【大阪地裁令和元年12月23日(平成30年(ワ)第6004号】

【判旨】
 YG性格検査法の検査用紙を発行,販売及び頒布する被告に対し,原告が,昭和41年に創作されたYG性格検査法の検査用紙(以下「昭和41年用紙」という。)の著作権(以下「本件著作権」という。複製権,譲渡権)に係る原告の共有持分権を侵害するとして,件著作権に基づき,被告各用紙の発行等の差止め,廃棄及び損害賠償金2640万円等の支払を求めた事案。裁判所は,本件著作権の一部が原告に帰属することを認めた上で,被相続人であるP2から被告に対し,本件著作権に係る無償の利用許諾がされていることを理由として,原告の請求を全て棄却した。

【キーワード】
著作権,共有,利用許諾

事案の概要

 被相続人であるP2は,南カリフォルニア大学のJ.P.ギルフォード教授が考案した3つの人格目録を,日本の文化環境に合うように,120の質問(小学2年生~6年生用は96問)から成る質問紙法性格検査に標準化した性格検査(矢田部ギルフォード性格検査。以下「YG性格検査」という。)を創作し,この性格検査を「YG性格検査用紙」に構成した。P2は,YG性格検査用紙を多数創作したところ,このうち昭和41年に開発した検査用紙(昭和41年用紙)につき,著作権を有していた。
 P2は,昭和50年9月頃,YG性格検査の検査用紙等の製作及び販売等を目的として,「日本心理テスト研究所」の名称で個人事業を開始した。原告は,その当初から,P2を助けてその事業に携わっていた。
 被告である「日本心理テスト研究所株式会社」は,平成元年12月7日,心理テストのための印刷物等の製作及び販売等並びにその利用に関するコンサルタント業務等を目的として設立され,代表取締役に原告が,監査役にP2が就任した。
 P2は,平成10年7月31日に公正証書遺言(以下「本件公正証書遺言」という。)を,平成13年7月16日に自筆証書遺言(以下「本件自筆証書遺言」という。)をそれぞれ行い,平成13年9月18日に死亡した。P2の法定相続人は,P3(P2の妻),原告(P2の実子),P4(P2の養子)及びP5(P2の養子)である。
 P3は,被相続人の死後である平成17年,当時原告が代表を務めていた被告に対し,本件著作権(複製権等)に係るP3の共有持分権侵害を理由として差止等請求訴訟を提起した。同訴訟において,大阪地方裁判所は,平成19年6月12日,P2が原告に対して本件著作権を生前に譲渡したとも,死因贈与したとも認められないなどとして,P3の請求を一部認容する旨の判決を言い渡した。

本件の争点

 本件の争点は以下のとおりである。なお,YG性格検査用紙の著作物性については本件で争点となっていない。

(1)  本件著作権の帰属(争点1)
(2)  昭和41年用紙の利用に係るP2の被告に対する許諾の有無等(争点2)
(3)  被告各用紙の発行等に係る原告及び本件各相続人の被告に対する許諾の有無等(争点3)
(4)  原告の各請求に係る権利濫用の成否(争点4)
(5)  原告の損害額(争点5)

裁判所の判断

 まず,裁判所は,本件著作権の帰属について,法定相続分に応じて原告に一部相続されたと認定し,各遺言書に基づき被告に譲渡されたとの被告主張を退けた。

※判決より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同様。)

 2  争点1(本件著作権の帰属)について
   (1)  前記のとおり,原告は,P2の法定相続人であり(前記2の2(4)),P2の有していた本件著作権をその法定相続分に応じて相続したこととなる。そうすると,原告は,本件著作権につき6分の1の割合で共有持分を有することになる。
    (2)  被告の主張について
    ア これに対し,被告は,P2は,本件公正証書遺言ないし本件自筆証書遺言により,本件著作権につき,その全部又はP3及び被告に対し各2分の1を遺贈したことから,原告は本件著作権を有しない旨を主張する。
    イ 前記認定のとおり,本件公正証書遺言において,P2は,「その所有するYG性格検査の出版による印税」,「YG性格検査に関連する著作物(手引き,テープ等)に関する財産権」及びYG性格検査「以外の心理テストに関する著作権」を明確に区別して取り扱っている。また,これに加え,その8条では「著作物(手引き,テープ等)に関する財産権は日本心理テスト研究所株式会社の所有に属する」とし,9条では「前条以外の心理テストに関する著作権は,日本心理テスト研究所株式会社に属している」とするところ,各表現自体及び相互の差異に着目すると,8条では有体物である「YG性格検査に関連する著作物(手引き,テープ等)」の所有権の帰属を確認しているのに対し,9条では知的財産権である「前条以外の心理テストに関する著作権」の帰属を確認しているものと理解するのが最も合理的である。9条をこのように理解すると,「前条」「の心理テスト」であるYG性格検査に関する著作権は被告に現に帰属していないとするP2の認識がうかがわれる。その上で,本件公正証書遺言においては,本件著作権を含むYG性格検査方法に関する著作権(著作財産権)それ自体の帰属ないし相続に関する明示的な言及はない。
  さらに,本件自筆証書遺言において,P2は,「YG性格検査の出版による印税」の相続について本件公正証書遺言の内容を改めるとともに,当該検査に関する著作者人格権と関連付けて,原告により当該検査が改良されることへの希望を表現している。他方,本件自筆証書遺言においても,本件著作権を含むYG性格検査方法に関する著作権(著作財産権)それ自体の帰属ないし相続に関する明示的な言及はない。
  さらに,P2の生前におけるYG性格検査に係る事業の状況を見ると,本件出版販売契約の締結に表れているように,昭和41年用紙を含むYG性格検査方法に係る著作物については,P2に著作権が帰属していることを前提にしつつ,被告がその発行等に当たっていたことが認められる。また,被告の事業遂行に当たっては,著作権者からの利用許諾その他の法律関係に基づき,上記著作物の使用権限が認められれば十分であって,著作権それ自体を被告が得ることが不可欠とまではいえない。
  これらの事情に鑑みると,本件公正証書遺言7条及びこれを改定した本件自筆証書遺言7条は,金銭債権であるYG性格検査の出版による印税債権の相続に関して定めたもの,本件公正証書遺言8条は,有体物である「YG性格検査に関連する著作物」の所有権の帰属を確認したものであり,いずれも,本件著作権を含むYG性格検査方法に関する著作権について定めたものではないと理解される。
  したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。

 次に,裁判所は,被告がYG性格検査に係る事業を行っていたP2及び原告の事業を法人化して設立されたものであることや,P2が当該事業を通じてYG性格検査法の検査用紙(昭和41年用紙)の普及を図っていたこと等を理由として,「P2は,被告に対し,被告設立当初の時点で,被告がYG性格検査に関する事業を行うために昭和41年用紙を利用する必要がある期間及びそのような利用といえる範囲において,その無償での利用を許諾していた」と認定した。

 3  争点2(昭和41年用紙の利用に係るP2の被告に対する許諾の有無等)について
    (1)  前提事実及び前記1の認定事実によれば,被告は,YG性格検査に係る事業を行っていたP2及び原告の事業を法人化して設立されたものであり,YG性格検査の検査用紙を製作及び販売等並びにその利用に関するコンサルタント業務に関する事業を行っている(前記1(2))。昭和41年用紙は,質問紙法性格検査であるYG性格検査に使用される検査用紙であり(前記1(1)),YG性格検査を実施する上では不可欠なものである。このため,昭和41年用紙は,被告にとって,その設立当初から,上記事業を遂行する上で自由に使用し得る必要があったものといえる。
  他方,P2は,被告に対し,竹井機器工業との本件出版販売契約に見られるように被告の事業収益の増加を図るとともに,YG性格検査の検査用紙の改訂等に当たり助言等を行うなどし,被告設立当初より監査役報酬の名目でその対価を得ていた(前記1(2),(5))。他方,P2が,その生前に,被告による本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙の発行等について,否定的な態度を示したり,著作権使用料を請求したりするなどの行動を取ったことをうかがわせる証拠はない。こうしたことから,P2は,自らYG性格検査に係る事業を中心的に行っていた時期はもちろん,原告ひいては被告への事業承継をした後も,被告の事業のために活動し,それによって利益を得ていたものといえる。また,本件自筆証書遺言7条のなお書きからは,当時被告代表者であった原告に託す形で,YG性格検査の一層の発展及び普及を願っていたこともうかがわれる(前記1(6))。これらの事情を踏まえると,P2にとっても,その生前か死後かを問わず,被告の上記事業遂行に当たり,昭和41年用紙が広く有効に利用されることを期待していたものと推察される。
  これらの事情に鑑みれば,P2は,被告が法人化される前後を通じて,その事業遂行に当たり,被告が昭和41年用紙を複製し,本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙を発行,販売及び頒布すること(前記1(3),(4))を許諾していたと合理的に推認される。また,当該利用許諾は,P2の生前に使用料ないしその相当額が支払われたことをうかがわせる事情は見当たらないことに鑑みると,無償であったものと認められる(P2に対する監査役報酬名目での金員支払の趣旨については,後記のとおり。)。このように理解することは,P2の死後における原告及び本件各相続人の行動(前記1(7)。なお,ここで言及されていない相続人であるP5は,被告代表者である。),とりわけ,別訴対象用紙の発行等については別訴を提起しながら,本件回答説明用紙及び本件判定用紙の発行等については異議を述べていないP3の行動とも整合的といえる。
  以上より,P2は,被告に対し,被告設立当初の時点で,被告がYG性格検査に関する事業を行うために昭和41年用紙を利用する必要がある期間及びそのような利用といえる範囲において,その無償での利用を許諾していたと認められる(以下「本件利用許諾契約」という。)。
  なお,上記のように理解することは,本件竹井用紙と「同一内容または著しく類似の著作物を…他人をして発行せしめることが出来ない」とする本件出版販売契約の内容と,一見抵触するとも思われる。しかし,被告が当該契約の当事者ではないことは措くとしても,当該契約においても,被告がYG性格検査に係る事業を展開すること自体は前提とされていることがうかがわれる(4条1項,5条)。そうである以上,本件利用許諾契約が成立していたとしても,新たに締結された本件出版販売契約とは必ずしも抵触しない。

 これに対し,原告は,P2から被告に対する利用許諾はなく,仮に利用許諾があったとしても時期的に範囲を逸脱したものである等と主張したが,いずれの主張も退けられた。

   (2)  原告の主張について
    ア これに対し,原告は,被告によるYG性格検査の検査用紙の発行等は,P2の被告に対する利用許諾に基づくものではなく,P2からの委託に基づくものであり,また,仮に,上記利用許諾があったとしても,その許諾は原告が検査用紙の改良等に携わること及び原告に対し何らかの対価が支払われることを前提としており,原告が被告の役員を退任した以降の被告各用紙の発行等は,その利用許諾の範囲を逸脱するものであると主張する。
    イ しかし,前記認定のとおり,P2は,昭和63年9月頃までに個人事業である日本心理テスト研究所の事業を原告に承継させ,当該事業を法人化させた被告設立に際しても,その代表者とはならず監査役に就任したにとどまる(前記1(2))。しかも,P2に対する監査役報酬は月額10万円にとどまる。また,原告の主張を前提としても,原告への事業承継後(被告設立後も含む。)は,P2はYG性格検査の項目及び質問方法等につき助言や監修を施すといった関与をしていたにすぎない。そのほか,P2が,YG性格検査に係る事業の遂行において自ら中心的な役割を果たしていたことをうかがわせる具体的な事情はない。
  こうした事情に鑑みると,被告によるYG性格検査に係る事業は,P2による委託に基づくものではなく,被告自身の事業として遂行されたものと認められる。この点に関する原告の主張は採用できない。
    ウ また,P2の生前に,被告の事業遂行に当たりP2による助言等がされていたとしても,その事実のみをもって直ちに,P2の被告に対する利用許諾において,被告による本件著作権に係る著作物の利用がP2の同意その他の関与を要することとされていたことを意味するものとはいえない。被告からP2に対する監査役報酬名目での支払金額は月10万円という定額であり,検査用紙についての助言や監修その他被告の事業に対する具体的な関与の程度や,被告による本件著作権に係る著作物の利用数量等に応じて変動するものではなく,しかもその額自体も必ずしも高額というほどではない。これらのことに鑑みると,被告の事業遂行に当たり,P2による同意その他の関与が必須とされていたとは考え難い。同様の理由から,監査役報酬名目での支払も,むしろ,事業創始者に対する顧問料ないし生活費用保障的な意味合いをもった支払であったと見るのが相当である。
  前記のとおり,本件自筆証書遺言の記載から,P2は,被告代表者である原告に託す形で,YG性格検査の一層の発展及び普及を願っていたことがうかがわれるところ,この点も,個人事業であった当時から原告が事業に関与していたという経緯とともに,本件自筆証書遺言当時の被告の代表者が原告であったことも背景にあったものと推察される。そうすると,上記記載は,被告の事業遂行に原告が関与することがなくなった場合には,被告による事業遂行自体を認めない,すなわち,死亡その他の理由により原告が被告の経営から外れた場合に,被告のYG性格検査に係る事業が継続しているにもかかわらず,本件著作権に係る利用許諾の効力が失われるとするP2の意思をうかがわせるものとは必ずしもいえない。
    エ 以上より,この点に関する原告の主張は採用できない。

 そして,裁判所は,被告の行為は本件著作権に係る利用許諾の範囲内で行われたものであるとして,本件著作権の侵害を否定し,原告の請求を全て棄却した。

   (3)  証拠(甲3,4)及び弁論の全趣旨によれば,被告による被告各用紙の発行等(前記1(3),(4))は,被告のYG性格検査に係る事業の遂行の一環として行われたものと認められる。そうである以上,被告の上記各行為は,P2ひいてはその相続人である原告及び本件各相続人の本件著作権に係る利用許諾の範囲内で行われたものということができるから,本件著作権を侵害するものとはいえない。
  したがって,原告は,本件著作権(複製権,譲渡権)に係る共有持分の侵害に基づく被告各用紙の発行等差止及び廃棄請求権並びに不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しない。

 本件は,著作者の死亡に伴う著作権の相続や生前の利用許諾の効力など,相続と著作権にまつわる複数の論点が問題となった事案であるところ,遺言書の文言や従前の経緯を踏まえた合理的な解釈がされたものと評価でき,実務上も参考になると思われる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 丸山真幸