【知財高判令和7年4月17日(令和6年(行ケ)第10105号)】

【キーワード】

商法法3条1項3号、商標法3条2項

 

【事案の概要】

 原告は、指定商品を第32類「シリカを含有する飲料水」として、「のむシリカ」の文字を標準文字で表してなる商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願を行ったが、拒絶査定を受けた。原告はさらに、当該拒絶査定につき拒絶査定不服審判を請求したが、特許庁は、これを不成立とする旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。本件は、原告が当該審決の取消しを求めて提起した審決取消訴訟である。

【争点】

1. 本願商標が商標法3条1項3号の商標に該当するか。
2. 本願商標が商標法3条2項の要件を具備するか。

【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)

第1省略
第2 事案の概要
1 省略
2 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由の要旨は、以下のとおりである。
(1) 本願商標は、その指定商品「シリカを含有する飲料水」に使用するときは、それに接する需要者及び取引者をして、「飲む(ことで経口で摂取できる)シリカ」程度の意味合いを認識、理解させるもので、単に商品の品質(摂取方法、成分)を表示するにすぎない。本願商標は、その指定商品について、商品の品質(摂取方法、成分)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、商標法3条1項3号に該当する。
(2) 本願商標は、原告提出の証拠によっては、原告に係るブランド名として、その指定商品に係る一般需要者の間において、広く知られるに至っていると認めることはできない。
したがって、本願商標は、原告により使用された結果、何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものになったとはいえず、商標法3条2項の要件を具備しない。
3 取消事由
(1 ) 商標法3条1項3号該当性の判断の誤り(取消事由1)
(2) 商標法3条2項該当性の判断の誤り(取消事由2)

第3 省略

第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について
(1) 商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。・・・)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができない旨を規定しているが、これは、同号掲記の標章は、商品の産地、販売地その他の特性を表示、記述する標章であって、取引に際し必要な表示として誰もがその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないことから、登録を許さないとしたものである。
(2) 本願商標は、「のむシリカ」の文字を標準文字で表してなるところ、その構成中の「のむ」の文字は、「口に入れて噛まずに食道の方に送る。喉に流し入れる。」の意味を有する「飲む」の語に通じ、また、その構成中の「シリカ」の文字は、「二酸化ケイ素の通称」を意味する(広辞苑第7版。乙1、2)
(3) 本件審決の時点において、本願商標の指定商品に係る取引分野において、シリカは体に欠かせない成分として注目を集め、シリカを含有することをうたう飲料が広く流通し(乙3~12)、また、「飲むミネラル」、「飲むコラーゲン」、「飲む高濃度ビタミンC」、「飲むカルシウム」、「飲むヒアルロン酸」、「飲むセラミド」、「飲む乳酸菌」等、「飲む○○」と称する、経口で栄養成分などを摂取できる商品(飲料、サプリメントなど)が広く流通している実情もある(乙13~24)
 そうすると、本願商標は、これを指定商品「シリカを含有する飲料水」に使用するときは、需要者及び取引者に、「飲むことができる(経口摂取することができる)シリカ」程度の意味を認識させるものであって、単に商品の品質(摂取方法、成分)を表示するにすぎないものといえる
(4)ア 原告は、本願商標は、従来「シリカゲル」を示すもので、水に不溶であり、摂取不可と認識されていた有効成分である「シリカ」を摂取することができるという特徴を端的に示した、「のむシリカ」全体として一語の造語であって、単に商品の品質を表示するのみならず、強い識別力を有する旨主張する。
 しかし、「シリカ」が「シリカゲル」の略称として取引者、需要者に認識されていたことや、「シリカ」が水に不溶であることが取引者・需要者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。原告商品を宣伝する業界誌の記事(甲12。個別に言及する場合を除き枝番を含む。以下、枝番のある書証につき同じ。)をみても、「シリカ」と「シリカゲル」の関係についても、「シリカ」が水に不溶であることについても言及されておらず、原告商品におけるシリカが人工的に配合されたものでなく、天然水(ナチュラルミネラルウォーター)に由来することを強調しているにとどまる。かえって、シリカを含有することをうたう飲料が広く流通していることは前記(3)のとおりである。
イ 原告は、本願商標の指定商品は「ナチュラルミネラルウォーター」である「シリカを含有する飲料水」であって、人為的又は意図的に製造されたものではないのに対し、本件審決が援用する「飲む〇〇」と称する、経口で栄養成分などを摂取できる商品は、固形の食品に含まれている成分を、人為的かつ意図的に液体に溶解又は懸濁させて、形態を固体から液体に変化させたものであるから、本件審決が援用する事例は本願商標の商標法3条1項3号該当性を判断するのに適切ではない旨主張する。しかし、本願商標の指定商品は「シリカを含有する」に至るについて、人工的に配合されたものであるか否か、また、飲料水が「ナチュラルミネラルウォーター」であるか否かを区別していないのであり、原告の主張は採用できない。
 また、原告は、本件審決が、本件審決の援用する事例に係る商品と本願商標の指定商品とが、健康食品として取引市場や需要者層は共通している旨認定したことについて、「健康商品」の明確な定義も示されておらず、例えば固形のサプリメントと液体のサプリメントは流通経路が異なること等も無視するもので、不当である旨主張する。しかし、本件審決の援用する事例に係る商品と本願商標の指定商品に係る商品は、いずれも健康や美容のために栄養分を経口摂取する点で共通し、その需要者は、一般消費者であり、販売場所もドラッグストア、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、オンラインショッピング等で共通するものであって、原告の主張は採用できない。
ウ 原告は、本件審決が、商標法3条1項3号該当性の判断について、需要者の認識を問題としたことを不当である旨主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、同号に該当する商標の登録を許さないのは、独占適応性の問題だけでなく、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないことにもよるのであるから、本件審決が需要者の認識を問題としたことに何ら不合理な点はない(商標法3条1項3号について需要者の認識も問題となることについて、最高裁昭和60年(行ツ)第68号同61年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事147号7頁参照)。
(5) 以上のとおりであって、取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について
(1) 商標法3条2項は、同条1項3号ないし5号に対する例外として、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」は商標登録を受けることができる旨規定している。その趣旨は、特定人が当該商標をその業務に係る商品の自他識別標識として他人に使用されることなく独占排他的に継続使用した実績を有する場合には、当該商標は例外的に自他商品識別力を獲得したものということができる上に、当該商品の取引界において当該特定人の独占使用が事実上容認されている以上、他の事業者に対してその使用の機会を開放しておかなければならない公益上の要請は薄いということができるから、当該商標の登録を認めようというものである。したがって、同条2項の要件を具備し、登録が認められるためには、審決時において、取引者・需要者において何人かの業務に係る商品であることを認識することができることを要するというべきである
(2) 各種業界誌(甲12)には、「のむシリカ」の商品名を有する原告の製造に係るナチュラルミネラルウォーター(原告商品)が平成29年4月に発売されたこと、当初はネット通販市場で販売されていたが、令和2年12月には小売店での販売を開始し、累計販売数は、令和4年には5000万本に、令和5年7月には1億本に達したこと、原告が年間数十億円をかけて、インターネットをはじめ様々なメディアでプロモーションを展開していたこと等が記されている。
 また、原告は、令和2年以降、各種タレントを起用して、「月刊のむシリカ」と題する購入者向けの冊子を作成している(甲8)。
 しかしながら、上記業界誌の各記事では同様の内容が繰り返されており、1l当たり90mg、93mgのシリカを含有する競合品がある(甲12の3の図表①のB社、D社)にもかかわらず、原告商品における「1l当たり97mg」というシリカの含有量を「断トツ」と表現する(甲12の3の本文)等、その記載内容の正確性・客観性には疑義がある。上記各記事では、「シリカ水売上第1位」と謳うものもあるが(甲12の5等)、その実情は令和4年1月のアマゾンにおける売上という、特定の時点における特定のプラットフォームにおける販売実績を繰り返し掲載しているにすぎず、「楽天市場調べ」で「シリカ水売り上げ第1位」とするもの(甲12の10)は時期も特定されていない。
 また、上記各記事における販売量に関する数値が正確なものであるとすれば、令和4年から令和5年の約1年間の原告商品の販売数は5000万本程度であるところ、原告商品(500ml)1本あたりが108円(甲14の1の税込金額を箱数と本数で割った数値。230万6880円÷890箱÷24本)とすると、その売上額は約54億円となる。令和5年のミネラルウォーター類の販売金額が約4212億円(乙26)とされていることから、ミネラルウォーターの取引市場全体との対比において1%程度にすぎない。
 また、上記各記事における宣伝費に関する数値が正確なものであるとしても、その内訳も不明であり、これが全国市場における一般需要者に到達するほどの宣伝広告規模であったと認定するに足りる証拠はない。
 その他、本願商標について、一般需要者の間における、原告を含む特定の取引主体に係る出所識別標識としての認知度や知名度の程度を直接的かつ客観的に示すような証拠は提出されていない。
 そうすると、本願商標は、原告に係るブランド名として、その指定商品に係る一般需要者の間において、広く知られるに至っていると認めることはできず、原告により使用された結果、何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものになったとはいえないから、商標法3条2項の要件を具備しない。
(3)ア 原告は、本願商標の指定商品が、経口で栄養成分などを摂取できる商品やサプリメントでないことを理由に、これらの商品を取引の実情に関し参酌した本件審決を論難するが、前記1(4)イのとおり、本件審決の援用する事例に係る商品と本願商標の指定商品に係る商品は、健康や美容のために栄養分を経口摂取するものであること、需要者及び販売場所でも共通するのであって、本件審決の説示に誤りはない。
イ 原告は、商標法3条2項の要件を判断するに当たっては、最近の広告・宣伝期間やその技術の発達による大衆への浸透力、使用の期間と密度を考慮すべきである旨主張するが、その具体的内容は明らかでなく、前記(2)に説示したところに照らし採用できない。
ウ 原告は、商標法3条2項が適用されるには、何人かの一定の業務に係る商品であることが判明すれば足り、その氏名・名称等を認識する必要はないのに、本件審決が、「一般需要者の間における、請求人の自他商品の出所識別標識としての認知度や知名度の程度を直接的かつ客観的に示すような証拠は提出されていない。」と説示したのは誤りである旨主張する。
 商標法3条2項の適用については、需要者において特定の者の業務に係る商品であることを要し、ただその具体的な氏名・名称等を認識する必要はなく、「何人か」の業務に係る商品であることの認識があれば足りるところ、本件審決は、原告が、本願商標が「請求人の」取り扱う商品を表示する商標として取引者及び需要者に広く認識されている旨主張したのに対応して上記のように説示したものであり、引き続いて「本願商標は、請求人により使用された結果、何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものになったとはいえず、商標法第3条第2項の要件を具備しない。」と説示していることに照らしても、原告の主張が失当であることは明らかである。
3 結論
 以上によれば、本願商標は商標法3条1項3号に該当し、同条2項の要件を具備しないから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
 したがって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

 

【若干の解説】

1 総論

 商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(いわゆる記述的表示のみからなる商標)につき、商標登録を受けることができないことを定める。これは、このような商標は取引上一般的に使用されることが多いため、自他商品・役務識別力がなく、また取引上何人も使用する必要があるため特定人の独占を認めることが妥当でないことに基づく。
 一方で、商標法3条2項は、「前項第三号から第五号までに該当する商標であっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。」と定める。これは、商標法3条1項3号から5号に規定された商標は、特定の者がその業務に係る商品・役務について使用した結果として、当該特定の者とその商品・役務とが密接に結びつき、自他商品・役務識別力をもつ場合があることが経験的に認められていることから、このような場合には登録を認めることとする規定である。
 本件では、本願商標について、商標法3条1項3号の商標に該当し、かつ同法3条2項の要件を充足しないとして、結論として商標登録が否定された。以下、本件の判断について整理しつつ、適宜若干の補足を行うこととする。

2 本件の判断

 ⑴ 商標法3条1項3号該当性

  ア 判示内容

    本判決はまず以下のように述べ、商標法3条1項3号の商標が商標登録を受けられないものとされ           る趣旨を明らかにする。

商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。・・・)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができない旨を規定しているが、これは、同号掲記の標章は、商品の産地、販売地その他の特性を表示、記述する標章であって、取引に際し必要な表示として誰もがその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないことから、登録を許さないとしたものである。

 その上で、裁判所は以下のとおり述べ、「のむシリカ」(本願商標)は、指定商品「シリカを含有する飲料水」に使用するときは、需要者及び取引者に「飲むことができる(経口摂取することができる)シリカ」程度の意味を認識させるもので、単に商品の品質(窃取方法、成分)を表示するものにすぎず、結論として、本願商標は商標法3条1項3号の商標に該当する(取消事由1には理由がない)と判断した。

(2) 本願商標は、「のむシリカ」の文字を標準文字で表してなるところ、その構成中の「のむ」の文字は、「口に入れて噛まずに食道の方に送る。喉に流し入れる。」の意味を有する「飲む」の語に通じ、また、その構成中の「シリカ」の文字は、「二酸化ケイ素の通称」を意味する(広辞苑第7版。乙1、2)

(3) 本件審決の時点において、本願商標の指定商品に係る取引分野において、シリカは体に欠かせない成分として注目を集め、シリカを含有することをうたう飲料が広く流通し(乙3~12)、また、「飲むミネラル」、「飲むコラーゲン」、「飲む高濃度ビタミンC」、「飲むカルシウム」、「飲むヒアルロン酸」、「飲むセラミド」、「飲む乳酸菌」等、「飲む○○」と称する、経口で栄養成分などを摂取できる商品(飲料、サプリメントなど)が広く流通している実情もある(乙13~24)。

そうすると、本願商標は、これを指定商品「シリカを含有する飲料水」に使用するときは、需要者及び取引者に、「飲むことができる(経口摂取することができる)シリカ」程度の意味を認識させるものであって、単に商品の品質(摂取方法、成分)を表示するにすぎないものといえる

イ 若干の補足

 ところで、上記以降は原告の個別の主張を裁判所が否定する旨の判示が続くが、以下の内容は若干の注目に値すると思われる。

 

(4)ア 原告は、本願商標は、従来「シリカゲル」を示すもので、水に不溶であり、摂取不可と認識されていた有効成分である「シリカ」を摂取することができるという特徴を端的に示した、「のむシリカ」全体として一語の造語であって、単に商品の品質を表示するのみならず、強い識別力を有する旨主張する。
 しかし、「シリカ」が「シリカゲル」の略称として取引者、需要者に認識されていたことや、「シリカ」が水に不溶であることが取引者・需要者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。原告商品を宣伝する業界誌の記事(甲12。個別に言及する場合を除き枝番を含む。以下、枝番のある書証につき同じ。)をみても、「シリカ」と「シリカゲル」の関係についても、「シリカ」が水に不溶であることについても言及されておらず、原告商品におけるシリカが人工的に配合されたものでなく、天然水(ナチュラルミネラルウォーター)に由来することを強調しているにとどまる。かえって、シリカを含有することをうたう飲料が広く流通していることは前記(3)のとおりである。


 上記の前半では原告の主張が摘示されているが、当該主張の全体を示すと、以下のとおりである。

ア 「シリカ」は「二酸化ケイ素の通称」であり、二酸化ケイ素は水に不溶である。また、「シリカ」という文言は吸湿剤である「シリカゲル」(固形)の略号としても、昔から需要者に広く知られているところ、シリカゲルは第一次大戦中に毒ガスの吸着剤として開発されたものであり、食べてはいけないものであることが需要者の間で広く認識されていた。
 このような需要者の認識に対応するため、水に不溶の「二酸化ケイ素」を水に溶解性の「ケイ酸塩」にし、「摂取できる形のケイ素化合物が配合された飲み物である」ことを明示する必要があった。
 そして、シリカを含有する飲料水等の商品が世の中に広まり始めたのは最近(令和3年)である。
 本願商標は、従来は摂取不可と認識されていた有効成分であるシリカを摂取することができるという特徴を端的に示した、「のむシリカ」全体として一語の造語であって、単に商品の品質を表示するのみならず、強い識別力を有するものである。


 上記の原告の主張について敷衍すると、仮に、審決時において「のむシリカ」という文言が示す概念が一般的でなかったとすれば、取引者・需要者において「のむシリカ」を商品の一般の品質を表すものと認識することは難しくなる。上記の原告の主張は、このような効果を狙ったものと推察される(「のむシリカ」が造語である旨の主張も、上記の内容を裏付ける趣旨のものと考えらえる。)。
 しかし、裁判所は「「シリカ」が「シリカゲル」の略称として取引者、需要者に認識されていたことや、「シリカ」が水に不溶であることが取引者・需要者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。」「かえって、シリカを含有することをうたう飲料が広く流通していることは前記(3)のとおりである。」として、上記の原告の主張を否定した。
 本件では、査定時に既にシリカを含有することを謳う飲料が広く流通しており、需要者・取引者において、“シリカは飲むことができる”という認識がある程度一般化していたことから[1]、裁判所は上記の原告の主張を排斥したものと思料される。したがって、逆に本件審決が、シリカを含有することを謳う飲料が流通する前に行われていたとすれば、上記の原告の主張は相対的に説得力の高いものであった可能性があるように思われる。

 

⑵ 商標法3条2項の要件を充足するか

 こちらに関しても、裁判所はまず商標法3条2項の趣旨と、要件具備に必要な内容を明らかにする。

(1) 商標法3条2項は、同条1項3号ないし5号に対する例外として、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」は商標登録を受けることができる旨規定している。その趣旨は、特定人が当該商標をその業務に係る商品の自他識別標識として他人に使用されることなく独占排他的に継続使用した実績を有する場合には、当該商標は例外的に自他商品識別力を獲得したものということができる上に、当該商品の取引界において当該特定人の独占使用が事実上容認されている以上、他の事業者に対してその使用の機会を開放しておかなければならない公益上の要請は薄いということができるから、当該商標の登録を認めようというものである。したがって、同条2項の要件を具備し、登録が認められるためには、審決時において、取引者・需要者において何人かの業務に係る商品であることを認識することができることを要するというべきである

 その上で、裁判所は以下のとおり述べ、商標法3条2項の要件具備を否定した。
 ここでは、主な事情として、①そもそも提出された証拠(甲8)の記載内容の正確性・客観性に疑義があること、②仮に当該証拠の記載内容が正しかったとしても、売上に関しては、取引市場全体との対比において1%程度でしかなく、また宣伝費に関しては、その内訳が不明で全国市場における一般需要者に到達するほどの規模であったと認定できないこと、③その他、一般需要者の間における、原告を含む特定の取引主体に係る出所識別標識としての認知度や知名度の程度を直接的かつ客観的に示すような証拠が提出されていないことの概ね三点が述べられている。

(2) 各種業界誌(甲12)には、「のむシリカ」の商品名を有する原告の製造に係るナチュラルミネラルウォーター(原告商品)が平成29年4月に発売されたこと、当初はネット通販市場で販売されていたが、令和2年12月には小売店での販売を開始し、累計販売数は、令和4年には5000万本に、令和5年7月には1億本に達したこと、原告が年間数十億円をかけて、インターネットをはじめ様々なメディアでプロモーションを展開していたこと等が記されている。
 また、原告は、令和2年以降、各種タレントを起用して、「月刊のむシリカ」と題する購入者向けの冊子を作成している(甲8)。
 しかしながら、上記業界誌の各記事では同様の内容が繰り返されており、1l当たり90mg、93mgのシリカを含有する競合品がある(甲12の3の図表①のB社、D社)にもかかわらず、原告商品における「1l当たり97mg」というシリカの含有量を「断トツ」と表現する(甲12の3の本文)等、その記載内容の正確性・客観性には疑義がある。上記各記事では、「シリカ水売上第1位」と謳うものもあるが(甲12の5等)、その実情は令和4年1月のアマゾンにおける売上という、特定の時点における特定のプラットフォームにおける販売実績を繰り返し掲載しているにすぎず、「楽天市場調べ」で「シリカ水売り上げ第1位」とするもの(甲12の10)は時期も特定されていない。
 また、上記各記事における販売量に関する数値が正確なものであるとすれば、令和4年から令和5年の約1年間の原告商品の販売数は5000万本程度であるところ、原告商品(500ml)1本あたりが108円(甲14の1の税込金額を箱数と本数で割った数値。230万6880円÷890箱÷24本)とすると、その売上額は約54億円となる。令和5年のミネラルウォーター類の販売金額が約4212億円(乙26)とされていることから、ミネラルウォーターの取引市場全体との対比において1%程度にすぎない
 また、上記各記事における宣伝費に関する数値が正確なものであるとしても、その内訳も不明であり、これが全国市場における一般需要者に到達するほどの宣伝広告規模であったと認定するに足りる証拠はない。
 その他、本願商標について、一般需要者の間における、原告を含む特定の取引主体に係る出所識別標識としての認知度や知名度の程度を直接的かつ客観的に示すような証拠は提出されていない
 そうすると、本願商標は、原告に係るブランド名として、その指定商品に係る一般需要者の間において、広く知られるに至っていると認めることはできず、原告により使用された結果、何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものになったとはいえないから、商標法3条2項の要件を具備しない


 商標法3条2項の要件を充足するかの立証責任は充足を主張する側(本件では原告)にあるところ、裁判所の上記判示から、原告の提出した証拠は、同法3条2項の要件充足を立証するのに足りなかったことが窺える。

 

3 その他

 以上、商標法3条1項3号の商標に該当し、かつ同法3条2項の要件を充足しないとして、商標登録が否定された事例に係る判決について述べた。
 ところで、上記において、商標が示す概念が審決時に一般的でない場合、取引者・需要者において当該商標を商品の一般の品質を表すものと認識することは難しくなり、商標法3条1項3号該当性を否定する方向に働く、という趣旨を述べたが、このような主張と、同法3条2項の要件を充足するという主張は、一般に二者択一の関係に立つことが多いものと思われる。というのは、既に一定以上の使用実績があることや、大規模な広告を行ったことといった同法3条2項の要件充足を肯定する方向に働く事実は、一般には、商標が示す概念が審決時において一般的でない、という内容を否定する方向に働くことが多いと考えられるためである。
 この意味で、いずれの主張に主眼を置くか検討する際は、審決のタイミングを考慮することも重要になると思料される。

[1] あくまで推測だが、このような背景から、原告として「「シリカ」が「シリカゲル」の略称として取引者、需要者に認識されていたことや、「シリカ」が水に不溶であることが取引者・需要者に認識されていたこと」を示す証拠を収集・提出することが困難であった可能性がある。


以上
弁護士 稲垣紀穂