【東京地判令和2年2月5日(平30(ワ)13927号[ホワイトカード使用限度額引上げシステム事件])】

【判旨】
 原告の特許権の侵害を理由とする差止請求について、文言侵害が否定された。

【キーワード】
充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

事案の概要(特許発明の内容)

【請求項1】
  A 使用限度額をホワイトカードに紐づけられた入金額に応じて引き上げることが可能で,受金にのみ利用可能な受金IDと,消費使用に利用可能な消費使用IDとの二種類のIDがあらかじめ紐付けられているホワイトカードに対する入金システムであって,
  B1-1 ホワイトカードに対する入金に際して,入金すべきホワイトカードの受金IDを取得する受金ID取得部と,
  B1-2 そのホワイトカードの使用限度額を引き上げようとする額の入金を受け付けた旨の情報である入金受付情報を取得する入金受付情報取得部と
  B1-3 取得した受金IDと,入金受付情報とを関連付けて出力する出力部と,
  B2 を有するホワイトカード使用限度額引上指示装置と,
  C1-1 受金IDと関連付けられた入金受付情報をホワイトカード使用限度額引上指示装置から受信する受信部と,
  C1-2 受信した入金受付情報に関連付けられたホワイトカード受金IDと紐付けられている消費使用IDをホワイトカードID管理装置から取得する消費使用ID取得部と,
  C1-3 取得した消費使用IDと関連付けた使用限度額引上額を含む引上命令を送信する引上命令送信部と,
  C2 を有する引上命令装置と,
  D1-1 消費使用IDと受金IDとを紐付けた紐付テーブルを保持する紐付テーブル保持部と,
  D1-2 引上命令装置から受金IDを受信する受金ID受信部と,
  D1-3 受信した受金IDに紐付けられている消費使用IDを紐付テーブルから取得して引上命令装置に送信する消費使用ID送信部と,
  D2 を有するホワイトカードID管理装置と,
  E からなるホワイトカード使用限度額引き上げシステム。

争点

 構成要件Aの「使用限度額」及び「ホワイトカード」の充足性

判旨

(1)「使用限度額」の充足性
 構成要件A等の「使用限度額」の意義については,特許請求の範囲の上記記載からは一義的には明らかではないが,本件明細書等の段落【0002】には,「このクレジットカードは,契約時に例えばユーザの支払能力などに応じて所定期間内で使用可能な金額(使用限度額)が設定され,その使用限度額の中であれば,このクレジットカードを店頭で提示したり,ネットショップにてカード番号を入力したりすることで自由に買い物を行うことができる」(判決注:下線を付加)と記載されているところ,同記載によれば,本件発明にいう「使用限度額」は,ユーザとの契約時にその支払能力(すなわち信用力)に応じて設定される金額であり,月単位等の所定期間内において使用可能な上限額であると認められる。
 本件明細書等には,さらに,「しかし上記従来のクレジットカードにおいては,その使用限度額に関しては契約時にある程度固定されるため,限度額の引上げなどの変更がなかなかできない,あるいは煩雑な手続きが必要となる,という課題がある。そこで下記特許文献1(判決注:乙8公報)には,そのクレジットカードの使用限度額を利用実績に応じて算出変更する技術が開示されている。」(段落【0003】),「しかし,上記従来技術における使用限度額の変更は,予め定められた使用限度額内での利用実績に応じて算出変更されるものであり,以下のようなケースには対応できないという課題がある。すなわち他者からの送金を受金することなどでユーザの所持金が当該クレジットカード契約時の平均所得以上に増えたとしても,カード会社に逐一連絡などして所定の手続きを経なければそれが使用限度額に反映されることは無い。そのため,その増加分を反映させたクレジットカードの利用をすることができない,という課題である。」(段落【0005】),「以上の課題を解決するために,本発明は,他者からの送金などを受金することで使用限度額を引上げることができるよう,当該カードに対する入金を適時受付可能に管理する機能を備えるホワイトカード使用限度額引き上げシステムを提供する。」(段落【0006】),「本発明によって,他者から送金などを受金することでユーザの手元にある利用可能な金額が増えたことをリアルタイムに反映し,それを買い物などの支払に利用することができるカードをユーザに提供することができる。」(段落【0016】)との記載がある(判決注:下線を付加)。そして,上記従来技術として挙げられている乙8発明は,発明の名称を「クレジットカード管理システム」とし,クレジットカード利用限度額を適正に設定することなどを課題とするものである。
 本件明細書等の上記記載によれば,本件発明にいう「使用限度額」は,ユーザとの契約時にその金額が「ある程度固定される」ものであり,その金額の範囲内であれば自由に買い物等ができるものの,他者からの送金を受金することなどでユーザの所持金が契約時より増えたとしても,カード会社に連絡などして所定の手続を経なければ限度額の引上げを行うことができないものであると認められる。そうすると,電子マネーが入出金するたびに,それを反映して使用可能な金額が変動するプリペイドカード等の使用可能金額は,本件発明の「使用限度額」には当たらないというべきである。  

(2)「ホワイトカード」の充足性
 本件発明の「ホワイトカード」の意義に関し,本件特許請求の範囲には明示的な記載はないが,乙6,7によれば,一般的に,ホワイトカードは,「カード会社が個人向けに発行する最もベーシックなクレジットカード」(乙6)を意味するものと認められる。
 ・・・
 本件明細書等には,「従来,ユーザは信販会社と契約し交付されるいわゆる「クレジットカード」を利用することで,現金を持たずに買い物をすることができる。このクレジットカードは,契約時に例えばユーザの支払能力などに応じて所定期間内で使用可能な金額(使用限度額)が設定され,その使用限度額の中であれば,このクレジットカードを店頭で提示したり,ネットショップにてカード番号を入力したりすることで自由に買い物を行うことができるようになっている。」(段落【0002】),「しかし上記従来のクレジットカードにおいては,その使用限度額に関しては契約時にある程度固定されるため,限度額の引上げなどの変更がなかなかできない,あるいは煩雑な手続きが必要となる,という課題がある。そこで下記特許文献1には,そのクレジットカードの使用限度額を利用実績に応じて算出変更する技術が開示されている。」(段落【0003】),「他者からの送金を受金することなどでユーザの所持金が当該クレジットカード契約時の平均所得以上に増えたとしても,カード会社に逐一連絡などして所定の手続きを経なければそれが使用限度額に反映されることは無い。そのため,その増加分を反映させたクレジットカードの利用をすることができない,という課題である。」(段落【0005】),「例えばカードを発行する信販会社などの装置に対してカードの使用限度額を引上げる命令を出力する。すると,当該消費使用IDで識別されるカードについて「1万円」の入金があったことが信販会社などにて確認され,」・・・などの記載が存在する(判決注:下線を付加)。
 前記判示の「ホワイトカード」の一般的な意義に加え,本件明細書等における上記各記載,特に本件発明の課題がクレジット契約時に設定された使用限度額の引上げにあることなどによれば,本件発明の「ホワイトカード」は,クレジットカードを意味すると解することが相当である。他方,同明細書等には「ホワイトカード」がプリペイドカードやデビットカードを含む旨の明示的な記載又はそれを前提とする記載は存在しないことに照らすと,本件発明における「ホワイトカード」がプリペイドカード等を含むと解することはできない。 

検討

 本件は、ソフトウェアに関する発明の特許権に関する裁判例である。構成要件Aの「使用限度額」及び「ホワイトカード」に関し、実施例として、クレジットカードしか記載されていなかったが、被告製品における、プリペイドカードの構成が含まれるか否かが争われた。
 構成要件Aの「使用限度額」及び「ホワイトカード」は、いずれも機能的な記載であり、一義的には、プリペイドカードの構成が含まれないとはいえず、むしろ、プリペイドカードも含まそうである。
 しかし、裁判所の傾向としては、クレームに含まれるとしても、実施例に記載されていない態様を、権利範囲に含めることについて、非常に慎重である。
 本件は、クレームの記載は、抽象的な記載であり、広く認められ得る書き方となっていた。明細書において、クレジットカード以外の構成につき、具体的な構成の記載はないものの、「買い物などの支払に利用することができるカード」(段落【0016】),「「ホワイトカード」とは,本システムによって管理されるカードをいい,もちろんその名称はホワイトカードに限定されない」(段落【0036】)など一般的抽象的には、クレジットカードに限定されていないことを前提とする記載はあったため、このような一般的抽象的な記載でも、クレームが広く解釈されるのかという点が興味深い点である。
 本件では、明細書中には、プリペイドカードの記載とも解釈し得る実施例の記載もあったが(抽象的に記載されているためどちらとも取れるという点で)、一部に、明らかにクレジットカードを前提とする記載があったため、判決では、一般的抽象的な記載は、全てクレジットカードを前提とした記載であると解釈され、プリペイドカードの構成は、明細書に開示されていないと判断された。
 本判決は、一般的抽象的な記載が、どちらとも取れる記載であった場合に、一般的抽象的な記載は、具体的に開示されている構成に関する説明であると認定しているという点で、出願実務において、クレームを広げるためには、一般論を記載するだけでは十分といえず、具体的な構成を開示しなければならないといえよう。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 杉尾雄一