【令和6年5月15日(知財高裁 令5(ネ)10063号)】
【事案】
発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、被告による被告製品の輸入・販売等は本件特許権を侵害すると主張し、被告に対して、被告製品の輸入・販売等の差止め等を求めた事案である。
【キーワード】
特許法第29条2項、進歩性、容易の容易
【事案の概要】
本件は、発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、被告が輸入・販売等をする原判決別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。)は本件特許に係る特許発明(本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1記載の発明。以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し、被告による被告製品の輸入・販売等は本件特許権を侵害すると主張し、被告に対して、①特許法100条1項に基づき、被告製品の輸入・販売等の差止めを求め、②同条2項に基づき、被告製品の廃棄及び被告製品の製造に必要な金型の除却を求め、③被告及び被告製品の製造者等による共同不法行為又は被告による単独の不法行為に基づく損害賠償として、11億円及びこれに対する不法行為の日(被告製品の販売がされた期間内の日)である令和2年6月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号附則17条3項の規定によりなお従前の例によることとされる場合における同法による改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、前記①の請求を認容し、前記②のうち廃棄請求を認容し、除却請求を棄却し、前記③の請求を元本4486万7903円及び前記改正前の民法所定(年5%の割合)又は民法所定(年3%の割合)の遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。
原告は、原判決のうち損害賠償請求の一部を棄却した部分を不服として控訴を提起し、被告は、原判決のうち自己の敗訴部分を不服として控訴を提起した。原告は、当審において、前記②の請求に係る訴えをいずれも取り下げ、前記③の請求を減縮した。
【争点】
本件の争点の概要は、以下のとおりである。
(1)本件発明に関する被告製品の構成要件の充足性(争点1)
(2)本件発明に関する無効の抗弁の成否(争点2)
ア 明確性要件違反の有無(争点2-1)
イ 乙7発明に基づく進歩性欠如の有無(争点2-2)
ウ 乙6発明(電動手工具)又は乙6-2発明(電動モータ)に基づく進歩性欠如の有無(争点2-3)
エ 公開特許公報(特開平8-267368号公報。平成8年10月15日公開。乙15。以下「乙15公報」という。)記載の発明(以下「乙15発明」という。)に基づく進歩性欠如の有無(争点2-4)
オ 乙16発明に基づく進歩性欠如の有無(争点2-5)
カ 乙8発明に基づく進歩性欠如の有無(争点2-6)
(3)訂正の再抗弁の成否(争点3)
(4)原告の損害及びその額(争点4)
(5)差止め及び廃棄等の必要性(争点5)
本稿では、争点2-4について、「容易の容易」の主張に関係する部分について取り上げる。
【訂正後の発明(請求項1)】
A2 電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具において、
B 電動モータは、
B1 磁極部を持つステータと、
B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、
B3 前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える
B4 アウタロータ型電動モータであることを特徴とする
C 電動式衝撃締め付け工具。
【本判決の一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1~第2 ・・(省略)・・
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本件発明又は本件訂正発明(以下「本件発明等」と総称する。)はいずれも本件優先日当時の当業者が乙15発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、したがって、本件特許に無効理由(乙15発明を主引用発明とする本件発明の進歩性欠如)がある旨をいう被告の抗弁は理由があり、他方、本件訂正によっても当該無効理由は解消されないから、結局、原告の請求は全部理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 本件各発明に関する認定
・・(省略)・・
(3) 本件発明等と乙15発明との相違点の認定
ア 本件発明の構成(補正して引用した原判決第2の1(2)ア及びイ)又は本件訂正発明の構成(補正して引用した原判決第2の1(3)ア及びイ)と乙15発明の構成(前記(2))とを対比し、弁論の全趣旨も考慮すると、本件発明等と乙15発明との間には、次の相違点A及び相違点Bが存在するものと認めるのが相当である。
(相違点A)
電動モータに関し、本件発明等は、磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型であるのに対し、乙15発明は、インナロータ型であってアウタロータ型でない点
(相違点B)
磁石の保持の態様に関し、本件発明等は、磁石が「前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設され」ているのに対し、乙15発明は、磁石を保持する態様が明示されていない点
イ 前記アの認定に関し、原告は、「本件発明等と乙15発明との相違点に係る本件発明等の構成は、構成要件B1からB4までに係るものであり、これらは、技術的思想としてひとまとまりのものであるから、当該相違点の認定に当たり、相違点A(構成要件B1、B3及びB4)と相違点B(構成要件B2)とに分けて認定するのは相当でない」と主張する。
しかしながら、本件発明等や乙15発明のように電動式衝撃締め付け工具を構成する部材や機械を発明特定事項(本件発明等については構成要件B1からB4まで)とする特許発明が備える各部材や機械それ自体は個別に分析することが可能なものであって、各部材や機械ごとに本件発明等と乙15発明との相違点を分析的に認定し、当該各相違点に係る本件発明等の構成の容易想到性について個別の検討をしたからといって、本件発明等がひとまとまりの技術的思想として構成要件B1からB4までを備えたものであることを否定するものではない。
したがって、原告の主張を採用することはできない。
(4) 相違点Aに係る本件発明等の構成の容易想到性
ア 公知発明の認定
・・(省略)・・
(乙6発明A)
それぞれの歯にコイルを配置するステータと、前記ステータの外周側に隙間を設けて配置された焼結希土類磁石と、前記焼結希土類磁石を内周面に保持する筒状のロータとを備え、パワーハンドツールに応用されるアウタロータ型電動モータ
・・(省略)・・
エ 相違点Aに係る本件発明等の構成の容易想到性についての小括
以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、乙15発明に乙6発明Aを適用することにより、相違点Aに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(5) 相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性
ア 周知技術の認定
(イ) 乙27から29までに記載の技術の認定
前記(ア)の乙27から29までの各記載及び弁論の全趣旨によると、電動モータにおいて、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設するとの技術は、本件優先日当時の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認めるのが相当である。
そして、本件発明等と本件周知技術とを比較すると、本件周知技術は、相違点Bに係る本件発明等の構成(磁石の保持の態様に関し、磁石が前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設されているとする構成。ただし、このうち磁石を「ステータの外周側」に保持するとの構成部分を除く。以下、この(イ)及び後記イにおいて同じ。当該構成部分は、乙6発明Aが備える構成であり、乙15発明に乙6発明Aを適用することにより、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。)を備えるものと認められるから、以下、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に本件周知技術を適用し(以下、この適用を「本件適用2」ということがある。)、相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
イ 本件適用2に係る動機付けと阻害要因の有無
前記(4)イ(ア)のとおり、乙15発明は、回転駆動源に電動モータを使用したトルク制御式パルスツール(ねじ締めツール等)の技術分野に属するものである。また、前記アによると、本件周知技術は、電動モータに使用される磁石の固定方法に関するものであるから、電動モータの技術分野に属するものである。そして、相違点Bに係る本件発明等の構成の内容は、磁石がステータに隙間を設けて貼設されていることであるから、本件適用2との関係では、乙15発明(電動モータに係る部分)と本件周知技術は、その属する技術分野を共通にするものである。さらに、乙15発明(乙6発明Aを適用したもの)に接した本件優先日当時の当業者は、磁石をどのようにして筒状のロータの内周面に保持するかという課題に直面することになるところ、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設する技術である本件周知技術は、当該課題を解決することのできる手段(技術)となる。したがって、本件優先日当時の当業者において、乙15発明(乙6発明Aを適用したもの)に本件周知技術を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
本件適用2をするに当たり、阻害要因があることを認めるに足りる証拠はない。
ウ 相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性についての小括
(ア) 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、乙15発明に乙6発明A及び本件周知技術を適用することにより、相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(イ) この点、原告は、乙15発明に乙6文献記載の発明を適用し、その後に周知技術を適用して相違点Bに係る本件発明等の構成を導出することは「容易の容易」に当たるから、本件優先日当時の当業者において、相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たとはいえないと主張する。
確かに、前記イのとおり、本件適用2は、乙6発明Aを適用した乙15発明を前提とするものである。しかしながら、電動式衝撃締め付け工具において、電動モータをアウタロータ型のものとすること(相違点A関係)と当該電動モータにおいて磁石を筒状のロータの内周面に隙間を設けて貼設すること(相違点B関係)は、それらの内容に照らし、相互に関連する技術ではなく、互いに独立した別個の技術であるといえるから、原告の主張は、相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性を左右するものではない。
(6) 本件発明等の進歩性についての結論
以上のとおりであるから、本件発明等は、乙15発明、乙6発明A及び本件周知技術に基づいて、本件優先日当時の当業者が容易に発明をすることができたものであり、進歩性を欠くものである。
【検討】
原告(権利者側)は、相違点に関し、「本件発明等と乙15発明との相違点に係る本件発明等の構成は、構成要件B1からB4までに係るものであり、これらは、技術的思想としてひとまとまりのものであるから、当該相違点の認定に当たり、相違点A(構成要件B1、B3及びB4)と相違点B(構成要件B2)とに分けて認定するのは相当でない」と主張した。これは、相違点A及び相違点Bをまとめて1つの相違点として捉えることにより、「容易想到」の段階を増やして、相違点に係る特許発明の容易想到性を否定しようとしたものと考えられる(「容易想到」の段階を増やすことにより、「容易の容易」を主張し易くなるため、特許発明の容易想到性を否定し易くなる)。
これに対し、裁判所は、「本件発明等や乙15発明のように電動式衝撃締め付け工具を構成する部材や機械を発明特定事項(本件発明等については構成要件B1からB4まで)とする特許発明が備える各部材や機械それ自体は個別に分析することが可能なものであって、各部材や機械ごとに本件発明等と乙15発明との相違点を分析的に認定し、当該各相違点に係る本件発明等の構成の容易想到性について個別の検討をしたからといって、本件発明等がひとまとまりの技術的思想として構成要件B1からB4までを備えたものであることを否定するものではない。」と判断した。この裁判所の判断は、特許発明が備える各部材や機械ごとに相違点を分析的に認定し、各相違点のそれぞれについて容易想到性の判断をしたとしても、本件発明等がひとまとまりの技術的思想であることを否定するものではない、とするものであり、この判断により、相違点A及び相違点Bのそれぞれに対して、容易想到性が検討されることになった。
また、原告(権利者側)は、相違点Bに関し、乙15発明に乙6文献記載の発明を適用し、その後に周知技術を適用して相違点Bに係る本件発明等の構成を導出することは、「容易の容易」に当たるから、本件優先日当時の当業者において、相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たとはいえない、との主張を行った。
これに対し、裁判所は、「確かに、前記イのとおり、本件適用2は、乙6発明Aを適用した乙15発明を前提とするものである。」として、本件適用2(乙15発明に本件周知技術を適用すること)の前提として、乙15発明に乙6発明Aを適用することになる、との判断をした上で、「しかしながら、電動式衝撃締め付け工具において、電動モータをアウタロータ型のものとすること(相違点A関係)と当該電動モータにおいて磁石を筒状のロータの内周面に隙間を設けて貼設すること(相違点B関係)は、それらの内容に照らし、相互に関連する技術ではなく、互いに独立した別個の技術であるといえるから、原告の主張は、相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性を左右するものではない。」として、本件発明等の容易想到性を肯定した。このような裁判所の判断は、「容易想到」の段階が複数あり、一見すると「容易の容易」に該当するように見えるものであっても、各段階の技術が互いに独立した別個の技術であることを理由に、「容易の容易」には該当しないと判断したものであるとも考えられる。
本事案は、特許の無効を主張する立場から参考になる判決であり、また、「容易の容易」の考え方を理解する上でも参考になる判決である。
以上
弁護士・弁理士 溝田尚