【令和元年(行ケ)第10152号(知財高裁R2・3・19)】

【判旨】
 本願商標に係る特許庁の不服2019-10871号事件について商標法第4条第1項第11号の判断は誤りであるとして,請求を認容した事案である。

【キーワード】
ベジバリア,商標法4条1項11号,商標の類否

事案の概要

1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告は,平成30年6月20日,次の構成から成る商標(以下「本願商標」という。)について,第5類「サプリメント,栄養補助食品」を指定商品として,商標登録を出願した(商願2018-80910号)。
⑵ 原告は,令和元年8月6日付けで拒絶査定を受けたので,同月16日,不服審判を請求した(不服2019-010871号)。
⑶ 特許庁は,令和元年9月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年10月15日,原告に送達された。
⑷ 原告は,令和元年11月7日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

本願商標


(指定商品に関しては,事案の概要参照。)

引用商標

登録第6120234号商標(以下「引用商標」という。)
「塩糖脂」(標準文字)
出願日  平成30年5月7日
登録日  平成31年2月8日
指定商品 第5類「サプリメント,食餌療法用飲料,食餌療法用食品」及び第32類「ビール,清涼飲料,果実飲料,飲料用野菜ジュース,ビール製造用ホップエキス」

争点

 本願商標が,第4条第1項第11号に該当するか否か(この他に,本願商標の認定の誤りを主張しているが,この点については特に触れない。)。

判旨抜粋

証拠番号等は,適宜省略する。

⑴ 類否判断の手法について
 商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
 また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許されないが,他方で,商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合などには,商標の構成部分の一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許されるものと解される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
⑵ 本願商標について
 本願商標は,「ベジバリア」の文字及び「塩・糖・脂」の文字を,いずれも標準的な書体で2段にして成る商標であり,分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとはいえないから,「ベジバリア」の部分と「塩・糖・脂」の部分を分離して観察すること自体は不可能とはいえない。
 しかし,「ベジバリア」の部分は,自他識別力を有すると考えられるのに対し,「塩・糖・脂」の部分は,「・」が存在することもあって3つの文字がそれぞれ独立し,「塩」は塩分を,「糖」は糖分を,「脂」は脂肪分を意味する一般的,普遍的な意味を有する文字として認識されるものであるといえる。そして,これらの文字は,それが,指定商品であるサプリメント,栄養補助食品に用いられた場合には,当該商品が塩分,糖分及び脂肪分のコントロールに良い影響を与えるなどといった記述的,説明的意味を表すのにとどまり,取引者,需要者に特定的,限定的な印象を与える自他識別力を有するものではない(引用商標の「塩糖脂」は,3つの文字が一体となっているところから,それらが一体の文字として自他識別力を有するという余地が生ずるが,「塩・糖・脂」の場合には,「・」により分離されているため,「塩糖脂」と同列に論じることはできないものである。)。このことと,「塩・糖・脂」の部分は,「ベジバリア」の部分と比べ,明らかに小さい文字で構成されており,その分目立たなくなっていることを併せ考えれば,この部分は,自他識別標識としての称呼,観念は生じないものであるというべきである。
 したがって,本願商標は,「ベジバリア塩・糖・脂」全体として,又は「ベジバリア」の部分としてのみ自他識別標識としての称呼,観念が生じるということになる。
⑶ 本願商標と引用商標の類否
 ⑵で検討した本願商標のうち自他識別標識として機能する部分を前提に,本願商標と引用商標の類否判断を行うと以下のとおりとなる。
 まず,外観は,本願商標が「ベジバリア/塩・糖・脂」(「/」は改行を表す。)又は「ベジバリア」であるのに対し,引用商標は「塩糖脂」であるから,両者は異なる。
 次に,称呼は,本願商標が「ベジバリアエントウシ」,「ベジバリアシオトウアブラ」又は「ベジバリア」であるのに対し,引用商標は「エントウシ」又は「シオトウアブラ」であるから,これも異なる。
 最後に,観念は,本願商標が,「ベジバリア塩・糖・脂」の場合には,野菜(ベジ=ベジタブルの略)由来の障壁(バリア)であって,塩分,糖分,脂肪分の過剰から身体を守る物といった程度の観念が生じるか,あるいは,何ら観念が生じないものであり,「ベジバリア」の場合には,野菜由来の障壁といった程度の観念が生じるか,何ら観念が生じないのに対し,「塩糖脂」からは,塩分と糖分と脂肪分という観念が生じるか,あるいは,何ら観念が生じないものといえ,両者は,観念において異なるか,観念において対比できないものということになる。
 以上によれば,本願商標と引用商標とは,外観,称呼,観念のいずれにおいても異なるか,少なくとも外観,称呼において異なるものである。そうすると,本願商標と引用商標とが同一又は類似する商品に使用されたとしても,取引者・需要者において,その商品の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない。
 したがって,本願商標が引用商標に類似するとはいえないから,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の認定判断には誤りがあり,原告の取消事由に係る主張は理由がある。

解説

 本件は,商標権に係る審決取消訴訟である。特許庁は,本願商標について,商標法4条1項11号1にもとづいて拒絶査定(及び審決)をおこなったものであるが,裁判所は当該判断を否定した。
 裁判所は,まず,本願商標について,「ベジバリア」の部分と,「塩・糖・脂」の部分とは,分離して観察することができるとした上で,後者については「・」によって区切られていることもあり,「指定商品であるサプリメント,栄養補助食品に用いられた場合には,当該商品が塩分,糖分及び脂肪分のコントロールに良い影響を与えるなどといった記述的,説明的意味を表すのにとどま」るに過ぎないため,自他識別標識としての称呼,観念が生じず,本願商標は,「ベジバリア塩・糖・脂」全体として,又は「ベジバリア」の部分としてのみ自他識別標識としての称呼,観念が生じると判断した。
 その上で,裁判所は,引用商標と本願商標とは,外観,称呼,観念のいずれについても異なる(又は観念が生じないので,外観,称呼が異なる)と判断した。
 本件においては,裁判所の認定のように,「ベジバリア」の部分が,商標の中で最も印象的な部分であり,自他識別能力を有する部分であり,裁判所の判断は妥当であると思われる。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志


1 第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(中略)
十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの