【令和6年3月28日(知財高裁 令和5年(ネ)第10093号)】

【キーワード】

著作権法、映画の著作物、映画の著作物の著作者、映画製作者、著作権法2条3項、著作権法16条、著作権法29条

【事案の概要】

本件は、控訴人(アニメーション等制作事業者(個人)・原審原告)が、被控訴人(出版社・原審被告)がインターネット上の動画共有サイトであるYouTubeにおいて、てんかんの発作の動きに関する映像(以下「本件映像」という。)を、控訴人の氏名又は屋号を著作者として表示することなく公開した行為により、本件映像に係る控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたと主張し、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求及びこれに関する遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件映像が制作された経緯は以下のとおりである。てんかんの分野で豊富な知見を有する訴外A医師(原審では「C医師」と表記されるが本稿では控訴審に合わせ「A医師」と記載する。)は、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらう必要があると考え、被控訴人に、てんかん発作の動きをアニメーション化した映像を収録したDVDが付属する、てんかんの症状を解説する書籍(以下「本件書籍」という。)の発行企画を持ち込み、被控訴人はこれに応じた。A医師は、上記映像の制作のため控訴人を被控訴人に紹介し、両者の間で本件映像の制作に関する委託契約が締結された。

控訴人は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の各作成並びに彩色、撮影、音響及び編集等の作業を(一部を他の業者に委託しつつ)行った。また本件映像の制作に当たっては、A医師や被控訴人その他の者も、以下のような形で関与した。

  • A医師は、控訴人に対し、本件映像で取り扱うてんかんの症例の説明や参考映像の提供を行ったほか、一部の絵コンテや原画の確認、本件映像のナレーション原稿の草案及び字幕の内容の確認、本件書籍の内容との整合性の確認及びフォントやメニュー画面の修正の指示を行った。
  • 被控訴人(厳密にはその代表者B´)は、本件映像のナレーションの草案及び字幕の修正、本件書籍との整合性の確認、フォントやメニュー画面の指示を行った。
  • C医師(原審では「D医師」)及びD医師(原審では「E医師」)は、A医師から依頼を受け、一部の症例について絵コンテやラフ画像を見て、てんかん発作の動きが医学的に正確に表現されているかを確認し、A医師を介して修正指示をした。

以上の関係を整理すると、以下の図のようになる。

<本件の関係図>

【争点】

本件では、①本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性、②本件映像の著作者が誰か、並びに③本件映像に係る著作権者(映画製作者)が誰かが争点となった(なお、他にも争点となった事項は存在するが、本稿では検討を割愛する。)。

中でも②③については、以下の表のとおり、原審と控訴審で異なる結論が述べられている。すなわち、原審で本件映像の著作者は控訴人及びA医師と判断されたのに対し、控訴審では控訴人のみと判断され(②)、また著作権者(映画製作者)も原審ではA医師と判断されたのに対し控訴審では被控訴人と判断された(③)。

<控訴審と原審とで判断が分かれた争点>

 

原審

控訴審

②著作者

控訴人及びA医師

控訴人

③著作権者

(映画製作者)

A医師

被控訴人

以下では、控訴審の判示を一部抜粋して引用したうえで、その判断内容につき、原審との差異にも触れながら若干の解説を加えることとする。

【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)

第1・第2省略

第3 当裁判所の判断

1 省略

2 争点1(本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性)について

前提事実、認定事実及び証拠(乙1)によれば、本件映像は、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらう目的で作成されたものであり、てんかん発作の13症例に関する個別のアニメーション映像から構成され、各アニメーション映像では、登場人物が日常生活を送っている中で起きたてんかん発作に特徴的な動きや、この人物を介助する者の様子等が描写されていること、本件映像の制作に当たっては、控訴人が、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の作成を自ら、又はその一部を他の業者に委託して行い、これらの作業により制作された本件映像は、症例とされた各てんかん発作が起こりやすい年齢等に合致した人物が描かれ、視聴者が、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、描かれた人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作、所在する場所、背景となる造作や家具、人物を捉える方向や画角等について、表現の選択がされ、発作の特徴を説明するナレーションが組み込まれるといった加工が施されたことが認められる。

このような本件映像は、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で作成されたものであり、かつ、思想又は感情を創作的に表現したものであると認められる。

そして、本件映像は、本件書籍の付属物として、DVDに固定されたものである。

したがって、本件映像は、著作権法2条3項にいう「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」に当たるから、映画の著作物(同法10条1項7号)であると認められる。

この点に関し、被控訴人は、原判決「事実及び理由」第2の4⑴(被告の主張)イのとおり、本件映像を構成する三つの要素である発作を起こすキャラクター、キャラクターのデザイン、背景等及びナレーションのいずれの要素も創作性を有さず、本件映像は創作性を欠いて著作物に当たらないと主張するが、上記のとおり、本件映像を全体として見れば、思想又は感情を創作的に表現したものであると認められ、被控訴人の上記主張は採用することができない。

3 争点2(本件映像の著作者)について

⑴ 映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者である(著作権法16条)。

⑵ 控訴人の関与について

認定事実⑶イのとおり、控訴人は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の各作成並びに彩色、撮影、音響及び編集の各作業を自ら行い、又はその一部を他の業者に委託した上で、これらの業者に対する指示を行っている。そして、本件映像に描写されている人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作、所在する場所、背景となる造作や家具、人物を捉える方向や画角については、視聴者がてんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるように選択がされているものと認められ、これらの創作的な表現は、控訴人の上記各作業によって作出されたものといえる。

⑶ A医師の関与について

前提事実及び認定事実によれば、本件映像にアニメーション映像として収録するてんかんの13症例を選択し、その順序を決定したのはA医師である。

また、控訴人はてんかんについての知識を有していなかったから、てんかんの分野で専門的な知識を有するA医師が、本件映像で扱う症例の特徴について控訴人に説明したものと推認される。ただし、A医師は、原審で実施された証人尋問において、全ての症例について参考映像を提供した旨供述するが、控訴人はこれを否認しており、提供された映像として証拠として提出されているものは三つしかなく(乙2の1~3)、A医師が控訴人に送ったメール(甲52)の文面からすると、A医師が上記三つの映像のほかにも何らかの映像を控訴人に提供したことは認められるものの、これをもって、全ての症例について参考映像を提供したとは認められない。

また、認定事実によれば、A医師は、控訴人がアニメーション映像の作成に係る作業を行うに際し、症例に適した人物の性別や年齢を伝えたり、発作を表現するに際して人物を描写するのにふさわしい方向を伝えたりするなどしたが、本件の全証拠によっても、A医師が多数の症例について、てんかん発作の動きや介助者の関与に関する動きの描写、人物の表情や背景の描写等に関する個別具体的な指示を控訴人に伝えたとは認められない。

さらに、認定事実によれば、A医師は、控訴人が作成した絵コンテや原画を自ら確認するとともに、一部の症例について、C医師及びD医師にその確認を依頼し、かつ、控訴人が作成した本件映像のナレーション原稿の草案及び字幕の内容を確認したと認められるが、いずれも、医学的見地から正確性を欠く内容の有無や本件書籍の内容との整合性を確認し、控訴人に指摘する内容であるといえる。A医師は、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の修正の指示も行ったが、本件映像における表現の中で占める割合としてはごくわずかな部分にとどまる。

⑷ その他の者の関与について

ア 認定事実によれば、被控訴人代表者であるB’は、控訴人が作成したナレーション原稿の草案及び字幕の修正や、本件書籍の内容との整合性の確認、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の指示を行っているが、本件映像の制作について上記以外の関与をしたとは認められない。

イ C医師及びD医師は、本件映像の制作過程において、一部の症例について、控訴人の作成した絵コンテやラフ原画を見て、てんかん発作の動きが医学的に正確に表現されているかを確認し、A医師を介して修正指示をしたにとどまる。

⑸ 上記⑵ないし⑷によれば、本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、控訴人であって、A医師、被控訴人、C医師及びD医師はこれに当たらないと認められる。

A医師の関与は、全体として見れば、控訴人に対するてんかんに関する情報提供や、本件映像を医学的に誤りのない内容にするための確認がほとんどであり、それらは本件映像の制作を監修する立場からの助言若しくはアイデアの提供というべきものであって、本件映像の具体的表現を創作したものとは認められず、A医師が本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与したとはいえない。また、本件映像で取り上げられた症例及びその再生順序を決定したことについては、本件映像が本件書籍の付属物であることから、本件書籍に準拠して上記決定をしたにすぎず、上記決定をしたことをもって、A医師が本件映像の全体的形成に創作的に寄与したと認められることにもならないというべきである。

被控訴人、C医師及びD医師については、これらの者による関与が前記⑷のとおりのものにすぎないことからすれば、これらの者が本件映像の全体的形成に創作的に寄与した者に当たるとは認められないというべきである。

4 争点3(本件映像の著作権者)について

⑴ 著作権法29条1項は、「映画の著作物の・・著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している。

前記2のとおり、本件映像は映画の著作物であると認められるから、本件映像の著作権の帰属については、著作権法29条1項が適用され、本件映像の著作者である控訴人が、映画製作者に対し、本件映像の製作に参加することを約束しているときは、本件映像の著作権は当該映画製作者に帰属することになる。

この点に関して、被控訴人は、著作権法29条1項は劇場用映画を想定した規定であり、本件書籍の従たる付属物として作成された本件映像には適用されないと主張するが、同項が映画の著作物のうち劇場用映画のみに適用されると解すべき根拠、あるいは本件映像が映画の著作物と認められるにもかかわらず同項が適用されないと解すべき根拠はなく、被控訴人の上記主張は採用することができない。

⑵ 著作権法29条1項にいう「映画製作者」は、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」である(同法2条1項10号)。

また、著作権法29条が設けられたのは、①従来から、映画の著作物の利用については、映画製作者と著作者との間の契約によって、映画製作者が著作権の行使を行うものとされていたという実態があったこと、②映画の著作物は、映画製作者が巨額の製作費を投入し、企業活動として製作し公表するという特殊な性格の著作物であること、③映画には著作者の地位に立ち得る多数の関与者が存在し、それら全ての者に著作権行使を認めると映画の円滑な市場流通を阻害することになることなどを考慮すると、映画の著作物の著作権が映画製作者に帰属するとするのが相当であると判断されたためであると解される。

著作権法2条1項10号の文言及び同法29条1項の上記趣旨からみて、「映画製作者」とは、映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者のことであると解するのが相当である。

⑶ 以下、本件の認定事実の下で、本件映像の映画製作者が誰と認められるかについて検討する。

ア 本件書籍を出版することとともに、アニメーション映像を収録したDVDを本件書籍の付属物とすることを企画したのはA医師である。

他方、本件DVDを付属物とした本件書籍を出版したのは被控訴人である。また、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結したのは被控訴人であり、このことからすれば、控訴人に対して、上記委託契約の対価を支払う義務を負っていた者は被控訴人であったと認められる。実際に控訴人に対価を支払ったのも被控訴人であった。

イ 被控訴人とA医師との間では、本件書籍を書店で販売するだけでは、制作費の全てを回収することが困難であると考えられたことから、A医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらうことで、制作費を回収する方針が採用され、実際に、A医師は、自ら営業活動を行うなどして、製薬会社等からの本件書籍の購入約束を取り付け、これにより、控訴人に対して支払うべき上記委託契約の対価を含め、本件書籍の出版に要する費用を調達している。控訴人が、本件映像の制作に係る費用が増加した旨をB’に伝えた際も、B’はA医師に更なる購入先の確保が必要であることを伝え、A医師は、自ら制作費を負担することや、自らの講演の謝金を充てることも考えている旨述べたが、最終的には本件書籍の出版に要する費用を調達するに足りる購入先を確保した。

しかし、被控訴人とA医師との間で、A医師が本件書籍の出版に必要な費用(控訴人に支払う対価を含む。)を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師が不足分の費用を負担するとの合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、上記のような事態が生じた場合には、本件書籍を出版し、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結してその対価を控訴人に支払う法的義務を負ったと認められる被控訴人が、最終的に不足分の費用を負担すべき立場にあったと認められる。

ウ 控訴人は、被控訴人との間でアニメーション映像の制作に関する委託契約を締結し、この契約に基づいて本件映像の制作に係る業務を行ったものであり、上記委託契約に基づき、被控訴人に対する対価請求権を取得した。

控訴人は、上記業務の一部を他の業者に行わせており、これらの業者に対して費用を支払う義務を負ったが、この費用についても、上記委託契約に基づき、被控訴人に対して請求することが可能であったのであり、実際に、控訴人は、上記業者に支払うべき費用を含め、A医師が確保した本件書籍の購入先による購入代金により、上記委託契約の対価を受領した。

また、A医師が、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、控訴人がその不足分を負担する、すなわち控訴人が被控訴人に対する対価請求権の全部又は一部を失うこととする旨の合意が成立したとは認められず、上記のような事態が生じたとしても、控訴人が損失を被る立場にあったとは認められない。

エ 上記アないしウによれば、本件映像の映画製作者、すなわち、本件映像を製作する意思を有し、その製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として、「映画の著作物」である本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者は、被控訴人であると認めるのが相当である。

仮に、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていたとすれば、A医師が本件映像の映画製作者に当たると解する余地があるが、本件で認められる事実関係に照らし、少なくとも控訴人が本件映像の映画製作者に当たると解する余地はない。

⑷ 上記のとおり、本件映像の映画製作者は、被控訴人である。

そして、認定事実によれば、本件映像の著作者である控訴人は、被控訴人に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。

したがって、著作権法29条1項により、本件映像の著作権は、その映画製作者である被控訴人に帰属すると認められる。

なお、仮に、A医師が本件映像の映画製作者であると認められるとしても、認定事実によれば、本件映像の著作者である控訴人は、A医師に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められるから、著作権法29条1項により、本件映像の著作権はA医師に帰属すると認められることになり、いずれにしても控訴人に本件映像の著作権が帰属するとは認められない。

⑸ 前記第2の4⑶の控訴人の主張について

控訴人は、控訴人が本件映像の映画製作者であると主張する。

しかし、控訴人が本件映像の制作に係る業務を中心的に行ったこと、A医師や被控訴人が上記業務に関与した程度が低いことをもって、「映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者」が控訴人であると認められることにはならない。

控訴人が、本件書籍の販売数等によって被控訴人との委託契約に基づく対価の請求権を喪失する経済的リスクを負っていたと認められないことは、前記⑶ウのとおりであって、本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクをA医師が専ら負担していたと認められるか否かに関わらず、控訴人が本件映像の製作に関して経済的な収入・支出の主体となりリスクを負っていたとは認める余地はない。

したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

(以下省略)

【若干の解説等】

1 総論

著作権法上、映画の著作物(著作権法10条1項7号)に関しては、その特殊性から一部特別な規定が設けられている。

例えば、映画の著作物には、映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物が含まれることが法定されており(同法2条3項)、またその著作者について、その全体的形成に寄与した者と規定されている(同法16条。ただし職務著作(同法15条)の対象となる場合を除く。)。

また、著作権の帰属についても、著作権法上の原則は著作者に帰属する、というものである(同法17条1項)のに対し、映画の著作物の著作権は、その著作者が映画製作者(映画の著作物の製作に発意と責任を有する者をいう。同法2条1項10号)に対し当該映画の著作物の制作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属すると定められている(同法29条1項)。

本件は、本件映像について、その①著作物性及び「映画の著作物」該当性、②著作者が誰か、③著作権者が誰か(映画製作者が誰か)といった、上記で紹介したような映画の著作物に特有の規定に関する点が多く争点となった事例である。さらに、原審と控訴審で②③に関する結論が分かれたという点で興味深い事例でもある。

以下、上記①~③の争点について、原審の判断にも触れつつ若干の解説を加える。

2 本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性
⑴ 総論

前述のとおり、映画の著作物には「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」が含まれる(著作権法2条3項)。映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせるとは、影像や画像が動きをもって見えるという効果を生じさせることをいう(東京地判昭和59年9月28日無体裁集16巻3号676頁)。また、「物に固定されている」とは、一般に著作物が、何らかの方法により物と結びつくことによって、同一性を保ちながら存続しかつ著作物を再現することが可能である状態をいい(同前)、この要件により生放送番組等が映画の著作物から除かれることになる[1]

⑵ 本件の判断

本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性は原審と控訴審のいずれにおいても肯定されており、結論において異なる点はない。もっとも、本件映像のうち具体的にいかなる部分が映画の著作物に該当するかという点については原審と控訴審とで判示内容に若干の差異が見られるため、簡単に触れることにする。

原審における本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性に関する判示は以下のとおりである。

(1) 本件映像の創作性について

ア 本件映像は、てんかん発作を正しく理解してもらうことを目的として制作されたものであって(前記1(2)ア)、本件映像におけるてんかん発作の動きは、医学的に正確なものとなるよう、C医師、D医師及びE医師による確認及び修正指示を経たものである(前記1(3)ウ)。そうすると、本件映像において表現されているてんかん発作の動きは、医学的にあるべき表現に収斂したものであって、選択の幅があるとはいえないから、この点において思想又は感情を創作的に表現したものと認めることはできない

また、ナレーションについても、冒頭の「ここでは…の一例を紹介します。」の部分は、ある事柄を紹介する文章の冒頭に設けられるありふれた表現であるから、表現上の創作性があるものと認めることはできないし、その後に続く各症例の特徴を紹介する部分は、医学的知見に属する事実を述べるものであるから、思想又は感情を創作的に表現したものとは認められない。

(中略)

イ これに対し、本件映像は、前記1(1)イのとおり、人物が日常生活を送っている最中にてんかん発作が起こる状況を描写しているものであるところ、人物が日常生活を送っている様子を描写するためには、その人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具等のほか、人物を捉える方向や画角など様々な要素を考慮する必要があると考えられる。

本件映像は、上記のような、日常生活を送っている様子を描写するための多種多様な要素の中から、視聴者が、敢えて意識をしなくとも、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具等のほか、人物を捉える方向や画角について、表現の選択がされているものと認められ(前記1(3)ア、乙1)、これらの点において作成者の個性が発揮されているものといえる。

ウ また、本件映像において、どの症例を取り上げるのか、選択した症例をどのような順序で表示させるのかについては、様々な組合せがあり得ると考えられるから、本件映像においては、素材である症例ごとの映像の選択及び配列にも作成者の個性が発揮されているといえる。

上記から分かるように、原審では「人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作及び仕草、所在する場所、背景となる造作及び家具等のほか、人物を捉える方向や画角について」及び「素材である症例ごとの映像の選択及び配列」について作成者の個性が発揮されたと判示され、この点をもって本件映像の著作物性が肯定された。これとは逆に、「てんかん発作の動き」は医学的にあるべき表現に収斂するものとして、「ナレーション」はありふれた表現にすぎないとして、「各症例の特徴を紹介する部分」は医学的知見に属する事実であるとして、著作物性(思想又は感情を創作的に表現したものであること)が否定されている。

一方、控訴審の判示は以下のとおりである。

各アニメーション映像では、登場人物が日常生活を送っている中で起きたてんかん発作に特徴的な動きや、この人物を介助する者の様子等が描写されていること、本件映像の制作に当たっては、控訴人が、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の作成を自ら、又はその一部を他の業者に委託して行い、これらの作業により制作された本件映像は、症例とされた各てんかん発作が起こりやすい年齢等に合致した人物が描かれ、視聴者が、てんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるよう、描かれた人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作、所在する場所、背景となる造作や家具、人物を捉える方向や画角等について、表現の選択がされ発作の特徴を説明するナレーションが組み込まれるといった加工が施されたことが認められる。

このような本件映像は、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で作成されたものであり、かつ、思想又は感情を創作的に表現したものであると認められる。

そして、本件映像は、本件書籍の付属物として、DVDに固定されたものである。

したがって、本件映像は、著作権法2条3項にいう「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」に当たるから、映画の著作物(同法10条1項7号)であると認められる。

控訴審においては原審で著作物性が否定された内容(「てんかん発作の動き」「ナレーション」及び「各症例の特徴を紹介する部分」)について、そのことを明言していない点が注目される。むしろ、(不明確な点は残るものの、)後に「本件映像を全体として見れば、思想又は感情を創作的に表現したものであると認められ…」と述べられている点を見ると、本件映像は全体として著作物、かつ映画の著作物に該当すると判示しているようにも読める。

控訴審において上記の判断がされた正確な理由は明らかではないが、本件映像は登場人物のデザイン、動作、背景のデザイン等様々な要素を含む映像とナレーション等とが相互に結びついて成立するものであり、そのうち一部のみを切り取って著作物性を評価することはできないと考えられた可能性がある。

3 本件映像の著作者
⑴ 総論

著作権法上、映画の著作物の著作者は、「制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」と規定される(ただし職務著作が成立する場合を除く。著作権法16条)。同条は、映画の著作物は相対的に多数の者が関与することが多く、その著作者が不明確になりやすいことから、これによる不都合を軽減するために設けられた規定である。ここで、「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」というのは、一貫したイメージを持ちながら創作活動全体に参画した者を指し、映画プロデューサー、映画監督、ディレクター、撮影監督、美術監督、録音監督、フィルム・エディター等が典型例である。

⑵ 本件の判断

前述のとおり、本件では、控訴人(原審原告)のほかA医師が本件映像の著作者に含まれるかという点において、原審と控訴審とで判断が分かれたため、以下この点について検討する(その他に被控訴人代表者B´、医師C、及び医師Dについても著作者該当性が判示されているが、原審・控訴審のいずれにおいても、三名全員について著作者該当性が否定されていることから、本稿では検討を割愛する。)。

まず、原審(A医師が著作者に含まれると判断)の判示は以下のとおりである(以下の判示中の「C医師」は控訴審及び本稿におけるA医師を指す。)。

(3) C医師について

ア 本件映像の制作過程におけるC医師の役割及び関与について、以下の事実を指摘することができる。

まず、C医師は、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうことを目的として本件書籍を執筆し、これに付属させるものとして、てんかん発作の動きをアニメーション化した映像である本件映像の制作を具体的に企画した本件映像で取り上げられている症例及びその再生順序も、本件書籍に準拠して定められたものであるから、実質的にはC医師によって決定されたといえる(前記1(2)ア、(3)ア及びウ、(4)ア)。

また、C医師は、原告に対し、てんかん発作の動きに関する参考動画を示した上、てんかん発作が起こる人物の性別、年齢、着衣のほか、発作前後の動作のイメージや人物を捉える角度についても、種々指示を行い、最終的にそれらを決定したものである。さらに、C医師は、てんかん発作が起こる人物や状況について指示をする際、本件映像の視聴者がてんかん発作の動きに集中できるよう、人物のデザインや背景等を目立たせすぎないように配慮していたものである。(前記1(3)ア)

加えて、字幕のフォントやメニューのデザインについても、C医師の意見が反映されている(前記1(3)ウ)。

しかも、本件映像の完成の判断は、C医師に委ねられていた(前記1(3)オ)。

イ 前記アのとおり、C医師は、本件映像の制作に当たり、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうとの目的の下、取り上げるべき症例の選択及び順序を決定し、本件映像の視聴者がてんかん発作の動きに集中できるよう、人物のデザインや背景等を目立たせすぎないようにするとの一貫したコンセプトに基づいて、原告に対し、参考動画を示した上で、てんかん発作を起こす人物の性別、年齢、着衣、人物を捉える角度について指示し、最終的に制作された本件映像が完成したか否かの判断をしていたことが認められる。

上記のような本件映像の制作過程におけるC医師の役割、関与の程度に鑑みれば、C医師は、少なくとも本件映像の制作を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。

つまり原審においては、

① 本件映像の制作を具体的に企画したのがA医師であること
② 本件映像で取り上げられている症例及び再生順序を実質的に決定したのがA医師であること
③ てんかん発作の動きに関する参考動画を示したこと
④ てんかん発作が起こる人物の性別、年齢、着衣のほか、発作前後の動きのイメージや人物を捉える角度についても種々指示を行い、最終的にそれらを決定したこと
⑤ てんかん発作の動きに集中できるよう、人物のデザインや背景等を目立たせすぎないように配慮していたこと
⑥ フォントやメニューのデザインにもA医師の意見が反映されていたこと
⑦ 本件映像の完成の判断がA医師に委ねられていたこと

等の事実が認定され、これらの事実に基づき、A医師が本件映像の全体的形成に創作的に寄与した(=本件映像の著作者に該当する)と判断された。

一方、控訴審(A医師は著作者に含まれないと判断)の判示は以下のとおりである。

⑶ A医師の関与について

前提事実及び認定事実によれば、本件映像にアニメーション映像として収録するてんかんの13症例を選択し、その順序を決定したのはA医師である。

また、控訴人はてんかんについての知識を有していなかったから、てんかんの分野で専門的な知識を有するA医師が、本件映像で扱う症例の特徴について控訴人に説明したものと推認される。ただし、A医師は、原審で実施された証人尋問において、全ての症例について参考映像を提供した旨供述するが、控訴人はこれを否認しており、提供された映像として証拠として提出されているものは三つしかなく(乙2の1~3)、A医師が控訴人に送ったメール(甲52)の文面からすると、A医師が上記三つの映像のほかにも何らかの映像を控訴人に提供したことは認められるものの、これをもって、全ての症例について参考映像を提供したとは認められない。

また、認定事実によれば、A医師は、控訴人がアニメーション映像の作成に係る作業を行うに際し、症例に適した人物の性別や年齢を伝えたり、発作を表現するに際して人物を描写するのにふさわしい方向を伝えたりするなどしたが、本件の全証拠によっても、A医師が多数の症例について、てんかん発作の動きや介助者の関与に関する動きの描写、人物の表情や背景の描写等に関する個別具体的な指示を控訴人に伝えたとは認められない。

さらに、認定事実によれば、A医師は、控訴人が作成した絵コンテや原画を自ら確認するとともに、一部の症例について、C医師及びD医師にその確認を依頼し、かつ、控訴人が作成した本件映像のナレーション原稿の草案及び字幕の内容を確認したと認められるが、いずれも、医学的見地から正確性を欠く内容の有無や本件書籍の内容との整合性を確認し、控訴人に指摘する内容であるといえる。A医師は、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の修正の指示も行ったが、本件映像における表現の中で占める割合としてはごくわずかな部分にとどまる。

(中略)

⑸ 上記⑵ないし⑷によれば、本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、控訴人であって、A医師、被控訴人、C医師及びD医師はこれに当たらないと認められる。

A医師の関与は、全体として見れば、控訴人に対するてんかんに関する情報提供や、本件映像を医学的に誤りのない内容にするための確認がほとんどであり、それらは本件映像の制作を監修する立場からの助言若しくはアイデアの提供というべきものであって、本件映像の具体的表現を創作したものとは認められず、A医師が本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与したとはいえない。また、本件映像で取り上げられた症例及びその再生順序を決定したことについては、本件映像が本件書籍の付属物であることから、本件書籍に準拠して上記決定をしたにすぎず、上記決定をしたことをもって、A医師が本件映像の全体的形成に創作的に寄与したと認められることにもならないというべきである。

被控訴人、C医師及びD医師については、これらの者による関与が前記⑷のとおりのものにすぎないことからすれば、これらの者が本件映像の全体的形成に創作的に寄与した者に当たるとは認められないというべきである

上記の判示のとおり、控訴審では、A医師が控訴人にてんかん発作の動きに関して提供した参考動画は3つのみであると認定された(上記③を限定)一方、多数の症例について、てんかん発作の動きや介助者の関与に関する動きの描写、人物の表情や背景の描写等に関する個別具体的な指示を行ったこと(上記④⑤に相当)は認定されなかった。そして、本件映像に収録する症例と順序(上記②に相当)、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の修正の指示(上記⑥に相当)は原審と同様に認定されたものの、前者については本件書籍に倣ったものにすぎないこと、後者については本件映像における表現の中で占める割合としてごくわずかにとどまることから、これらの事実によりA医師が本件映像の著作者であるとすることはできないと判断された。なお、上記①⑦の事実については控訴審で明示的な言及はないが、「控訴人に対するてんかんに関する情報提供や、本件映像を医学的に誤りのない内容にするための確認がほとんどであり、それらは本件映像の制作を監修する立場からの助言若しくはアイデアの提供というべきものであって…」との記載に鑑みると、これらの事実は、少なくともA医師の著作者性を基礎付けるに足りるものではなかったと考えられたものと解することができるように思われる。

著作権法における基本的な考え方として、著作者とは事実行為としての創作行為を行った者を指し、単なる創作の依頼や、アイデアの提供、抽象的な指示を行ったにすぎない者は著作者に該当しない。

原審でA医師が本件映像の著作者であることの根拠とされた事実(上記①~⑦)には、事実行為としての創作行為との関係性が必ずしも明らかでない事実も見られたように思われる。控訴審は、このような事実について再度検討を行い、A医師が本件映像の制作に関して行った行為を詳細に認定したうえで、認定された行為からはA医師が具体的表現を創作したものとはいえないと判断したものと考えられ、その判断は、上記の著作者に関する基本的な考え方に沿った妥当なものと解される。

4 本件映像の著作権者(映画製作者)
⑴ 総論

著作権法上、映画の著作物の著作権は、「その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する」と規定される(著作権法29条1項)。ここで、映画製作者とは「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」を指し(同法2条1項10号)、これはさらに映画製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって経済的な収入・支出の主体になる者をいう(東京高判平成15年9月25日判例集未搭載(平成15年(ネ)第1107号)等)。

これは、控訴審でも述べられているように、映画の著作物の利用については映画製作者と著作者との契約により映画製作者が著作権を行使するものとされていた、という実態のほか、映画の著作物には映画製作者による巨額の投資を要することから、映画製作者にはこのような投資に見合った経済的利益を回収できるようにするのが相当なこと、映画の著作物の製作には通常多数の著作者が関与することからこれらの著作者全員が著作権を共有するとなると円滑な利用が阻害されるおそれがあることといった事情から、映画の著作物の著作権が映画製作者に帰属するとするのが相当と判断されたためと解されている。

⑵ 本件の判断[2]

こちらも前述のとおり、本件の映画製作者はA医師か被控訴人かという点において、原審と控訴審とで判断が分かれたため、この点を検討する(「著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束している」かという点は、(著作者が誰かにかかわらず)原審・控訴審のいずれにおいても端的に肯定されているため、本稿では検討を割愛する。)。

原審(映画製作者はA医師であると判断)の判示は以下のとおりである(以下の判示における「被告」は控訴審及び本稿における被控訴人を指す。)。

(2) 本件映像の映画製作者について

ア 映画製作者の意義及び本件における判断基準

著作権法29条1項の「映画製作者」、すなわち「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(著作権法2条1項10号)とは、その文言及び前記の同法29条1項の趣旨に照らせば、映画の著作物を製作する意思を有し、当該著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解するのが相当である。

そして、本件において、上記の定義のうち当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるか否かを判断するに当たっては、前記1(2)、(4)及び(5)のとおり、本件映像が、本件書籍に付属するものとして制作されたことから、本件書籍と一体となって書店等で販売されることにより、将来的に投下資本の回収が図られることが企図されていたのみならず、本件書籍を製薬会社等に相当数購入してもらうことにより、その制作に要する費用を賄うことが予定されていたという点も、併せて考慮されるべきである。

(中略)

ウ 被告について

被告は、本件映像を含む本件書籍の発行に係る事業リスクを専ら負担しているのであるから、被告が、本件映像を製作する意思を有し、製作に関する法律上の権利義務の帰属主体となり、製作費用の支出主体となる責任を有する者、すなわち本件映像の映画製作者であると主張する。

しかし、本件映像の制作に先立ち、その費用については製薬会社等による本件書籍の買取代金を充てることが前提とされていたこと(前記1(2)ア)、原告から制作費の増額が見込まれる旨が指摘された際、被告は、C医師に対し、本件書籍の購入先の確保を求め、C医師が自ら負担することも選択肢とされていたこと(前記1(5)ア)、被告は、原告に対する制作費の支払について、製薬会社からの大口の入金がされていないとして支払時期の延期を求めたこと(前記1(5)エ)に鑑みれば、被告において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクや本件映像の制作に要する費用の調達に係るリスクを専ら負担していたとはいえないから、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるとはいえない。

また、本件映像の制作を企画したのはC医師であって、本件映像の制作過程における被告又は被告代表者の関与の程度に照らしても、被告が本件映像を製作する意思を有する者であるともいえない。

したがって、被告の上記主張を採用することはできない。

エ C医師について

前記1(2)及び(3)のとおり、C医師は、本件映像の制作を企画したのみならず、その制作業者である原告に委託することを実質的に決定した上、一般人にてんかん発作を正しく理解してもらうとの目的を達成するために、本件映像において取り上げるべき症例を選定し、原告に対し、てんかん発作の動きに関する参考動画を示したり、てんかん発作を起こす人物の性別、年齢、服装のほか、発作前後の動作のイメージや人物を捉える角度、介助者の存否について指示したりしたことに加え、本件映像の完成の判断は、C医師に委ねられていたことが認められる。これらの事情に照らせば、C医師は、本件映像を製作する意思を有していた者と認めるのが相当である。

そして、本件映像の制作費は、専らC医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらい、その代金で賄うこととされ、C医師が当該製薬会社等への営業活動を担っていたこと(前記1(2)ア、ウ、(5)ア、イ)、原告から制作費の増額を求められた際には、C医師が自ら負担することも選択肢とされていたこと(前記1(5)ア)に鑑みれば、C医師において本件映像が付属する本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクを専ら負担していたといえるから、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と認めるのが相当である。

また、C医師は、本件書籍の著作者であるところ(前提事実(2)ウ)、その著作権が他の者に譲渡されたと認めるに足りる証拠はないから、本件書籍の著作権者と認められる。そして、前記(1)イのとおり、本件書籍は、本件DVDが付属する形態で販売することが前提とされており、増刷する際には、本件DVDに収録されている本件映像及び本件映像から切り出された静止画も併せて複製しなければならないから、本件書籍を書店等で販売することにより投下資本を回収するとの観点からも、本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者は、本件書籍の著作権者であるC医師と認められる。

したがって、本件映像の映画製作者はC医師と認めるのが相当である。

これに対し、控訴審(映画製作者は被控訴人と判断)の判示は以下のとおりである。

⑶ 以下、本件の認定事実の下で、本件映像の映画製作者が誰と認められるかについて検討する。

ア 本件書籍を出版することとともに、アニメーション映像を収録したDVDを本件書籍の付属物とすることを企画したのはA医師である。

他方、本件DVDを付属物とした本件書籍を出版したのは被控訴人である。また、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結したのは被控訴人であり、このことからすれば、控訴人に対して、上記委託契約の対価を支払う義務を負っていた者は被控訴人であったと認められる。実際に控訴人に対価を支払ったのも被控訴人であった。

イ 被控訴人とA医師との間では、本件書籍を書店で販売するだけでは、制作費の全てを回収することが困難であると考えられたことから、A医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらうことで、制作費を回収する方針が採用され、実際に、A医師は、自ら営業活動を行うなどして、製薬会社等からの本件書籍の購入約束を取り付け、これにより、控訴人に対して支払うべき上記委託契約の対価を含め、本件書籍の出版に要する費用を調達している。控訴人が、本件映像の制作に係る費用が増加した旨をB’に伝えた際も、B’はA医師に更なる購入先の確保が必要であることを伝え、A医師は、自ら制作費を負担することや、自らの講演の謝金を充てることも考えている旨述べたが、最終的には本件書籍の出版に要する費用を調達するに足りる購入先を確保した。

しかし、被控訴人とA医師との間で、A医師が本件書籍の出版に必要な費用(控訴人に支払う対価を含む。)を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師が不足分の費用を負担するとの合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、上記のような事態が生じた場合には、本件書籍を出版し、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結してその対価を控訴人に支払う法的義務を負ったと認められる被控訴人が、最終的に不足分の費用を負担すべき立場にあったと認められる。

ウ 控訴人は、被控訴人との間でアニメーション映像の制作に関する委託契約を締結し、この契約に基づいて本件映像の制作に係る業務を行ったものであり、上記委託契約に基づき、被控訴人に対する対価請求権を取得した。

控訴人は、上記業務の一部を他の業者に行わせており、これらの業者に対して費用を支払う義務を負ったが、この費用についても、上記委託契約に基づき、被控訴人に対して請求することが可能であったのであり、実際に、控訴人は、上記業者に支払うべき費用を含め、A医師が確保した本件書籍の購入先による購入代金により、上記委託契約の対価を受領した。

また、A医師が、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、控訴人がその不足分を負担する、すなわち控訴人が被控訴人に対する対価請求権の全部又は一部を失うこととする旨の合意が成立したとは認められず、上記のような事態が生じたとしても、控訴人が損失を被る立場にあったとは認められない。

エ 上記アないしウによれば、本件映像の映画製作者、すなわち、本件映像を製作する意思を有し、その製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として、「映画の著作物」である本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者は、被控訴人であると認めるのが相当である。

仮に、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていたとすれば、A医師が本件映像の映画製作者に当たると解する余地があるが、本件で認められる事実関係に照らし、少なくとも控訴人が本件映像の映画製作者に当たると解する余地はない。

上記のとおり原審では、本件映像に関する投下資本の回収は本件書籍と一体となって書店等で販売されることにより図られることが企図されていたこと、及び本件書籍(及び本件映像)の制作費は製薬会社等への販売による売上で賄われることが予定されていたことが重視されている。そして、当該製薬会社等への営業活動を担っていたのはA医師であること、控訴人から制作費の増額を求められた際には、A医師が自ら負担することも選択肢とされていたことに鑑み、本件書籍(及び本件映像)が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクを専ら負担していたのはA医師であるとして、同医師を本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者と認めるのが相当と判断した。

一方で控訴審では、本件書籍及び本件映像の制作費が不足する事態に陥った場合にはA医師が不足分を負担する、という内容が、被控訴人及びA医師の間で合意されていたとまでは認められず、むしろ、本件映像の制作に関する委託契約が控訴人・被控訴人間で締結されていたことに鑑みれば、最終的に不足分の費用を負担すべき立場にあったのは被控訴人であるとされ、この点に基づき本件映像に係る映画製作者は被控訴人であると判断された。

なお、控訴審では、「仮に、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていたとすれば、A医師が本件映像の映画製作者に当たると解する余地がある」とも判示されているが、結論として本件でそのような事実関係は認められないとして、A医師が映画製作者に該当することが否定されている。この点に鑑みると、原審と控訴審との差異は、結局のところ“本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていた”という点に関する事実認定の差異と整理することが可能である。

5 まとめ・その他

以上、本判決における①本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性、②著作者が誰か、③著作権者が誰か、という争点について、原審の判示内容も踏まえつつ若干の解説を試みた。

なお、本稿で詳細には触れなかったが、本件では原審と控訴審の双方において、被控訴人が「出版社として本件DVDに著作権者の表示をしながら本件映像の著作物性を争うなどの」被控訴人の本件訴訟前及び本件訴訟遂行における態度が、(控訴人の氏名表示権侵害に関する)損害額の算定にあたり、損害額を増額する要素として考慮されていることも注目に値する。いかなる根拠に基づきこのような考慮が認められるのか、その詳細は明らかではないが、上記の判示内容に鑑み、訴訟において従前の表示と異なる主張を行うか否かの検討は慎重に行うべきということは指摘できる。

以上
弁護士 稲垣紀穂

[1] このほか、「映画の著作物」該当性が認められるには、編集作業等を経てそれが映画として完成される必要があり、未完成の映像は「映像著作物」として映画の著作物に該当しない(又は著作権法29条の適用を受けない)、と判示したものがある(東京高判平成5年9月9日判時1477号27頁(最判平成8年10月14日判例集未搭載(平成6年(オ)第43号)))。したがって、未編集・未使用のフィルムについては、このような観点からも「映画の著作物」該当性が問題になりうる。

[2] 被控訴人からは、著作権法29条は劇場用映画を前提とした規定であり、本件映像には適用されないという主張もされていたが、控訴審は「同項が映画の著作物のうち劇場用映画のみに適用されると解すべき根拠、あるいは本件映像が映画の著作物と認められるにもかかわらず同項が適用されないと解すべき根拠はな」いとして当該主張を端的に否定している。判示内容に若干の差は見られるものの、原審においてもこの点に変わりはない。