【令和6年7月8日(東京地裁 令和5年(ワ)第70722号) 妨害禁止等請求事件】

 

【判旨】

 いわゆるカップルユーチューバーである原告らが、タレントのマネジメント会社である被告に対し、被告との間で締結した専属マネジメント契約が終了していることの確認を求めた事案。裁判所は、最判昭56年1月19日(民集35巻1号1頁)を引用の上、委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、いつでも委任契約の解除をすることができるものと解するのが相当であるとして、原告の請求を認容した。

 

【キーワード】

契約、任意解除、契約期間

 

1 事案の概要及び争点

 本件は、いわゆるカップルユーチューバーである原告らが、タレントのマネジメント会社である被告に対し、被告との間で締結した令和4年4月16日付けマネジメント契約(以下「本件契約」という場合がある。)が終了していることの確認を求めた事案である。
 原告らは、被告においてマネージャー募集に関するウエブサイト広告に原告らの肖像及びグループ名を使用する行為が、原告らのパブリシティ権侵害等を構成すると主張して、上記肖像及びグループ名の削除を求める請求をしていたところ、被告は、争点整理の一環として、任意に削除したことから、原告らは、上記請求を取り下げ、被告もこれに同意した。したがって、本件の争点は、本件契約の解除の成否のみとなった。
 本件契約には、以下のような定めが置かれていた。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

 ア 専属マネジメント契約
 原告らは、被告に対して、契約期間中、独占的に、原告らの全世界における芸能活動についてのマネジメント業務を委託し、被告はこれを受託する(2条1項)。
 原告らは、契約期間中に第三者との間で、名目を問わず、本件契約と同様の内容を有する契約又は矛盾する内容の契約を締結し、又は締結のための交渉をしてはならない(2条4項)。
・・・(中略)・・・
 エ 契約期間
 () 契約期間は、契約締結日より3年間とする(12条1項本文)。
 () 原告ら及び被告は、12条1項に定める契約期間内であっても、合意により解除することができる(12条2項)。
 (ウ) 原告らは、契約終了後6か月間は、被告以外の芸能活動のマネジメント業務又はこれに類似する事業を行う法人又は個人と契約して、芸能活動を行ってはならない(12条3項)。

 上記のとおり、本件契約の契約期間は3年間と定められ、契約期間内であっても合意により解除することができる旨の定めがあった。本件の争点は、原告らによる解除の成否であり、具体的には以下の2点である。

(1)原告らが本件契約の解除権を放棄したといえるか(争点1)
(2)本件契約の解除権の行使が権利の濫用に当たるか(争点2)

 

2 裁判所の判断

 まず、裁判所は、争点1(解除権の放棄)に関し、「委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、いつでも委任契約の解除をすることができるものと解するのが相当である」とした上で、原告らにおいて明らかに解除権を放棄したものと認めることはできないと判示した。

1  争点1(原告らが本件契約の解除権を放棄したといえるか)について
 ⑴ 民法656条が準用する651条1項は、委任契約が当事者間の信頼関係を基礎とする契約であることに鑑み、各当事者がいつでもその解除をすることができる旨規定している。同項の上記の趣旨目的に鑑みれば、委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、委任者の利益を阻害し、もって委任契約の本旨に反することからすると、委任者が委任契約を解除することによって、受任者が不利益を受ける場合には、受任者は、同条2項に基づき、委任者から損害の賠償を受けることによって、その不利益を填補されれば足りるというべきである(最高裁昭和54年(オ)第353号同56年1月19日第二小法廷判決・民集35巻1号1頁参照)。
 したがって、委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、いつでも委任契約の解除をすることができるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、証拠(甲2)によれば、本件契約12条2項は、契約当事者は契約期間内であっても合意により解除することができる旨規定するところ、上記の規定内容は、合意解除を定めたものにすぎず、原告らが本件契約の解除権を放棄する旨を明記するものとはいえない。
 上記の事情の下においては、上記特段の事情を認めることはできず、原告らは、民法656条が準用する651条1項の規定により、いつでも本件契約を解除することができるというべきである。

 ⑵ これに対し、被告は、本件契約の性質及び態様によれば、本件契約は途中解約を前提としないものである上、本件契約12条2項は契約期間内の任意解除を排除する規定であり、上記特段の事情が認められる旨主張する。
 しかしながら、証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば、本件契約は、原告らの芸能活動におけるマネジメントを主たる目的とするものであり、そもそも、委任者である原告らの利益のために締結されたものであることが認められる。そうすると、本件契約が途中解約を前提としないものであったとする被告の主張は、その前提を欠く。
 そして、委任者の解除権が制限されるのは、委任者において明らかに解除権を放棄したという特段の事情が認められる場合に限られると解すべきことは、上記において説示したとおりである。しかしながら、本件契約に係る書式は、被告の定型書式を利用したものにすぎず、原告らが解除権を放棄する旨の特約は明記されていないのであるから、原告らにおいて明らかに解除権を放棄したものと認めることはできない。
 その他に、被告主張に係る本件契約の性質及び態様を改めて検討しても、原告らにおいて明らかに解除権を放棄したことをいうに足りず、上記判断を左右するものとはいえない。したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。

 特に、本件契約が、被告の定型書式を利用したものであり、解除権を放棄する特約が明記されていないことが指摘されている。
 また、被告であるマネジメント会社は、原告が本件契約の契約期間中に別のエージェントと交渉等をしていた事実をもって、解除権の行使が権利の濫用に当たると主張したが(争点2)、裁判所はかかる主張を認めなかった。

2 争点2(本件契約の解除権の行使が権利の濫用に当たるか)について
 被告は、原告らにおいて本件契約の解除権が認められるとしても、原告らは本件契約の契約期間中に別のエージェントと交渉等をしていた事実を踏まえると、原告らが解除権を行使することは、権利の濫用に当たり許されない旨主張する。
 しかしながら、本件全証拠によっても、被告主張に係る事実を認めるに足りず、被告の主張は、その前提を欠く。のみならず、委任者の解除権が制限されるのは、委任者において明らかに解除権を放棄したという特段の事情が認められる場合に限られるというべきであるから、仮に被告主張に係る上記事実が認められたとしても、委任契約の性質に鑑み、その解除権の行使が権利の濫用に当たるものと直ちに解することはできない。
 その他に、被告提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、前記説示に係る委任契約の性質に鑑みると、いずれも上記判断を左右するに至らない。したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。

 

3 検討

 本件は、「専属マネジメント契約」と称する契約において、独占的な委託業務であることが契約上明記され、さらに契約期間中における他のエージェント(マネジメント会社)との契約や交渉も制限されていた事案である。原告による一方的な解除は、被告のマネジメント会社にとっては納得のいかないものであったと思われるが、上記判示のとおり途中解除不可の特約を明記していない場合、民法の原則どおり契約期間中であっても契約は解除され得る点に留意すべきであった。
 なお、本判決で引用されている最高裁昭和54年(オ)第353号同56年1月19日第二小法廷判決は、以下のとおり、委任契約が受任者(本件の場合はマネジメント会社)の利益のためにされている場合であっても、そのことを理由に契約解除を認めないのは委任契約の本旨に反するものであるとして、契約の解除を認めており、かかる判示に照らしても妥当な結論であったと思われる。 
 もっとも、同判決は、「・・・ただ、受任者がこれによつて不利益を受けるときは、委任者から損害の賠償を受けることによつて、その不利益を填補されれば足りる・・・」とも判示しているため、契約の解除は認められても損害賠償を請求されるリスクが残る点には注意が必要である。

 ところで、本件管理契約は、委任契約の範ちゆうに属するものと解すべきところ、本件管理契約の如く単に委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも委任がなされた場合であつても、委任契約が当事者間の信頼関係を基礎とする契約であることに徴すれば、受任者が著しく不誠実な行動に出る等やむをえない事由があるときは、委任者において委任契約を解除することができるものと解すべきことはもちろんであるが(最高裁昭和三九年(オ)第九八号同四〇年一二月一七日第二小法廷判決・裁判集八一号五六一頁、最高裁昭和四二年(オ)第二一九号同四三年九月二〇日第二小法廷判決・裁判集九二号三二九頁参照)、さらに、かかるやむをえない事由がない場合であつても、委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるときは、該委任契約が受任者の利益のためにもなされていることを理由として、委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、委任者の利益を阻害し委任契約の本旨に反することになるから、委任者は、民法六五一条に則り委任契約を解除することができ、ただ、受任者がこれによつて不利益を受けるときは、委任者から損害の賠償を受けることによつて、その不利益を填補されれば足りるものと解するのが相当である。
 しかるに原審が、受任者である被上告人の利益のためにも委任がなされた以上、委任者である飯田はやむをえない事由があるのでない限り、本件管理契約を解除できないと解し、飯田が解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるか否かを認定しないで、同人のした本件管理契約の解除の効力を否定したのは、委任の解除に関する法令の解釈適用を誤り、ひいては、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点に関する論旨は、結局理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件についてはさらに審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。

 

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸