【令和6年11月19日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10020号 審決取消請求事件)】

【事案】

 原告が、発明の名称を「照明装置」とする発明について特許出願し、その設定登録を受けた(特許第6813851号)後、無効審判が請求され、特許第6813851号の請求項1に記載された発明についての特許を無効にするとの審決(以下「本件審決」という。)がなされたことから、本件審決の取消しを求めた事案である。

【キーワード】

 特許法第29条2項、進歩性、容易の容易

【事案の概要】

(特許庁における手続の経緯等)
⑴ 原告は、平成29年11月29日、名称を「照明装置」とする発明につき特許出願(特願2017-228865号)をし、令和2年12月22日、特許権の設定登録(特許第6813851号。請求項の数2。以下、この特許を「本件特許」という。)を受けた。(甲1)
⑵ 被告は、令和4年7月27日、本件特許について無効審判請求をした(無効2022-800069号事件。以下「本件無効審判請求」といい、本件無効審判請求に基づく審判手続を「本件審判手続」という。)。(乙14)
⑶ 特許庁は、令和5年3月30日付けで審決の予告(以下「本件審決予告」という。)をした。本件審決予告は、本件審判手続における甲1(特開2009-266484号公報。本件訴訟における甲2。以下「審判甲1」という。)に記載された発明を認定した上で、本件特許の請求項1に係る発明が、審判甲1に記載された発明、後記審判甲1に記載された事項、技術常識及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとの判断を記載していた。(乙19)
⑷ 原告は、同年5月29日、特許庁に訂正請求書を提出し、特許請求の範囲の訂正請求をした(以下「本件訂正」といい、本件訂正後の請求項1に係る発明及び請求項2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」、「本件発明2」という。)。
⑸ 特許庁は、令和6年2月5日、本件訂正を認めた上で、「特許第6813851号の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。特許第6813851号の請求項2に記載された発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月10日、原告に送達された。(乙1)
⑹ 原告は、令和6年3月8日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。原告は、同年6月13日の第1回弁論準備手続期日において、請求の趣旨を、本件審決のうち、本件特許の請求項1に係る部分の取消しを求める内容に訂正の上、訴状を陳述した。
(本件訂正後の特許請求の範囲の記載)(請求項1のみを示す。)

【請求項1】

 赤色光を発光する赤色発光手段と、
 青色光を発光する青色発光手段と、
 緑色光を発光する緑色発光手段とを有する発光部と、
 人の覚醒度合に関する生体情報を取得する覚醒度合生体情報取得部と、
 覚醒度合生体情報取得部で取得した人の覚醒度合に関する生体情報に応じて前記三つの発光手段の発          光量の総和を略一定にしたまま青色発光手段もしくは緑色発光手段の発光量比を増加させるための調節部と、
を有する照明装置若しくはディスプレイ。
(本件審決の理由等)(下線は筆者による。)
本件審決では、以下のとおり、「無効理由2により、請求項1に係る特許を無効とすべきである。」と判断された。
⑵ 無効理由2(本件発明1の、審判甲1に基づく進歩性欠如)について(本件審決「理由」第7、1⑵イ)
 審判甲1に記載された照明装置10は、「会議室内」における用途(審判甲1の段落【0077】。以下、審判甲1の段落を「審判甲1【0001】」などと記載する。)や、「入院患者に対して使用する」用途(審判甲1【0083】)が想定されているところ、これらの用途では、照明装置の照明光を白色光とすることが技術常識である。
 また、発光色が互いに異なる複数の光源により、白色光を調光しようとする際の手法のひとつとして、発光色が赤色の光源、青色の光源、及び緑色の光源の三種類の光源を用いることは、特段文献を例示するまでもなく本件特許出願前に周知の技術(以下「周知技術1」という。本件審決(第7、1⑵イ)及び本件審決予告(乙19、第6、2⑴)が認定した「周知技術1」である。)である。
 さらに、審判甲1【0055】には、「前述した図7に示す7種類のLEDのうち、発光色がロイヤルブルー、ブルー、シアン及びグリーンのLEDは、580nm以下の波長域に分光成分が多く含まれる光源であり、第2の光源12として用いることができる。」と記載され、選択的ではあるものの、第2の光源12として発光色がブルーのLEDや、発光色がグリーンのLEDを用いる事項(以下「審判甲1に記載された事項」という。本件審決(第7、1⑵イ)及び本件審決予告(乙19、第6、2⑴)が認定した「甲1に記載された事項」と同じである。)が、記載されているといえ、図7からも、ブルー及びグリーンのLEDが580nm以下の波長域に分光成分が多く含まれることが看取できる。
 上記審判甲1に記載された事項、上記技術常識及び上記周知技術1を踏まえると、第1の光源11を、ピーク波長が700nmの光を発するLED(赤色発光手段)とし、第2の光源12として、580nm以下の波長域の分光成分が多く含まれるLEDとする甲1発明において、照明装置10が白色光を調光でき、かつ、580nm以下の波長域の分光成分が多く含まれるものとして、第2の光源12を、発光色がブルーのLED(青色発光手段)と発光色がグリーンのLED(緑色発光手段)とからなるものとすることは当業者が容易になし得たことである。そして、甲1発明は、第2の光源の発光量比を増加させる構成を含むところ、第2の光源12として発光色がブルーのLEDとグリーンのLEDを採用すれば、これらのうち少なくとも一方の発光量比を増加させるものとなる。
 したがって、甲1発明において、上記相違点1に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。
 よって、本件発明1は、甲1発明、審判甲1に記載された事項、技術常識及び周知技術1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、無効理由2により、請求項1に係る特許を無効とすべきである。

【争点】

 本件の争点(原告の主張する本件決定の取消事由)は、以下のとおりである。
(1) 取消事由1
本件発明1の審判甲1に基づく進歩性の有無に関する判断の誤り
(2) 取消事由2
本件審判手続の手続的違法
 本稿では、取消事由1(本件発明1の審判甲1に基づく進歩性の有無に関する判断の誤り)に関し、「容易の容易」の主張に関係する部分について取り上げる。

【本判決の一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第2 ・・(省略)・・
第3 当事者の主張
1 取消事由1(本件発明1の審判甲1に基づく進歩性の有無に関する判断の誤り)について
〔原告の主張〕
・・(省略)・・
⑽ 本件審決の判断及び被告の主張は、審判甲1に技術常識及び周知技術1の構成を適用して「発光部が青色発光手段、緑色発光手段、赤色発光手段による三つの発光手段を有する」という構成を想到し、これを基準に課題を認識し、「調節部が『三つの発光手段』の発光量の総和を略一定にしたまま『青色発光手段もしくは緑色発光手段の発光量比を増加させる』」という構成をさらに想到するものということができる。このように二つの関連する差異をそれぞれ重畳的に構成を変更して容易に想到すると判断することは、いわゆる「容易の容易」であって認められない。
・・(省略)・・
第4 当裁判所の判断
1  本件発明1の概要等
・・(省略)・・
2  取消事由1(本件発明1の審判甲1に基づく進歩性の有無に関する判断の誤り)について
・・(省略)・・
⑶ 原告の主張に対する判断
・・(省略)・・
ケ 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕⑽のとおり、本件審決の判断は、二つの関連する差異をそれぞれ重畳的に構成を変更して容易想到性を判断するものであり、いわゆる容易の容易であって認められないと主張する。
 しかし、本件審決は、第1の光源11を赤色発光手段とし、第2の光源12を青色発光手段と緑色発光手段とからなるものとすることは当業者が容易になし得たことであり、甲1発明は第2の光源の発光量比を増加させる構成を含むから、青色発光手段及び緑色発光手段のうち少なくとも一方の発光量比を増加させるものとなると判断しているのであり、審判甲1に技術常識及び周知技術1を適用して「発光部が青色発光手段、緑色発光手段、赤色発光手段とによる三つの発光手段を有する」との構成を想到し、さらにこれに別の構成を付加して容易想到性を判断したものではない。
 したがって、本件審決の容易想到性の判断が、いわゆる「容易の容易」に当たるものであると解することはできず、原告の上記主張は採用することができない。

【検討】

 本件は、原告(権利者側)が、本件審決の判断及び被告(無効審判請求人側)の主張は、いわゆる「容易の容易」の考え方によるものであり、特許発明の容易想到性を肯定した本件審決(及び被告)の判断枠組みに誤りがある、と主張したのに対し、裁判所は、「本件審決の容易想到性の判断が、いわゆる「容易の容易」に当たるものであると解することはできず、原告の上記主張は採用することができない」と判断した点に特徴がある。
 原告(権利者側)は、本件審決の判断について、「審判甲1に技術常識及び周知技術1の構成を適用して「発光部が青色発光手段、緑色発光手段、赤色発光手段による三つの発光手段を有する」という構成を想到し、これを基準に課題を認識し、「調節部が『三つの発光手段』の発光量の総和を略一定にしたまま『青色発光手段もしくは緑色発光手段の発光量比を増加させる』」という構成をさらに想到するものということができる。このように二つの関連する差異をそれぞれ重畳的に構成を変更して容易に想到すると判断することは、いわゆる「容易の容易」であって認められない。」と主張した。この主張は、①審判甲1(引用文献)に技術常識及び周知技術1の構成を適用して「発光部が青色発光手段、緑色発光手段、赤色発光手段による三つの発光手段を有する」という構成を想到すること、②「調節部が『三つの発光手段』の発光量の総和を略一定にしたまま『青色発光手段もしくは緑色発光手段の発光量比を増加させる』」という構成をさらに想到すること、という①②の二段階の「容易想到」の変更を経て特許発明に想到するのは、いわゆる「容易の容易」に該当するため容易想到ではない、と主張するものであると考えられる。
 これに対して、裁判所は、「本件審決は、第1の光源11を赤色発光手段とし、第2の光源12を青色発光手段と緑色発光手段とからなるものとすることは当業者が容易になし得たことであり、甲1発明は第2の光源の発光量比を増加させる構成を含むから、青色発光手段及び緑色発光手段のうち少なくとも一方の発光量比を増加させるものとなると判断しているのであり、審判甲1に技術常識及び周知技術1を適用して「発光部が青色発光手段、緑色発光手段、赤色発光手段とによる三つの発光手段を有する」との構成を想到し、さらにこれに別の構成を付加して容易想到性を判断したものではない。」と判断した。これは、「第2の光源の発光量比を増加させる構成」は、審判甲1(引用文献)に記載されており、甲1発明(引用文献である審判甲1から認定される引用発明)に含まれる、つまり、原告の主張する上記②(「調節部が『三つの発光手段』の発光量の総和を略一定にしたまま『青色発光手段もしくは緑色発光手段の発光量比を増加させる』」という構成をさらに想到すること)の「容易想到」の変更に係る構成は、引用発明に含まれる、と判断したものと考えられる。そして、上記①②の二段階の「容易想到」の変更を経るわけではなく、上記①(審判甲1(引用文献)に技術常識及び周知技術1の構成を適用して「発光部が青色発光手段、緑色発光手段、赤色発光手段による三つの発光手段を有する」という構成を想到すること)の「容易想到」の変更により特許発明に想到するため、いわゆる「容易の容易」に当たるものではない、と判断したものと考えられる。
 本件は、引用文献の記載を基に「容易の容易」の主張を否定するものであり、特許の無効を主張する立場(無効審判請求人の立場)から特に参考になる判決であり、また、「容易の容易」の考え方を理解する上でも参考になる判決である。

以上

弁護士・弁理士 溝田 尚