【令和6年3月14日(知財高裁 平成5年(行ケ)第10112号 商標登録取消決定取消請求事件)】

 

【キーワード】

商標法4条1項7号、公序良俗違反、販売代理店契約

 

【事案の概要】

 本件の原告は、次の商標(以下「本件商標」という。)について、令和4年7月25日に商標登録出願をし、同年9月30日に設定登録を受けた。

<登録番号>
 登録第6622434号
<本件商標>
 Haqihana(標準文字)
<指定商品>
 第18類 愛玩動物用引きひも、愛玩動物用のハーネス

 そうしたところ、イタリア共和国の法人であるハキハナ・ソチエタ・ア・レスポンサビリタ・リミタータ(以下「ハキハナ社」という。)は、令和4年12月6日、本件商標について登録異議の申立てを行った。なお、ハキハナ社は、次の構成からなる商標(以下「引用商標」という。)を、その販売する商品である犬用のハーネス(以下「本件商品」という。)及び引きひもに使用してきた。

<引用商標>

 特許庁は、当該異議申し立てを受けて、本件商標について「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であるから、商標法4条1項7号に該当する」として本件商標の登録を取り消すべき旨の決定(商標登録取消決定。以下「本件決定」という。)を行った。
 これに対し、原告は、商標登録取消決定取消請求訴訟を提起した。

 

【争点】

・本件商標が商標法4条1項7号該当するか

 

【認定された事実(概要)】

① 原告は、平成30年9月、ハキハナ社との間で、原告が日本におけるハキハナ社の商品の正規販売代理店となることや、その取引条件等を定めた「海外販売契約書」(以下「本件契約」という。)を締結し、その運営するウェブサイトにおいて、引用商標が用いられた本件商品の販売を行った。ただし、本件契約には、原告がハキハナ社の商品の日本国内における独占的販売権を有するとの内容等は含まれていなかった。
② 原告の代表取締役(以下「原告代表者」という。)は、平成30年10月、原告以外の者が同年7月頃に日本国内でハキハナ社の商品を販売していたとの話を聞き、同社のマーケティングマネージャー(以下「ハキハナ社担当者」という。)に対して問い合わせたところ、ハキハナ社担当者は、同社には他に販売代理店はなく、多くの輸入業者を探すつもりもない旨を回答した。しかし、その後、ハキハナ社が日本の需要者に直接同社の商品を販売していること、及び、原告と本件契約を締結する前に「Sabine’s Dog Vacation」(以下「サビーネ」という。)との間で商品の販売に関する契約を締結していたことが判明した。
④ 令和4年初めころ、合同会社アブレイズ(以下「アブレイズ」という。)の商品販売サイトから本件商品を購入した顧客から、原告に対し、本件商品が不良品であるなどとクレームが入るという事態が生じた。
⑤ 原告代表者は、令和4年7月20日、ハキハナ社担当者に対し、「Haqihana」ブランドを使って不正販売をしている企業がある、多くの苦情が来ており原告は損害を受けている、こうした不正行為を行う企業と話し合うために一時的な独占契約を締結してほしいとメールで求めたが、ハキハナ社担当者は、原告代表者の求めを拒絶した。
⑥ 原告は、本件商標の商標登録出願を行い、同年9月30日に本件商標の設定登録を受けた後、アブレイズに対し、警告書を送付し、原告の有する本件商標権の侵害に当たるとして、商品の販売の停止及び150万円の支払を求めた。
⑦ ハキハナ社は、原告に対し、原告が本件商標の登録を受けたことは取引関係に関する重大な違反であり、取引を直ちに停止する、両者の取引関係を再生するためには、原告が本件商標権をハキハナ社に譲渡すること等が必要であると伝えた。これに対し、原告代表者は、本件商標の登録はもっぱら原告のビジネスを守ることを目的としたものであり、一般的な公正競争規約に違反しない、日本の市場で本件商品、ひいてはハキハナ社の商品が広まったのはひとえに原告の貢献によるものであり、同社の要求は前提を誤るものであって受け入れられない旨を回答した。
⑧ 原告による本件商標権の設定登録により、ハキハナ社は、日本の市場において引用商標を付した商品の販売を停止することができなくなり、別の標章を付したハーネスを販売することとなった。

 

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法4条1項7号該当性に関する判断の誤り)について
⑴ (省略)
⑵ 前記⑴の事実を前提に、商標法4条1項7号該当性について検討する。
ア 引用商標に関する原告の認識について
 原告は、ハキハナ社の販売代理店として本件商品を含む同社の商品を販売していたのであるから、同社が本件商品を含む同社の商品に引用商標を使用していることを認識しながら、引用商標と構成文字を共通にする本件商標について、引用商標が用いられている商品と同種の商品である第18類「愛玩動物用引きひも、愛玩動物用のハーネス」を指定商品として、商標登録出願を行い、登録を受けたものと認められる。
イ 原告が本件商標の登録出願を行った意図及び目的について
(ア) 前記⑴の認定事実によれば、原告がハキハナ社との間で締結した本件契約は原告に独占的販売権を与える内容ではなかったが、原告は、自らが行った本件商品の広告宣伝や、本件商品の販売促進のための方策によって、日本国内における本件商品の知名度が上がり、販売が増えたものであって、このような貢献を行った原告にはハキハナ社の商品に係る独占的販売権などの契約条件や待遇が同社から与えられるべきと考えていたが、同社はそのような意向を有さず、原告以外の者が並行輸入により入手したハキハナ社の商品を日本において販売することを問題視しない販売戦略を採っており、原告にもこれを伝えていたこと、その後、アブレイズが原告よりも安価で本件商品を販売するようになり、原告は、アブレイズの販売活動は、原告の宣伝活動や方策によって向上した知名度にただ乗りするものであって、アブレイズへの対応が必要であると考え、ハキハナ社に対し、一時的な独占的販売権を原告に与えるなどの手段によって、原告がアブレイズに対応することに協力するよう求めたが、ハキハナ社がこれを拒絶したこと、そのわずか数日後、原告は、ハキハナ社が引用商標又はこれに類似する商標につき国際商標登録出願をしていたものの、我が国においては商標登録していないことを奇貨として、同社に一切知らせることなく、秘密裏に本件商標の登録を出願したことが認められる。
 原告が本件商標の登録を得た後、ハキハナ社が原告との取引を打ち切ると伝えてきた際、原告は、本件商品が日本の市場に出なくなることは残念であるとハキハナ社に伝えている。これは、原告が、原告以外の者による日本国内における本件商品の販売を認めないこと、すなわち、このような者による本件商品の販売を妨害、阻止する意向を有していることを示したものといえる。
 以上の事情に加え、原告が、本件商標の登録を取得したのと近接した時期に、本件商標権に基づき、アブレイズに対して本件商品の販売を中止するよう実際に求めたことも考慮すれば、原告は、本件商標の登録出願の時点から、本件商標の登録を得た後、本件商標権に基づき、アブレイズによる本件商品の販売を差し止めるとともに、将来的に、並行輸入等で入手した本件商品等のハキハナ社の商品を日本国内で販売する者が現れたときに、その販売活動を差し止めるなどして、原告以外の者が日本国内においてハキハナ社の商品を販売することを妨害、阻止する意図を有していたものと認めることができる。
(イ) 原告が本件商標の登録出願をする以前に伝えられていたハキハナ社の意向の内容からすれば、原告は、ハキハナ社の意向に反して無断で本件商標の登録を得れば、ハキハナ社が原告に対する信頼関係を喪失し、原告との取引を打ち切る可能性があることを容易に認識することができたといえる。
 そして、原告は・・・ハキハナ社が原告との取引を終了すると伝えてきたことに対しても、契約や取引の継続のための交渉を行おうとしなかった。
 また、本件商標は引用商標と同一の文字で構成されているから、原告は、原告が本件商標の登録を受けた場合、本件商標権をハキハナ社に譲渡しなければ、同社が、本件商品など引用商標を用いた商品を日本国内で販売することができなくなると認識していたものと認められる。
 これらの事情を総合すれば、原告は、本件商標の登録出願を行った時点で、原告が本件商標の登録を受ければハキハナ社が引用商標を用いた本件商品等を日本国内で販売することができなくなる事態が生じ得ることを認識し、そのような事態が生じても構わないと考えていたと認められ、かつ、原告の本件商標の登録出願は、ハキハナ社との契約関係や取引における原告の利益を守ることよりも、むしろ原告以外の者による本件商品の販売を妨害、阻止することに主たる目的があったと認めることができる。
ウ ・・・このような原告の本件商標の登録出願は、商標登録出願について先願主義を採用している我が国の法制度を前提としても、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」という商標法の目的(同法1条)に反し、公正な商標秩序を乱すものというべきであり、かつ、健全な法感情に照らし条理上も許されないというべきであるから、本件商標は同法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するというべきである。
⑶ 原告の主張に対する判断
・・(省略)・・
 原告は、本件商標の商標登録出願を行ったのはアブレイズへの対応が主目的であり、ハキハナ社の事業を阻害する意図で行ったものではない旨主張する。
 しかし、そうであるなら、商標登録出願の事実をハキハナ社に隠す理由はなく、少なくとも一度は、原告による商標登録出願の許否を願い出るのが当然であるにもかかわらず、あえてハキハナ社に知らせることなく秘密裏に商標登録出願していることを考慮すれば、上記主張は信用することができない。むしろ、本件商標の出願登録は、アブレイズへの対応も目的であったが、これにとどまらず、将来、並行輸入等で入手したハキハナ社の商品を日本国内で販売しようとする者の販売活動を妨害、阻止することも目的としていたと認められる。また、アブレイズへの対応が本件商標の出願登録の目的に含まれるからといって、本件商標が商標法4条1項7号に該当しないことにはならない。
 ・・(省略)・・本件契約の締結の頃にハキハナ社担当者が原告代表者に送ったメール・・・の内容全体からすると、ハキハナ社が取引に関して原告を優遇するかのような印象を与える内容であったといえるものの、独占的販売権を原告に付与するとの誤解を与えるものとはいえず、上記メールがハキハナ社側から原告に送付されたことをもって、原告以外の者によるハキハナ社の商品の販売を妨害、阻止することを目的として本件商標の登録出願をした行為が正当化されるものではない。
 ・・(省略)・・原告が、本件商標権をハキハナ社に譲渡する意図を全く有していなかったものでないとしても、・・・原告がハキハナ社に伝えた内容は、原告のこれまでの貢献に報いる内容の契約条件ないし待遇を与えるようハキハナ社に求め、そのような契約条件ないし待遇をハキハナ社が原告に与えなければ、原告はハキハナ社に本件商標権を譲渡しないとの意向であったといえる。これは、原告が、ハキハナ社の意向に反して本件商標の登録を受け、これを基に同社に対して原告の求める契約条件ないし待遇を実現するよう請求したものということができる。また、原告の望んでいた契約条件等が法的に又は契約上保護されるべき利益であったとは認められない。そして、ハキハナ社が原告の請求を拒絶した後、原告はハキハナ社とその後の交渉をせず、本件商標権はハキハナ社に譲渡されていない。
 これらの事情を総合すれば、原告が、本件商標権をハキハナ社に譲渡する意図を全く有していなかったものでないとしても、本件商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するとの結論は左右されない。
・・(以下、省略)・・

 

【検討】

1 商標法4条1項7号
 商標法4条1項7号では、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について商標登録を受けることができない旨が定められている。
 同号に該当する例としては、「当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合」があり(特許庁審査基準4-1-7)、海外企業の販売代理店が、当該企業の商標を無断で登録した事案において、日本での当該商標の独占によって他社の輸入販売を阻止しようとする不正の目的によるもので、出願経緯は著しく社会的妥当性を欠くとして同号該当性が認められた裁判例も存在する(知財高判平成18年1月25日(平17年(行ケ)10668号))。

2 本件について
 本件は、海外企業の販売代理店が、当該企業の承諾なく、日本で商標登録出願を行ったものであり、当該事情のみからすると商標法4条1項7号に該当する典型例であるようにも思える。
 判決でも、ハキハナ社に秘密裡に本件商標の商標登録出願を行っていたこと等から、本件商標登録出願は原告以外の者による本件商品の販売を妨害、阻止することに主たる目的があるもので、本件商標は商標法4条1項7号に定める商標に該当すると判断された。
 しかし、本件においては、原告はハキハナ社担当者より他に販売代理店はないと聞いており、それを前提に広告宣伝活動をおこなっていたこと、実際には本件契約締結前にハキハナ社はサビーネと販売代理店契約を締結しており市場では原告より低価格で本件商品の販売が行われていたこと、原告にアブレイズ社が販売する本件商品に対するクレームが届くという事態が生じており、原告はハキハナ社へ対応をおこなうよう依頼していたが、同社はこれを拒否したこと、という原告へ同情的な事情も存在する。これらの事情からすると、原告としては、苦肉の策としての商標登録出願であったとも評価しうる(としても、本件商標の商標登録を行えばハキハナ社による本件商品の販売が阻害されることを原告は容易に想像でき、実際、本件商標を糧としてハキハナ社との取引条件を自己に有利となるよう交渉してるのであるから、商標法4条1項7号に該当するとした本件判示は妥当であろう。)。
 販売代理店契約を締結する際、本件のような事態が生じることも想定したうえで、事前に独占販売に関する交渉や、販売戦略についてのすり合わせを行い、契約内容に反映させることが重要である。また、独占販売権がなかったとしても、代理店から不良品販売に関する問い合わせがあったときに、販売元が対応を行うよう定める内容とすることも有用だろう。

以上
弁護士 市橋景子