【令和6年10月30日(知財高判 令和6年(行ケ)第10047号 審決取消請求事件】
【キーワード】
商標法3条2項、商標法3条1項3号、立体的形状、キャラクター
【事案の概要】
原告は、次の立体的形状の商標(以下「本願商標」という。)について、第9類、第16類、第25類、第28類及び第41類の商品又は役務を指定商品又は役務として、商標登録出願(原出願)を行ったところ、特許庁より、「本願商標をその指定商品中、第28類『縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形、その他のおもちゃ』に使用するときは、単に商品の品質・形状を普通に用いられる方法で表示する」ものであり、商標法3条1項3号に該当するとの拒絶理由通知を受けた。
原告は、原出願につき、第28類を削除する手続補正を行うとともに、商標法10条1項(商標登録出願の分割)の規定に基づき、原出願と同一の本願商標につき、新たに、削除した商品である第28類「縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他のおもちゃ、人形」を指定商品とする商標登録出願(商願2020-120003号。以下「本願」という。)をした。しかし、令和3年5月28日付けで拒絶査定を受けたため、原告は、同年8月30日、拒絶査定不服審判(不服2021-11555号)を請求した。
<本願商標>


<原告の主張するゴジラ・キャラクターの特徴(本件特徴)>
【体型等の特徴】 ・全身はゴツゴツした岩肌のような複雑な陰影を醸し出し、無数のヒダが刻まれている。 ・ヒイラギの葉のような棘状の背びれが三列以上あり、首元から尻尾まで伸びている。 ・背びれは、背中の中心あたりが大きい。 ・2本の脚で直立している。 ・大腿部・下腿部が太い。 ・先端に行くにしたがって細くなっている長く、太い尻尾があり、背びれと連続した、ヒイラギの葉のような棘状のひれが先端まで並んでいる。 ・2本の腕は、肩部と上腕部が太いが、前腕部は細い。 ・胸が突き出ている。 ・手の指と足の指が4本である。 【顔・頭部の特徴】 ・2つの目の眼光が鋭く、怒りの表情を示している。 ・目の上の眉が太く盛りあがっている。 ・眉のすぐ上から頭部が少し盛り上がっている。 ・耳が目立たない。 ・鼻は小さい。 ・牙が多数ある。 ・口先が出ているが、あまり突出していない。口元から先端にかけて狭くなっており、口先は台形の上辺のような平らな形状である。 ・顔・頭部は小さく、ツノなどの突起物がない。 ・首は、顔より大きく、肩部に向かってなだらかに太くなっている。首の長さは比較的短く、顔・頭部とほぼ同じぐらいである。 ・頭頂部と首の後ろには、背びれに連なるように、三列以上の小さなヒダが多数並んでいる。 |
拒絶査定不服審判においては、特許庁より「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)がなされたため、原告は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
<審決の理由の要旨>
(1) 商標法3条1項3号該当性
商品の形状は、商品の用途、性質等に基づく制約の下で、同種の商品等について、機能又は美感に資することを目的とする形状の選択であると予測し得る範囲のものであれば、当該形状が特徴を有していたとしても、商標法3条1項3号に該当するものというべきである。
本願の指定商品を取り扱う業界において、一般に、人、動物(想像上の動物も含む。)やアニメのキャラクター等をかたどった形状の商品の販売が行われている事実があり、本願の指定商品を取り扱う業界において、本願商標と同様に、恐竜あるいは想像上の動物をかたどったと思われる立体的形状よりなる商品が実際に販売されている事実がある。
本願商標は、その指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者は、その商品の特徴や品質として採択され得る商品の立体的形状の一類型であると認識するにとどまり、単に商品の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものと判断するのが相当である。
(2) 商標法3条2項該当性
本願商標と特徴を共通にする立体的形状(使用形状)を使用した怪獣、恐竜あるいは想像上の動物を模したと思われる「縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他のおもちゃ、人形」(使用商品)の使用(販売)期間は7年程度で永年とはいえず、ライセンシーの販売実績も含むものである。市場規模が8244億円(令和2年)、8900億円(令和3年)という玩具業界の中で使用商品の市場占有率が高いとはいえない。
テレビにおいて、使用商品の宣伝広告がされたことはうかがえるが、本願商標の立体的形状自体やその特徴を積極的に言及する等、立体的形状を原告の自他識別標識であることを印象付けるように取り上げられたとはいえない。また、その宣伝広告の実績(期間、規模、広告宣伝費等)については、何ら証拠が提出されていない。
原告が実施した本件アンケートについて、調査対象者の過半数の一般需要者は、使用形状を認識していない一方で、使用形状を「「ゴジラ」、「シン・ゴジラ」をモデルにしたフィギュア」と回答した者及び「シン・ゴジラやゴジラがどのような形状を有しているか、「分かる」又は「ほぼ分かる」」と回答した者は、過半数を超えているが、使用形状と原告の関係についての質問はない。
【争点】
・商標法3条1項3号該当性の判断の誤り(取消事由1)
・商標法3条2項該当性の判断の誤り(取消事由2)
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
当裁判所は、下記1の認定事実の下においては、本願商標は商標法3条1項3号に該当するとした本件審決の判断に誤りはないが、同条2項の適用を否定した本件審決の判断は誤りであり、本件審決は取消しを免れないと判断する。以下に詳説する。
1 認定事実(省略)
2 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について
⑴ 商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。・・・)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができない旨を規定しているが、これは、同号掲記の標章は、商品の産地、販売地、形状その他の特性を表示、記述する標章であって、取引に際し必要な表示として誰もがその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないことから、登録を許さないとしたものである。
商品の形状は、本来、商品の機能をより効果的に発揮させたり、美観を向上させるために選択されるものであるから、商品の形状からなる商標は、その形状が、需要者において、その機能又は美観上の理由から選択されると予測し得る範囲を超えたものである等の特段の事情のない限り、商品等の形状そのものの範囲を出るものでなく、商品の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものとして、商標法3条1項3号に該当するものと解される。
(2) これを本件についてみるに、本願商標は、シン・ゴジラの立体的形状を表したものであり、原告の主張する本件特徴を全て備えるものである(前記1(2)ウ)。
しかし、本願の指定商品を取り扱う業界においては、恐竜や怪獣(恐竜等をモチーフにした想像上の動物)をかたどった立体的形状からなる様々な商品が製造、販売されている実情が存在する(乙1~23、50~55)ところ、これらの立体的形状の中には、本願商標の形状が有する上記特徴にも劣らない際立った特徴的な造形を備えるものもみられる(例えば、乙1の「レッドキング」の長い首と蛇腹状の体表の模様、乙2の「ブラックキング」の頭部から前方に向かって突き出す流線形の角状突起、乙9の「ジュラシックワールドT-Rex」の誇張された後脚のつま先など)。こうした造形は、際立った特徴を有するものであっても、「縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他おもちゃ、人形」としての機能又は美感上の理由から選択されたと解されるものであって、換言すれば、怪獣又は恐竜に係る商品自体の形状として採用されたにすぎないと認識されるものである。
本願商標の立体的形状に係る本件特徴も、世上一般的にみられる、恐竜や怪獣をかたどった立体的形状が有する上記特徴と本質的に異なるものではなく、指定商品に係る商品の形状そのものの範囲を出るものとまで認めることはできない。
そうすると、本願商標は、「縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他おもちゃ、人形」という本願の指定商品の機能や、美観の発揮の範囲において選択されるものにすぎないというべきであり、商標法3条1項3号に該当する。
(3) 原告は、他の恐竜や想像上の動物については、ゴジラ・キャラクターと混同し得るようなものは存在せず、本願商標の登録を認めても他の恐竜や想像上の動物等の商品の使用が妨げられることはない旨主張するが、現時点において本願商標に係る立体的形状と同様の恐竜や想像上の動物についての商品が存在しないとしても、そのことから直ちに、独占使用の弊害を免れる根拠となるものではない。
また、原告は、本件特徴を備えた本願商標の立体的形状を見れば、一般消費者において容易に原告のゴジラ・キャラクターであると認識し、他の恐竜や想像上の動物と区別できるから、本願商標の立体的形状は、自他商品識別機能を有している旨主張するが、この点は、本願商標の立体的形状の使用により自他商品識別機能を有するに至った否かという商標法3条2項該当性の問題として検討するのが相当である。
(4) 以上のとおりであって、本願商標は商標法3条1項3号に該当するから、取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について
(1) 原告は、昭和29年以来のゴジラ・キャラクターの長年にわたる使用の結果、本願商標の形状は原告の出所を表示するものとして著名となっている旨主張するのに対し、被告は、映画「シン・ゴジラ」に登場するゴジラ(第4形態)以外のゴジラ・キャラクターの立体的形状は本願商標の立体的形状と同一視することはできない旨主張するので、商標法3条2項該当性の判断に当たり、本願商標を使用したものと評価できる商品の対象範囲を最初に確定しておく必要がある。
そこで検討するに、上記1(2)ウで認定したとおり、シン・ゴジラの立体的形状は、それ以前のゴジラ・キャラクターと比較して、頭部が小さくなり、前脚(腕)の細さが一層際立つ一方、尻尾はより太く長くなっているなど、全体のプロポーションに違いが生じているほか、背中から尻尾にかけての部分を中心に赤みがった色彩が加わっている等の違いがあり、被告が主張するとおり、両者を同一(実質的に同一)と認めることは相当でない。
しかし、商標法3条2項の「使用」の直接の対象はシン・ゴジラの立体的形状に限られるとしても、その結果「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる」に至ったかどうかの判断に際して、「シン・ゴジラ」に連なる映画「ゴジラ」シリーズ全体が需要者の認識に及ぼす影響を考慮することは、何ら妨げられるものではなく、むしろ必要なことというべきである。
(2) 以上の枠組みに従って判断する。
ア まず、映画「シン・ゴジラ」は、平成28年7月に公開されると、日本映画の歴代第22位にランクされる興行収入を上げる記録的な大ヒットとなり、本願商標に係る使用商品だけでも、売上数量102万個、売上額約26億5000万円を記録する(上記1(5)ア)など、本件審決時までの約8年間に、本願の指定商品に集中的に使用された事実が認められる。
イ 加えて、シン・ゴジラの立体的形状は、本件特徴を全て備える点を含め、それ以前のゴジラ・キャラクターの基本的形状をほぼ踏襲しているところ、当該基本的形状は、映画「シン・ゴジラ」の公開以前から、本願の指定商品の需要者である一般消費者において、原告の提供するキャラクターの形状として広く認識されていたことが優に認められる。
・・・(略)・・
ウ さらに、「ゴジラ」の文字商標は、原告に係る映画のタイトル又は当該映画に登場する怪獣の名称として著名となっているところ(上記1(6)、当裁判所に顕著な事実)、「シン・ゴジラ」を含む「ゴジラ」シリーズでは、登場する怪獣のキャラクターに一貫して「ゴジラ」の名称が使用されている。
エ 本願の指定商品の需要者は一般消費者であると解されるところ、そうした需要者の認識としても、令和3年9月実施の全国の15歳~69歳の男女を対象とするアンケート調査において、本願商標の立体的形状の写真を示して「何をモデルにしたフィギュアだと思うか」との質問に対する自由回答で、「ゴジラ」又は「シン・ゴジラ」と回答した者が64.4%とされ、極めて高い認知度が示された(上記1(7))。この調査の対象者の選定、質問方法等に特段の問題は見当たらず、その回答結果は、シン・ゴジラの立体的形状の著名性を示すものといえる。
オ 以上を総合すれば、本願商標については、その指定商品に使用された結果、需要者である一般消費者が原告の業務に係る商品であることを認識できるに至ったものと認めることができる。
(3) (省略)
4 結論
以上によれば、本願商標は商標法3条2項に該当しないとした本件審決の判断には誤りがあり、原告の請求には理由がある。よって、本件審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
【検討】
1 立体的形状の商標
商標法上の「商標」とは、人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるものであって、業として商品等を生産等する者が使用するものをいう(商標法2条1項)。すなわち、商品等の「立体的形状」についても商標登録をすることが可能である。
しかし、「立体的形状」の商標に関しては、実務上、そのほとんどにおいて、商標法3条1項3号の記述的商標(商品の形状等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)に該当すると判断されることが多い。商品又はその包装の立体的形状は、多くの場合自他識別力を有さず、特定人による独占使用を認めるのは公益上適当としない、という商標法3条1項の趣旨が特に妥当するからである。
裁判例においては、判断基準のばらつきはあるが、上記趣旨より、商品等の「機能又は美観に資することを目的として採用されるもの」、「機能又は美観上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のもの」、「需要者において予測し得ないような斬新な形状の商品等であったとしても、当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたもの」は、商標法3条1項3号に該当すると判断している(知財高判平成19年6月27日判時1984号3頁〔マグライト事件〕、知財高判平成20年5月29日判時2006号96頁〔コカ・コーラボトル事件〕、知財高判平成23年4月21日判時2114号9頁〔“L’EAU D’ISSEY”事件〕、知財高判令和元年7月24日平成31年(行ケ)10017号等)。
2 商標法3条2項
商標法3条2項では、同法3条1項3号乃至5号に該当する商標であっても、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」についての商標登録を認めている。使用された結果自他識別力を獲得したものについては商標登録を認めても支障はないためである。
「立体的形状」の商標についても、上記は妥当するものであり、商品等の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない形状であれば、使用により自他識別力を有しているときは、商標法3条2項の適用により商標登録を受けることができるとされている。また、その判断の際には、周知著名性の程度や、当該形状に類似した他の商品の存否などの事情を総合考慮して判断するのが相当と解されている(前掲知財高判平成19年6月27日判時1984号3頁〔マグライト事件〕等)。
3 本判決の内容
(1)商標法3条1項3号該当性について
本件において裁判所は、「立体的形状」の商標について、原則として商標法3条1項3号に該当するものであって、例外的に「その形状が、需要者において、その機能又は美観上の理由から選択されると予測し得る範囲を超えたものである等の特段の事情」がある場合は商標登録同号に該当しない、という従来と同様の判断基準を打ち出したうえで、本願商標は、上記の例外には該当しないため商標法3条1項3号に該当すると判断している。原告は、本願商標が有する本件特徴をかなり細かく特定して主張しているが、従来の恐竜や怪獣をかたどった立体的形状が有する特徴と本質的に異なるものではなく、指定商品に係る商品の形状の機能又は美観上の理由から選択されると予測し得る範囲を超えるとは認められないと判断されたものである。
当該判断からすると、「機能又は美観上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のもの」に該当しないためには、従来の商品等と異なる細かい特徴を有しているだけでは足りず、本質的な部分から乖離する特徴を有していることが必要となると思われる。
(2)商標法3条2項該当性について
本件では、上記のとおり、本願商標の商標法3条1項3号該当性が肯定されたが、本願商標が表すキャラクター「ゴジラ」及び「ゴジラ」シリーズが周知著名性を有することを踏まえて、商標法3条2項の該当性が肯定された。
商標法3条2項における従来の総合考慮的な判断によるものであるが、出願された商標それ自体ではなく、元となるキャラクターやシリーズの周知著名性も考慮事由に含まれることを明示した点に意義を有するものと考える。
今後、企業においてキャラクターの商標登録による保護を図るうえで、参考となるものと考える。
以上
市橋景子