【令和6年4月18日(大阪地裁 令和5年(ワ)第691号)】
【事案の概要】
本件は、登録商標(本件各商標)を「子どもとママの歯医者さん」及び「ママとこどものはいしゃさん」(いずれも標準文字)とする商標権(本件商標権)を有する原告が、被告が「香椎照葉こどもとママの歯科医院」(被告標章1)等の標章(被告各標章)を広告媒体に付して歯科医院を経営することは、本件商標権を侵害するとして、被告に対し、差止め及び損害賠償金等の支払いを求めた事案である。
【判決文抜粋】(下線部は筆者)
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、被告の運営する各診療所にて、役務提供に関するパンフレット、ポスター、壁面看板、置き看板、別紙被告ウェブサイト目録記載のウェブサイトその他の広告媒体に別紙被告標章目録記載の各標章を付してはならない。
2 被告は、被告の運営する各診療所にて、役務提供に関するパンフレット、ポスター、壁面看板、置き看板、第1項のウェブサイトその他の広告媒体に使用されている別紙被告標章目録記載の各標章を付した部分を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、323万4000円及びこれに対する令和5年2月7日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本判決で用いる主な呼称
(中略)
4 争点
(1) 被告各標章が本件各商標と類似するか(争点1)
(2) 損害の発生及びその額等(争点2)
第3 争点に関する当事者の主張
(中略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告各標章が本件各商標と類似するか)について
(1) 商標の類否判断について
商標の類否は、対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものである(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁等参照)。
また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては、その構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは、原則として許されないが、商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じない場合などには、商標の構成部分の一部だけを取り出して、他人の商標と比較し、その類否を判断することが許されるものと解される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁等参照)。
(2) 本件各商標と被告標章1の類否について
被告標章1は、別紙被告標章目録記載1のとおり、「香椎照葉こどもとママの歯科医院」の同一字体の文字を1行の横書きにて配して成るものである。このうち、「こどもとママの歯科医院」の部分は、母子を歯科治療の対象としている意味合いを伝えるにすぎないことに加え、証拠(乙10ないし17)及び弁論の全趣旨によれば、同趣旨の商標又は歯科治療の対象となる特定の属性を表現した商標は、多くの歯科医院において使用されていることが認められる。そうすると、被告標章1のうち「こどもとママの歯科医院」の部分は、自他役務の識別力が弱いというべきであるから、同部分が、取引者又は需要者に対し、役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず、同部分だけを抽出して本件各商標と比較して類否を判断することは相当でない。
そこで、本件各商標と被告標章1全体を比較して類否を判断するに、別紙商標目録及び同被告標章目録1記載のとおり、本件各商標と被告標章1の外観は、少なくとも「香椎照葉」の有無という明らかな相違がある。また、本件各商標からは「子供と母親のための歯医者さん」という観念が生じるのに対し、被告標章1からは「香椎照葉にある子供と母親のための歯科医院」という観念が生じる。そして、本件各商標は「コドモトママノハイシャサン」又は「ママトコドモノハイシャサン」という称呼が生じるのに対し、被告標章1は「カシイテリハコドモトママノシカイイン」という称呼が生じる。したがって、本件各商標と被告標章1は、外観、観念及び称呼のいずれをみても、明確に相違をしており、取引の実情を考慮しても、需要者がその出所につき誤認混同を生じるおそれがあるとはいえない。
(3) 本件各商標と被告標章2の類否について
被告標章2は、別紙被告標章目録記載2のとおり、上段に「香椎照葉」、下段に「こどもとママの歯科医院」の同一字体の文字をそれぞれ横書きし、「香椎照葉」の文字の左右に恐竜の親子様のイラスト(左右を反転させたもの)を一つずつ配して成るものである。被告標章2と被告標章1は、文字の配置やイラストの有無という相違があるものの、このうち「こどもとママの歯科医院」の部分についての自他役務の識別力が弱いことは同様であるから、被告標章2についても、このうち「こどもとママの歯科医院」の部分が、取引者又は需要者に対し、役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず、同部分だけを抽出して本件各商標と比較して類否を判断することは相当でない。
そうすると、本件各商標と被告標章2のうち、少なくとも文字部分のみの類否を判断した場合であっても、前記(2)のとおり、両者は、その外観、観念及び称呼のいずれをみても、明確に相違をしており、取引の実情を考慮しても、需要者がその出所につき誤認混同を生じるおそれがあるとはいえない。
(4) 以上から、その余の争点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
2 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。
【解説】
本件は、本件各商標である「子どもとママの歯医者さん」及び「ママとこどものはいしゃさん」と、被告標章1「香椎照葉こどもとママの歯科医院」との類否が争点となった案件である。当該類否の検討中では、複数の構成部分を組み合わせた結合商標の類否が判断された。
裁判所は、結合商標の類否に関する最高裁判例(最判昭和38年12月5日民集17巻12号1621頁(リラタカラヅカ事件)、最判平成20年9月8日裁判集民事228号561頁(つつみのおひなっこや事件))を引用して、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合、構成部分の一部を抽出して他人の商標と比較して類否を判断することは原則として許されないが、商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じない場合などには、商標の構成部分の一部だけを取り出して、他人の商標と比較し、その類否を判断することが許される、との規範を示した。
その上で、被告標章1のうち、「こどもとママの歯科医院」の部分は、母子を歯科治療の対象としていることを伝えるにすぎないこと、歯科治療の対象となる属性を表現した商標は、多くの歯科医院で使用されていることから、同部分は自他役務の識別力が弱いため、同部分だけを抽出して本件各商標と比較して類否判断することは相当でないと判断した。
被告標章1のうち「こどもとママの歯科医院」の部分は、治療対象の属性を示すにすぎないので、自他役務の識別力が弱く、同部分だけを抽出して類否判断することはできないとの裁判所の判断は妥当である。そして、同部分だけを抽出して類否判断を行わない場合は、被告標章1を全体としてみると、「香椎照葉」が含まれているので、本件各商標と外観、観念及び称呼において相違していることは明らかである。需要者においても、地名である「香椎照葉」に出所識別力を認めていると推測される。
本件の被告標章1のような結合商標の類否判断においては、構成部分の一部だけを取り出して、他人の商標と比較することが許されるか否かが重要なポイントとなる。本件は最高裁判例の規範を適用した事例判決であるが、結合商標の類否判断の一例として紹介させていただいた。
以上
弁護士 石橋茂