【平成30年5月21日判決(知財高裁 平成29年(ネ)第10102号)】
【事案の概要】
本件は,発明の名称を「ウォーターサーバー用ボトル」とする発明に係る特許権(本件特許権)を共有する控訴人が,原判決別紙物件目録記載の製品(被告容器)は本件各発明の技術的範囲に属すると主張して,①特許法100条1項及び2項に基づき,被告容器の製造,販売等の差止め及び被告容器等の廃棄を,②不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金2640万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成28年8月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。
【キーワード】
特許請求の技術的範囲,特許法第70条,特許請求の範囲の記載,明細書の記載,技術的意義,効果,審査経緯
【本件発明1】
本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)を分説すると以下のとおりである。
A 底部と,
B 該底部の周縁から連続する胴部と,
C 該胴部の上端縁から中央部に向かって上向 きに傾斜する肩部と,
D 前記中央部に配設する筒状の首部と,からなり,
E 全体がPET樹脂 によって形成されており,
F 前記胴部には,上下方向に伸縮自在な蛇腹部を有し,
G 且つ該蛇腹部と前記底部との間には,底部に近づくに連れて先細りとなる裾絞り部を備え,
H 内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること
I を特徴とする
K ウォーターサーバー用ボトル。
【争点】
本件では,構成要件Gの充足性,構成要件Hの充足性が争点となったが,構成要件Hの充足性についてのみ検討する。以下,下線等の強調を行い,また,明細書の図面を追加した。
裁判所の判断
2 争点1-2(構成要件Hの充足性)について
⑴ 構成要件Hの意義
ア 特許請求の範囲の記載
構成要件Hは,「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」というものである。そして,本件発明1は「ウォーターサーバー用ボトル」(構成要件K)の発明であることから,「内部の液体」とは「ウォーターサーバー用ボトルの内部の液体」を指し,「ボトル内部」とは「ウォーターサーバー用ボトルの内部」を指すものと解される。一方,「ボトル内部に引き込まれること」について,ウォーターサーバー用ボトルの内部にどの程度引き込まれることを意味するのかは,特許請求の範囲の記載からは明らかでない。
イ 本件明細書の記載
前記1(2)のとおり,本件各発明の意義は,充填された液体に臭いが移ることがなく,自立的に形状を維持でき,内部に空気を送り込むことなく,充填された液体のほぼ全量を排出可能なウォーターサーバー用ボトルを提供するという課題を達成するために,本件各発明の構成を採用することにある。すなわち,本件各発明は,全体をPET樹脂によって形成することで,液体を充填した際でも自立的に形状を維持でき,液体に臭いが移ることがないようにし,胴部に上下方向に伸縮自在な蛇腹部を設けることで,潰れやすさを向上させ,さらに,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することで,ボトルが大気圧で押し潰れていく際に,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能を有するようにしたものである。
このような,本件明細書に記載された,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することの技術的意義に鑑みると,構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」とは,ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることを意味するものと解される。
また,かかる解釈は,本件各発明の実施の形態として本件明細書に記載されている唯一の実施例において,内部の液体の排出に伴って【図4】(B),【図5】(A),【図5】(B)と変化することが記載され,【図5】(B)において,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれていることとも整合する。
本件明細書の【図4】(A)
本件明細書の【図4】(B)
本件明細書の【図5】(A)
本件明細書の【図5】(B)
ウ 以上のとおり,特許請求の範囲の記載,本件明細書の記載及び本件発明1における裾絞り部の技術的意義を総合すれば,構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」とは,ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることを意味するものと解される。
エ 控訴人の主張について
控訴人は,裾絞り部がボトル内部に引き込まれることの効果は,ボトル内の残水を減らすことにあり,これを達するには,裾絞り部がボトル内部の方向に引き込まれれば足り,蛇腹内部に裾絞り部が引き込まれることまで要求されるものではないから,構成要件Hの「裾絞り部がボトル内部に引き込まれる」とは,裾絞り部が蛇腹部の方向,つまり裾絞り部から見てボトル内部の方向に引き込まれることを意味すると解される旨主張する。
しかし,前記イのとおり,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することの技術的意義は,ボトルが大気圧で押し潰れていく際に,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能を有するようにしたことにあるところ,単に裾絞り部がボトル内部の方向に引き込まれるというだけでは,本件明細書に記載された本件各発明の上記効果を奏するものではなく,裾絞り部が蛇腹部の内部まで引き込まれることによって,上記効果を奏するものである。
また,控訴人は,本件特許の出願時の請求項1を特許請求の範囲から削除し,出願時の請求項2に構成要件Hを追加して請求項1とするなどの補正をした際に(乙6),審査官に対し,本件発明1は構成要件FないしHの構成を備えることにより,「ボトルが大気圧で押し潰れていく際,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能があり(本件明細書【0020】),ボトル内の残水を減らす効果がある。」旨の意見を述べていたものであり(乙7),控訴人の前記主張は,本件特許の出願経過における控訴人の主張とも異なるものである。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 被告容器の構成要件Hの充足性の有無
控訴人は,被告容器における湾曲部は構成要件Gの「裾絞り部」に該当する旨主張するところ,証拠(甲18,乙11の1~3)によれば,被告容器における湾曲部の潰れ方は,排水開始時に湾曲部の底部に近い方が容器の内部に引き込まれるに止まり,それ以降は,蛇腹部の収縮に伴い下方へと下降するのみであると認められる。
したがって,仮に,被告容器における湾曲部が構成要件Gの「裾絞り部」に該当するものであるとしても,被告容器は,「ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれる」ものではなく,構成要件Hを充足しない。
検討
本件は,構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」の意義について,特許請求の範囲の記載,明細書の記載及び裾絞り部の技術的意義から,ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることと限定的に解した事案である。
構成要件Hの文言を見ると,「裾絞り部がボトル内部に引き込まれる」と規定されており,文言上は,ボトルの内部に引き込まれるのであればよく,それ以上の限定はされていないようにも思われる。しかし,本判決が認定するように,「蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することで,ボトルが大気圧で押し潰れていく際に,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能」を有すること,また,実施形態として,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていく形態の他は記載がないことからすれば,本判決の示した限定解釈も妥当なものと思われる。また,審査経緯においても,特許権者自らそのような機能を有することを述べていた点も,本判決の解釈に影響を与えてたように思われる。
なお,被告容器のように,湾曲部の潰れ方が,排水開始時に湾曲部の底部に近い方が容器の内部に引き込まれるに止まり,それ以降は,蛇腹部の収縮に伴い下方へと下降するといった製品であっても,蛇腹部が収縮する以上,蛇腹部の内部の容積は削減することは可能なように思われる。このような製品も権利範囲に含めるのであれば,このような実施形態についても,明細書中に記載すべきであったように思われる(ただし,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する場合と比べると,容積の削減効果は小さいため,被告容器のような形態は,想定していなかったようにも思われる。)。
本件は,構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」の意義を,特許請求の範囲の記載,明細書の記載,技術的意義などから限定的に解した事案として興味深く,また,権利範囲との関係で明細書に記載すべき内容として参考になる点があることから,紹介した。
以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順