【大阪地裁令和1年5月21日判決(平成28年(ワ)11067号)】

事案の概要

 本件は、被告が飲食店等に対して頒布している「でんちゅ~」という名称の「コンピュータ及びタブレット上で動作する注文管理及び商品管理のために利用されるソフトウェア」(以下「でんちゅ~」という。)に係るプログラム(以下「被告プログラム」という。)は、以前、原告が開発したプログラム(以下「原告プログラム」という。)を複製又は翻案した物であるから、「でんちゅ~」を制作し、被告プログラムを複製、販売、頒布する被告の行為は、原告の、原告プログラムについての著作権(複製権、翻案権ないし譲渡権)を侵害する旨を主張し、著作権法112条1項に基づき、被告プログラムの複製、販売、頒布の各差止めを、同条2項に基づき、同プログラムの廃棄を求める事案である。
 同プログラムの著作物性が争点とされた。

判決抜粋(下線部筆者)

主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 1 被告は、「でんちゅ~」という名称の「コンピュータ及びタブレット上で動作する注文管理及び商品管理のために利用されるソフトウェア」のプログラムを、複製、販売、頒布してはならない。
 2 被告は、前項のプログラムを廃棄せよ。
(中略)
第5 当裁判所の判断
 1 認定事実(前提事実、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨から認められる事実)
  (1) 「でんちゅ~」開発・実用化の経緯等
(中略)
  (2) 原告と被告との雇用関係
  ア 原告は、上記(1)のとおり、平成23年3月17日の被告代表者との面談の直後から、モバイルオーダー機能付きのレジアプリケーションの開発に取り組んだが、原告と被告代表者は、雇用契約や請負契約等を結ぶことをせず、被告代表者は原告に対して給与を支払わなかった。
  原告は、同年4月に「外為どっとコム」を退職し、同年5月10日に被告が設立されたが、その後も、被告と原告が雇用契約を締結したり、被告が原告に対して給与を支払ったりすることはなく、原告の勤務時間も定まっておらず、原告は、主に自宅のパソコンでプログラム開発を行っていた。
  イ 平成24年12月から、被告は原告に対し、毎月約24万3000円の給与を支払うようになり、原告は、このころから勤務時間中は被告の事務所に出勤するようにした。
  ウ 原告は、平成27年7月、被告の他の従業員との感情的あつれき等を理由に、被告を退職し、同年8月10日付けで、被告に対し、平成24年12月1日から平成27年7月31日までの未払いの残業代につき支払を請求し、被告はこれを支払った。原告は、被告を退職する直前の時期に、「でんちゅ~」は自分が作成したものである旨を主張するなどしたが、原告が被告を退職するにあたり、被告又は被告代表者との間で、「でんちゅ~」の権利の所在について、確認したり、協議したりするということはなかった。(甲19、乙3、13、14、原告本人、被告代表者)。
  エ なお、被告は、平成24年5月から、被告代表者が原告に対し月5万円を支給していたと主張し、被告代表者はこれに沿う供述をするが、これを裏付ける客観的証拠はなく、上記被告の主張を採用することはできない。
  (3) 原告プログラムの概要
  ア 原告プログラムは、〈1〉レジ、〈2〉キッチンモニター、〈3〉マスタメンテナンス、〈4〉スタッフオーダー、〈5〉サーバー側プログラム、〈7〉モバイルオーダーの各プログラムによって構成され、情報はすべて〈6〉データベースに格納される。原告プログラムのソースコード全体の記述は、甲3のとおりである。原告は、上記構成のうち、〈6〉データベースを除いた各アプリケーションのソースコードの一部をそれぞれ印刷して証拠(甲4~8)として提出し、その内容について説明するところ、これらの証拠並びに原告の陳述書(甲18)及び本人尋問の結果によれば、各アプリケーションの主な動作は以下のとおりである。
(中略)
  (4) 被告プログラムの概要
  ア 被告プログラムの構成等
  被告プログラムは、原告プログラムに変更を加えたものであり、〈1〉レジ、〈2〉キッチンモニター、〈3〉マスタメンテナンス、〈4〉スタッフオーダー、〈5〉サーバー側プログラム、〈6〉データベース、という構成は原告と同じであるが、〈7〉モバイルオーダーの機能は使用されていない。〈1〉レジ及び〈3〉マスタメンテナンスについては、一般的なPOSシステムに使用されているソースコードとほぼ同一のソースコードを使用している(乙20、被告代表者)。
  被告は、被告プログラムの中から、〈5〉サーバー側プログラムのうち〈4〉スタッフオーダーによる注文処理機能に関する一部のソースコードを原告に対して開示し(甲11、12)、証拠として提出するが(乙17)、その他の部分については任意に開示しないところ、原告は、被告プログラムについて文書提出命令等の申し立てを行わない。
  上記開示部分は、スタッフの保有する端末からの注文をインターネットを介して〈5〉サーバー側プログラムに送信し、その注文を〈5〉サーバー側プログラムが〈6〉データベースに登録する、という処理についてのソースコードの一部分である(甲20)。
  上記開示部分によれば、被告プログラムは、一部はHTML言語で記述されているものの、〈script language=“JavaScript”〉(乙17の3)との記述や、「〈%」及び「%〉」で括られた部分の記述の存在から、Java言語で記述されている部分もあることが認められる。
  イ 被告プログラムにおける変更点
  平成24年11月ころにおける「でんちゅ~」と、平成27年5月から7月ころ及び平成28年6月時点における「でんちゅ~」を比較すると、〈1〉レジ画面、〈2〉キッチンモニター画面、〈4〉スタッフオーダー画面の表示は、小さな相違点はあるものの、画面の項目の名称、配列等について相当の類似性が認められる。一方、〈5〉サーバー側プログラムは、追加・変更のあったファイルが大半であり、〈6〉データベースにも相当数の項目が追加されたことが認められる(甲1)。また、被告が証拠として提出する上記アの開示部分は、〈4〉スタッフオーダーに関するものであるが、その画面表示(乙21)は、平成24年11月時点のものとも、平成28年6月時点のものとも、異なっている。
 2 争点(1)(原告プログラムの著作物性)について
  (1) プログラムの著作物性について
  プログラムは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合せたものとして表現したもの」(著作権法2条1項10号の2)であり、所定のプログラム言語、規約及び解法に制約されつつ、コンピュータに対する指令をどのように表現するか、その指令の表現をどのように組合せ、どのような表現順序とするかなどについて、著作権法により保護されるべき作成者の個性が表れることになる。
  したがって、プログラムに著作物性があるというためには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性、すなわち、表現上の創作性が表れていることを要するといわなければならない(前掲知財高裁平成24年1月25日判決)。
  (2) 原告プログラムのソースコードの創作性について
  ア 原告プログラムのソースコードのうち創作性が認められ得る部分
  前記1のとおり、原告プログラムは、原告が作成していたレジアプリケーションソフトを基に、原告と被告が協議しつつ、原告がソースコードを書くことにより完成したものであって、顧客の携帯電話端末を注文端末として使用することができる点や、店舗において入力した情報を店舗(クライアント)側ではなくサーバー側プログラムを介してデータベースに保持し、主要な演算処理を行う点等について、従来の飲食店において使用されていた注文システムとは異なる新規なものであったと一応推測することができる。また、原告の書いた原告プログラムのソースコード(甲3)は、印刷すると1万頁を超える分量であって、相応に複雑なものであると推測できる(原告本人)。
  そして、〈6〉データベースにおける正規化されたデータの格納方法や、注文テーブル及び注文明細テーブルに全てのアプリケーションからの注文情報を集約するための記述(甲18)等に、原告の創作性が認められる可能性もある
  イ コンピュータに対する指令の創作性について
  前記(1)のとおり、プログラムの著作物性が認められるためには、プログラムにより特定の機能を実現するための指令の表現、表現の組合せ、表現順序等に選択の幅があり、ありふれた表現ではないことを主張立証することが必要であって、これらの主張立証がなされなければ、プログラムにより実現される機能自体は新規なものであったり、複雑なものであったとしても、直ちに、当該プログラムをもって作成者の個性の発現と認めることはできないといわざるを得ない
  コンピュータに対する指令(命令文)の記述の仕方の中には、コンピュータに特定の単純な処理をさせるための定型の指令、その定型の指令の組合せ及びその中での細かい変形、コンピュータに複雑な処理をさせるための上記定型の指令の比較的複雑な組合せ等があるところ、単純な定型の指令や、特定の処理をさせるために定型の指令を組合せた記述方法等は、一般書籍やインターネット上の記載に見出すことができ、また、ある程度のプログラミングの知識と経験を有する者であれば、特定の処理をさせるための表現形式として相当程度似通った記述をすることが多くなるものと考えられる(乙12、被告代表者)。
  そうすると、ソースコードに創作性が認められるというためには、上記のような、定型の指令やありふれた指令の組合せを超えた、独創性のあるプログラム全体の構造や処理手順、構成を備える部分があることが必要であり、原告は、原告プログラムの具体的記述の中のどの部分に、これが認められるかを主張立証する必要がある。
  ウ 本件における主張立証
  被告は、原告プログラムについて、〈1〉レジ、〈2〉キッチンモニター及び〈3〉マスタメンテナンスの各プログラムのソースコードは、汎用性のあるソースコードであり創作性が認められないと主張し、被告代表者の陳述書(乙12)において、上記〈1〉~〈3〉の各プログラムのソースコード(甲4~6)の大部分について、指令の表現に選択の幅がなく、一般書籍(乙6)やインターネット上にも記載のあるありふれたものであることを指摘する。また、被告は、原告プログラムのうち他の構成についても、指令の組合せがありふれたものであると主張する。
  これに対し、原告は、〈4〉スタッフオーダー等によって入力された情報を、〈5〉サーバー側プログラムを経由して飲食店用に最適化された〈6〉データベースにおいて一括管理し、レジやキッチンに出力する機能が一体となる点に創作性が認められる旨主張するが、これは、プログラムにより実現される機能が新規なもの、複雑なものであることをいうにとどまり、それだけでプログラムに創作性が認められることにはならないことは前述のとおりであるところ、原告は、具体的にどの指令の組合せに選択の幅があり、いかなる記述がプログラム制作者である原告の個性の発現であるのかを、具体的に主張立証しない
  むしろ、乙6、12によれば、原告が開示した原告プログラムの〈1〉レジ、〈2〉キッチンモニター及び〈3〉マスタメンテナンスのソースコード(甲4~6)に表れる指令の組合せのうちの多くは、原告プログラムの作成日以前から一般的に使用されている指令であり、変数や条件等の文字列の場所が決まっているため独創的な表現形式を採る余地のないものであって、インターネット上に使用例が公開されているものも多いことが認められる。
  エ まとめ
  (ア) 前記認定したところによれば、原告は、平成23年3月の時点で、一定のレジアプリケーションを完成していたが、これは「でんちゅ~」そのものではなく、「でんちゅ~」を事業化しようとする被告代表者と協議しながら、「でんちゅ~」のプログラムを開発したこと、平成24年12月までの原告と被告との法的関係は不明であるが、「でんちゅ~」の事業化の主体は被告であり、原告は、被告の依頼又は内容に関するおおまかな指示を受けてプログラムの開発を行ったこと、「でんちゅ~」は平成23年に飲食店に試験導入され、平成24年以降本格導入されたこと、原告は、少なくとも同年12月から平成27年7月の退社までの2年半余り、被告の被用者として被告の指示を受け、前記導入の結果を踏まえ、「でんちゅ~」の改良、修正等に従事したこと、以上の事実が認められる。
  (イ) 上記事実の中で、平成24年5月22日の時点における原告プログラムの構成が、ありふれた指令を組み合わせたものであるには止まらず、原告の個性の発現としての著作物性を有していたと認めるに足りるものであることの立証がなされていないことは、既に述べたところから明らかである。
  (ウ) また、平成23年の導入以降、「でんちゅ~」については、段階的に改良や修正が施され、原告自身も、少なくとも2年半余り被告の従業員としてその開発、修正に従事しており、前記認定のとおり、原告プログラムと被告プログラムには相当程度の差異が認められるのであるから、仮に原告プログラムの一部に、原告の個性の発現としての創作性が認められる部分が存したとしても、その部分と同一又は類似の内容が被告プログラムに存すると認めるに足りる証拠はなく、結局のところ、平成24年5月22日時点の原告プログラムの著作権に基づいて、現在頒布されている被告プログラムに対し、権利を行使し得る理由はないといわざるを得ない。
第6 結論
  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、被告プログラムは原告プログラムを複製又は翻案したものであるから、被告プログラムを複製、販売、頒布する被告の行為は、原告の、原告プログラムについての著作権を侵害する旨主張して、被告プログラムの複製、販売、頒布の差止め等を求める事案である。
 著作権法2条1項10号の2で定義されるプログラムは、著作権法10条1項9号により、著作物の一類型として認められている。一般に、翻案権侵害が成立するためには、他人の著作物(著作物性)に依拠して(依拠性)、これと類似する著作物(類似性)が作成される必要がある。本件では、このうち一番目の要件である著作物性が争われた。
 プログラムは、所定のプログラム言語、規約及び開放に制約されるが、コンピュータに対する指令の表現の組み合わせ等に選択の幅があり、そこの作成者の個性が表れる。そこで、プログラムに著作物性が存するためには、本判決で裁判所が知財高裁平成24年1月25日判決を引用したとおり「指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性、すなわち、表現上の創作性が表れていること」を要する。
 本件においては、原告は、原告プログラムが従来の注文システムとは異なる新奇なものであった点、ソースコードは印刷すると1万頁を超える分量である複雑なものである点を主張立証している。しかし、具体的にプログラムのどの指令の組み合わせに選択の幅があり、いかなる記述がプログラム制作者である原告の個性の発現であるかを、具体的に主張立証していないため、原告プログラムの著作物性は認められなかった。上記記載のプログラムの著作物性の要件を前提とすれば、裁判所の判断は正当と考えられる。
 原告が仮に原告プログラムの著作物性の立証に成功したとしても、翻案権侵害が成立するためには、依拠性と類似性を立証しなければならない。事案によっては、依拠性の立証は困難を伴うことがあるが、本件のように原告が被告の従業員であった期間がある場合は、比較的容易であると考えられる。類似性に関しては、本件で引用されている平成24年1月25日判決を前提とすれば、原告プログラムと被告プログラムの具体的記述を対比して、同一性を有する部分に表現上の創作性が表れている1ことを立証しなければならない。一般には機密情報であることが多い被告プログラムのソースコードを入手することは容易ではないため、この立証にも困難性は伴う。
 上記のとおり、プログラムの著作権侵害の立証においては、各要件の立証に困難を伴うことが多く、その一例としてご紹介した。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂


1 別の手法として、一致又は類似する部分の割合という数値的な指標を用いて判断した事例に東京地裁平成23年1月28日判決がある。