【令和6年4月26日(知財高裁 令和5年(ワ)70142号)】
【キーワード】
商標法38条2項、商標権侵害、損害額、限界利益
【事案の概要】
原告は、エステティックサロンの経営、コンサルタント業務等を業とする株式会社であり、次の登録商標にかかる商標権(以下「原告商標権」という。)を有している。
<登録番号>
登録第5532807号
<登録商標>
トリニティ(標準文字)
<指定商品・役務>
第44類 美容、理容、エステティック美容、美容痩身、美容・痩身・健康増進に関する情報の提供、美容・痩身・健康増進に関する相談・助言又は指導
被告会社は、ハワイアンリラクゼーションサロンの運営等を業とする株式会社であり、被告Aiは、被告会社の代表取締役である。被告会社は、平成30年3月19日まで、「ハワイアン ヒーリングサロンAulii Spa」との名称のリラクゼーションサロン(以下「Aulii Spa」という。)を営んでいた。なお、被告会社及び被告Aiをあわせて「被告ら」という。
被告Aiは、株式会社トリニティから、「トリニティ」又は「TRINITY」の名称のハワイアンエステサロン(以下「本件エステサロン」という。)の運営の委託を受けていたところ、同社の代表取締役Biの指示を受けて、Aulii Spaが使用していたウェブサイト(以下、「被告ウェブサイト1」、「被告ウェブサイト2」、「被告ウェブサイト3」という。)上に、本件エステサロンの役務に関する広告を掲載し、同広告に次の標章(以下、「被告標章1」、「被告標章2」などという。)を付した。
なお、本件において原告商標権の商標と被告各標章が同一又は類似であること、本件商標の指定商品・役務と被告各標章が付されている広告に係る被告らの役務が同一又は類似していることに争いはなく、それゆえに、被告らの行為が原告商標権を侵害していることに争いはない。
また、被告Aiが、自己の判断で、被告ウェブサイト1上の本件エステサロンの役務に関する広告に被告標章1等を付した行為を「本件行為1」、被告Aiが、株式会社トリニティの代表取締役Biの指示により、被告ウェブサイト2上の本件エステサロンの役務に関する広告に被告標章1等を付した行為を「本件行為2」、被告Aiが、株式会社トリニティの代表取締役Biの指示により、被告ウェブサイト2上の本件エステサロンの役務に関する広告に被告標章3を付した行為を「本件行為3」といい、本稿では「本件行為2」及び「本件行為3」に関する判断のみを取り扱う。
【争点】
・被告らが株式会社トリニティとの共同不法行為責任を負うか
・原告の損害発生の有無及び損害額
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告らが株式会社トリニティとの共同不法行為責任・・・を負うか)について
⑴ (省略)
⑵ 本件行為2及び3について
前提事実⑶ウのとおり、株式会社トリニティの代表取締役であるBiが、被告Aiに対し、被告ウェブサイト2及び3に本件エステサロンの広告を掲載するよう指示し、同指示に基づいて、被告Aiは、本件行為2及び3を行ったことが認められる。
上記の経緯等に照らせば、被告Aiは、本件エステサロンの経営者である株式会社トリニティと共謀して原告商標権の侵害を行ったか又は株式会社トリニティによる原告商標権の侵害を幇助したものと評価することができるから、本件行為2及び3による原告商標権の侵害につき共同不法行為責任(民法719条)を負うものと認められる。
2 争点2(原告の損害発生の有無及び損害額)について
⑴ 商標法38条2項による損害額の推定
ア 商標法38条2項所定の「利益」の額
(ア)商標法38条2項所定の「利益」の意義
商標法38条2項所定の「利益」の額は、商標権を侵害した者の当該侵害に係る役務の提供等による売上高から、その役務の提供等に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その額の主張立証責任は商標権者側にあるものと解される。
(イ)売上高
前提事実⑸のとおり、令和4年2月22日から令和5年3月27日までの間の株式会社トリニティの本件エステサロンに係る売上高は、合計183万6520円である。
(ウ)控除すべき経費
a 被告らは、①保証金、②礼金、③保険料、④家賃、⑤ホットペッパービューティー掲載料、⑥電気代金、⑦水道料金、⑧スタンドミラー、⑨カーテン等、⑩テーブル等の費用を経費として売上高から差し引くべきと主張する。
しかし、仮に、株式会社トリニティが上記各支出をしていたとしても、その費目内容に照らし、いずれも、株式会社トリニティにおいてその役務を提供することにより、その役務の提供に直接関連して追加的に必要となった経費であるとはいえない。
したがって、被告らの上記主張は採用できない。
b また、被告らは、⑪マッサージオイル等の化粧品の費用15万8730円を経費として差し引くべきである旨主張し、株式会社ビューティーガレージが発行した領収書(乙8)を提出する
しかし、上記領収書には、「お品代として」との記載があるのみで、どのような商品に対する支払であるかをうかがわせる記載はない。そうすると、上記領収書に基づいて、株式会社トリニティがマッサージオイル等の化粧品の費用として合計15万8730円を支出したことを認めるには足りないというべきである。
したがって、株式会社トリニティにおいてその役務を提供することによりその役務の提供に直接関連して追加的に必要となった経費であるとはいえず、被告らの上記主張は採用できない。
(エ)まとめ
以上によれば、商標法38条2項所定の「利益」の額は、売上高と同額の183万6520円であると認められる。
イ 覆滅事由の有無について
商標法38条2項における推定の覆滅については、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と商標権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たるものと解される。
被告らは、本件エステサロンの顧客は被告会社又は被告Ai個人が営んでいたAulii Spaに通っていた顧客ばかりであり、被告ウェブサイト2及び3に掲載された被告標章1ないし3は何ら売上げに寄与していない旨主張し、その裏付けとして、被告Aiが管理していたカレンダーアプリケーション(乙4)及び被告Aiが本件エステサロンの顧客であると主張する複数の者の署名及び押印のある陳述書(乙6、9)を提出する。
しかし、そもそも、上記のカレンダーアプリケーションには、各日付欄に氏、名又はニックネームが記載されているのみであり、真実これらの者が本件エステサロンでサービスを受けた者であると認めるに足りないし、これらの者と上記の各陳述書に署名押印した者が同一であると認めることも困難である。
また、上記のカレンダーアプリケーションに氏、名又はニックネームが記載された顧客が被告ウェブサイト2及び3を通じて予約をした者ではないことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、被告らの主張に係る事情を覆滅事由として考慮することはできないから、被告らの上記主張は採用できない。
ウ 商標法38条2項により推定される損害額
以上によれば、商標法38条2項により、原告の損害の額は183万6520円と推定されるが、原告は同項に係る損害額を167万7790円と主張しているから、同額の限度で損害を認める。
⑵・⑶(省略)
⑷ 小括
以上によれば、原告の損害額は合計183万7790円と認められるところ、そのうち原告の請求額である140万8000円及びこれに対する令和5年3月27日から年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で原告の請求が認容されるというべきである。
・・(以下、省略)・・
【検討】
1 商標法38条2項
商標権者は、商標権を侵害する者に対して、民法709条に基づき損害賠償請求を行うことができる。しかし、商標権などの知的財産権の侵害により被った損害は、その立証や算定が困難であることが多い。
そこで、商標法では、民法709条の特則として、損害額の推定規定を定めている。それが、商標法38条の規定である。商標法38条は各項で内容が異なるが、2項は、侵害者が侵害行為により受けた「利益」を損害と推定する規定である。
ここでの「利益」とは、文言上明らかでないが、侵害者の売上金額から侵害品の製造販売や役務の提供に「直接関連して追加的に必要となった経費」を控除した限界利益の額を意味するものと解されている(知財高判令和元年6月7日判時2430号34頁等)。しかし、「直接関連して追加的に必要となった経費」の費目については画一的な基準はなく、個別の事案で判断されている。
また、侵害者の利益は、侵害された登録商標による顧客吸引力以外の事情(侵害者の営業努力や価格等)により生じた場合もある。そのため、侵害者は、限界利益が損害であるとする推定を覆滅する事情(推定覆滅事由)を、抗弁として主張することができる。
すなわち、商標権侵害訴訟において、原告が商標法38条2項に基づく損害を主張した場合、被告としては、(ⅰ)限界利益の算定に関する主張(「直接関連して追加的に必要となった経費」の主張)と、(ⅱ)推定覆滅事由の主張を行うことが考えられる。
2 本件について
本件において、原告は、商標法38条2項に基づく損害を主張しており、これ対して、被告は、(ⅰ)限界利益の算定に関する主張として、①保証金、②礼金、③保険料、④家賃、⑤ホットペッパービューティー掲載料、⑥電気代金、⑦水道料金、⑧スタンドミラー、⑨カーテン等、⑩テーブル等、⑪マッサージオイル等の費用は、役務の提供に「直接関連して追加的に必要となった経費」であり、売上高から差し引くべきであることを主張し、(ⅱ)推定覆滅事由の主張として、本件エステサロンの顧客は、既存顧客であり、本件行為2及び本件行為3のウェブサイトに掲載された被告標章は、売り上げに寄与していないことを主張した。
しかし、裁判所は、(ⅰ)の主張については、①~⑩の費目は、「費目内容に照らし」「直接関連して追加的に必要となった経費」ではなく、⑪の費目は支出した証拠がないとして採用せず、また、(ⅱ)の主張についても、証拠がないとして採用しなかった。
①~⑩の具体的な費目について、個別の検討なく、「直接関連して追加的に必要となった経費」ではないと判断していることから、今後、限界利益の算定にあたって参考となる裁判例といえる。
以上
弁護士 市橋景子