技師として入社した従業員に対しては比較的高額な賃金を支払っていたので,競業避止義務を課すことの代償措置は講じられていたとも主張する。
 しかしながら,控訴人においては,一般人を対象として有料で開錠技術等を教える本件講座を開講し,グンマジを使用するものも含めて開錠の方法が教えられ,本件講座と関係して,グンマジを29万8000円で販売していたことなどの前記の事情に照らすと,業務の性質上競業避止義務の必要性が高いという控訴人の主張の根拠は薄いといわざるを得ない。また,従業員にとっての賃金は,基本的には在職中の職務に関して支払われるとみるべきものであり,これを直ちに退職後の活動が制約されることの代償としてみることについては疑義がある上,本件事実関係の下において十分な措置があるといえるだけの事実関係を基礎付ける的確な証拠もない。
 そうすると,上記各誓約書は公序良俗に反して無効というべきである。
⑶ よって,被控訴人Y2及び同Y3は,上記各誓約書に基づいて競業避止義務を負うものではないから,被控訴人Y2及び同Y3が被控訴人会社に就職したことをもって競業避止義務の違反に当たる旨をいう控訴人の主張は,その前提を欠き,理由がない。
 なお,仮に,控訴人の主張が,有効な個別の合意がないとしても信義則上退職後の競業避止義務を負うべきであるとの趣旨を含むと解したとしても,前記3のとおり,グンマジを用いた開錠の方法やグンマジの構造・部材に関する本件情報が営業秘密に当たらず,不正競争行為を認めることができないなどの本件事実関係の下では,上記被控訴人らに信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。」

検討

1.争点3(不正競争行為(営業秘密の使用行為等)の有無)
 本件では,控訴人が営業秘密であると主張したグンマジに関する情報(以下「本件情報」といいいます。)について,「秘密として管理されている」情報とはいえず,「公然と知られていないもの」ともいえないとして,営業秘密該当性が否定されています。
 まず,秘密管理性に関して,「「秘密として管理されている」という秘密管理性要件の趣旨は,事業者が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員や取引先(従業員等)に対して明確化されることによって,従業員等の予見可能性,ひいては,経済活動の安定性を確保することにある」とされています1
 次に,非公知性に関して,「「非公知性」が認められるためには,一般的には知られておらず,又は容易に知ることができないことが必要である。「公然と知られていない」状態とは,具体的には,当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない等,営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態である」とされています2
 本件では,控訴人は,一般人を対象として,その受講者に秘密保持義務を課さずに本件情報を含む講座を開講していたこと,グンマジを販売していたこと,及び,インターネット上のブログでも本件情報を公開していたとの事実が認定されて,上記各要件の充足性が否定されています。
 本件からは,自己が保有する技術情報の活用の仕方については,最初に,公開(例:特許化など)するのか,秘匿化するのかを決定し,その決定に沿った一貫した対応が重要かつ必要であるということができます。

2.争点4(被控訴人Y2及び同Y3の競業避止義務違反の有無)
 裁判所は,被控訴人Y2及びY3に係る誓約書の競業避止義務の規定については,公序良俗に反して無効と判断しています。
 一般的に,従業員の退職後の競業避止義務については,次のように言われています。
「競業行為の制限は,労働者の職業選択の自由を制限する度合いが強いため,その有効性が問題となるのである。裁判例は,使用者の正当な利益の保護の必要性に照らし,労働者の職業選択の自由を制限する程度が,競業制限の期間,場所的範囲,制限対象となっている職種の範囲,代償措置の有無等からみて,必要かつ相当な限度のものであれば,競業避止規定も合理的であり有効といえるが,その限度を超え労働者の職業選択の自由を過度に侵害するような規定は公序に反し無効となるとしている」3
 本件でも,裁判所は,次のような規範を定立した上で,上記結論を導いています。
「労働者が使用者と競合する企業に就職したり自ら開業したりしないという競業避止義務につき,使用者と退職者との間で,個別に退職後の競業避止義務に関する合意をしたとしても,このような合意は,退職者の職業選択の自由,営業の自由を制限するものであるから,無条件にその効力が承認されることはなく,使用者の利益,退職者の従前の地位,制限の範囲,代償措置の有無や内容から,退職者の競業避止義務を定める合意の効力を検討すべきものと解するのが相当である。」
 従業員に退職後の競業避止義務を課す場合には,それが無制限に許されるものではないことを念頭においた上で,上記各観点から慎重に検討する必要があります。

以上
(文責)弁護士 永島太郎


1 経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説不正競争防止法 令和元年7月1日施行版」43頁
2 経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説不正競争防止法 令和元年7月1日施行版」46頁
3 水町勇一郎「労働法 第6版」120~121頁