【平成29年(ワ)第14142号(東京地裁H30・6・28)】

【キーワード】
無効論,特許法123条1項2号,同29条1項3号

【判旨】
発明の名称を「入力制御方法,コンピュータ,および,プログラム」とする特許権を有する原告が,被告によるスマートフォン製品の輸入・販売が原告の上記特許権を侵害すると主張して,被告に対し,民法709条,特許法102条3項に基づく損害賠償金498億4168万3808円の一部である5400万円,特許法65条1項に基づく補償金63億7162万3600円の一部である5400万円,及び弁護士費用相当額2160万円の合計1億2960万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。裁判所は,本件特許の優先日前の平成19年8月23日に公開された公知文献(乙8文献)に記載された発明が,本件発明と同一であることを理由に,本件特許には乙8文献に基づく新規性欠如の無効理由が存すると認められるとして,原告の請求を棄却した。

1 事案の概要と争点

 本件特許権(特許第5935081号)の請求項3に係る発明(以下「本件発明」という。)の内容は,以下のとおりである。


 本件発明は,タッチパネル操作において,画面に触れる指の位置は変化させずに,力の入れ具合のみを変化させるという操作に基づき,タッチパネルにおける表示態様を変化させるという発明である(下図参照)。


 原告である株式会社JUICE DESIGNは,目線やフリーハンドで機器を簡単に操作することのできる「身体リモコン」等の電子機器を開発しており(https://techplanter.com/support-venture/techplanter-member-2015/juice-design/),本特許もそうした技術開発の成果の1つであったと考えられる。
 被告であるApple Japan合同会社は,業として,別紙被告製品目録記載の各製品(iPhone6~iPhoneXの各シリーズ)を輸入し,日本国内において販売していた。
 本件の争点は,構成要件A~Fに係る充足性と,無効理由の存否(拡大先願違反及び乙8~乙10文献に基づく新規性・進歩違反),並びに損害額及び補償金額であったが,裁判所は乙8文献に基づく無効理由の存否(争点2-2)のみしか判決中で判断しなかったため,本稿でもこの点にのみ言及することとする。

2 裁判所の判断

(1)乙8文献の記載及び本件発明(構成要件A~G)との対比
 裁判所は,乙8文献における「オンルートスクロール」(経路上を移動する点(移動点)を表示面上の基準点に一致させた地図をスクロールさせる機能。下図参照)を中心として,乙8文献の関連する記載を引用しつつ,下記の表のとおり,本件発明の構成要件A~Gに係る構成は,全て乙8に開示されていると認定した。

 

(2)原告の反論に対する判断
 これに対し,原告は,本件明細書【0039】段落の記載を根拠に,本件発明における「力入力検出手段」は,表示画面に加えられた力の有無を間接的に検出する手段であって,乙8文献に開示の単なる接触の有無を検出する手段とは異なるという趣旨の反論を行った。  

しかし,裁判所は,上記【0039】において,検出手段の一例として「表示画面に対して非接触の場合に,所定の押下力または摩擦力が検出されないものとし,表示画面に対して接触があった場合に,所定の押下力または摩擦力があったものとして検出」する手段(上記下線部参照)が記載されていることを理由に,構成要件A(力入力検出手段)は「表示画面への接触・非接触による力の有無を検出」することも含むとして,原告の反論を採用せず,本件発明には乙8に基づく新規性違反の無効理由があると結論付けた。

3 検討

 本件で引用された乙8発明は,タッチパネル式のカーナビのUIに係る発明であり,本件発明の実施例や被告製品のようなスマートフォン・タブレットを対象とした発明ではなかったことから,原告(特許権者)にとってはやや意外な引例だったものと推測される。しかし,クレームの記載は登録当時ものから訂正されておらず(訂正の再抗弁がされたかどうかは不明),かなり広めに記載されていたことから,乙8に記載の発明と同一であるという本判決の認定は妥当と考えられる。
 なお,本件はクレームを訂正の上で控訴されているが,控訴審では構成要件の非充足を理由として控訴人(原告)の請求が棄却されている(知財高裁平成31年3月20日判決,平30(ネ)10060号)。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山 真幸