【令和6年7月17日(知財高裁 令和6年(行コ)第10001号)行政処分取消等請求控訴事件】

 

【判旨】

 本件は、本件特許権に係る第6年分の特許料を納付期限内に納付しなかった控訴人が、特許法112条の2第1項所定の「正当な理由」があると主張して特許料の追納を試みたものの、特許庁が上記主張を認めず手続の却下処分及び裁決をしたため、当該処分の取消を求めて提訴が行われたものである。裁判所も、控訴人主張の理由(米国年金管理会社の期間管理システムから出力された特許リストにおいて、印刷の関係で本件特許権の記載が分断されていたことにより、見落としが発生したこと等)は、「正当な理由」には当たらないとして、控訴人の主張を退けた。

 

【キーワード】

特許法第112条の2、特許権の回復、正当な理由

 

1 事案の概要及び争点

 控訴人は、本件特許権に係る第6年分の特許料を納付期限内に納付せず、特許料及び割増特許料を追納期間内に納付しなかった(以下、「本件期間徒過」という。)。控訴人は、本件期間徒過については特許法112条の2第1項所定の「正当な理由」があると主張して、特許料納付書(第6年分~第10年分)を順次提出したが、処分行政庁は、上記主張を認めず、本件各却下処分及び本件裁決をした。
 これに対し、控訴人は、以下のように、米国年金管理会社の期間管理システムから出力された特許リストにおいて、印刷の関係で本件特許権の記載が分断されていたことにより、見落としが発生したところ、それまで有効に機能していた期間管理システムにおいて初めて生じたミスによって発生した期間徒過については、救済されるべきであるなどと主張していた。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

2 当審における控訴人の補充的主張
  (1)  争点1(本件期間徒過についての「正当な理由」の有無)について
  ア 原判決は、特許法112条の2第1項の「正当な理由」があるというためには、原特許権者(代理人を含む。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったことを要すると判断している。
  しかし、このような判断基準は平成23年改正の背景や、同改正後の国際的時流を一切無視した厳格すぎる基準であり、国際調和の観点からは、期間徒過が例外的な状況又は通常は有効に機能している期間管理システムにおける孤立したミス(isolated mistake)であれば、正当な理由があるとき」と認められるべきであり、それまで有効に機能していた期間管理システムにおいて初めて生じたミスによって発生した期間徒過については、救済されるべきである。
  本件紙リストには、印刷の関係で本件特許権の記載が分断されていたこと(甲37)、「発明の名称」や「特許権者」の項目について不正確な記載がされていた(「特許権者」の項目については、合併があったことによる。)ことから、本件担当弁理士らは、本件紙リストの4ページ及び5ページの記載を一体的に把握して本件特許権に関するものと認識することができなかったのであり、過去に一度も同様の事象が発生したことはなく、通常は有効に機能している期間管理システムにおいて初めての予期せぬ見落としをしたのであるから、「正当な理由」がある。

 イ 原判決は、米国年金管理会社の担当者及び本件担当弁理士らは、遅くとも本件電子メール送付の時点で、本件特許料納付リストの内容が不正確なものであることを認識しており、かつ、米国年金管理会社は、本件担当弁理士らに対して、本件特許料納付リストに記載されていない特許権等の料金を支払済みであることを確認するように求めたとしている。
  しかし、平成30年10月10日から同年11月7日までの本件担当弁理士らと米国年金管理会社との電子メールのやり取りは、一貫して、同年10月10日の電子メールに日本国代理納付者が列挙した案件が同年5月16日付の本件年金納付リストに記載されていなかったことの原因を探るために行われていたものである。
  本件担当弁理士らが本件電子メールに記載されている「貴所が該インデックスファイルから漏れていた料金を現在は支払い済みであることをご確認ください。」というメッセージを受け取っても、同年10月10日に報告済みの案件について支払済みであるか否かの確認をすれば、何ら問題なく必要な納付を完了できるはずであった。

 ウ 原判決は、米国年金管理会社の担当者が本件担当弁理士らから送付された受領書等の内容と本件支払確認リストの内容の整合性を確認するなどの作業が行われていれば、本件期間徒過を認識できた旨判示する。
  しかし、米国年金管理会社は世界中の特許権等の年金を管理しているところ、その期間管理システムは、本件期間徒過までの間有効に機能していたのであって、米国年金管理会社が平成30年10月31日及び同年11月7日の電子メールを受けてさらなる調査をせずとも、通常どおりであれば正常に本件特許権の第6年分の特許料は納付されているはずであった。本件においてはたまたま本件紙リストで、印刷の関係で本件特許権の記載が分断されるという事象が発生してしまったがために、本件期間徒過が起きたのである。

 

2 裁判所の判断

 これに対し、裁判所は、以下のとおり、特許法112条の2における「正当な理由」とは、原特許権者や代理人が相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったことを要するとした上で、本件では各ページの冒頭に共通する出願番号等が付されており、各ページを分断して理解する理由にはならないとして、控訴人主張の事情は「正当な理由」に当たらないと判示した。

 (1) 争点1(本件期間徒過についての「正当な理由」の有無)について
 ア 控訴人は、国際調和の観点からは、期間徒過が例外的な状況又は通常は有効に機能している期間管理システムにおける孤立したミス(isolated mistake)であれば、「正当な理由があるとき」と認められるべきである旨主張する。
  しかし、平成23年改正は、国際的調和の観点から権利救済の要件を緩和する必要がある一方で、第三者の監視負担等の観点も考慮して、追納期間経過後に特許料等を追納することができる場合について「納付することができなかったことについて正当な理由があるとき」としたのであり、「正当な理由」があるといえるためには、その文言に照らしても、原特許権者(代理人を含む。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったことを要するものというべきである。
  控訴人は、本件紙リストが、印刷の関係で本件特許権の記載が分断されていたので本件特許権に関するものと認識することができなかった旨主張するが、甲37をみても、5頁目冒頭には各頁に共通する出願番号、特許番号、登録日等の項目が記載されているので、4頁目と5頁目を分断して理解する理由とはならず、少なくとも、本件担当弁理士らは、本件特許権の特許番号で特定される、特許料が未納である特許権があることを認識しながらこれを放置したものといわざるを得ず、そのことは、本件紙リストで「発明の名称」や「特許権者」の項目について不正確な記載がされていたとしても左右されるものではない。

 イ 控訴人は、平成30年10月10日から同年11月7日までの本件担当弁理士らと米国年金管理会社との電子メールのやり取りは、一貫して、同年10月10日の電子メールに日本国代理納付者が列挙した案件が同年5月16日付の本件年金納付リストに記載されていなかったことの原因を探るために行われていたものであるから、その点だけ調査をすれば足りる旨主張する。
  しかし、同年11月1日付けの本件電子メールは、本件特許料納付リストそのものが不正確であったことを示すものであり、同年10月10日の電子メールに日本国代理納付者が列挙した案件に限定されているものとはいえず、本件電子メールを前提に調査がされるのが当然であって、控訴人の主張は採用できない。

 ウ 控訴人は、米国年金管理会社の期間管理システムは、本件期間徒過までの間有効に機能していたのであって、本件においてはたまたま本件紙リストで、印刷の関係で本件特許権の記載が分断されるという事象が発生してしまったがために、本件期間徒過が起きた旨主張するが、同主張は、「正当な理由」についての誤った理解を前提とするもので採用できない。

 

3 検討

 特許手続きにおける期間徒過は、従来、救済のための要件である「正当な理由」の要件が厳しく、本件のようにシステム側に不備があった場合でも、容易には救済が認められていなかった。
 もっとも、上記の点については、国内外の出願人等から、欧米諸国に比して基準が厳格に過ぎるとの批判があった。そこで、特許法等の一部を改正する法律(令和3年法律第42号)により、令和5年4月1日以降に期間徒過がされた手続については、救済基準を「正当な理由」から「故意でないこと」に緩和する代わりに、追加の手数料(回復手数料)が徴収されることとなった。消滅した権利を出願して再取得すると擬制した場合に特許庁に納付すべき金額(出願から権利化までに要する平均的な手数料額)に相当するものとされ、具体的な金額は経済産業省令により定められることとなる。

※特許法第112条の2第1項(新旧対照)

改正前(旧)

改正後(新)

(特許料の追納による特許権の回復)
第百十二条の二

前条第四項若しくは第五項の規定により消滅したものとみなされた特許権又は同条第六項の規定により初めから存在しなかつたものとみなされた特許権の原特許権者は、同条第一項の規定により特許料を追納することができる期間内に同条第四項から第六項までに規定する特許料及び割増特許料を納付することができなかつたことについて正当な理由があるときは、経済産業省令で定める期間内に限り、その特許料及び割増特許料を追納することができる。

(特許料の追納による特許権の回復)
第百十二条の二

前条第四項若しくは第五項の規定により消滅したものとみなされた特許権又は同条第六項の規定により初めから存在しなかつたものとみなされた特許権の原特許権者は、経済産業省令で定める期間内に限り、経済産業省令で定めるところにより、同条第四項から第六項までに規定する特許料及び割増特許料を追納することができる。ただし、故意に、同条第一項の規定により特許料を追納することができる期間内にその特許料及び割増特許料を納付しなかつたと認められる場合は、この限りでない。

 上述した救済要件の緩和は、他の特許出願手続(特許法36条の2第6項、41条1項1号、43条の2第1項、48条の3第5項、112条の2第1項、184条の4第4項、184条の11第6項等)においても同様に採用され、期間徒過に関するリカバリーは従前よりも容易となったが、依然として特許関係手続の期限管理は注意深く行うべきであることに変わりはない。

 

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸