【令和6年5月16日(大阪地裁 令和6年(ワ)第512号)】

【第1 事案の概要】

 原告(阪急電鉄株式会社)は、不動産や娯楽施設などを含む広範な事業を行い、「阪急」の名称で全国的に著名であると主張。一方、被告(株式会社阪急さくらホールディングズ)は、原告の名称と類似する商号を使用し、原告の関連会社と誤認させる行為をしていた。これに対し、原告は不正競争防止法に基づく商号使用差止め、損害賠償、並びに商号抹消登記手続を求めた。

【第2 裁判所の判断】

1.       原告表示の著名性について
 裁判所は、原告が使用する「阪急」という表示が、全国的に著名な営業表示であると認定した。その理由として、原告及びそのグループ会社が長年にわたり「阪急」の名称を用いて各種事業を展開していることや、その結果、広く一般消費者に認知されていることを挙げている。
判決文では、「原告及び原告グループ会社が、…長年にわたって『阪急』の名称を使用して事業展開を行ってきた結果、全国的に広く知られており、需要者の間において、原告らの業務に係る営業表示として広く認識されている」と明示されており、単なる地域的な知名度を超えた、高度な著名性が認められている。

2.       被告表示との類似性と混同のおそれ

 次に、裁判所は、被告の使用する「阪急さくらホールディングズ」という商号のうち、「阪急」の部分が原告の表示と同一であり、看者に強い印象を与える主要な部分を構成していると認定した。その上で、被告の表示が、原告と何らかの資本関係又は業務提携関係にあると誤認されるおそれが高いことを指摘している。
 具体的には、「『阪急さくらホールディングズ』という商号は、その主要な構成要素である『阪急』が原告の営業表示と同一であるところ、…被告の営業が原告又は原告グループと関係があるかのような誤認混同を生じさせる」と認定し、実際に被告の求人広告やウェブサイト等にも、原告との関係性を仄めかすような記載があった点が重視された。

3.       不正競争行為の該当性

 上記認定を前提に、裁判所は、被告の行為が不正競争防止法第2条第1項第1号及び第2号に該当する不正競争行為に該当すると判断した。すなわち、「需要者の間に広く認識されている他人の表示」と「同一又は類似の表示の使用により混同を生じさせる行為」及び「他人の商品等表示として著名なものと同一又は類似の表示を使用する行為」に該当するとしている。
 判決文では、「被告の行為は、原告の営業表示と同一の標章を使用し、…原告との誤認混同を生じさせるものであって、…不正競争防止法第2条第1項第1号及び第2号に該当する」と明言されており、故意や悪意の有無を問わず、営業表示の著名性を侵害する行為として、法律上の違法性が認定されている。

4.       差止請求の認容

 このような不正競争行為が認定されたことに伴い、裁判所は、原告が請求した差止め(商号の使用差止め、標章の抹消、登記の抹消など)を全て認容した。とりわけ、表示の抹消については、看板、広告媒体、Webサイト等に至るまで、幅広い対象を明示的に列挙した上で、使用禁止及び削除を命じている。
 本件では、企業イメージや信用が損なわれることへの対応として、迅速な差止めが必要不可欠であり、その観点からも、裁判所が積極的な救済措置を講じた点は注目される。

【第3 若干のコメント】

 本件は、企業の著名な営業表示や商標が不正に使用された場合の法的対応を扱った事案であり、特に「阪急」の表示がどれほど広範に認知されているか、そしてその商号を模倣することによる混同のリスクがどれだけ重大であるかが問題となった。裁判所は、不正競争防止法に基づいて、原告に対して損害賠償と商号の差止めを認めるなど、原告の権利保護に重点を置いた。
 被告が「阪急さくらホールディングズ」との商号を選んだ背景には、原告の強力なブランド力を利用しようという意図があった可能性があり、裁判所が被告の行為を不正競争に該当すると認定したことは、企業の知的財産権を守る上で重要な前例となる。また、商号や営業表示の類似による誤認混同のリスクが高い場合、早期の対応と訴訟による救済がいかに効果的であるかを示している。

以上

弁護士 多良翔理