【平成30年(行ケ)第10093号(知財高裁R1・9・19)】

【判旨】
 本件特許が明確性要件要件を具備しないと判断した事案。

【キーワード】
明確性要件違反

事案の概要

 以下,明確性要件の判断に係る部分のみ解説する。また,証拠番号等は,適宜省略する。

1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告は,平成26年8月7日,発明の名称を「多結晶質シリコン断片及び多結晶質シリコンロッドの粉砕方法」とする発明について特許出願をし(優先権主張:2013年8月21日,ドイツ),平成29年6月9日,特許権の設定登録(特許第6154074号。請求項数11。以下,この特許を「本件特許」という。)を受けた。
(2) 本件特許について,平成29年12月22日,Aから特許異議の申立て(異議2017-701223号)がされた。
 原告は,平成30年5月21日付け訂正請求書により,特許請求の範囲について訂正請求をし,同年9月27日付け手続補正書により同訂正請求書の手続補正をした(以下「本件訂正」という。)。
(3) 特許庁は,平成31年2月21日,本件訂正を認めた上,「特許第6154074号の請求項1~4,8,11に係る特許を取り消す。特許第6154074号の請求項5~7,9,10に係る特許に対する特許異議の申立てを却下する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年3月1日,原告に送達された。なお,附加期間として90日が定められた。
(4) 原告は,令和元年6月27日,本件決定の取消しを求める本件訴訟を提起した。

本件特許

 書誌事項に関しては,事案の概要を参照のこと。
2 特許請求の範囲の記載
 本件決定が対象とした本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1~4,8,11の記載は,以下のとおりである。以下,各請求項に係る発明を「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」という。また,その明細書を,図面を含めて,「本件明細書」という。
請求項1:炭化タングステンを含んでなる表面を有する少なくとも二個の粉砕工具により,多結晶質シリコンロッドをチャンクに粉砕する方法であって,前記少なくとも二個の粉砕工具が,前記工具表面の炭化タングステン含有量が95重量%以下であり,かつ炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径が1.3μm以上である第1の粉砕工具と,前記工具表面の炭化タングステン含有量が80重量%以上であり,かつ前記炭化タングステン粒子の前記メジアン粒径が0.5μm以下である第2の粉砕工具とを含んでなり,前記方法が少なくとも2つの粉砕工程を含んでなり,前記少なくとも2つの粉砕工程が,前記第1の粉砕工具による粉砕工程と,前記第2の粉砕工具による粉砕工程とを含んでなる,方法。
請求項2:前記第2の粉砕工具の炭化タングステン粒子の前記メジアン粒径が0.2μm以下である,請求項1に記載の方法。
請求項3:前記第1の粉砕工具が,手動式ハンマー,ハンマーミル又は機械式衝撃工具である,請求項1に記載の方法。
請求項4:前記第2の粉砕工具が,ジョークラッシャ,ロールクラッシャ又はボールミルである,請求項1に記載の方法。
請求項8:前記第1の粉砕工具の炭化タングステン含有量が90重量%未満であり,かつ前記第2の粉砕工具の炭化タングステン含有量が90重量%超である,請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
請求項11:前記少なくとも2つの粉砕工程間に,800℃超の温度における前記チャンクの熱処理に続いて,より低温の媒体中での急冷を行う,請求項1~4及び8のいずれか一項に記載の方法。

争点

 本件特許が明確性要件を具備するか否か。より,具体的には,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の意義が明らかであるかである。

判旨抜粋

 以下,下線は筆者が付した。

(2) 前記(1)によれば,本件発明の概要は,以下のとおりである。
 従来,多結晶質シリコンロッドを粉砕する粉砕工具の素材として,コバルト結合剤を含む炭化タングステン(コバルトマトリックス中に炭化タングステンを含むもの)が知られており,タングステン含有量をより高くすること,又は炭化タングステン粒子径を低下させることにより,耐摩耗性が高くなることが知られていたが,硬い工具は,脆くなることが分かっており,この場合,破壊された工具材料により,製品の好ましくない汚染が追加される危険性があった。本件発明は,この問題を解決することを目的とする。(【0001】,【0012】,【0015】~【0018】,【0021】~【0023】)
 本件発明は,炭化タングステンを含んでなる表面を有する少なくとも一個の粉砕工具により,多結晶質シリコンロッドをチャンクに粉砕する方法であって,工具表面の炭化タングステン含有量が95%以下であり,工具表面の材料における100%に対する残りは,好ましくはコバルト結合剤であり,これは,2%まで,好ましくは1%未満の他の金属も含む。好ましくは1%未満の程度に追加の炭化物が存在し,焼結の結果は,炭素の添加によっても影響を受ける。(【0026】~【0029】)
 好ましくは,少なくとも2粉砕工程を含み,炭化タングステン粒子の粒径が0.8μm以上,好ましくは1.3μm以上の粒径である粉砕工具による少なくとも1つの粉砕工程,又は,炭化タングステン粒子の粒径が0.5μm以下,好ましくは0.2μm以下である粉砕工具による粉砕工程を含んでなる。(【0030】~【0035】)
 炭化タングステン粒子の粒径の摩耗に対する影響は,炭化タングステン含有量,又は硬度の摩耗に対する影響よりもはるかに大きい。また,幾つかの粉砕工程を行うにあたり,ポリシリコン上へのタングステン汚染は主として最後の粉砕工程によって決定されるので,幾つかの粉砕工程を含む製法では,最初の粉砕工程で,耐摩耗性は少ないが,強靭な,硬質金属工具を使用し,最後の粉砕工程では,比較的細かい炭化タングステン粒径及び/又は比較的高い炭化タングステン含有量を有する工具を使用する。(【0049】~【0051】)
 多結晶質シリコンロッドに対して,手動式ハンマー(Coマトリックス中のWC(88%WC,12%Co,及び粗い粒子(2.5〜6.0μm))による手動式破壊後,さらにロールクラッシャ(硬度HV10 1590:85%WC+15%Co,超微粒子(0.2〜0.5μm)で破壊を行なったところ,タングステン汚染は1000pptwであった(例2c)。(【0061】~【0063】)
 また,多結晶質シリコンロッドに対して,手動式ハンマー(Coマトリックス中のWC(88%WC,12%Co,及び粗い粒子(2.5〜6.0μm))による手動式破壊後,大型ジョークラッシャ(88%WC&12%Co及び非常に細かい粒子(0.5μm〜0.8μm))で,次いで二つの粉砕工程を小型のジョークラッシャ(88%WC&12%Co非常に細かい粒子(0.5μm〜0.8μm))で,及び最後の破壊工程をジョークラッシャで(93.5%WC&6.5%Co超微粒子(0.2μm〜0.5μm)で破壊を行ったところ,タングステン汚染は200pptwであった(例3b)。(【0061】~【0063】)
 さらに,第二の破壊工程の後に,800℃1時間の予備熱処理と続く水中20℃で急冷及び真空乾燥を行ったところ,タングステン汚染は50pptwであった(例4)。(【0064】)
2 取消事由1(明確性要件に係る判断の誤り)について
(1) 明確性要件の判断基準
 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) 本件発明の明確性について
ア 特許請求の範囲の記載及び技術常識
 請求項1には,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」との記載があるところ,請求項1の記載自体から,この炭化タングステン粒子は,「少なくとも二個の粉砕工具」の「工具表面」に「含有」されるものであることを理解することができ,また,上記炭化タングステン粒子は,第1の粉砕工具の表面には95重量%以下含有され,その粒径が1.3μm以上であること,第2の粉砕工具の表面には80重量%以上含有され,その粒径が0.5μm以下であること,粒径はメジアン粒径であること,炭化タングステン粒子のメジアン粒径が1.3μm以上あるいは0.5μm以下であることは,炭化タングステン粒子を「質量により秤量」して測定するものであることが理解できる。
 しかしながら,請求項1の記載からは,粉砕工具の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義が明らかであるとはいえない
 また,本件特許の出願当時において,炭化タングステンを含んでなる表面を有する粉砕工具の工具表面に含有される炭化タングステン粒子につき,質量により秤量したメジアン粒径を得ることができたとする当業者の技術常識を認めるに足りる証拠はない
イ 本件明細書の記載
 本件明細書には,「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表面」のタングステン含有量が95%以下であり,工具表面の材料における100%に対する残りは,好ましくはコバルト結合剤であり,好ましくは1%未満の程度に追加の炭化物が存在する(【0026】~【0028】),焼結の結果は,炭素の添加によっても影響を受ける(【0029】)との記載があり,「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表面」の炭化タングステン粒子が,コバルトである結合剤と焼結により一体化していることが開示されている。そして,本件明細書には,コバルト結合剤と焼結により一体化した「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径について,定義や測定方法の記載はない
ウ 以上によれば,本件明細書の記載を考慮し,出願当時の技術常識を基礎としても,本件発明の「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義を理解することはできず,本件発明の技術的範囲は不明確といわざるを得ないから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,明確性要件を充足しないというべきである。

解説

 本件において問題となった発明は,多結晶シリコンロッドを破砕する際に,当該破砕に係る工具による,当該多結晶シリコンロッドへの汚染を防止することを目的とする。
 本件は,本件特許が明確性要件を具備しないとした事件である。具体的には,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の意味が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かである。
 裁判所は,まず,請求項1の記載から,「この炭化タングステン粒子は,『少なくとも二個の粉砕工具』の『工具表面』に『含有』されるものであることを理解することができ,」さらに,「上記炭化タングステン粒子は,第1の粉砕工具の表面には95重量%以下含有され,その粒径が1.3μm以上であること,第2の粉砕工具の表面には80重量%以上含有され,その粒径が0.5μm以下であること,粒径はメジアン粒径であること,」がわかり,この粒径については「炭化タングステン粒子を『質量により秤量』して測定するものである」ことが分かるものの,「粉砕工具の『工具表面』に『含有』される炭化タングステン粒子の『質量により秤量』したメジアン粒径の意義」が明らかでないとした。
 そして,当該意義は,技術常識によっても,本件明細書の記載によってもあきらかではないと判断した(なお,通常は,本件明細書の記載をまず判断し,それでも分からないときに,当業者の技術常識により判断するが,本件では,この順序が逆である。)。
 原告は,この判断について,沈降法により測定,計算されるストークス径が,質量を基準に粒子径を表した質量分布におけるメジアン径であると主張を行ったが,当該測定を行うため「コバルト結合剤と焼結により一体化した『粉砕工具』の『工具表面』に『含有』される炭化タングステン粒子」の分離方法や計算に用いる各種パラメータの決定に係る記載が一切ないことをから,裁判所は,原告の主張を認めなかった。
 本件は,事例判断であるが,明確性要件の判断方法を知る上で参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志