【令和6年7月8日(東京地裁 令和5年(ワ)第70654号)】
◆不正競争防止法の商品等表示に関する裁判例
【キーワード】
不競法第2条第1項第1号、不競法第2条第1項第2号、商品等表示
1 事案の概要
本件は、牧野富太郎の著作である「牧野日本植物圖鑑」という図鑑を出版する原告が、原告の元従業員であり、別紙書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)を出版する被告に対し、被告書籍に使用された「牧野日本植物圖鑑」という表示(以下「本件題号」という。)は不競法第2条第1項第1号又は第2号所定の「商品等表示」に該当し、本件題号を付した被告書籍の出版又は販売は、不正競争行為に当たると主張して、本件題号の使用の差止(不競法第3条第1項)などを請求した事案である。
本件では、本件題号が「商品等表示」に該当するか、周知性・著名性の有無、混同の有無が争点になった。
2 裁判所の判断
第3 当裁判所の判断
1 争点に対する判断
⑴ 不競法2条1項1号及び2号は、「商品等表示」につき、人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものと定義している。そうすると、同各号にいう「商品等表示」とは、商品又は営業を表示するものであるから、出所表示機能を有するものに限られるというべきである。そして、書籍には発行者等の表示が付されるのが通例であり、書籍の出所は、一般に上記発行者等の表示が示すものであるから、書籍の題号は、その書籍の内容を示すものにすぎず、出所表示機能を有するものとはいえない。
そうすると、書籍の題号は、特段の事情がない限り、同各号にいう「商品等表示」に該当しないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、証拠(甲2ないし10、19)及び弁論の全趣旨によれば、「牧野日本植物圖鑑」という本件題号は、牧野執筆に係る日本の植物図鑑という書籍の内容を端的に示すものにすぎず、牧野という執筆者に特徴があるのは格別、書籍の題号としてはありふれたものであるから、本件題号には出所を示すような顕著な特徴はない。
そして、証拠(乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、一般に題号を同じくする書籍であっても、別々の発行者等により発行されているものも少なからず存在することが認められる。当該認定に係る取引の実情に鑑みると、本件題号に接した需要者又は取引者が、これを書籍の出所を示すものとして直ちに理解するものとはいえない。
これらの事情を踏まえると、本件題号は、出所表示機能を有するものとはいえず、上記特段の事情があるものと認めることはできない。
したがって、本件題号は、不競法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」に該当するものと認めることはできない。
のみならず、被告書籍についてみると、仮に「牧野日本植物圖鑑」という牧野執筆に係る植物図鑑が全国的に知られていたという立場を採用したとしても、本件全証拠によっても、原告が本件図鑑を出版していた事実までも全国的に知られているものとして著名であると認めるに足りない。
他方、仮に、原告が本件図鑑を出版していた事実が、一部の専門家や研究者の間で周知であるという立場を採用したとしても、前記前提事実及び証拠(甲19)によれば、被告書籍の表紙には、本件題号の左下欄に「三四郎書館」という発行所を示す表示が付されていることからすると、被告書籍に接した需要者又は取引者は、被告書籍の発行所が、原告ではなく「三四郎書館」であると理解するのは明らかである。
そうすると、被告書籍の出版は、本件図鑑との混同を生じさせる行為とはいえないことは、明らかである。
したがって、被告書籍の出版は、不競法2条1項1号又は2号に定める不正競争に該当するものとはいえない。
以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がない。
⑵ これに対し、原告は、昭和15年の図鑑の刊行以来、現在に至るまで「牧野日本植物圖鑑」の出版を継続していたから、本件題号は単に書籍の内容を示すにとどまらず、原告の出版物であるという出所表示機能を有するに至っている旨主張する。しかしながら、本件題号には出所を示すような顕著な特徴がなく、上記認定に係る取引の実情に鑑みても、本件題号自体に出所表示機能を認めることはできず、原告の主張は、前記判断を左右するものとはいえない。
3 コメント
本件では、書籍の題号は、特段の事情がない限り、同各号にいう「商品等表示」に該当しないと解するのが相当としたうえで、本件題号に特段の事情はないものとして「商品等表示」該当性を否定した。
ところで、書籍等の題号は、単にその内容を表示するものだったり、極めて短くありふれたものだったりすることが多く、通常は著作物性が認められない。本件題号はその典型ともいえそうで、本件題号に著作性が認められる余地はないものと解される。
また、原告の主張によれば、原告は、本件題号について過去に商標登録もしていたようである。このような商標登録が本件の際も有効であれば別の主張の仕方もあったかもしれない。もっとも、この場合も、「牧野執筆に係る日本の植物図鑑という書籍の内容を端的に示す」本件題号については、書籍の品質を表示するものとして商標法第26条第1項第2号に基づき商標権の効力が及ばないものと判断されたか、商標的使用ではないと判断された可能性も小さくないと考える。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介