【令和元年12月16日判決(大阪地裁 平成29年(ワ)第7532号)】

【事案の概要】
 本件は,本件は,発明の名称を「光照射装置」とする発明に係る特許権(以下「本件特許権」といい,これに係る特許を「本件特許」という。)を有する原告が,被告の製造,販売に係る各製品(以下,個別には番号に従って「被告製品1」などといい,また,これらを併せて「被告各製品」という。)が,後記の再訂正後の本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件再訂正発明」という。)の技術的範囲に属するとして,上記各行為につき,被告に対し,差止請求等をする事案である。

【キーワード】
公然実施発明,特許法第29条第2項,進歩性,動機づけ,阻害要因

【本件再訂正発明】
 本件再訂正発明を分説すると以下のとおりである。
 A 複数の同一のLEDを搭載したLED基板と,
 B 前記LED基板を収容する基板収容空間を有する筐体と,を備えた,ライン状の光を照射する光照射装置であって,
 C 電源電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし,
 D 前記LED基板に搭載されるLEDの個数を,順方向電圧の異なるLED毎に定まるLED単位数の最小公倍数とし,
 E 複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある
 F 光照射装置。

【争点】
 本件では,本件再訂正に係る訂正要件違反の成否,公然実施発明に基づく進歩性欠如の有無,先使用権の成否,被告の過失の有無,原告の損害の発生の有無及び額,消滅時効の成否など争点は多岐にわたるが,本記事においては,公然実施発明(IDB-11/14R又はIDB-11/14Wに係る発明)に基づく進歩性欠如の有無についてのみ取り上げる。以下,下線等の強調は,筆者が付した。

裁判所の判断

 争点1-2-1(IDB-11/14R又はIDB-11/14Wに係る発明に基づく進歩性欠如)について
(1) IDB-11/14R及びIDB-11/14Wの公然実施
 証拠(乙9)によれば,被告は,IDB-11/14Rについては平成17年3月7日に,IDB-11/14Wについては平成18年1月20日に,それぞれ販売したことが認められる。これらの日付は,いずれも本件特許の出願前である。また,証拠(乙9)及び弁論の全趣旨によれば,上記各製品の構成は,いずれも,これを入手した当業者が通常の方法で分解,分析することによって知ることができたことが認められる。
 したがって,IDB-11/14R及びIDB-11/14Wに係る発明は,本件特許の出願前に公然実施をされた発明であると認められる。これに反する原告の主張は採用できない。

(2) IDB-11/14R及びIDB-11/14Wの構成
 証拠(乙8,9,19,20)及び弁論の全趣旨によれば,IDB-11/14R及びIDB11/14Wの構成は,それぞれ,以下のとおりであると認められる。なお,認定に当たっては,本件再訂正発明の構成要件等との対比を念頭に置いたものとする(被告主張の抗弁に係る各製品の構成の認定につき,以下同じ。)。

 ア IDB-11/14Rの構成
 a1-1 複数の赤色LEDを搭載したLED基板と,
 b1-1 前記LED基板を収容する基板収容空間を有する筐体と,を備えた,
 c1-1 ライン状の光を照射する光照射装置であって,
 d1-1 電源電圧と赤色LEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数である6個をLED単位数とし,
 e1-1 前記LED基板に搭載される赤色LEDの個数を,順方向電圧の異なる白色LEDのLED単位数である3個との最小公倍数である6個とし,
 f1-1 前記LED基板が1枚である
 g1-1 光照射装置。

 イ IDB-11/14Wの構成
 a1-2 複数の白色LEDを搭載したLED基板と,
 b1-2 前記LED基板を収容する基板収容空間を有する筐体と,を備えた,
 c1-2 ライン状の光を照射する光照射装置であって,
 d1-2 電源電圧と白色LEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数である3個をLED単位数とし,
 e1-2 前記LED基板に搭載される白色LEDの個数を,順方向電圧の異なる赤色LEDのLED単位数である6個との最小公倍数である6個とし,
 f1-2 前記LED基板が1枚である
 g1-2 光照射装置。

(3) 本件再訂正発明とIDB-11/14R及びIDB-11/14Wとの対比
 ア 一致点(IDB-11/14R及びIDB-11/14Wとも)
 複数の同一のLEDを搭載したLED基板と,前記LED基板を収容する基板収容空間を有する筐体と,を備えた,ライン状の光を照射する光照射装置であって,電源電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし,前記LED基板に搭載されるLEDの個数を,順方向電圧の異なるLEDごとに定まるLED単位数の最小公倍数とする,光照射装置である点。

 イ 本件再訂正発明とIDB-11/14Rとの相違点
 (ア) 本件再訂正発明は,複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてあるのに対し,IDB-11/14Rは,前記LED基板が1枚である(相違点1-1)。
(中略)

 ウ 本件再訂正発明とIDB-11/14Wとの相違点
 (ア) 本件再訂正発明は,複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてあるのに対し,IDB-11/14Wは,前記LED基板が1枚である(相違点1-2)。
(中略)

(4) 相違点に係る容易想到性
 ア 相違点1-1について
 (ア) 証拠(乙12,13)によれば,被告が本件特許の出願前から製造,販売していたIDB-L600/20RS及びIDB-L600/20WSが,相違点1-1に係る構成である「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」という構成を備えていたことが認められる。また,証拠(乙18)によれば,本件特許の出願前に発行された特許公報(特許第3481599号)には,その実施例として,相違点1-1に係る構成である「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」という構成を備えた線状照明装置が開示されていたことが認められる(【0041】~【0048】)。
 しかし,「2004年~ LED照明総合カタログ」(乙8)によれば,IDB-11/14Rは,「ダイレクトバー照明/IDB」のうちの一製品に位置付けられているところ,その「ダイレクトバー照明/IDB」には,「非常に多くのサイズバリエーションがあ」るとされている。また,当該カタログ上ラインナップされている型式ごとの製品の寸法とLED数の関係を見ると,同じ色のLEDが使用されている製品であっても,寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えていることに照らせば,IDB-11/14Rを始めとする「ダイレクトバー/IDB」の製品には,検査物ごとに所定照射領域が異なるという課題に対しては,複数のLED基板をライン方向に沿って直列させて対応するのではなく,当該所定照射領域の長さに応じたLED基板を用意して対応するという技術的思想があることが読み取れる
 そうすると,IDB-11/14RとIDB-L600/20RS及びIDB-L600/20WS並びに乙18記載の線状照明装置は,同じライン状の光を照射する光照射装置に係る発明であるとはいえ,異なる長さの所定照射領域への対応の仕方に係る技術的思想はおよそ異なるものというべきである。そうである以上,IDB-11/14Rの構成を,「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」という構成に置き換える動機付けは見いだし難い
 また,証拠(乙17)及び弁論の全趣旨によれば,「LED基板の設計においては,当業者は,故障を防ぎ,品質を保持し,作業を効率化するために,『LED基板間の配線及び半田付けを極力減らす』ようにするのが常である。」という技術常識の存在が認められる。そうすると,相違点1-1に係るIDB-11/14Rの構成を,「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」という構成に置き換えることには,阻害要因があるといえる。
 以上より,本件特許出願時に,IDB-11/14Rに係る発明に基づき,当業者が相違点1-1に係る本件再訂正発明の構成を容易に想到できたということはできない。

 (イ) これに対し,被告は,相違点1-1に係る上記構成は周知であるから,この構成に置き換えることには動機付けがあり,阻害要因はないと主張する。
 しかし,仮に相違点1-1に係る上記構成が周知であったとしても,IDB-11/14Rの構成に「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」という構成を組み合わせることについて動機付けを欠くとともに阻害要因があることは,上記(ア)のとおりである。
 したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。

イ 相違点1-2について
 相違点1-2は,前記(3)イ,ウのとおり,相違点1-1と同様のものである。また,証拠(乙8)によれば,IDB-11/14Wは,IDB-11/14Rと同じく「ダイレクトバー照明/IDB」のうちの一製品に位置付けられるものである。
 そうすると,上記アと同様の理由により,本件特許出願時に,IDB-11/14Wに係る発明に基づき,当業者が相違点1-2に係る本件再訂正発明の構成を容易に想到できたということはできない。
 また,上記アと同様の理由から,この点に関する被告の主張は採用できない。

検討

 本件は,公然実施発明に基づく進歩性欠如について判断した事案である。
 本件では,本件再訂正発明と公然実施発明(IDB-11/14R又はIDB-11/14Wに係る発明)との相違点は,本件再訂正発明は,複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてあるのに対し,IDB-11/14R又はIDB-11/14Wは,前記LED基板が1枚である点である(相違点1-1又は相違点1-2)。
 この相違点1-1又は相違点1-2に係る構成は,被告の別製品や本件特許の出願前に発行された特許公報に開示されていることが認定されている。
 そして,本判決は,公然実施発明であるIDB-11/14Rについて,寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えている点から,IDB-11/14Rを始めとする「ダイレクトバー/IDB」の製品には,検査物ごとに所定照射領域が異なるという課題に対しては,複数のLED基板をライン方向に沿って直列させて対応するのではなく,当該所定照射領域の長さに応じたLED基板を用意して対応するという技術的思想があることが読み取れる,と判断し,この点を重視して,IDB-11/14Rの構成を相違点1-1に係る構成に置き換える動機付けは見いだし難い,と判断する。
 確かに,寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えている点から,本判決が読み取ったような技術的思想はあり得る。しかし,一方で,本件特許の明細書の背景技術に記載されているように,LED基板に搭載されるLEDの個数は,電源電圧VEとLEDの順方向電圧Vfとの関係から,直列接続されるLEDの個数が制限されるのであるから,寸法の長さが長くなってLED数が増えた場合,1枚のLED基板に収容できないケースというのも十分に想定できる。このようなケースでは,複数のLED基板をライン方向に沿って直列せざるを得ないように思われる。そうであるにもかかわらず,寸法が長くなるとそれに応じてLED数が増えている点から,技術的思想を上記のとおりに断定することにはやや疑問が残る。上記のケースを前提とすると,1枚のLED基板に収容できない以上,IDB-11/14Rの構成を相違点1-1に係る構成に置き換える動機付けはあるといえる。また,「LED基板の設計においては,当業者は,故障を防ぎ,品質を保持し,作業を効率化するために,『LED基板間の配線及び半田付けを極力減らす』ようにする」ことが一般的には肯定できるものあったとしても,1枚のLED基板に収容できない以上,2枚以上の複数枚のLED基板にせざるを得ないように思われる。
 そもそも,公然実施発明の場合,課題及びその課題解決手段が記載されている特許文献とは異なり,課題及びその課題解決手段が記載されているとは限らない(むしろ,記載されていない方が多いと思われる)から,公然実施発明の技術的思想を読み取ること自体が非常に難しいと思われる。本判決は,上記のとおり,公然実施発明について,技術的思想を読み取っているが,この点についてもやや疑問が残る。
 本件は,公然実施発明に基づく進歩性欠如について,公然実施発明の技術的思想を判断した上で,動機づけの有無,阻害要因について判断した興味深い事案であることから紹介した。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順