【令和6年7月17日(東京地裁 令和3年(ワ)第24292号)】
【キーワード】
商品等表示、著名な商品等表示、不正競争防止法、不正競争防止法2条1項2号、不正競争防止法19条1項5号
【事案の概要】
本件は、原告が、被告に対し、
(1) 「チームラボ株式会社」との原告の商号(以下「原告商号」という。)及び別紙原告目録記載の各表示(以下、番号に従って「原告表示1」及び「原告表示2」といい、これらと原告商号とを併せて「原告表示等」という。)は原告の著名な商品等表示であって、被告が表札、看板、別紙URL目録記載のURLにおいて開設するウェブサイト(以下「被告ウェブサイト」という。)等に、原告表示等と同一又は類似の「株式会社チーム・ラボ」との被告の商号(以下「被告商号」という。)及び別紙被告表示目録記載の各表示(以下、番号に従って「被告表示1」及び「被告表示2」などといい、これらと被告商号とを併せて「被告表示等」という。)を使用する行為は、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項2号の不正競争に該当すると主張して、
① 不競法3条1項及び2項に基づき、被告表示等の使用の差止め、被告商号の抹消登記手続及び被告表示1ないし4の削除を、
② 不競法4条に基づき、損害金110万円(信用毀損等による損害額100万円及び弁護士費用相当額10万円の合計)及びこれに対する令和3年12月27日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を、
(2) 被告が、不正の目的をもって、原告であると誤認されるおそれのある被告商号を使用する行為により、原告の営業上の利益を侵害され、又はそのおそれがあると主張して
③ 会社法8条2項に基づき、被告商号の使用の差止め及び抹消登記手続を、それぞれ求める(被告商号の使用の差止め及び抹消登記手続の各請求は、不競法3条1項及び2項に基づく請求と会社法8条2項に基づく請求の選択的併合)事案である。
別紙記載
原告表示1:チームラボ |
【争点】
1. 原告表示等が原告の著名な商品等表示であるか。
2. 原告表示等が著名になる前から被告表示等を不正の目的なく使用しているか。
※ 他の争点は割愛する。
【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)
第1・第2省略
第3 当裁判所の判断
1 争点1-1(原告表示等が原告の著名な商品等表示であるか)について
⑴ 認定事実等
後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 作品展示の状況(前提事実(2)、甲6ないし600、1665ないし1691、弁論の全趣旨)
原告は、平成13年12月以降、日本各地において、「実験と革新」をテーマに制作したデジタルアート作品の展示を行っており、その際、各展示の展示名や、展示施設内外に設けた案内、広告等において、原告表示を使用している。原告が日本国内で実施した展示の1年間当たりの回数は、平成23年に10回を超え、平成26年から平成29年にかけては約40ないし60回に及んでいた。原告が日本国内で実施した展示のうち、証拠(後記別紙原告展示一覧表参照)及び弁論の全趣旨により来場者数が●(省略)●と認められるものは、別紙原告展示一覧表のとおりである(なお、別紙原告展示一覧表記載の展示には、同一会場において原告の作品以外の作品が展示されている場合も含まれているから、当該会場に来場した者の全てが原告の作品を鑑賞したか否かは明らかでないというべきである。)。
このほか、原告は、アジア(インド、インドネシア、サウジアラビア、シンガポール、タイ、中国等)、ヨーロッパ(イギリス、イタリア、スイス、フランス等)、北米(アメリカ合衆国、カナダ等)、南米(チリ、ブラジル等)、オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド等)などの諸外国においても、デジタルアート作品の展示を行っている。
イ マスメディア等における原告の紹介等の状況(甲1008ないし1047の2、1050ないし1514、弁論の全趣旨)
少なくとも平成25年以降、日本国内において、原告の作品を紹介したり、原告の代表者であるとの肩書を冠して原告代表者が出演したりする番組が、多数回放送されている。このうち、全国規模(日本放送協会、民放キー局制作の全国ネット番組など(番組を視聴するための対価の支払を要しないものに限る。))で放送された番組は、別紙番組一覧表記載のとおりである。もっとも、各番組の視聴率を認めるに足りる証拠はない。
また、原告の作品や当該作品が展示されている施設が、新聞、雑誌、ウェブサイト等の記事において、多数回紹介されている。
ウ 原告の受賞歴等(甲1515ないし1569、1695)
原告及び原告代表者は、平成19年以降、原告、原告代表者等が制作した作品につき、日本のみならず世界各国の多数の賞を受賞している。
特に、チームラボボーダレスは、平成31年、第25回ティア・アワードにおいて「優秀功績賞」を受賞(日本国内施設では東京ディズニーシー、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに続いての受賞)すると共に、令和3年、最も来館者の多い美術館(単一アート・グループ)のギネス世界記録に認定された。
また、チームラボプラネッツは、令和5年、旅行業に携わる者のほか一般消費者も加えた投票に基づき、「ワールド・トラベル・アワード」の「アジアを代表する観光名所2023」に選出された。
エ 原告ウェブサイトへのアクセス数(甲1570、弁論の全趣旨)
原告は、原告ウェブサイトにおいて、原告表示等を使用しているところ、平成30年ないし令和4年における日本国内からのアクセス数(新規ユーザー数)は、以下のとおりであった。
平成30年 ●(省略)●
令和元年 ●(省略)●
令和2年 ●(省略)●
令和3年 ●(省略)●
令和4年 ●(省略)●(ただし、同年9月16日まで)
⑵ 検討
前記(1)の認定事実等を踏まえて、原告表示等が著名な原告の商品等表示に当たるか否かについて検討する。
ア 不競法2条1項2号による著名な商品等表示の保護は、従来、同項1号では困難とされていた、他人の商品等表示の不当利用や希釈化の防止を可能とする一方、同号による周知な商品等表示の保護と比較すると、広義の混同すら生じない無関係な分野にまで及ぶものである。この点にかんがみると、ある表示が著名な商品等表示に当たるというためには、当該表示に係る商品又は営業の需要者又は取引者において、日本国内の広い地理的範囲にわたり、当該表示がその出所を示すものとして広く認識されていることが必要であると解される。そして、商品等表示がこのような意味での著名性を獲得するためには、取引や広告宣伝等を通じて当該表示に接することにより、当該表示が出所を示すものであるとの認識が幅広い需要者又は取引者に定着していく必要があると解される。
このように、商品等表示の著名性とは、日本国内の広い地理的範囲にわたる需要者又は取引者における当該表示が出所を示すものであるとの認識の蓄積、浸透及び定着の度合が大きいことを意味するものといえるから、ある商品等表示が著名であるか否かは、日本国内における当該商品等表示に係る商品の販売量又は営業の総量、当該商品等表示が使用された期間の長さ、需要者又は取引者が当該商品等表示に接した際にそれが出所を示すものであるとの認識の定着に寄与する程度などを総合考慮して判断するのが相当である。
イ まず、作品展示の状況についてみると、平成29年以前においては、原告の作品が展示された展示会等のうち来場者数が●(省略)●ものは、東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県といった東京都及びその近郊で開催されたものが大半で、開催回数も年に2、3回程度に限られていたこと、東京都及びその近郊以外で開催され、来場者数が●(省略)●展示会等も、三重県、広島県、大阪府、福岡県、大分県、徳島県、岐阜県、佐賀県及び長崎県において開催されたものにとどまるから、この時点では、来場者数は限定的で、来場者の住所地も地理的に大きく偏っていたと考えられる(なお、前記(1)アのとおり、当該来場者数に相当する全ての者が原告の作品を鑑賞したか否かは明らかでない。)。また、会場が美術館であったり、展示名に「芸術」、「アート」、“DESIGNERS”、“DESIGN”との文言が含まれたりする展示が多く、美術、芸術の分野に関心がない者は、原告の作品の展示にも原告表示等にも注意を払わなかった可能性がある。
その後、平成30年ないし令和元年にかけて、政令指定都市以外の県庁所在地等の地方都市で開催した展示会等においても来場者数が●(省略)●ようになり、その回数も年に10回程度と大幅に増加している。特に、チームラボボーダレスの開館後1年間の来場者数が約230万人、チームラボプラネッツの開館後1年間の来場者数が約120万人であったことからすると(もっとも、チームラボボーダレスの来場者の約50パーセント、チームラボプラネッツの来場者の約30パーセントは、訪日外国人であった。甲1600)、この頃から、必ずしも美術や芸術といった特定の分野に関心を有しない者も、チームラボボーダレス及びチームラボプラネッツに来場するなどして、原告の作品に関心を有するようになったことがうかがわれる。そして、原告の作品に関心を有するようになった一般消費者が、その作品を展示する施設や当該展示に係る広告宣伝に付されている原告表示等を目にすることで、原告表示等は、それまで以上の速度で知名度を獲得していったと考えられる。
もっとも、上記のとおり、来場者数が●(省略)●展示に係る会場の所在地に照らせば、作品展示や当該展示に係る広告宣伝などを通じた原告表示等の知名度の獲得は、東京やその近郊、政令指定都市といった大都市や、県庁所在地などの中規模都市に居住する者が中心と考えられること、本件全証拠及び弁論の全趣旨により認定できる原告の作品展示への来場者数が訪日外国人を含めてのべ●(省略)●に満たないことにかんがみれば、需要者である一般消費者において、原告表示等が商品等表示として日本国内の広い地理的範囲にわたって広く認識されるといえるには、マスメディア等を通じた知名度の獲得によって補われる必要があると考えられる。
ウ そこで、マスメディア等における原告の紹介等の状況についてみると、平成29年以前において、原告又は原告代表者を紹介する番組(全国規模(日本放送協会、民放キー局制作の全国ネット番組など)で、かつ、番組を視聴するための対価の支払を要しないものに限定して検討する。)は、年間10本程度以下にとどまり、その多くは、ニュース番組や情報番組であり、原告の作品やオフィスを紹介するものであった。
その後、平成30年にチームラボボーダレス及びチームラボプラネッツが開館したことに合わせて、以後、多くのニュース番組、情報番組等において原告の作品及びその展示施設が紹介されたこと(平成30年に放送された番組数は、平成29年に放送された番組数の約3倍である。)、令和3年には、比較的知名度の高い長時間特別番組「24時間テレビ」や音楽番組「ミュージックステーション」といった、ニュース番組、情報番組とは視聴者層が異なると考えられる番組においても、チームラボボーダレス及びチームラボプラネッツが紹介されたことから、それまで以上に幅広い層に原告表示等が知られるようになった可能性が高い。
このように、原告、原告代表者及び原告の作品は、ニュース番組、情報番組、音楽番組等において紹介されているところ、このうち、ニュース番組は、幅広い層の視聴者が視聴するものの、多数の時事報道等の中の一つとして放送されることになるため、原告等が紹介される時間は相対的に短いと考えられる。これに対し、昼の時間帯などに放送される情報番組は、特定のテーマに絞った番組構成となっており、原告等が紹介される時間がニュース番組に比して相対的に長い上、体験レポートなどを交えて視聴者により強く印象付ける形で放送されていると考えられる一方、その視聴者層は、当該時間帯にテレビを視聴可能な者に限られるため、限定的であると考えられる。また、平成27年の「SWITCH インタビュー達人達(たち)」及び「世界一受けたい授業」、平成28年の「プロフェッショナル仕事の流儀」及び「another sky-アナザースカイ-」といった地上波放送の番組において、20ないし60分程度の長さにわたって原告又は原告代表者に焦点を当てた放送がされたものの、全ての視聴者が一度の放送だけで原告表示等についての認識を定着させられるとまでは認め難いし、より放送時間が長かった他の番組についても、衛星放送で放送されたものが複数あり、必ずしも全ての番組が幅広い層に視聴されたとは認め難い。
そして、原告の作品展示施設に来場する需要者は、原告及び原告の作品を知った上で来場するのが通常であるのに対し、テレビ番組の視聴者の中には、原告又は原告の作品を知らない者や、当該番組で原告等が紹介されていることを意識しないまま当該番組を視聴する者も多数いると考えられるから、当該番組中で原告表示等を目にしたとしても、それが原告の営業に係る出所を示すものであるとの認識の定着に寄与する程度は、原告の作品展示施設に来場する需要者が原告表示等を目にする場合と比較すると、相対的に小さいと考えられる。
エ 前記イ及びウのとおり、平成30年以降、特定の層に限られない一般消費者が原告の作品を展示する施設や当該展示に係る広告宣伝に付されている原告表示等を目にすることで、原告の作品を展示する展示会等に対する関心を持つ者が増加し、原告表示等は、それまで以上の速度で知名度を獲得していったと考えられるものの、原告表示等が日本国内の広い地理的範囲にわたって、商品等表示として広く認識されるためには、マスメディア等を通じた知名度の獲得によって補われる必要があったといえる。そして、原告を紹介する番組が多数テレビで放送されているものの、当該番組それぞれが有する原告表示等の認識の定着に寄与する程度は、原告の作品展示施設に来場する需要者が原告表示等を目にする場合と比較すると、相対的に小さいと考えられることなどから、原告表示等が需要者において商品等表示として日本国内の広い地理的範囲にわたって広く認識されるに至るには、相当の時間を要したものといえる。
そして、チームラボボーダレス及びチームラボプラネッツが開館した平成30年6月ないし7月以降も、県庁所在地など都市を中心に原告表示等を用いた展示名による作品展示が行われていること(前記(1)ア。別紙原告展示一覧表参照)、多くのテレビ番組で、原告の作品が原告表示等と共に多数紹介されており、特に令和3年に入って、ニュース番組、情報番組とは視聴者層が異なると考えられる番組においても、チームラボボーダレス及びチームラボプラネッツが数多く紹介されていたこと(前記(1)イ。別紙番組一覧表参照)、その他原告の受賞歴等や原告ウェブサイトへのアクセス数(前記(1)ウ及びエ)を考慮すると、原告表示等は、現時点において著名な原告の商品等表示に当たると認められるものの、著名になった時期は、早くともチームラボボーダレス及びチームラボプラネッツが開館して約3年が経過した令和3年7月頃であったと認めるのが相当である。
⑶ 原告の主張について
原告は、多数のフォロワーを有する著名人により、SNSにおいて、原告の作品及び商品等表示への言及がされていること等を、著名性獲得の根拠として考慮すべきであると主張する。
確かに、近年のSNSが有する情報発信力の強さは否定できないものの、フォロワーの多いアカウントにおいて、原告の作品又は原告表示等に言及する投稿がされたとしても、実際に原告の作品展示施設に来場した者等に比し、全てのフォロワーが原告及び原告の作品についての認識及び関心を有しているのかは必ずしも明らかではなく、当該投稿を流し読みするなどして原告表示等についての認識の定着に寄与しない場合も少なくないと考えられることから、フォロワー数が多いからといって、当然に原告表示等について需要者に広く認識されているとは認め難い。
このほか、全てのフォロワーが日本国内に在住する者であるとは限らないことも考慮すると、原告が主張する事情を、原告表示等の著名性の有無及びその獲得時期の判断に当たって考慮することが相当とはいえない。
2 争点1-4(原告表示等が著名になる前から被告表示等を不正の目的でなく使用しているか)について
⑴ 前記1のとおり、原告表示等が著名な原告の商品等表示となった時期は、早くとも令和3年7月頃であったと認められる。
これに対し、前提事実⑶のとおり、被告が被告表示等の使用を始めたのは、令和2年4月以前であるから、被告は、原告表示等が著名になる前から被告表示等を使用していると認められる。
⑵ 不競法19条1項5号(令和6年3月31日以前の行為については令和5年法律第51号による改正前の同項4号)所定の「不正の目的」とは、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう(同項2号)。そこで、前記(1)の被告による被告表示等の使用について、このような目的でなくされたと認められるか否かが問題となる。
ア まず、被告は、被告表示等のうち使用開始が最も遅い被告表示4の使用を始めた令和2年4月時点においても、いまだ原告表示等を認識していなかったと主張するので、そのような事実が認められるか否かを検討する。
(ア) この点について、D及び被告の従業員であるE(以下「E」という。)は、上記被告の主張に沿う証言をする(証人D、証人E)。
そこで、上記各証言の信用性について検討すると、前提事実(3)及び前記1のとおり、被告が被告表示4の使用を始めた令和2年4月時点で、原告表示等が著名であったとは認められない上、前記1(1)ア(別紙原告展示一覧表参照)のとおり、原告の作品の展示は、会場が美術館であったり、展示名に「芸術」、「アート」、“DESIGNERS”、“DESIGN”、「遊園地」との文言が含まれていたりする展示が多く、美術、芸術の分野や遊園地に関心を有しない者は、原告の作品の展示にも原告表示等にも注意を払わなかった可能性があるところ、本件証拠上、D及びEが、これらの分野に特に関心を有していたことはうかがわれない。確かに、被告所在地と同一都道府県内においても、平成27年7月から同年8月にかけて、「京セラドーム大阪スカイホール」において“Learn & Play! teamLab Future Park”と題する展示、平成28年3月から同年6月にかけて、「ひらかたパークイベントホール」において「チームラボアイランド踊る!美術館と、学ぶ!未来の遊園地」と題する展示、平成30年7月から同年9月にかけて、「あべのハルカス美術館」において「チームラボ学ぶ!未来の遊園地」と題する展示がそれぞれされていることが認められる(前記1(1)ア(別紙原告展示一覧表参照))。しかし、最も来館者数の多い「あべのハルカス美術館」における展示についてみても、当該美術館は、被告所在地の至近にあるとはいえないし、来館者が●(省略)●にとどまること、開催場所が美術館であること、展示名に「未来の遊園地」とあることから、美術や遊園地に関心がない者は、当該展示に関心を抱かず、注意を払わないと考えられるところ、D及びEも同様であった可能性がある。
さらに、「チーム」は、競技・仕事などの分隊との意味を有する英単語“team”の片仮名表記、「ラボ」は、医療に関わる実験室、研究室、薬品などの製造所の意味を有する英単語“laboratory”の片仮名表記を略したもの又は英単語“labo”の片仮名表記であって、“team”、“laboratory”及び“labo”は、いずれもよく知られた英単語であること、予防医学支援、労働者派遣事業法に基づく労働者派遣事業等を目的とする会社である被告(前提事実(1)イ)の商号として、これらの英単語を利用することは自然であるといえるから、Dが原告表示等を認識することなく被告表示等に思い至ったとしても、特段不合理ではないというべきである。
以上の検討によれば、D及びEの上記各証言は信用することができ、他方、本件全証拠によっても、それらの信用性を否定するに足りる事情は認められない。
(イ) なお、証拠(甲1576)によれば、被告は、被告アカウントから原告アカウントをフォローしたことが認められるから、その際、原告表示等を認識したと認められるものの、その時期を認めるに足りる証拠はない。
しかも、被告アカウントから原告アカウントをフォローするためには、その前に被告アカウントを作成する必要があるから、被告が当該フォローの際に原告表示等を認識したとしても、それは被告が被告表示4の使用を始めた後ということになる。
(ウ) このほか、被告アカウントから原告アカウントのフォローがされた時点より前に、被告が原告表示等を認識していたことをうかがわせる証拠がないことを考慮すると、被告は、被告表示等の使用を始めた時点において、原告表示等を認識していなかったと認めるのが相当である。
イ そして、前提事実(1)のとおり、被告が行っている事業は、予防医学支援、労働者派遣事業法に基づく労働者派遣事業等であって、原告が行っている国内外でのデジタルアート作品の展示等とは全く異なっているところ、被告が、現にアート作品の展示等の原告と競業関係にある事業を行っているとか、今後そのような事業を行う予定があると認めるに足りる証拠はない。
また、被告が、被告表示等を変更するなどして、原告表示等の外観に更に類似させた表示を使用しているとか、今後そのような表示を使用する予定であると認めるに足りる証拠もない。
ウ 前記ア及びイの検討結果を総合考慮すると、被告が被告表示等を使用するに当たり、被告の営業の需要者に原告の営業と誤認させたり、原告表示等にただ乗りして同業他社より優位な立場に立つなどして不正の利益を得る目的、原告の顧客を誘引したり、原告の信用を毀損するなどして原告に損害を加えたりする目的、その他の不正の目的はなかったものであり、その状態が現在も継続していると認めるのが相当である。
⑶ 原告の主張について
原告は、被告が被告アカウントから原告アカウントをフォローしていたことや、被告ウェブサイトのタイトルや事務所の表札において会社の名称として「・」のない「チームラボ」との表示を使用していることを指摘して、被告には、原告の信用を利用して不当な利益を得る目的があるといえると主張する。
確かに、前記(2)ア(イ)のとおり、被告は、当該フォローをした以降、原告表示等を認識していると認められるものの、被告が原告表示等を認識しているからといって、当然に不当な目的があるということはできない。むしろ、被告が原告アカウントをフォローすると、被告の存在ひいては被告が被告表示等を使用していることが原告に明らかとなり、原告から法的措置をとられる可能性が高くなることからすると、当該フォローは、不当な目的を有する者による行為として合理性があるものとはいい難い。
また、被告が、被告ウェブサイトのタイトルや事務所の表札において「・」のない「チームラボ」との表示を使用していることについて、被告は、外注業者にロゴの製作を依頼した際、当該業者が「・」を入れ忘れて作成したデータを被告に納品し、被告が当該データをよく確認しないまま、ウェブサイト作成業者や表札作成業者にそのまま送付したことが原因であると主張し、D及びEもこれに沿う証言をしているところ(証人D、証人E)、本件全証拠によっても、これらの証言の信用性に疑問を差し挟むような事情は認められない。むしろ、被告が、事務所の表札よりもはるかに多くの者の目に触れる可能性のあるウェブサイトの冒頭に表示されるロゴにおいて、「チーム・ラボ」との記載を含む被告表示1を使用していることからすると(甲1574の1)、被告ウェブサイトのタイトルや事務所の表札において「・」のない「チームラボ」との表示を使用しているからといって、直ちに被告が原告の信用を利用して不当な利益を得ようとしていたと認めることはできないというべきである。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
⑷ まとめ
以上によれば、被告は、原告表示等が著名になる前から被告表示等を不正の目的でなく使用していると認められるから、被告による被告表示等の使用行為については、不競法19条1項柱書及び同項5号(令和6年3月31日以前の行為については令和5年法律第51号による改正前の同項4号)により、不競法3条及び4条は適用されない。
(中略)
4 小括
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないというべきである。
(以下略)
【若干の解説】
1 総論
不正競争防止法2条1項2号は、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」を不正競争として定める。
同号の不正競争の趣旨は、著名な商品等表示について、それが有する顧客誘引力にただ乗り(フリーライド)されること、無関係の者に使用されることによって当該著名な商品等表示とその本来の使用者(「他人」)との結びつきが稀釈化(ダイリューション)されることを防ぐ点にある。このような趣旨から、同じく商品等表示の使用について定める同法同項1号とは、「他人の商品又は営業と混同を生じさせる」ことが要件となっていない点、周知性にとどまらず著名性が要件とされている点において差別化される。
本件は、被告による「チームラボ」等の表示の使用について、不正競争防止法2条1項2号の不正競争該当性が問題となった事案であり、特に原告の「チームラボ」等の表示の著名性が争われた事案である。結論として、裁判所は当該表示の著名性自体は肯定したものの、被告は当該表示が著名性を獲得する前から不正な目的なくこれを使用していたものとして、先使用による適用除外(不正競争防止法19条1項5号[1])を認めた。以下、本件の裁判所の判断について、若干の解説を加えることとする。
2 本件の判断
⑴ 原告表示等の著名性
ア 判示内容
本判決ははじめに、著名性の判断基準について以下のとおり述べる。
不競法2条1項2号による著名な商品等表示の保護は、従来、同項1号では困難とされていた、他人の商品等表示の不当利用や希釈化の防止を可能とする一方、同号による周知な商品等表示の保護と比較すると、広義の混同すら生じない無関係な分野にまで及ぶものである。この点にかんがみると、ある表示が著名な商品等表示に当たるというためには、当該表示に係る商品又は営業の需要者又は取引者において、日本国内の広い地理的範囲にわたり、当該表示がその出所を示すものとして広く認識されていることが必要であると解される。そして、商品等表示がこのような意味での著名性を獲得するためには、取引や広告宣伝等を通じて当該表示に接することにより、当該表示が出所を示すものであるとの認識が幅広い需要者又は取引者に定着していく必要があると解される。 |
ここでは、ある商品等表示が著名性を獲得するためには、日本国内の広い地理的範囲において、幅広い需要者又は取引者に、当該商品等表示が出所を示すものとの認識が定着していることが必要と述べられ、その考慮要素として、日本国内における、当該商品等表示に係る商品の販売量又は営業の総量、使用期間の長さ、需要者・取引者が当該商品等表示に(商品そのものやテレビ番組等により)接した際にそれが出所を表示するものとの認識の定着に寄与する程度が挙げられている。
以上を前提に、裁判所は原告表示等の著名性につき、平成29年以前と平成30年ないし令和元年にかけての二つに分けて判断した。
まず平成29年以前につき、原告の行った展示会のうち一定以上の来場者数を記録したものは、その開催地が限定されており、来場者の住所地も地理的に大きく偏っていたと考えられ、また美術、芸術の分野に関心がない者は原告の作品の展示にも原告表示等にも注意を払わなかった可能性があったことが摘示される。これは上記の判断基準のうち、地理的範囲及び需要者・取引者の幅広さのいずれの観点からも、著名性を肯定する程度には達していないことを暗に示すものと考えられる。
続いて平成30年ないし令和元年にかけてについては、原告の展示会への来場者数等の事情から、美術や芸術といった特定の分野に関心を有しない者も原告の作品に関心を有するようになったと述べられており、需要者・取引者の幅広さについてはこれを肯定する程度に達していたという判断が推察される。しかし一方で、地理的範囲については、依然として東京やその近郊、政令指定都市といった大都会や、県庁所在地などの中規模都市に居住する者が中心と考えられることや、同時点での総来場者数を考慮し、「需要者である一般消費者において、原告表示等が商品等表示として日本国内の広い地理的範囲にわたって広く認識されるといえるには、マスメディア等を通じた知名度の獲得によって補われる必要があると考えられる」と述べられた。
以上の判示に従い、裁判所は以降、マスメディア等における原告の紹介等の状況に言及する。そこでは、原告代表者や原告の作品が、平成30年以降ニュース番組、情報番組、音楽番組等において紹介されていることが指摘されたものの、このうちニュース番組については紹介時間が相対的に短いと考えられること、情報番組については視聴者層が限定され、また一度の放送だけでは原告表示等についての認識を定着させられるとは認めがたく、かつ衛星放送で放送されたものが複数あり、全ての番組が幅広い層に視聴されたとは認めがたいこと、さらに以上のいずれの番組についても、その視聴者の中には原告等が番組で紹介されていることを意識しないまま当該番組を視聴する者も多数いると考えられ、当該番組の中で原告表示等を目にすることが原告の営業に係る出所を示すものであるとの認識の定着に寄与する程度は、原告の作品展示施設に来場する需要者が原告表示等を目にする場合に比べ相対的に小さいと考えられることが摘示された。
以上を踏まえ、裁判所は「原告表示等が需要者において商品等表示として日本国内の広い地理的範囲にわたって広く認識されるに至るには、相当の時間を要したものといえる」と述べ、その他種々の事情を考慮し、原告等表示が「著名になった時期は、早くともチームラボボーダレス及びチームラボプラネッツが開館して約3年が経過した令和3年7月頃であったと認めるのが相当である」と結論付けた。
イ 若干の解説
本判決において裁判所は、原告表示等が出所を示すものとの認識が、広い地理的範囲において、幅広い需要者・取引者に定着しているかについて時期を分けて検討し、これを踏まえて原告表示が著名性を獲得した時期を具体的に認定した。これは、後述する先使用による適用除外(不正競争防止法19条1項5号)との関係で、被告による被告表示等の使用が開始されたのが、原告表示等が著名性を獲得する前か後かを判断する必要があったことによるものと考えられる。
また、地理的範囲に関して、マスメディア等を通じた知名度によって補われ得ることを明言したことも興味深い。これは、原告のように展示会の実施等をその主な事業内容とする主体としては、より多くの者に来場してもらうため、当該展示会を一定程度人口が密集している等地域で行うという需要があることから、このような営業を行う主体の商品等表示について、厳密な意味で全国各地において展示会を実施していない場合でも地理的範囲に関する条件が充足される余地を残す趣旨の判示と思料される。
さらに、直接の関係は明らかではないものの、結論として「原告表示等が需要者において商品等表示として日本国内の広い地理的範囲にわたって広く認識されるに至るには、相当の時間を要したものといえる」と述べた点は、東京地判平成20年12月26日判時2032号11頁における「ある商品の表示が取引者又は需要者の間に浸透し、混同の要件(不正競争防止法2条1項1号)を充足することなくして法的保護を受け得る、著名の程度に到達するためには、特段の事情が存する場合を除き、一定の程度の時間の経過を要すると解すべきである」という判示と親和的なように思われる。すなわち、同判決における判示を踏まえつつ、本件では、一定の程度の時間の経過を要さずして著名性を肯定し得るような特段の事情がなかったことから、いわば原則どおり「相当の期間」の経過が必要とされた、と整理する余地もあると思料する。
⑵ 被告表示等の使用に係る不正の目的
裁判所は、上記のとおり裁判所は原告表示等が著名性を獲得したのは令和3年7月頃と結論付け、そして被告が被告表示等の使用を始めたのはもっとも遅いもの(被告表示4)でも令和2年4月であったことから、被告は原告表示等が「著名になる前から」被告表示等を使用していたものと認めた。その後裁判所の判事は、被告による被告表示等の使用について「不正の目的」(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的。不正競争防止法19条1項2号)がないかの検討に移る。
結論として裁判所は、令和2年4月時点において被告は原告表示等を認識していなかったこと等を認定し、被告に不正の目的はないと判示している。
まず、被告は令和2年4月時点で原告表示等を認識していなかったという点については、これに沿う被告代表者の子であり被告商号を決定したD及び被告従業員Eの証言があったことから、その信用性が取り沙汰された。裁判所は当該証言の信用性について、①同時点で原告表示等は著名でないうえ、原告の作品の展示は、会場が美術館であったり、展示名に「芸術」、「アート」等の文言が含まれていたりする展示が多く、美術、芸術の分野や遊園地に関心を有しない者は、原告の作品の展示にも原告表示等にも注意を払わなかった可能性があり、D及びEも同様であった可能性があること、②原告表示等(及び被告表示等)に係る「チーム」・「ラボ」という単語は、いずれも良く知られた英単語であり、その意義に鑑みて、予防医学支援、労働者派遣事業等を目的とする会社である被告の商号として利用されることは自然であることを摘示し、当該証言の信用性を肯定し、もって被告が令和2年4月時点で原告表示等を認識していなかったことを認めた。
続いて、裁判所は被告の行う事業が予防医学支援、労働者派遣事業であって原告の事業と全く異なっており、現に被告が原告と競業関係にある事業を行い又は今後行う予定があると認めるに足りる証拠はないこと、また被告が原告表示等の外観に更に類似させた表示を使用し又は今後使用する予定であると認めるに足りる証拠もないことを指摘し、上記のとおり被告が原告表示等を認識していなかったこと等と総合考慮のうえ、被告が被告表示等を使用するに当たり不正の目的はなく、その状態が現在も継続していると認めるのが相当とした。
3 その他
以上、商品等表示について著名になった時期が認定され、かつ不正競争防止法19条1項5号による適用除外が認められた事例に係る判決について述べた。
本件でも言及されているように、不正競争防止法19条1項5号の先使用による適用除外に関しては、商品等表示が著名性を獲得した時期がいつかが極めて重要になる(なお、この点は同条同項4号の適用除外に関し、周知性の獲得時期についても同様のことがいえる。)。もっとも、本件では著名性の獲得に関して、基準となる時点からの「相当な期間」の経過という要素が持ち出されているが、この「相当な期間」の算定方法については詳しい内容が述べられていない。すなわち、著名性の獲得時期の事前予測には一定の不明確な要素が残っているものということができ、このことから事業者としては、今後不正競争防止法2条1項2号に基づく請求を行う際、より慎重な検討が求められるものと考える。
[1] 同法は改正法が令和6年4月1日から施行されており、当該改正法の施行前は、同じ内容が同法19条1項4号に規定されていた。
以上
弁護士 稲垣紀穂