【令和6年11月27日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10005号)】
【キーワード】
明確性要件
【事案の概要】
本件は、特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。
原告(出願人)は、以下のような特許請求の範囲の記載を有する特許出願をしていたところ、特許庁は、当該特許出願に対して、明確性要件違反及び実施可能要件違反を理由として、拒絶査定を下した(以下では、明確性要件違反の点のみ取り上げて論じる。)。
【請求項1】 (強調は筆者による。) 電子患者介護用のシステムであって、 ウェブ・サービスと、ルーティング機能および医療デバイスソフトウェア更新の無しまたは少なくとも1つと、を提供するように構成されたゲートウェイ;および 前記ウェブ・サービスを使用して前記ゲートウェイと動作可能に通信するように構成された医療デバイス を備えるとともに、前記ウェブ・サービスがトランザクション・ベースのウェブ・サービスである、システム。
(請求項2以下略)
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その具体的な理由は、本願明細書の発明の詳細な説明には、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の具体的な例が一切示されていないから、これらについての技術的な意味が不明であるから、特許を受けようとする発明を明確に把握することができないというものであった。
拒絶査定を受けて、原告は拒絶査定不服審判を請求したものの、請求不成立審決(以下「本件審決」という。)が下されたため、原告は、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起したものである。
【判決(抜粋)】
裁判所(知財高裁2部)は、以下のとおり判示し、本件審決は取り消されるべきである旨判断した。
第4 当裁判所の判断 (強調は筆者による。) (略) 2 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について (1)判断の枠組み 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者である当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきである。
(2)当業者の出願当時における技術常識について ア 本願の国際出願日(平成25年(2013年)12月20日)までに公開されていた刊行物(甲5、6、11、13、16)には、以下の記載がある。 (略。なお、甲5、6、11、13、16は、「ウェブサービス」、「Webサービス」、「トランザクション」等に関する記載を有する文献である。) イ 上記アの各刊行物(甲5、6、11、13、16、17)の各記載によれば、「ウェブ・サービス」という用語は、「インターネット上に分散した複数のウェブアプリケーションシステムをシステム同士で連携させる技術であり、XML、UDDI、WSDL及びSOAPの規格に適合したもの」という意味で用いられ、本願の国際出願日の当時、技術常識となっていたと認められる。 また、この「ウェブ・サービス」との関係において、「トランザクション」という用語は、「複数の処理をひとまとまりにしたものであって、同時にアクセスされる基礎データの一貫性を確保することができるもの」という意味で用いられると認められ、そうすると、「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」とは、この「トランザクション」を基礎とした「ウェブ・サービス」という意味の用語であって、これも、本願の国際出願日(平成25年12月20日)の当時、技術常識となっていたと認められる。 したがって、出願当時における技術常識を踏まえると、本願各発明の「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」は、それぞれ、上記の意味で用いられているといえるから、本願明細書において、これらの用語の具体的な説明がされていなかったとしても、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
(3)被告の主張について (略) ウ 被告は、審判段階からの原告の主張に変遷があることや、関連出願における原告の主張が本件訴訟における主張と異なることを指摘する。 しかし、特許法36条6項2号該当性の判断は、審判段階からの原告の主張の変遷や、関連出願における原告の主張内容如何にかかわらず、前記(1)のとおり、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者である当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から客観的に判断されるべきである。被告の主張する点は、本願の特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない旨の前記判断を左右するに足りる事情とはならない。 (略)
4 結論 以上のとおり、本願の特許請求の範囲の記載が明確性要件(特許法36条6項2号)を満たすとはいえず、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たすとはいえないとする本件審決の判断にはいずれも誤りがあり、原告の請求には理由があるから、主文のとおり判決する。
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【筆者コメント】
裁判所は、まず、明確性要件違反の有無の判断基準として、「特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべき」という、従来用いられている基準を示した(伸縮性トップシートを有する吸収性物品事件(知財高裁平成22年8月31日(平成21年(行ケ)第10434号)、旨み成分と栄養成分を保持した無洗米事件(知財高裁平成29年12月21日(平成29年(行ケ)第10083号)参照)。
そして、裁判所は、出願当時における、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」についての技術常識を踏まえると、本願の特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえないとした。
特許庁は、明確性要件の判断に当たり、本願の審査経過等における原告(出願人)の主張も参酌されるべきである点を述べているが、裁判所は、明確性要件の判断は、「審判段階からの原告の主張の変遷や、関連出願における原告の主張内容如何にかかわらず」になされるべきである旨を述べている。この判旨によれば、明確性要件の判断にあたっては、審査経過の参酌は(原則として)許されないこととなる。
このような判断は、過去の裁判例でもなされている。たとえば、知財高裁平成28年3月9日(平成27年(行ケ)第10105号)では、以下のとおり判示されている。
知財高裁平成28年3月9日(平成27年(行ケ)第10105号)※過去事例
原告は、拒絶理由通知に対する意見書(甲2)及び審判事件答弁書(甲6)における被告の主張からみて、「からなる」が、酸性又はアルカリ性薬剤、緩衝剤を排除する閉鎖的な意味で用いられていたとの解釈が可能であることが裏付けられると主張する。 しかし、特許法36条6項2号は、前記のとおり、特許請求の範囲が不明確となる場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となって第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得ることから、これを防止するために要求されるものであり、あくまで明細書の記載要件である以上、その適否は、当該記載から客観的に判断されるべきであって、出願経過や審判における対応を斟酌することは、かえって、特許が付与された権利範囲を不明確にするものといわざるを得ない。特許権の行使場面において、その技術的範囲を判断する際に、出願経過等の事情を斟酌することはともかくとして、本件発明の明確性要件の判断をする際に、これらを考慮することは相当ではなく、原告の上記主張は採用できない。
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その他、知財高裁平成30年5月24日(平成29年(行ケ)第10081号)においても同様の判断がなされている。
本件及び以上に紹介した過去事例に鑑みると、我が国においては、明確性要件の判断の際に、審査経過等を参酌すべきとの主張を行うことは困難であろう。このことは、米国においては、明確性を判断するにあたって、「明細書及び審査経過に照らしてクレームを解釈した場合に、クレームが合理的な確実性を持って当業者に対して発明の範囲を伝えていない場合に、特許クレームは不明確を理由として無効とされる」(Nautilus, Inc. v. Biosig Instruments, Inc., 572 U.S. 898 (2014))とされていることと対照的であることに留意されたい。
以上
弁護士・弁理士 奈良大地