【令和2年9月30日判決(知財高裁令和2年(ネ)第10004号】

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「光照射装置」とする発明に係る特許権(以下「本件特許権」といい,これに係る特許を「本件特許」という。)を有する控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。)が,控訴人兼被控訴人(以下「一審被告」という。)の製造,販売に係る各製品(以下,個別には番号に従って「一審被告製品1」などといい,また,これらを併せて「一審被告各製品」という。)が,後記の再訂正後の本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件再訂正発明」という。)の技術的範囲に属するとして,上記各行為につき,一審被告に対し,差止請求等をする事案である。

【キーワード】
公然実施発明,特許法第29条第2項,進歩性,動機づけ,阻害要因

【本件再訂正発明】
 本件再訂正発明を分説すると以下のとおりである。
 A 複数の同一のLEDを搭載したLED基板と,
 B 前記LED基板を収容する基板収容空間を有する筐体と,を備えた,ライン状の光を照射する光照射装置であって,
 C 電源電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし,
 D 前記LED基板に搭載されるLEDの個数を,順方向電圧の異なるLED毎に定まるLED単位数の最小公倍数とし,
 E 複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある
 F 光照射装置。

【争点】
 本件では,本件再訂正に係る訂正要件違反の成否,公然実施発明に基づく進歩性欠如の有無,先使用権の成否,自由技術の抗弁の成否,作用効果不奏功の抗弁の成否,一審被告の過失の有無,一審原告の損害額,消滅時効の成否,一審被告の利得額など争点は多岐にわたるが,本記事においては,公然実施発明(IDB-11/14R又はIDB-11/14Wに係る発明)に基づく進歩性欠如の有無についてのみ取り上げる。以下,下線等の強調は,筆者が付した。

裁判所の判断

 無効理由2(IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明(公然実施発明)を主引用例とする進歩性欠如)について
ア IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明の公然実施の有無について
(中略)
 IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明は,本件出願前に公然実施をされた発明であることが認められる。

イ IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明の内容
 証拠(乙8,9,15)によれば,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明として,次の発明を認定することができる。
「 複数の同一のLEDを搭載したプリント基板と,
 前記プリント基板を収容するケースと,を備えたLED Direct Bar Lightであって,
 直流電源の電源電圧(12V)とLEDを接続し,
 IDB-11/14Rの前記プリント基板に搭載された赤色LEDの場合には,LEDを6個直列に接続し,
 前記赤色LEDはGL3UR43であり,
 前記GL3UR43のTYP順電圧が1.85Vであり,
 IDB-11/14Wの前記プリント基板に搭載された白色LEDの場合には,LEDを3個直列に接続し,そのような直列回路を2本並列に接続し,
 前記白色LEDはNSPW310BS-CR又はNSPW310BS-CSであり,
 前記NSPW310BSの標準順電圧が3.6Vであり,
 前記プリント基板に搭載されるLEDの数は6個であり,
 1枚の前記プリント基板を配置するLED Direct Bar Light。」

ウ 本件再訂正発明とIDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明との対比
(ア) 本件再訂正発明とIDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明を対比すると,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明は,本件再訂正発明のうち,「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」との構成(構成要件F)を備えていない点で相違し(以下,この相違点を「本件相違点1」という場合がある。),それ以外の構成を備えている点で一致することが認められる。
(中略)

エ 本件出願当時の周知技術及び技術常識
(ア) 周知技術
 a IDB-L600/20RS及びIDB-L600/20WS
 (中略)
 ⒝ 前記⒜によれば,IDB-L600/20RS及びIDB-L600/20WSに係る発明は,複数の同一のLEDが搭載された,2枚のプリント基板を長手方向に2枚直列させているから,「複数のLED基板をライン方向に沿って直列させてある」との構成を備えていることが認められる。

 b 乙18
 (中略)
 ⒝ 前記⒜によれば,乙18には,一定の長さの線状照明装置ユニットを複数個,レール上に並べて連接することにより,任意の長さの線状照明装置を構成することができること,この線状照明装置ユニットは,ケースと,その中に固定されたLED保持板15(プリント基板)及びと反射鏡16から成る照明ユニットとから成ること(図11,12)が開示されていることが認められる。

 c まとめ
 前記a及びbによれば,本件出願当時,ライン状の光照射装置において,「複数のLED基板をライン方向に沿って直列させてある」との構成(本件相違点1に係る本件再訂正発明の構成)は,周知であったことが認められる。

(イ) 技術常識
 (中略)
 c 前記a及びbによれば,本件出願時当時,種々の長さのライン光照射装置を製造する場合,所定の長さに応じた1枚のLED基板を用いる方法のほか,当該所定の長さに応じて複数のLED基板を直列させる方法も,技術常識であったことが認められる。

オ 相違点の容易想到性の有無について
(ア) 前記イ認定のとおり,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明は,「6個のLEDが搭載された,1枚のプリント基板」を用いた「LED Direct Bar Light」である。
 しかるところ,乙8(「2004年~LED照明総合カタログ」)によれば,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wは,一審被告が販売する「ダイレクトバー照明/IDB」シリーズの一製品に位置付けられること,乙8には,「斜光照明やバックライト等幅広く使用可能!」との見出しの下,「高輝度LEDを平面基板に実装しています。複数で斜光照明にしたりバックライトとしてもご使用できます。非常に多くのサイズバリエーションがあり標準外のご希望サイズも対応致します。…赤/白/青/緑/赤外/紫外の製作が出来ます。」(16頁)との記載があることが認められる。
 また,乙8にラインナップされている製品の「型式」,「寸法」及び「LED数」の関係をみると,製品の寸法が長くなるとそれに応じて,1枚のプリント基板に搭載されるLED数が増えていることを読み取れることからすると,「ダイレクトバー照明/IDB」シリーズでは,異なる長さの照射領域に対応するために,LED基板の「サイズバリエーション」を多くして,照射領域に応じたLED基板を揃えていることを理解できる。一方で,乙8には,異なる長さの照射領域への対応方法として,同一サイズの「複数のLED基板」を直列に連接させることについての記載も示唆もない
 加えて,本件出願時当時,「LED基板の設計においては,当業者は,故障を防ぎ,品質を保持し,作業を効率化するために,LED基板間の配線及び半田付けを極力減らすようにすること」が技術常識であったこと(前記エ(イ)a)に照らすと,本件出願当時,ライン状の光照射装置において,「複数のLED基板をライン方向に沿って直列させてある」との構成(本件相違点1に係る本件再訂正発明の構成)は周知であったこと(前記エ(ア))を勘案しても,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに接した当業者において,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明に上記周知の構成(周知技術)を適用する動機付けがあったものと認めることはできない
(イ) これに対し一審被告は,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明と前記エ(ア)の周知技術は技術分野が同一であること,本件出願当時,LED基板の設計においては,所定照射領域の長さに応じた1枚のLED基板を用意する設計手法が技術常識であるとともに,所定照射領域の長さに応じて複数枚のLED基板を並べる設計手法も技術常識であったものであり,いずれの設計手法を採用するかは,当業者が適宜選択可能な設計事項であることからすると,当業者が,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明において,上記周知技術を採用することについての動機付けがある旨主張する。
 しかしながら,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明と上記周知技術の技術分野が同一であることから直ちに上記周知技術を適用する動機付けがあるということはできないし,また,本件出願当時,種々の長さのライン光照射装置を製造する場合,所定の長さに応じた1枚のLED基板を用いる方法のほか,当該所定の長さに応じて複数のLED基板を直列させる方法も,技術常識であったこと(前記エ(イ)c)を勘案しても,前記(ア)のとおり,「ダイレクトバー照明/IDB」シリーズでは,異なる長さの照射領域に対応するために,LED基板の「サイズバリエーション」を多くして,照射領域に応じたLED基板を揃えていることに照らすと,当業者において,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明に上記周知技術を適用する動機付けがあったものと認めることはできない。
 したがって,一審被告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 以上によれば,当業者がIDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明及び周知技術に基づいて本件相違点1に係る本件再訂正発明の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。
 したがって,一審被告主張の無効理由2は理由がない。

検討

 本件は,公然実施発明に基づく進歩性欠如について判断した事案である。
 本件では,本件再訂正発明と公然実施発明(IDB-11/14R又はIDB-11/14Wに係る発明)との相違点は,本件再訂正発明は,複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある(構成要件F)のに対し,IDB-11/14R又はIDB-11/14Wは,前記LED基板が1枚であり,構成要件Fを備えていない点である(本件相違点1)。
 本件相違点1に係る構成は,本件出願当時において周知技術であることが認定されている。
 その上で,本判決は,まず,「乙8にラインナップされている製品の「型式」,「寸法」及び「LED数」の関係をみると,製品の寸法が長くなるとそれに応じて,1枚のプリント基板に搭載されるLED数が増えていることを読み取れること」から「『ダイレクトバー照明/IDB』シリーズでは,異なる長さの照射領域に対応するために,LED基板の『サイズバリエーション』を多くして,照射領域に応じたLED基板を揃えていることを理解できる。」と認定判断した。
 確かに,寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えている点から,本判決のような理解も可能だと考える。しかし,一方で,本件特許の明細書の背景技術に記載されているように,LED基板に搭載されるLEDの個数は,電源電圧VEとLEDの順方向電圧Vfとの関係から,直列接続されるLEDの個数が制限されるのであるから,寸法の長さが長くなってLED数が増えた場合,1枚のLED基板に収容できないケースというのも十分に想定でき,このようなケースでは複数のLED基板をライン方向に沿って直列せざるを得ないように思われる。また,LED(輝度が最大)の個数を1枚のLED基板に収容できる上限の個数にした状態で,更に寸法の長さを長くしなければならない場合,照射が及ばない領域がでてきてしまうが,照射が及ばない領域が出てしまうと製品として致命的であると考えられ,この点を回避するには,やはり複数のLED基板を用いざるを得ないように思われる。
 なお,原審(大阪地判令和元年12月16日・平成29年(ワ)第7532号)においては,本判決と同様の事実(寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えていること)から,「IDB-11/14Rを始めとする『ダイレクトバー/IDB』の製品には,検査物ごとに所定照射領域が異なるという課題に対しては,複数のLED基板をライン方向に沿って直列させて対応するのではなく,当該所定照射領域の長さに応じたLED基板を用意して対応するという技術的思想があることが読み取れる。」と認定判断して,技術的思想まで読み取っているが,そもそも,公然実施発明の場合,課題及びその課題解決手段が記載されている特許文献とは異なり,課題及びその課題解決手段が記載されているとは限らない(むしろ,記載されていない方が多いと思われる)から,公然実施発明の技術的思想を読み取ること自体が非常に難しく,原審の認定判断は疑問が残る。一方,本判決は,「技術的思想」が読み取れるとまでは認定判断しておらず,この点において本判決は妥当だと考える。

 続いて,本判決は,「LED基板の設計においては,当業者は,故障を防ぎ,品質を保持し,作業を効率化するために,LED基板間の配線及び半田付けを極力減らすようにすること」との技術常識(以下「技術常識①」という。)があったことを考慮して,「複数のLED基板をライン方向に沿って直列させてある」との構成(本件相違点1に係る本件再訂正発明の構成)は周知であったことを勘案しても,「IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに接した当業者において,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明に上記周知の構成(周知技術)を適用する動機付けがあったものと認めることはできない」と認定判断した。
 この点については,①前述のとおり,複数のLED基板をライン方向に沿って直列せざるを得ないケースがあり得る。また,②「乙8には,異なる長さの照射領域への対応方法として,同一サイズの『複数のLED基板』を直列に連接させることについての記載も示唆もない」ということは,逆にいえば,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wは,複数のLED基板を直列に連接させることを排除していないともいえる。さらに,③種々の長さのライン光照射装置を製造する場合,所定の長さに応じた1枚のLED基板を用いる方法のほか,当該所定の長さに応じて複数のLED基板を直列させる方法も,技術常識(以下「技術常識②」という。)であったところ,本判決の認定判断は,実質的には,技術常識②よりも技術常識①を重視するものであるが,上記①及び②をも考慮すれば,技術常識①を考慮の上,周知技術の適用を否定する積極的な事情もないと考えられる。本判決の判示内容からは明らかではないが,これらの点をも考慮すれば,本判決とは逆の結論もあり得たのではないだろうか。
 なお,原審においては,「『LED基板の設計においては,当業者は,故障を防ぎ,品質を保持し,作業を効率化するために,『LED基板間の配線及び半田付けを極力減らす』ようにするのが常である。』という技術常識の存在が認められる。そうすると,相違点1-1に係るIDB-11/14Rの構成を,『複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある』という構成に置き換えることには,阻害要因があるといえる。」として,上記技術常識①の存在から,阻害要因があるとまで判断しているが,本判決ではここまでの判断はしていない点で違いがある。
 本件は,公然実施発明に基づく進歩性欠如について,公然実施された製品のシリーズにおける特徴(寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えていること)を重視して,進歩性が否定されないと判断した興味深い事案であることから紹介した。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順