【令和6年6月27日判決(大阪地裁令和5年(ワ)第3064号)】
【事案の概要】
本件は、原告が、被告が作成等した書籍(以下「被告書籍」という。)に原告が第三者と共同して作成した論文案(以下「本件論文案」という。)中の表(以下「本件表」という。)が掲載されていると主張して、被告に対し、共有著作権(複製権または翻案権)侵害を理由として、本件表を削除しない限り被告書籍を発行等してはならないとの差し止め請求をした事案である。
原告は、令和元年9月8日開催の学会(日本教育工学会2019年秋季全国大会)の学会抄録として、P3、P4、P5、P6と共に、「臨床看護師の実地指導者に関するコンピテンシーの開発」と題する甲1学会抄録を作成し、同抄録に甲1表(「実地指導者に対するアンケート調査」を掲載した。その後、原告は、P3、P4、P5、P6と共に、甲1学会抄録を修正して甲2論文案を作成し、これを修正して甲3論文案を作成し、甲3論文案に原告表を掲載した。さらに、原告らは、甲4論文案の作成を経て甲5論文を完成させ、甲5論文に甲5表を掲載した。甲5論文は、令和2年11月24日付け日本教育工学会論文誌として公表されたが、甲2論文案、甲3論文案及び甲4論文案は、いずれも公表されなかった。原告は、P6と共に、編著者として「OJTで使える! 臨床での指導に必要な「教え方」のスキル13」と題する書籍(甲7書籍)を作成し、同書籍に甲7表を掲載した。甲7書籍は、令和2年6月15日、日総研出版から発行された。
被告は、編著者として被告書籍を作成し、同書籍は、令和2年11月10日、株式会社メディカ出版から発行された。同書籍に掲載された被告表の下部には「(文献17より引用)」との記載があり、「引用参考文献 17」が「P6ほか編著.OJTで使える!臨床での指導に必要な「教え方」のスキル13.愛知、日総研出版、2020、16」であるとの記載があった。原告は、令和5年1月11日付け文書により、被告に対し、被告による被告表の作成等が原告の共有著作権の侵害である旨を通知したが、被告はこれを争った。その後、原告は、被告に対し、共有著作権(複製権または翻案権)侵害を理由として、被告表を削除しない限り被告書籍を発行等してはならないとの差止請求をした。
【判決文抜粋】(下線は筆者)
主文
1 被告は、別紙侵害部分目録記載の表を全て削除しない限り、別紙書籍目録記載の書籍を発行し、販売し、又は頒布してはならない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本判決における略称
(中略)
4 争点
(1) 被告は、原告表に依拠して被告表を作成したか(争点1・請求原因)
(2) 原告は、原告表の共有著作権を喪失したか(争点2・抗弁)
(3) 被告表の掲載は、法32条1項の引用として適法か(争点3・抗弁)
第3 争点に関する当事者の主張
(中略)
第4 判断
1 争点1(被告は、原告表に依拠して被告表を作成したか)について
(1) 被告による原告表の了知等について
証拠(甲11の1ないし3、甲12)及び弁論の全趣旨によれば、令和元年11月21日、P6が被告に対し、メールにより、教育工学研究(看護領域の実地指導コンピテンシー開発)に関する専門家評価を求め、原告表を含む内容の調査票のデータを送信したこと、同月28日、被告がP6に対し、上記調査票に自己の評価コメントを記載したデータを添付したメールを返信したことが認められ、これによると、被告は、被告書籍の作成前に、原告表の内容を把握していたといえる。
そして、原告表と被告表との内容を比較すると、いずれも「領域」、「コンピテンシー」、「行動」又は「行動記述」の3項目から成り、「領域」及び「コンピテンシー」の各項目の内容は、表記が漢字(「関わる」)であるかひらがな(「かかわる」など)であるかという相違点があるほかはすべて同一である。また、「行動」又は「行動記述」の項目の内容も、表記が漢字であるかひらがなであるかという点、表記が「相手」であるか「学習者」であるかという点、「学習者の学習方法の好みや意欲を把握する」及び「指導するにあたって、対象患者、看護師配置、時間、場所、物品等の条件を確認する」との点に取消線があるか否かという点において相違するが、その余は「コンピテンシー」の項目との対応関係も含めてすべて同一である。
これらの事情に照らせば、被告は、原告表に依拠して被告表を作成したものというべきである。
(2) 被告の主張について
被告は、原告表ではなく甲7表に依拠して被告表を作成したと主張し、これに沿う供述をする。しかし、上記(1)のとおり、被告は、令和元年11月時点で、被告表とほぼ同一の内容である原告表を含む調査票のデータを受領し、これに初めて接しているのであるから、その後甲7書籍に接することがあったとしても、当初に接した原告表に依拠していないことにはならない(被告自身が原告表について自身が被験者になった過程があり思い入れがあると陳述することとも整合的である。)。被告の主張は採用できない。
2 争点2(原告は、原告表の共有著作権を喪失したか)について
被告は、甲3論文案と甲5論文の各著作権が一体であることを前提に、甲5論文の著作権が日本教育工学会に移転したことをもって、原告が甲3論文案の共有著作権を喪失したと主張する。しかしながら、甲3論文案と甲5論文は、論文の草稿と完成した論文との関係にあるが別個の著作物と解すべきであるから、被告の上記主張は前提を欠く。
したがって、原告が、原告表の共有著作権を喪失したとは認められない。
3 争点3(被告表の掲載は、法32条1項の引用として適法か)について
(1) 上記1によれば、被告は、原告表に依拠してこれを引用して被告表を作成したと認められるところ、前記前提事実のとおり、甲3論文案は公表されていないから、原告表は、法32条1項にいう「公表された著作物」ではない。
したがって、そもそも、被告による原告表の掲載は、同条の要件を欠くものであって、被告の主張は失当である。
(2) この点を措いても、被告は、被告表の引用元として、被告書籍中に「(文献17より引用)」と記載し、「引用参考文献 17」が「P6ほか編著.OJTで使える!臨床での指導に必要な「教え方」のスキル13.愛知、日総研出版、2020、16」(甲7書籍)であると記載しているが、被告表に対応する甲7表の「引用、一部改変」元として甲7書籍に記載のある甲1学会抄録を被告表の引用元には挙げていない。このような引用元の表示は、著作物の出所を的確に表示するものとはいえず、公正な慣行に合致するものとはいえないから、法32条1項の「引用」として適法とはいえない。
この点、被告は、甲1表と甲7表の内容が相違することや、甲1学会抄録の入手が困難であることなどから、甲1学会抄録を被告表の引用元として記載しないことが正当である旨主張し、これに沿う供述をするが、独自の見解であり、採用できない。
4 まとめ
以上によれば、被告による被告表の作成等は、原告の原告表に係る共有著作権を侵害するものと認められ、本件提訴前の事情や本件訴訟経過における被告の応訴態度等に照らせば、被告表を掲載した被告書籍の作成等の差止めの必要性がある。
第5 結論
以上の次第で、原告の請求には理由がある。
【解説】
本件は、共有著作権(複製権または翻案権)侵害を理由として、被告書籍の差し止めが請求された事案である。
著作権侵害が成立するためには、類似性と依拠性が要件とされる。特許庁による審査の後に登録され、権利範囲が特許公報により公示される特許権とは異なり、創作と同時に権利が発生する著作権の場合、偶然の類似が見られたとしてもそれだけでは侵害は成立せず、他の著作物に依拠することが必要となる。
事案によっては依拠性の立証が困難となることがあるが、本件では、被告とP6との間のメールのやり取りにより、被告表の依拠性が立証された。原告表と被告表について認定された内容から、二つの表の同一性については明らかと考えられる。これらを踏まえると、著作権侵害を認めた裁判所の判断は妥当である。
また、被告は、著作権法32条1項の引用の抗弁を主張している。しかし、原告表が掲載された甲3論文案は公表されていなかったので、著作権法32条1項にいう「公表された著作物」の要件を欠いている。それ以外でも、被告表における引用元の表示が、著作物の出所を的確に表示していなかったことから、公正な慣行に合致しないと判断された。著作物を作成する際に引用を行うことは珍しいことではないが、本件のように公正な慣行に合致しないと判断されないよう、引用元を的確に表示することも留意すべきである。
本件は、事例判決であるが、著作権侵害の依拠性について判断されていること、及び、公正な慣行に合致する引用について言及があることから、参考になると考え取り上げさせていただいた。
以上
弁護士 石橋茂