知財高裁令和7年7月31日判決(令和6年(ネ)第10075号)
【ポイント】
知財高裁が、ツイッター(X)上で報道写真を掲載したことについて引用(著作権法第32条1項)の成否を判断した事案
【キーワード】
引用
著作権法第32条
送信可能化権
著作権法23条
第1 事案
本件は、宗教法人である一審原告は自身が発行する聖教新聞に掲載された本件各写真の著作権を有するところ、一審原告は会員である一審被告に対し、一審被告がインターネットを利用して、本件各写真を本文とともにツイッター(X)に投稿した行為について、一審原告の本件各写真の著作権(送信可能化権)を侵害すると主張して、損害賠償を求めた事案の控訴審である。
本件の主な争点の一つが、一審被告が主張した引用抗弁の成否であり、以下では、当該争点について述べる。
なお、原審(東京地裁令和6年9月26日(令和5年(ワ)第70388号)は、被告の引用の抗弁の成立を認め、原告の請求を棄却した。
第2 判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)
第3 当裁判所の判断
3 争点4(引用の抗弁)について
(1) 本件各投稿に掲載されている本件各写真(引用)(本件写真1~9、11~26、30~37)は、被告において、被告が対象とする聖教新聞の紙面上の新聞記事(見出し、本文、写真)をスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で撮影し、ツイッター(X)の本件各投稿において、投稿本文を付して、当該新聞記事の見出し・本文とともに掲載しているものであるところ、被告は、本件各投稿に掲載した本件各写真(引用)については、引用の抗弁(著作権法32条1項)が成立すると主張するので、以下検討する。
著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定する。そして、この規定の文言によれば、著作物の全部又は一部を著作権者の承諾を得ることなく自己の作品に含めて利用するためには、〈1〉 利用される側が公表された著作物であること、〈2〉 当該著作物の利用が引用に該当すること、〈3〉 当該引用が公正な慣行に合致すること、〈4〉 当該引用が報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであること、の各要件を満たすことを要することになる。さらに、著作権法の目的は、著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することであり(著作権法1条参照)、著作権法32条の規定の趣旨も、著作権の保護を図りつつ、文化的所産としての著作物等の公正な利用を可能ならしめるための規定であることからすると、同条の各要件の解釈に当たっては、これらの著作権法の目的や規定の趣旨を考慮すべきである。
以上を踏まえ、〈1〉の公表著作物性の要件以外の各要件を検討すると、〈2〉の「引用」については、引用する側の作品に接した一般人が、引用されている部分を認識し得ることが前提となることから、一般には、利用する側の作品から、利用される側の著作物を明瞭に区別して認識することができることが必要であり、また、利用する側の作品と、利用される側の著作物の間に、利用する側が主、利用される側が従という主従関係があることを要するものと解するのが相当である。ただし、この主従関係も、利用する側の作品と利用される側の著作物との量的な比較のみにより形式的な主従関係を判断するのではなく、利用する側の作品や利用される側の著作物の性質、引用の目的、引用の方法や態様等の様々な要素を考慮した上、社会通念に照らし、実質的な主従関係を判断すべきものであり、その場合には、後記〈4〉の「引用の目的上正当な範囲内」の判断とも一部重なることになる。
また、〈3〉の引用が「公正な慣行」に合致すること、すなわち、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであることについては、「公正な慣行」が、著作物の属する分野や公表媒体等によって異なり得ることから、当該分野や公表媒体等における引用に関する公正な慣行が存在するのであれば、引用して利用する方法や態様が当該慣行に合致すると認められるかにより判断され、これが存在しないのであれば、社会通念上相当な方法等によるものと認められるかにより判断されるものと解される。この場合において、利用される側の著作物の出所が明らかにされていることは、当該公正な慣行又は社会通念上相当な方法等の一要素として考慮され得るものと考えられる。
さらに、〈4〉の引用が「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」で行われるものであること、すなわち、引用部分が、引用の目的との関係において正当な範囲内であることについては、引用の目的の内容及び正当性、引用の目的と利用される側の著作物との関連性、利用される側の著作物の性質、引用された範囲及び分量、引用の方法及び態様、利用する側が得る利益及び利用される側が被る不利益の程度等を考慮し、前記著作権法の目的及び規定の趣旨を踏まえ、総合的に評価するほかはない。
そして、本件各写真(引用)は、記事と一体となって出来事を報道するために同じ紙面に掲載された報道写真であるから、それ自体は写真の著作物(著作権法10条1項8号)だとしても、引用の目的が記事により報道されている出来事と一定の関連性があるのであれば、当該記事の一部を構成する報道写真についても同様の関連性が認められるということができる。また、著作権法32条1項の規定の文言上、引用の必然性や厳格な必要性までは要求されていないから、著作権の保護と利用の調和という観点からは、本件各写真(引用)それ自体を批評する場合に限らず、本件各写真(引用)と一体となった記事により報道された出来事と引用の目的とに関連性が認められる場合には、商業的利用の有無、前記主従関係の要件の充足その他の事情を考慮した上で、「引用の目的上正当な範囲内」の引用であると認めることは妨げられない。
この点、確かに、著作権法上、写真と言語は著作物としてその創作的表現を全く異にするものであり、同じ出来事を報道する記事の引用が認められるからといって、写真の引用も当然に認められることにはならないということはできる。この場合において、引用の必要性を厳格に要求するならば、ある出来事が発生したことを前提に自己の意見を述べる場合には、原告が主張するように当該出来事を報道した写真ではなく、記事の一部を引用するだけで足り、さらに言えば、記事中の創作的表現部分を利用する必要がないのであれば、記事を引用する必要性すらも認められないことになる。
しかし、一般に、原告の機関紙である聖教新聞を含む報道機関は、その報道する出来事を広く知らしめ、読者による意見等の形成に資することを目的として記事及び報道写真を作成し、掲載している。このような記事及び報道写真の性質に照らすと、引用の必要性を厳格に要求することは相当ではなく、特に、本件のように原告の機関紙の読者が、当該機関紙が報道した出来事の内容に言及し、批評を加える場合には、表現活動の自由を保護する必要性が高いから、論評と当該出来事との関連性が認められる限り、他の引用の要件が認められることを前提として、引用という形での利用を認めるのが相当である。そして、このように解したとしても、もともと時事の出来事に関する情報を広く公衆に提供し、民主主義的言論を形成させることを目的として提供された記事又は報道写真を当該出来事に関連する論評のために引用することを認めるにすぎないから、直ちに著作権者に不測の損害を与えることにはならず、著作権法の目的及び同条の趣旨に反するものでもないというべきである。
そこで、以下、本件各写真(引用)について引用の抗弁の成否について判断する。
(2) 利用される側が公表された著作物であること
本件各写真(引用)(本件写真1~9、11~26、30~37)は、いずれも聖教新聞に掲載され公表されている写真の著作物(著作権法10条1項8号)と認められる(甲3、4)。被告は本件各写真の著作物性を争い、確かに本件各写真は、新聞記事と共に出来事を報道するために撮影されたいわゆる報道写真であって、その構図や撮影方向等の選択の幅は広くないということができるかもしれないが、最も的確に事実を報道するという目的から撮影者が選択した構図や撮影方向、撮影のタイミング等について撮影者の個性が発揮されていないと認めることはできない。
(3) 引用に該当すること
ア 本件各投稿(甲1)のうち、本件各写真(引用)が掲載されている本件投稿1(本件写真1を掲載)、本件投稿2及び3(本件写真2を掲載)、本件投稿4(本件写真3を掲載)、本件投稿5及び6(本件写真4を掲載)、本件投稿7(本件写真5を掲載)、本件投稿8(本件写真6を掲載)、本件投稿9(本件写真7を掲載)、本件投稿10(本件写真8を掲載)、本件投稿11(本件写真9を掲載)、本件投稿12(本件写真11を掲載)、本件投稿13(本件写真12~14を掲載)、本件投稿14(本件写真15を掲載)、本件投稿15(本件写真16を掲載)、本件投稿16(本件写真17、18を掲載)、本件投稿17(本件写真19、20を掲載)、本件投稿18(本件写真21を掲載)、本件投稿19(本件写真22を掲載)、本件投稿20(本件写真23を掲載)、本件投稿21(本件写真24~26を掲載)、本件投稿23(本件写真30~33を掲載)、本件投稿24(本件写真34~36を掲載)並びに本件投稿25(本件写真37を掲載)は、いずれも、各投稿の画面の右上(パソコンで表示した場合。以下「PC」と略称する。)又は左上(スマートフォンで表示した場合。以下「SP」と略称する。)に原告のアカウント名「F」及びユーザー名「(省略)」が、その下に投稿本文の全文がそれぞれ表示され、画面の左側(PC)又は下部(SP)に、被告が聖教新聞の一部を撮影した新聞記事の写真(本件各写真(引用)を含む。)が掲載されていることが認められる(前提事実(2)、認定事実(3)、甲1、21、22)。
そうすると、その記載事項、掲載の形式、外観から、利用する側の本件各投稿の投稿本文の部分と、利用される側の本件各写真(引用)を含む部分とは、明瞭に区別して認識することができるものといえる。
イ また、利用する側の本件各投稿の投稿本文は、画面上、1~13行(PC)、1~9行(SP)程度の分量であるのに対し、利用される側の本件各写真(引用)を含む聖教新聞を撮影した写真部分は、画面上、投稿本文より大きい部分を占めており、本件各写真(引用)の中には、当該写真部分の大部分を占めるものもある。しかし、本件各投稿は、インターネット上のいわゆる短文投稿サイトであるツイッター(X)に投稿されたものであり、ツイッターにおいては、本文で投稿することができる文字数に制限があるから、ツイッター上で他の著作物を引用して表現活動を行う場合には、外見上、引用部分よりも本文の方が短くなることは通常よくみられることである。この場合に単純に引用部分と本文との長短や量を比較し、主従関係を判断することは、ツイッターを利用して「つぶやく」という形で行われる表現活動を不当に制限する効果をもたらすおそれがある。他方、本件における被告の表現活動の目的は原告に対する「批評」であり(後記)、批評に当たり引用されたのは時事の出来事を報道した記事本文や本件各写真(引用)であって、その引用の方法・態様等は、被告において、批評の対象とする出来事を報じた紙面上の記事や本件各写真(引用)をスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で撮影し、当該撮影した写真を掲載する態様で行ったものである(認定事実(4))。これらの本件各投稿の内容や本件各写真(引用)等の性質、引用の目的、引用の方法・表現態様等に照らせば、本件各投稿においては、社会通念上、ツイッターの本文として投稿された部分が主であり、利用される側の本件各写真(引用)が従であると認めるのが相当である。
ウ 原告は、本件投稿1(本件写真1を掲載)、本件投稿4(本件写真3を掲載)、本件投稿5及び6(本件写真4を掲載)、本件投稿8(本件写真6を掲載)、本件投稿11(本件写真9を掲載)は、投稿本文が短い単語又は短文である、又は、それぞれの本件写真が、カラーで大きく目立つように表示され、独立して鑑賞の対象となる大きさ、態様で掲載されていることなどを主張する。
(省略)
エ 以上によれば、被告が、本件各写真(引用)を新聞記事とともに複製し本件各投稿に掲載した行為は、「引用」に該当する。
(4) 公正な慣行に合致すること
ア 原告は、本件投稿1(本件写真1を掲載)、本件投稿2及び3(本件写真2を掲載)、本件投稿4(本件写真3を掲載)、本件投稿12(本件写真11を掲載)、本件投稿15(本件写真16を掲載)、本件投稿17(本件写真19、20を掲載)、本件投稿20(本件写真23を掲載)並びに本件投稿21(本件写真24~26を掲載)には、本件各写真(引用)の出所が明示されておらず(本件投稿21については発行年月日の記載がないとする。)、公正な慣行に合致しないなどと主張する。
この点、証拠上、ツイッターの表現活動における引用に関し、確立した公正な慣行が存在するかどうかは必ずしも明らかとはいえず、著作権法32条1項及び48条の規定上も、出所の明示は引用を適法とするための直接の要件とはされていない。また、証拠(乙8の2から4まで、乙8の6、乙9)によれば、ツイッター上では、原告の関係者と思われる複数の者が聖教新聞の記事を出所明示することなく引用し多数の投稿をしている例もあることが認められる。しかしながら、これらの点を踏まえても、前記のとおり、利用される著作物の出所が明らかにされていることは、少なくとも公正な慣行又はこれに代わる社会通念上相当な方法等の一要素として考慮されるというべきである。
これを本件についてみると、被告は、本件各投稿の投稿本文に聖教新聞からの引用である旨記載し(本件投稿7、9、10、14、18、19、21~25)、又は「聖教新聞」の題字を写り込ませてその写真を掲載する(本件投稿10、11、13、21~24)などしており(認定事実(3))、本件各投稿が、平成30年10月22日(本件投稿1)以降、平成31年2月13日(本件投稿2)、同月14日(本件投稿3)、同年3月12日(本件投稿4)、同月16日(本件投稿5、6)、同年4月16日(本件投稿7)、同月20日(本件投稿8)、同月24日(本件投稿9)、令和元年5月3日(本件投稿10)、同月10日(本件投稿11)、同月16日(本件投稿12)、同月22日(本件投稿13)、同月29日(本件投稿14)、同年6月2日(本件投稿15)、同月17日(本件投稿16)、同年7月3日(本件投稿17)、同月12日(本件投稿18)、同年8月3日(本件投稿19)、同月9日(本件投稿20)、同年10月6日(本件投稿21)、同月13日(本件投稿22)、同月14日(本件投稿23)、同月16日(本件投稿24)、同月21日(本件投稿25)(原判決別紙「投稿記事目録」参照)と、概ね継続して投稿がされてきており、いずれも新聞紙面を撮影した写真とこれを批評する投稿本文という同様の体裁のものとなっている。さらに、本件各投稿の読者の多くが原告の会員やその関係者であると考えられることに照らすと、原告が指摘する本件各投稿の一部に、投稿本文において聖教新聞に言及しておらず、新聞紙面を撮影した写真に聖教新聞の題字が写り込んでいないものがあるとしても、投稿内容や前後の投稿を参照することにより、掲載された本件各写真(引用)の出所が聖教新聞であることは容易に読み取ることができるというべきである。前記のとおり、原告関係者と思われる者による聖教新聞の記事を引用したツイッター上の多数の投稿においても、そのすべてが必ずしも出所を表示しているわけではないことも考慮すると、本件各投稿における聖教新聞の引用は、少なくとも社会通念上相当な方法には合致するものというべきである。よって、原告の主張を採用することはできない。
(省略)
(5) 引用の目的上正当な範囲内であること
ア 認定事実(3)、(4)のとおり、本件各投稿は、投稿本文並びに「聖教新聞」の紙面上の新聞記事及び本件各写真(引用)をスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で撮影した写真から構成され、各投稿本文において、記事本文又は本件各写真(引用)により報道された出来事や、新聞の紙面の作り方等に関する批評等を記載していることからすると、本件各投稿の目的は、原告の機関紙である聖教新聞の記事本文又は本件各写真(引用)を通じて被告が認識した原告の活動等を批評することを目的とするものと認められる。そして、当該目的に不相当・不適切な点は認められない。
イ 前記(1)のとおり、引用の目的上正当な範囲内であるとの要件を充足するためには、少なくとも引用の目的と利用される側の著作物である本件各写真(引用)との関連性が認められる必要がある。そこで、本件各投稿における引用の目的と本件各写真(引用)の関連性について、以下、検討する。
(ア) 本件投稿1(本件写真1を引用)
本件写真1は、原告の幹部2名がともに共通の行事に参加した様子を撮影した報道写真と認められる。そして、本件投稿1の「最凶タッグ」との記載は、原告の幹部2名の人物及びその活動姿勢を批評するものと理解することができる。
したがって、利用される側の著作物である本件写真1は、引用の目的と関連するものであるということができる。
原告は、本件投稿1は、本件写真1そのものへの批評ではなく、本件写真1の被写体への批評であると主張するが、本件写真1の人物2名とその活動姿勢を批評する目的でこれらの人物が写されている本件写真1を利用した場合も、引用の目的と本件写真1との関連性は認められるというべきである。原告は、本件投稿1が2名の人物を特定していないとも主張するが、本件投稿に関心を持つであろう一般の読者(原告の会員やその関係者)を基準としてみれば、「最凶タッグ」という表現から、本件写真1に写る人物のうち中央の人物(B会長)及びその隣の原告関係者と理解することは可能といえる。よって、原告の主張を採用することはできない。
(本件写真2乃至37について、省略するが、いずれも本件写真は引用の目的との関係で関連性があることを認めた。)
ウ 以上のとおり、本件各写真(引用)は、引用の目的との関係で、いずれも関連性が認められるというべきである。進んで、利用される側の著作物の範囲及び分量、並びに、引用の方法及び態様について検討する。
本件においては、本件各投稿で批評の対象とされた聖教新聞の紙面上の新聞記事のうちスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で撮影された記事の見出し、記事本文、本件各写真(引用)が引用され掲載されているが、ツイッター上の表現として、本件各投稿の本文と引用部分との間の主従関係は、行数等の形式的多寡にかかわらず、実質的に検討されるべきことは前記のとおりであり、本件においては、基本的には本件各投稿における批評を理解するために、これらの引用部分(スマートフォンの写真1枚に写りこむ限度で撮影された紙面中の本件各写真(引用))が引用の範囲として過大であったとまでは認めることはできないから、本件の引用により利用された著作物の範囲及び分量は相当であったというべきである。また、引用の方法及び態様に、特段不相当な点も認められない。
(省略)
エ 本件各投稿は、公開された聖教新聞の紙面上の本件各写真(引用)により報道された出来事等に対する批評であるが、被告が本件各投稿により、商業的利益を得た事実は認められない上、本件各写真(引用)の引用を認めることにより、原告が販売部数の減少等の経済的不利益(使用料を除く。引用の適法性が認められる場合には、そもそも使用料相当の損害は発生せず、使用料相当の損害の発生をもって引用を認めない理由とするのは、引用の違法性という結論を先取りしていることになるからである。)を被ることを認めるに足りる証拠はない。
オ したがって、本件各投稿における本件各写真(引用)の引用は、いずれも「引用の目的上正当な範囲内で行われるもの」であるものと認めるのが相当である。
(6) 以上によれば、本件各投稿に掲載した本件各写真(引用)については、引用の抗弁(著作権法32条1項)が成立する。
第3 検討
本件は、ツイッター(X)上で報道写真の掲載したことについて引用(著作権法第32条1項)の成否を判断した事案である。
まず、本判決は、引用の成立要件について、⑴著作権法第32条1項規定の「引用」として、明瞭区別性及び主従関係性を要し、さらに、⑵公正な慣行への合致と⑶引用の目的上正当な範囲であることを要する立場を取った。昨今の裁判例では、総合考慮説が多くみられる中で、総合考慮説とは違い立場を取ったことが一つ注目に値する。さらに、以下で述べるとおり、上記⑴⑵⑶の要件について、本件に即した踏み込んだ内容を判示した。
⑴著作権法第32条1項規定の「引用」の主従関係性について、本判決は、ツイッター(X)の特殊性を勘案して、「引用」の主従関係性を認めた。具体的には、本件は、量的には、本件写真が一審被告の投稿本文より大きい部分を占めていたが、ツイッター(X)の投稿上の文字制限があることから、外見上、引用部分よりも本文の方が短くなることは通常よくみられることを認め、この事情を勘案して、「引用」の主従関係性を認めた。
また、⑵公正な慣行への合致については、本判決は、出所の明示が引用を適法とするための直接の要件でないことを確認し、その上で、一審被告の投稿内容や前後の投稿を踏まえると、本件各写真の出所が一審原告の聖教新聞であることは容易に読み取ることができること、一審原告の関係者と思われる者による聖教新聞の記事を引用したツイッター上の多数の投稿においても、そのすべてが必ずしも出所を表示しているわけではないことから、本件各投稿における聖教新聞の引用は、少なくとも社会通念上相当な方法には合致するものと判断した。⑵公正な慣行への合致の要件については、確立した公正な慣行がない場合は、関係者が出所を容易に予想できるか否かや他の同種の投稿における態様が重要な要素になりうることを示唆する。
次に、⑶引用の目的上正当な範囲であることについては、本判決は、総論として、当該要件には総合的に評価することを述べた上で、具体的には、本件に即して「本件各写真(引用)は、記事と一体となって出来事を報道するために同じ紙面に掲載された報道写真であるから、それ自体は写真の著作物(著作権法10条1項8号)だとしても、引用の目的が記事により報道されている出来事と一定の関連性があるのであれば、当該記事の一部を構成する報道写真についても同様の関連性が認められるということができる。また、著作権法32条1項の規定の文言上、引用の必然性や厳格な必要性までは要求されていないから、著作権の保護と利用の調和という観点からは、本件各写真(引用)それ自体を批評する場合に限らず、本件各写真(引用)と一体となった記事により報道された出来事と引用の目的とに関連性が認められる場合には、商業的利用の有無、前記主従関係の要件の充足その他の事情を考慮した上で、「引用の目的上正当な範囲内」の引用であると認めることは妨げられない。」と述べた。このように、本判決は、当該要件について、引用の必然性や厳格な必要性は要されず、「本件各写真(引用)と一体となった記事により報道された出来事と引用の目的とに関連性」があれば、当該要件を満たしうることを判示した。
このように、本件は、引用の要件に関して、総合考慮説ではない説を提示し、また、各要件について具体的な判断理由やメルクマールを示していることから、実務上参考になる事案である。
以上
弁護士 山崎臨在

