【令和7年7月10日(東京地裁 令和6年(ワ)第70128号)】
【ポイント】
特許発明の構成要件を充足する製品の部品を交換して、部品交換後の製品が特許発明の構成要件を充足した場合に「生産」(特許法第2条3項1号)に該当するかを判断した事案
【キーワード】
特許法第2条3項1号
生産
部品交換
第1 事案
本件は、原告は特許第6898087号(発明の名称:「箱型船」)を保有するところ、原告が被告に対して、被告が顧客の依頼を受けて箱型船にpH制御部等の部品を取り付け交換する行為について、当該特許に係る特許権を侵害すると主張し、差止め及び損害賠償を請求した事案である。
第2 判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)
(6) 被告の行為(弁論の全趣旨)
被告は、顧客が第三者から購入した箱型船(酸処理槽、巻取ロール、吊り棒、シート部材などが備わったもの。乙5参照)について、顧客から依頼を受けて、市販の電源、ポンプ、バケツ、チューブ、pH制御器、pH計、pHセンサなどの部品(以下「本件部品」という。)を新規に取り付け、動作確認後、顧客に引き渡している(以下、当該行為を「新規取付行為」という。)。
また、被告は、顧客に本件部品を取り付けた箱型船を引き渡した後は、毎年、海苔の漁期が終わると、顧客を訪問し、箱型船からpH制御部(pH制御器、pH計、pHセンサから構成される。)のみを取り外し、これらの部品を持ち帰ってメンテナンスを行い、耐用期間が1年であるpHセンサに限り交換した上で、顧客の元を訪問し、箱型船に再度取り付けている(以下、当該行為を「本件メンテナンス行為」という。なお、これらの被告の行為が本件発明の「実施」に当たるか否かについては、後記第3の6のとおり争いがある。)。
(省略)
6 争点3(被告の行為が本件発明の「実施」に当たるか)について
(1) 争点の所在(本件メンテナンス行為の「実施」該当性)
前記前提事実によれば、被告は、顧客が第三者から購入した箱型船に対し、本件部品を取り付け、その動作確認後、上記箱型船を顧客に引き渡す行為(新規取付行為)をしているところ、本件特許の登録日以後の新規取付行為は、本件発明の構成要件に係る構成を新たに設置する行為であるから、特許法2条3項1号に規定する「生産」に該当することは明らかである。もっとも、前記前提事実によれば、被告は、本件特許の登録日以後、当該登録日よりも前に新規取付行為をした箱型船に対し、本件メンテナンス行為(第2の1(6)参照)をしているところ、原告は、本件メンテナンス行為についても被告製品の「生産」に当たる旨主張する。
(2) 特許権者が、特許登録前に製造された当該特許の構成要件を充足する製品に対し、特許登録後に上記製品につき加工や部材の交換をしたことにより、上記製品と同一性を欠く製品の新たな製造をしたと認められる場合には、当該製造は、特許法2条3項1号に規定する「生産」に該当するものと解するのが相当である。そして、上記にいう製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである(最高裁平成18年(受)第826号同19年11月8日第一小法廷判決参照)。
これを本件についてみると、前記前提事実に加え、証拠(乙6、33)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品の箱型船自体については、特段の耐用期間が定められているものではなく、本件メンテナンス行為の対象となる部品のうちpHセンサに限り、耐用期間が1年とされているため、毎年の本件メンテナンス行為により新品に交換されていることが認められる。
上記認定事実によれば、本件メンテナンス行為は、箱型船全体のうち、耐用期間が1年とされているpHセンサに限り交換するものであるから、単に通常の用法に従って、箱型船の消耗品といえるpHセンサを交換するにとどまるものといえる。しかも、pHセンサの技術的機能をみると、pHセンサの検出値に基づいて酸原液の供給量を自動調節する原液供給装置を備える箱型船は、乙4公報に開示されているところであり、pHセンサが本件発明の本質的部分に係る構成であるとはいえない。のみならず、pHセンサの経済的価値についても、証拠(乙27)及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の技術的範囲に属する箱型船全体の価値に比べて、極めて僅かなものといえる。
これらの事情の下においては、本件メンテナンス行為は、本件発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものについて、これを再び充足させるものとはいえない。
したがって、本件メンテナンス行為は、被告製品の箱型船と同一性を欠く箱型船の新たな製造をしたものとはいえず、特許法2条3項1号に規定する「生産」に該当するものと解することはできない。
これに対し、原告は、本件メンテナンス行為につき、本件発明の技術的範囲に属さない製品(pHセンサがなく構成要件Fを欠くもの)を、本件発明の技術的範囲に属する製品に変更するものであるから、同号に規定する「生産」に該当すると主張する。
しかしながら、「生産」に当たるか否かは、本件発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものを再び充足させるものといえるかどうかという観点から上記にいう諸事情を検討すべきことは、上記において説示したとおりである。そうすると、pHセンサがない状態からこれを新たに取り付けた行為のみを切り出して判断するのは相当ではなく、この理は、原告主張に係るチューブについても、同様である。上記観点から検討すれば、原告主張に係るpHセンサの交換や、劣化や破損によるチューブの交換は、修理やメンテナンスそのものというべき行為であり、同一性を欠く箱型船を新たに製造するものとはいえず、本件メンテナンス行為は、本件発明の「生産」に該当するものと解することはできない。そもそも、原告主張に係る箱型船は本件特許登録前に既に製造されたとみるべきものであるから、原告が当該箱型船に関する利益を得られなかったとしても、本件特許登録前のものである以上、原告主張に係る不合理があるものとはいえない。
なお、原告は沈没した被告製品についても別途主張するが、そのような被告製品の存在を認めるに足りる証拠はなく、上記の主張はその根拠を欠くものとして採用の限りではない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
第3 検討
本件は、特許発明の構成要件を充足する製品の部品を交換して、部品交換後の製品が特許発明の構成要件を充足した場合に「生産」(特許法第2条3項1号)に該当するか否かの争点について判断した事案である。
本判決はまず、当該争点に関する規範として、「特許権者が、特許登録前に製造された当該特許の構成要件を充足する製品に対し、特許登録後に上記製品につき加工や部材の交換をしたことにより、上記製品と同一性を欠く製品の新たな製造をしたと認められる場合には、当該製造は、特許法2条3項1号に規定する「生産」に該当するものと解するのが相当である。そして、上記にいう製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである(最高裁平成18年(受)第826号同19年11月8日第一小法廷判決参照)。」と述べた。
ここでは、最高裁平成18年(受)第826号同19年11月8日第一小法廷判決(インクカートリッジ事件)の規範を引用している。当該インクカートリッジ事件は、特許権の消尽に関する争点を判断した事案であり、本件とは場面を異にするが、いずれも「特許発明の構成要件を充足する製品の部品を交換して、部品交換後の製品が特許発明の構成要件を充足した場合」の判断ということで、本判決は、当該インクカートリッジ事件の規範を引用したものと考えられる。
そして、本判決は、具体的な判断として、上記規範に従って、「交換された部材の耐用期間」の点において、本件メンテナンス行為は、耐用期間が1年とされている消耗品のpHセンサを交換するものであること、「当該部材の特許製品中における技術的機能」の点において、pHセンサの技術的機能をみると、pHセンサが本件発明の本質的部分に係る構成であるとはいえないこと、「当該部材の特許製品中における…経済的価値」の点において、pHセンサの経済的価値は本件発明の技術的範囲に属する箱型船全体の価値に比べて、極めて僅かなものであることから、本件メンテナンス行為は、本件発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものについて、これを再び充足させるものとはいえないので、「生産」に該当しないと判断した。
以上のように、本件は、特許発明の構成要件を充足する製品の部品を交換して、部品交換後の製品が特許発明の構成要件を充足した場合に「生産」に該当するか否かの規範及び具体的な判断が示されており、実務上参考になる事案である。
以上
弁護士 山崎臨在

