【令和6年3月18日(大阪地裁 令和5年(ワ)第893号)】
【事案の概要】
本件は、アマゾンにおいて原告各商品を販売していた原告が、被告P1のアマゾン運営者に対する本件各申告が不競法2条1項21号の不正競争に該当すると主張して、被告らに対し、次の各請求をする事案である。
(1) 被告P1に対し、不競法3条1項に基づく、別紙ECサイト目録記載の各ECサイト運営者に対して原告各商品が被告商標権を侵害する旨の告知等の差止請求
(2) 被告らに対し、不競法4条(被告P1に対し)及び会社法350条(被告会社に対し)に基づく、損害賠償金2309万0459円(一部請求)及び不法行為後の日から支払済みまでの民法所定の割合による遅延損害金の連帯支払請求
【判決文抜粋】
主文
1 被告P1は、別紙ECサイト目録記載のECサイトの運営者に対し、文書、口頭若しくはインターネットを通じて、別紙原告商品目録記載の各商品について別紙商標権(原告)目録記載1の商標及び別紙原告標章目録記載の各標章を使用することが別紙商標権(被告)目録記載の商標権を侵害する旨を告知し、又は流布してはならない。
2 被告らは、原告に対し、連帯して713万7335円及びこれに対する令和4年11月10日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、原告と被告P1との間で生じた分は、これを2分し、その1を同被告の負担とし、原告と被告会社との間で生じた分は、これを3分し、その1を同被告の負担とし、その余をすべて原告の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項同旨
2 被告らは、原告に対し、連帯して2309万0459円及びこれに対する令和4年11月10日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本判決における略称
・ 原告商品1ないし同6 :別紙原告商品目録記載1ないし同6の各商品
・ 原告各商品 :原告商品1ないし同6の総称
・ 原告商標1、同2 :別紙商標権(原告)目録記載1、同2の各商標権に係る各登録商標
・ 原告標章1ないし同15:別紙原告標章目録記載1ないし同15の各標章
・ 原告各標章 :原告標章1ないし同15の総称
・ 被告商標権 :別紙商標権(被告)目録記載の商標権
・ 被告商標 :被告商標権に係る登録商標
・ 本件申告1ないし同3 :別紙「申告一覧表」の番号1ないし同3の各申告
・ 本件各申告 :本件申告1ないし同3の総称
・ アマゾン :別紙ECサイト目録記載1のECサイト(その運営主体をいう場合を含む。)
・ 不競法 :不正競争防止法
2 訴訟物
(中略:「事案の概要」に記載)
3 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、日用雑貨及び服飾雑貨の販売等を目的とする株式会社である。(甲1)
イ 被告会社は、竹活性炭を使用した製品の開発、研究、製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社である。(甲3の2)
ウ 被告P1は、被告会社の代表取締役である。(甲3の2)
(2) 原告及び被告P1の商標権
ア 原告は、原告商標1、同2に係る商標権を有している。(甲12、乙3、4)
イ 被告P1は、被告商標権を有している。(甲2、乙1、2)
(3) 商品の販売及び競争関係
ア 原告は、令和4年10月31日当時、別紙ECサイト目録記載の各ECサイトにおいて、原告各標章を付した原告各商品を販売していた(甲15。なお、商品と付された標章との対応関係は商品ごとに異なるが、この点は本件の結論に影響しない。)。アマゾンで販売されていた原告各商品の一部の商品識別番号(同サイト上の商品識別番号ASIN(Amazon Standard Item Number)及び商品名は、別紙「出品停止・解除一覧表」の「ASIN」欄及び「商品名」欄記載のとおりであった。(甲13の1ないし13の6)
イ 被告会社は、令和4年10月31日当時、自社ウェブサイトにおいて、商品名を「非常用ささっとトイレ」とする商品を販売していた。(甲3の1)
ウ 原告と被告会社は、不競法2条1項21号の「競争関係にある」。
(4) 本件各申告及び原告の対応等
ア 被告P1は、令和4年10月31日、同年11月4日、同月8日、アマゾンの運営者に対し、同社所定の権利侵害申告フォームを使用して、本件各申告をした。(乙9の1ないし9の3)
イ 原告は、同月2日以降、複数回にわたり、アマゾンの運営者に対し、原告の商品販売が被告商標権を侵害しないとして、出品停止となった商品の速やかな出品再開を求めた。(甲6の1ないし6の5)
ウ 原告は、同月7日付け通知書により、代理人弁護士を介して、被告P1に本件各申告の取下げを求めたが、同月10日、取り下げない旨の返信を受けた。(甲7、8)
原告は、同月16日ころ、代理人弁護士を介して、再度被告P1に対し、本件各申告の取下げを求めたが、応じられなかった。(甲10)
(5) 仮処分命令申立て等
原告は、同年12月28日、被告P1を相手方として、主文第1項同旨の内容の差止めを求める仮処分命令申立てをした(当庁同年(ヨ)第20018号)が、令和5年7月6日、同申立てを取り下げた。(当裁判所に顕著な事実)
4 争点
(1) 本件各申告が不競法2条1項21号の不正競争に当たるか(争点1)(請求原因)
ア 原告と被告P1が「競争関係にある」か(争点1-1)
イ 本件各申告が「事実」の告知に当たるか(争点1-2)
ウ 本件各申告の内容が「虚偽」であるか(争点1-3)
(2) 被告P1に故意又は過失があったか(争点2)(請求原因)
(3) 違法性阻却事由があるか(争点3)(抗弁)
(4) 原告の被った損害の額(争点4)(請求原因)
(5) 差止めの必要性があるか(争点5)(請求原因)
第3 争点に関する当事者の主張
(中略)
第4 判断
1 争点1-1(原告と被告P1が「競争関係にある」か)について
原告と被告会社は不競法2条1項21号の競争関係にあるところ(前提事実)、被告P1は、被告会社の代表取締役であるから、その職務に関して、原告と競争関係にあるといえる。本件各申告は、被告会社の競争関係にある原告の販売する競合商品に関する申告であるから(例えば、本件申告2では、「弊社(引用者注:被告会社)の営業上の信用が害される恐れ」について言及している。)、本件各申告は被告会社の職務に関するものであり、原告と被告P1は同号の「競争関係にある」と認められる。
2 争点1-2(本件各申告が「事実」の告知に当たるか)について
(1) 本件申告1について
本件申告1は、被告P1が被告商標の商標権者であること、別紙「申告一覧表」1記載の原告の商品のパッケージ文字が被告商標に酷似しているのでアマゾンの意見を聞きたいことを内容とする。本件申告1には、商標権侵害であるとの断定的表現は含まれていないが、商標権侵害の事実を示唆する内容が含まれている。
また、被告P1は、「申告の種類」を「権利侵害の申告」と選択してアマゾンの申告フォームにより本件各申告を行ったところ(乙9の1ないし9の3)、上記申告フォームを利用した権利侵害の申告は、アマゾンにおいて、「権利所有者は、Amazonに掲載された権利(引用者注:商標権を含む。)を侵害する内容を報告することができます。」「注:以下の情報に法的なアドバイスは含まれていません。出品者の知的財産権または他者の知的財産権に関する質問については、ご自身で法律の専門家に相談してください。」と案内されている(乙8)。そうすると、当該申告フォームを利用した「権利侵害の申告」は、権利侵害の事実を報告することが前提とされている。
このような本件申告1の内容、アマゾンの申告フォームを利用した権利侵害申告の性質等に照らせば、本件申告1は、単なる主観的な意見の表明にとどまらず、事実の告知に当たると認められる。
(2) 本件申告2について
本件申告2は、被告P1が被告商標の商標権者であり「専用権を主張」すること、別紙「申告一覧表」2記載の原告の商品のパッケージ文字により被告会社の営業上の信用が害されるおそれがあること、アマゾンの意見を聞きたいことを内容とする。本件申告2には、商標権侵害であるとの断定的表現が含まれていないが、商標権侵害の事実を示唆する内容が含まれている上、上記(1)で検討した権利侵害申告の性質に照らせば、本件申告2は、単なる主観的な意見の表明にとどまらず、事実の告知に当たると認められる。
(3) 本件申告3について
本件申告3は、被告P1が被告商標の商標権者であること、別紙「申告一覧表」3記載の原告の商品が権利侵害品と思われること、同商品について権利侵害申告を行うことを内容とするものであるから、商標権侵害であるとの事実を告知する行為に当たると認められる。
(4) 以上から、本件各申告は、いずれも「事実」の告知に当たる。
3 争点1-3(本件各申告の内容が「虚偽」であるか)について
不競法2条1項21号の「虚偽」とは、客観的事実に反する事実であるところ、本件各申告の内容は、原告各標章を付した原告各商品の販売が被告商標権を侵害するというものであるから、以下、当該内容が客観的事実に反するか、すなわち、原告各標章の使用が被告商標権を侵害しないといえるかにつき検討する。
なお、商標権侵害の判断の前提となる商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断される(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
(1) 原告標章1ないし同10と被告商標との対比
ア 原告標章1ないし同10について
原告標章1ないし同10は、「Qbit」、「いつでも」、「簡単」、「トイレ」の文字(同1、4、5、7、8)及びこれらの文字と丸い絵柄(円の外から中央右下に向けて濃紺から淡い青を経て白色にグラデーションが施され、円の内部に「Q」の字を模した白抜きがされたもの)から構成される結合商標である。これらの標章のうち、「いつでも」、「簡単」の文字部分は、順に、商品の使用の時期、使用の方法又は効能を表示するものにすぎず、「トイレ」部分は普通名称であるから、これらが「いつでも簡単トイレ」と一体として表示されていることを踏まえても、これらの文字部分が商品の出所識別機能を有しているとはいえず、「Qbit」又は「Qbit」と上記丸い絵柄部分が強い出所識別機能を有しているといえる。よって、被告商標との類否の判断にあたっては、文字部分を抽出するのは相当でなく、上記「Qbit」と丸い絵柄の部分を抽出して対比することが相当である(なお、これらの標章の中には、Qbitや上記絵柄部分と他の文字部分が、横並びになる構成のものや上下の構成のものもあるが、これらの構成の相違は、上記結論に影響しないというべきである。)。
そして、「Qbit」及び丸い絵柄からは「きゅーびっと」との称呼が生じ、特定の観念は生じない。
イ 被告商標について
被告商標は、片手で長い布様のものを所持する赤ちゃん様の絵柄と「いつでも」、「どこでも」、「簡単」、「トイレ」との各文字部分から構成される。このうち、文字部分は、前記長い布様のものの上に「いつでもどこでも」と「簡単トイレ」が2段に配置され、「いつ」「どこ」がロゴ化され、「トイレ」のレの字には、用が足される様子を模式的に示す絵柄が付加されているものの、商品の使用時期、提供の場所、使用の方法又は効能を表示するものにすぎず、「トイレ」部分は普通名称であるから、これらが一体として表示されていることをも踏まえても、これらの文字部分が商品の出所識別機能を有しているとはいえず、赤ちゃん様の絵柄部分が強い出所識別機能を有しているというべきである(仮に文字部分の識別力を考慮するとしても、前記の配置やロゴ化、絵柄の付加といった要素を捨象して考えることはできない。)。よって、原告標章1ないし同10との類否の判断にあたっては、(標準文字としての)文字部分を抽出するのは相当でなく、上記赤ちゃん様の絵柄を抽出して対比することが相当である。
そして、当該部分からは特定の称呼、観念は生じない。
ウ 対比
原告標章1ないし同10の「Qbit」又は「Qbit」と丸い絵柄部分と被告標章の赤ちゃん様の絵柄部分とを比較すると、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似しない(双方の標章の文字部分と上記図柄の組合せを全体として観察しても同様である。)。この点、被告商標の商標登録後に出願された原告商標1及び原告商標2がいずれも商標登録されるに至ったことは、上記判断と整合する。
(2) 原告標章11ないし同15について
これらの標章は、「いつでも」、「簡単」、「トイレ」の文字から構成されているが、上記のとおり、これらの文字部分は、商品の使用の方法や効能を表示するものや普通名称であり、出所識別機能を有しているとはいえないから、商標法26条1項2号の商標に該当すると認められる。よって、これらの標章に被告商標権の効力は及ばない。
(3) 小括
したがって、原告各標章を付した商品の販売は、被告商標権を侵害する行為に当たらないから、これに反する本件各申告の内容は「虚偽」であると認められる。
(4) 争点1のまとめ
以上に加え、前記1、2を総合すると、本件各申告は、不競法2条1項21号の不正競争に当たる。
4 争点2(被告P1に故意又は過失があったか)について
競争者により自己の知的財産権が侵害されたとして取引先等にこれを告知するに際しては、告知者は、少なくとも非侵害品に基づく虚偽の告知とならないように調査を尽くすべき注意義務を負い、このことは告知の相手方がECサイトやいわゆるプラットフォーマーであっても同様である。加えて、証拠(乙8)及び弁論の全趣旨によれば、アマゾン所定の申告フォームを利用した権利侵害申告においては、「侵害されたと思われる知的財産権の特定の情報」と「侵害の内容」を報告しなければならず、当該申告が承認された場合には、責任のある者に対して出品停止を含む適切な措置がとられることとなり、知的財産権に関する質問は専門家に相談するよう案内されており、これによると、申告にあたって、権利侵害の事実について十分調査検討すべき注意義務を負っていることが容易に理解できるところである。
そうしたところ、本件において、被告P1が本件各申告にあたって、上記注意義務を尽くしたと認めるに足りる証拠はなく、過失があったと認められる。
5 争点3(違法性阻却事由があるか)について
前記のとおり、権利侵害申告であっても不競法2条1項21号の不正競争行為に該当するところ、仮に違法性阻却の抗弁が解釈上成立し得ると考えても、被告らの主張は、違法性を阻却するに足りる具体的事実に当たらないというべきであって、主張は理由がない。
6 争点4(原告の被った損害の額)について
被告P1の行為により原告の被った損害は次のとおりと認められ、被告会社は会社法350条により同額の損害賠償責任を負う。
(1) 逸失利益
ア 出品停止
証拠(甲4の1ないし5の7)及び弁論の全趣旨によれば、本件各申告により、別紙「出品停止・解除一覧表」記載の各商品が各「出品停止日」欄記載の日から各「出品停止解除日」まで、アマゾンのおける出品が停止されたことが認められる。
イ 販売個数
原告は、出品停止期間中に販売されたであろう個数につき、出品停止前の約1年間(令和3年11月から令和4年10月まで。ただし、ASIN「B0B8C4KHH1」、「B09YKWSB4M」、「B09X38M1QX」については、令和4年7月又は8月に出品が開始されたため、販売実績のある同年9月及び10月の2か月間)の平均販売個数を算出し、〈1〉これに出品停止期間日数を乗じた個数に加えて、〈2〉ブラックフライデー期間については売上数増加が予想されるとして、販売個数の加算をして算出した個数が、販売個数であると主張する。
この点、上記〈1〉は合理的な算出方法であると認められるが、上記〈2〉については、ブラックフライデー期間(いわゆる「BF期間」)に原告各商品につき原告主張の売上数増加が見込まれると評価できる証拠は存しないから、上記〈2〉に係る販売個数を採用することはできない。
そうすると、出品停止期間中に販売できた個数は、別紙「裁判所認定額一覧表」記載のとおりであると認める。
ウ 経費
証拠(甲21ないし24)によれば、本件各申告により出品停止された各商品について、商品1個あたりの「FBA手数料」(FBA配送代行手数料)、「販売手数料」、「クーポン及び広告費用」は、原告主張(別紙「原告主張の損害一覧表」記載の各費目)のとおりであるから、別紙「裁判所認定額一覧表」記載の各費目欄のとおりであると認められる。
エ 商品原価
証拠(甲21、25の1ないし26)によれば、本件各申告により出品停止された各商品について、商品1個あたりの「商品原価」は、令和4年6月22日時点の為替レート(元→円。1元あたり20.36円)を基準とすると、次の費目の合計により算出され、原告主張(別紙「原告主張の損害一覧表」記載の「商品原価」欄記載)のとおりであるから、別紙「裁判所認定額一覧表」記載の「商品原価」欄のとおりと認められる。
なお、費目内訳は、次のとおりであり、その金額は、別紙「裁判所認定額一覧表」の「商品原価の内訳」欄記載のとおりである。
(費目)
凝固剤、手袋、防臭剤、輸送費、関税、輸入消費税、地方消費税、排便袋、便器カバー、説明書、パッケージの合計額
オ 小括
以上によれば、逸失利益は、別紙「裁判所認定額一覧表」の「損害額合計」欄記載のとおり、648万8487円であると認められる。
(2) 無形損害
本件全証拠によっても、原告主張の無形損害を認めるに足りない。
(3) 広告費(SEO対策費)
原告は、出品停止によりそれ以前の検索ランキング(上位)が下位になったので、広告費を増大させたことが本件各申告と相当因果関係のある損害であると主張する。
この点、ECサイトその他において、自身の扱う商品等が検索で上位に表示されるように最適化するための対策(SEO対策、検索エンジン最適化。)があり、その対策が有償で行われ得ることはうかがわれるが、具体的なSEO対策の内容やそれによる効果はもとより、本件における必要性も明らかでないから、上記広告費を本件各申告と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(4) 弁護士費用
本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件各申告と相当因果関係のある損害は、上記(1)の1割に相当する64万8848円であると認める。
(5) 小括
以上によれば、本件各申告により原告の被った損害は、713万7335円であると認められる。
7 争点5(差止めの必要性があるか)について
前記前提事実のとおり、被告P1が複数回にわたる本件各申告をした上、原告から再三にわたって本件各申告の取下げを求められながら応じなかったことに照らせば、なお差止めの必要性があると認められる。
第5 結論
よって、原告の請求は主文の限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
【解説】
本件は、アマゾンにおいて原告各商品を販売していた原告が、被告P1のアマゾン運営者に対する本件各申告が不競法(以下「法」という。)2条1項21号の不正競争に該当すると主張して、被告P1に対し、法3条1項に基づき各ECサイト運営者に対して、原告各商品が被告商標権を侵害する旨の告知等の差し止め、及び被告らに対し、法4条等に基づき損害賠償を請求する事例である。
裁判所は、法2条1項21号の要件該当性について検討し、原告と被告P1が「競争関係」にあり、本件各申告は「事実」の告知に当たり、本件各申告の内容が「虚偽」である、と判断した。法2条1項21号の「競争関係」については、原告と被告会社が同号の「競争関係」にあることを前提とすれば、被告会社の代表取締役であるP1は、その職務に関して原告と競争関係にあり、本件各申告は被告会社の職務に関するものであるから、原告と被告P1は同号の「競争関係」にあると認めた。
また、本件各申告について、原告の商標権侵害の事実を示唆する内容が含まれること及び、アマゾンの申告フォームは、権利侵害の事実を報告することを前提としていることから、「事実」の告知に当たると認めた上で、原告各標章と被告商標との対比を行い、原告各標章を付した商品の販売は、被告商標権を侵害する行為に当たらないから、これに反する本件各申告の内容は「虚偽」であると認めた。
さらに、被告P1は、競争者により自己の知的財産権が侵害されたとしてECサイトシステムに告知するに際しては、少なくとも非侵害品に基づく虚偽の告知とならないように調査を尽くすべき注意義務を負うところ、被告P1には注意義務を尽くしたと認めるに足りる証拠がないことから、過失があったと認められた。
法2条1項21号の「競争関係」については、現実に商品販売上の具体的競争関係にあることを要しない[1]ところ、裁判所の判断は妥当なものであると考えられ、それ以外の「事実」の告知及び「虚偽」の判断、並びに被告P1の過失に付いての判断は、いずれも妥当なものと考えられる。
アマゾン等のECサイトシステムに対する知的財産権侵害の申告については、法的な権利行使とは異なるが、被擬侵害品の販売を差し止めることが可能であるため、権利行使の手前の段階という位置付けで利用されることも多い。しかし、本件の判断にしたがえば、コンペティターの被擬侵害品について申告を行った場合、被擬侵害品が権利侵害していないならば、法2条1項21号の不正競争の要件をすべて充足してしまう可能性がある。
本件では、原告各標章と被告商標との対比において、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似しなかったこと、及び原告からの弁護士を介した本件各申告の取り下げに応じなかったこと、という本件固有の事情が、法2条1項21号の不正競争の成否に影響した可能性が考えられるので、知的財産権が現実に侵害されているか否かが微妙な判断を要する事案でのECサイトシステムに対する知的財産権侵害の申告が、直ちに法2条1項21号の不正競争に該当するとは考えにくい。ただし、前記のとおり、法的な権利行使の手前の段階として利用されることが多いECサイトシステムに対する知的財産権侵害の申告についても、弁護士等の専門家に検討を依頼して、少なくとも非侵害品に基づく虚偽の告知とならないように調査すべき注意義務を尽くした、といえる状況を作出することが肝要であると思われる。
以上
弁護士 石橋茂
[1] 新・不正競争防止法概説[第3版]【下巻】(青林書院)97頁