【令和6年2月5日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10050号)】

 

【キーワード】

商標法、商標権、商標法4条1項7号、商標法4条1項10号、公序良俗違反、審決取消訴訟

 

【事案の概要】

 被告は、遅くとも平成24年には、美容外科・美容皮膚科専門の有料職業紹介事業(以下「本件サービス」という。)の提供を開始し、引用商標(以下に摘示する。)を本件サービスについて継続して使用していた者である。被告は、引用商標を示しつつ、原告の有する以下の商標(以下「本件商標」という。)は商標法4条1項10号及び同項7号に該当するものであるから同法46条1項によりその登録(以下「本件商標登録」という。)を無効とすべきであると主張して、無効審判請求をした。特許庁は同無効審判請求を審理した上、令和5年3月30日、本件商標登録を無効とする旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。本件は、本件審決を受けて原告が提起した、本件審決の取消訴訟である。

本件商標

⑴ 商標
美容医局(標準文字)
⑵ 指定役務
第35類「職業のあっせん、求人情報の提供、人材派遣による職業のあっせん、人材派遣による求人情報の提供」等その他多数

引用商標

 

【争点】

⑴ 本件商標が商標法4条1項10号に該当するか否か
⑵ 本件商標が商標法4条1項7号に該当するか否か

 

【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)

第1~第4 省略
第5 当裁判所の判断
1 商標法4条1項10号該当性について
(1) 被告は「美容医局」との商標(別紙被告商標目録記載のものを含む引用商標)を美容外科・美容皮膚科専門の医師向けの有料職業紹介事業である本件サービスに使用しており、本件サービスに係る役務のうち、少なくとも「求人情報の提供、職業のあっせん」が、本件商標の指定役務中「職業のあっせん、求人情報の提供、人材派遣による職業のあっせん、人材派遣による求人情報の提供」と同一であるか又は類似することについては当事者間に争いがない。
(2) 後掲各証拠によると、本件サービスについて次の事実が認められる。
ア 被告は、平成24年8月29日、「biyou-ikyoku.com」のドメイン名を取得し、その頃、「美容医局」の商標(引用商標)が表示された美容クリニック専門の医師転職サイトを開設して、本件サービスの事業を開始し、以後、現在に至るまで本件サービスの事業を継続している。(甲5、乙8、11)
イ 令和元年度における医師向けの有料職業紹介事業の総売上高が約212億円(乙19の1中の「職業紹介事業 運営状況(令和元年度)」の16頁)であり、医師総数に対する美容外科医及び皮膚科医の数の割合が約4.7%(=(平成30年12月31日現在の皮膚科医数1万4244人+同日現在の美容外科数1176人の合計1万5420人)÷同日現在の医師総数32万7210人。乙20の1の4頁及び11頁。以下、各年の美容外科医及び皮膚科医向けの有料職業紹介事業の売上高を推計する際の医師数は、同日現在の数字を用いる。)であることからすると、美容外科医及び皮膚科医向けの有料職業紹介事業の売上高は10億円程度と推計される。(乙19の1、乙20の1)
 そして、令和元年の本件サービスの売上高は●●●●●●万円(乙23の1)であるから、美容外科医及び皮膚科医向けの有料職業紹介事業における本件サービスのシェアは●割近いものであると推認される。(乙23の1)
ウ 同様に令和2年度の医師向けの有料職業紹介事業の総売上高が約227億円(乙19の6中の「職業紹介事業 運営状況(令和2年度)」の16頁)であることから、前記美容外科医及び皮膚科医の数の割合を乗ずると、美容外科医及び皮膚科医向けの有料職業紹介事業の売上高は10億6700万円程度と推計されるところ、令和2年の本件サービスの売上高は●●●●●●万円(乙23の1)であるから、そのシェアは●割近いものと推認される。(乙19の6、乙23の1)
エ 平成27年度から平成30年度までの各年の医師向けの有料職業紹介事業の総売上高は、約154億円、約174億円、約166億円、約197億円であるのに対し、平成27年から平成30年までの各年の本件サービスの売上高は●●●●万円、●●●●万円、●●●●●●万円、●●●●●●万円であるから、本件サービスは、医師向けの有料職業紹介事業全体の総売上高の増加率よりも大きな増加率をもって、売上げが上昇した。(乙19、23)
オ 平成25年から令和2年までの各年において、本件サービスに新規登録した医師の数は、●●人、●●●人、●●●人、●●●人、●●●人、●●●人、●●●人、●●●●人であった(令和2年における累計●●●●人)。なお、平成30年20 12月31日現在の美容外科又は皮膚科の診療科に従事する医師の数は前記のとおり合計1万5420人である。(乙20の1、乙25)
カ 被告は、本件サービスの一環として、平成24年9月に、第1回の医師転職支援セミナーを実施した後、たびたび転職セミナーを開催し、令和2年度には「転科不安解消セミナー」「研修医向けノウハウセミナー」など合計30回のセミナーを実施し、令和3年度には「初期研修医のための就活ガイダンス」など合計32回のセミナーを実施した。被告は、「美容医局」に登録した美容医療関係者のためのスキルアップセミナー、オペ見学・解説セミナーの提供といった役務も行っている。(甲5の2、甲15、甲18、甲51、甲62の1、2、18及び19)
キ 被告は、Yahoo!ディスプレイアドネットワーク、Facebook、Twitter といったインターネットにおいて、引用商標を用いた本件サービスの広告を出稿しており、令和2年5月から7月までの間に、●●●万回を超える表示がされ、●万を超えるクリックがされた。(甲51)
ク 令和3年8月2日付けのインターネット上の「【転職のプロが教える】美容外科おすすめ医師転職エージェントランキング」と題する記事において、本件サービスが、美容外科・美容皮膚科転職エージェントおすすめ求人数ランキングで、全12エージェント中1位として掲載されている。同記事によれば、「美容医局」の求人数3692件は、全12エージェントの合計求人数1万1682件の約31.6%を占めている。(甲13)。
(3) 前記(2)を総合すると、本件サービスは、遅くとも令和2年頃までには、美容外科及び美容皮膚科に転職しようとする医師並びに医師を求める美容外科及び美容皮膚科の医療施設にとって多く利用されているサービスとなっていたということができ、本件サービスを表すものとして使用されている引用商標は、本件商標の出願時である令和2年7月31日及び登録査定時である令和3年6月2日において、本件サービスを表すものとして、その需要者である美容外科医、美容皮膚科医及びその医療施設関係者の間で広く認識されていたと認めるのが相当である。
 原告は、医師全体の有料職業紹介事業に対するシェアからすると、本件サービスに周知性があるとはいえないと主張するが、そもそも本件サービスの対象とする美容外科又は美容皮膚科の医師の数の医師全体数に占める割合が前記のとおり約4.7%にすぎないことからすると、本件サービスの医師全体の有料職業紹介事業に対するシェアが少ないことをもって、本件商標[1]の知名度が低いということはできない。
そして、「美容医局」との商標が本件商標の指定役務である「職業のあっせん、求人情報の提供、人材派遣による職業のあっせん、人材派遣による求人情報の提供」において用いられる場合には、美容外科又は美容皮膚科に関係する医療関係者以外を対象とするものとは考え難いのであるから、美容外科又は美容皮膚科に転職する可能性のない医師までを需要者とみるのは相当ではなく、上記原告の主張は採用することができない。
(4) そうすると、本件審決の引用商標の周知性に係る判断に誤りはないから、原告の主張する取消事由のうち、商標法4条1項10号該当性に係る判断の誤りをいう部分には理由がない。

2 商標法4条1項7号該当性について
(1) 本件商標の登録等に関する経緯について、後掲各証拠によると、次の事実が認められる。
ア 被告(令和3年4月1日より前の商号は「株式会社エスエス・ファシリティーズ」。甲4)は、平成24年8月29日、「biyou-ikyoku.com」のドメイン名を取得し、同年9月までには、インターネット上で、本件サービスの名称として引用商標の使用を開始した。(甲5の1・2)
イ 原告は、平成27年頃、美彩会に勤務しており、被告との間の本件サービスの契約(甲17によれば、同年9月30日付けで美彩会と被告との間で医師等の紹介に関する基本契約が締結されている。同契約によれば、紹介手数料は雇用契約の想定年収の20%である。)に係る事務を担当し、本件サービスの利用等に関し、被告の担当者と面会したり、メール等で頻繁に情報のやりとりをしたりしていた。(甲17、19、21、22、乙1、2)
ウ  当時、美彩会は診療所の院長となる医師を探しており、被告が紹介した医師の紹介手数料の支払を巡って、被告と美彩会とは紛争になった。被告は、平成29年、美彩会を相手方として、訴訟を提起したが(東京地方裁判所平成29年(ワ)第5873号)、同訴訟は、平成30年8月21日、訴訟上の和解により終了した。
原告は、同訴訟において、美彩会の担当者として陳述書を提出した。(甲21、24)
エ 原告は、令和元年10月24日、被告の提供する会員サービスである「自費研メンバーズ」に登録し、同会員向けのメールマガジンの配信を受けるようになった。メールマガジンの内容は、自由診療クリニックの経営方法や開業方法に関するもののほか、例えば、「美容医局MeetUp!」「美容医療を目指す仲間と出会える!つながれる!」という標題のもと、美容医療の分野における転職希望者や美容医療に興味のある医師らを対象と5 した情報交換のための会合への参加広告など、本件サービスの提供するセミナーや会合等について、引用商標を記載した広告が含まれていることがあった。(甲62、乙4、5、9)
オ エムアールエムは、令和2年2月1日、厚生労働大臣に対し、有料職業紹介事業を行うための許可申請をした。エムアールエムは平成29年10月6日に設立されたヘアメイク事業等を目的とする合同会社であるが、令和元年9月3日に「職業紹介事業」も目的とする旨の登記がされた。職業安定法32条の16第3項及び職業安定法施行規則24条の8第3項(いずれも平成30年1月1日施行)によれば、有料職業紹介事業者は、インターネットを利用して、当該有料職業紹介事業者の紹介により就職した者の数や離職した者の数等に関し、情報の提供を行うべきこととされているが、エムアールエムが、令和2年度から令和4年度までの間、これらの情報の提供をした形跡はない(甲30、乙15)。
 なお、エムアールエムの代表者は原告の交際相手であり、原告は、エムアールエムの社員ではないが、被告に対し、自らがオーナーである旨の説明をし、被告との交渉窓口になっていた。(甲26、30、33、乙10、15)
カ 原告は、令和2年7月31日、本件商標の登録出願をした。なお、原告は、平成26年6月から令和4年1月までの間に24件の商標登録出願をしており、令和2年4月から同年8月までの間には、本件商標のほか、「美容ステーション」「検診ステーション」「ラグラン銀座医院」「ファイヤースカルプト」「ファイヤーハイフ」「ファイヤーサーマクール」「MAX∞Beauty∞Medical Innovation」「ラグラン銀座メディカルエステ」といった合計9件の商標登録出願をした。このうち「美容ステーション」は、平成31年4月時点において、株式会社CRAMの提供する美容クリニック人材紹介業務等のサービス名として使用されていた。(甲55~57、乙16、18)
キ 被告は、令和3年2月16日、35類(求人情報の提供、職業のあっせん等)、41類(セミナーの企画・運営又は開催及びこれらに関する情報の提供等)及び44類(医療情報の提供等)を指定5 役務として「美容医局」を商標登録出願した。(甲32の1)
ク 被告は、令和3年4月10日、原告に対し、本件商標の譲渡を求める「ご連絡」と題する文書を送付した。原告は、同月13日、被告の代理人弁護士に電話連絡し、商標を趣味で取っていること、交際相手が行っている人材紹介業において本件商標を使用する予定であること、本件商標を被告に譲渡する意思はないが、使用許諾であれば考え得るので、弁護士を通じて条件を提示することを伝えた。(甲25、26)
ケ 原告は、令和3年4月30日、「biyoikyoku.com」のドメイン名を取得した。(甲27)
コ 被告は、令和3年5月25日、biyoikyoku.com のドメイン名により「美容医局」の名称を用いたウェブサイトを運営していたエムアールエムに対し、「美容医局」の名称の使用の中止を求める通知書を送付した。原告は、同日、被告の代理人弁護士に電話連絡し、「美容医局」という名称を約20年前から個人で行っていた無料の職業紹介の名称として使用していたなどと説明し、勝ち負けがどうなるか気になるので裁判をしてみたい、金がないから損害賠償請求をされても怖くないなどと伝えた。(甲32、33、乙11)
サ 本件商標は、令和3年6月2日に登録査定を受け、同月11日、登録された。
シ 令和3年8月の時点のエムアールエムの前記ウェブサイトには、「専門技術提供 医療関係専門 人材紹介 【公式】美容医局」の標題の下、「美容医療に特化した医師紹介コミュニティ美容医局【公式】」等の表示がされている(乙11)。被告は、同年5月、本件サービスのウェブサイトにおいて、エムアールエムが「美容医局」の名で行っている人材紹介サービスと本件サービスとは一切関係がない旨の注意喚起をしているが(甲31)、令和5年8月時点においても、「美容医局」をGoogleで検索すると、検索結果には被告の本件サービスが表示される一方、同じページの右側にはエムアールエムの「美容医療人材紹介・育成 美容医局」との広告表示もされており、需要者に5 おいて両者が異なる主体によるサービスであることを一見して識別することは困難である(乙13)。
ス 原告は、本訴係属中の令和5年10月3日、被告に対し、本件商標のライセンス料として売上の7%、譲渡代金として3億円とする和解条件を提示した。(乙29)
(2) 以上を前提に検討する。商標法4条1項7号は、商標登録を受けることができない商標の類型の一つとして、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」を掲げているが、これは、当該商標の構成自体が公序良俗に反する場合のほか、商標登録の出願の経緯に鑑み、当該商標の登録を認めることが著しく社会的妥当性を欠くような場合も含まれるものと解される。
(3) これを本件についてみると、本件商標は、その構成自体が公序良俗に反するものではない。
 そして、原告は、被告が本件サービスの名称として引用商標を使用していることを知らず、「美容医局」という名称を自ら考えたと主張する。しかし、本件商標の出願の経緯に係る前記(1)の各事実に照らすと、被告は、遅くとも平成24年9月頃には、本件サービスの名称として引用商標の使用を開始していたこと、原告は、平成27年9月当時、被告と美彩会との間の本件サービスに関する事務の美彩会側の担当者であり、被告と美彩会との間の紹介手数料の支払を巡る紛争が和解で終了する平成30年8月までの約3年間、当該事務及び紛争に関与していたこと、原告は、令和元年10月24日、被告の提供する会員サービスである「自費研メンバーズ」に登録し、同会員向けのメールマガジンの配信を受けており、原告は自由医療や美容医療の分野について一定の関心を持っていたと考えられること、当該メールマガジンの中には、本件サービスの提供するセミナーや会合等の広告において引用商標が記載されているものがあったことなどが認められるのであって、これらの事実に照らすと、原告において、本件商標の出願前に、被告が本件サービスに引用商標を使用していることを知らなかったとは到底考えられない。
 仮にこの点を措くとしても、エムアールエム(前記(1)オによれば、原告が支配している会社であることが推認され、これを覆すに足りる証拠はない。)が、令和2年2月に有料職業紹介事業を行うための許可申請をし、原告が、同年7月31日、本件商標の登録出願をしているところ、原告の主張を前提とすると、原告は、遅くとも、「美容ステーション」の商標登録出願をした同年4月1日(甲57)までには、エムアールエムをして有料職業紹介事業を行わせる意図を有していたということになる。しかるところ、新たに美容外科・美容皮膚外科専門の医師を対象とする有料職業紹介事業を始めるのであれば、通常、その分野における業界や市場の調査をするはずであって、前記1のとおり、同年頃には、引用商標は、本件サービスを表示するものとして周知なものとなっていたと認められるのであるから、原告においても、出願前に当然に被告が引用商標を使用して本件サービスを行っていることを知っていたはずである(なお、原告が本件商標の出願前から、医師向けの美容外科・美容皮膚外科専門の職業紹介事業に関与していた事実を認めるに足りる証拠はないが、仮に関与していたのであれば、原告において同じ分野で職業紹介事業を行っていた被告が本件サービスにおいて使用していた引用商標を知らなかったはずはないから、いずれにせよ、原告が出願前に被告が引用商標を使用していた事実を知らなかったというのは不自然である。)。
 そうすると、原告は、本件サービスが周知であることや、被告が本件サービスに引用商標を使用しており、引用商標が本件サービスを表すものとして周知であることを知りながら、それが未登録であったことを奇貨として、本件商標の登録出願をしたことが明らかである。
(4) 加えて、エムアールエムの行っている有料職業紹介事業の実態は証拠上明らかではなく、エムアールエムが、令和2年度から令和4年度にかけて職業安定法32条の16第3項に定める情報の提供を行った形跡がないにもかかわらず(甲30、乙15)、本件サービスと混同を生じさせるようなインターネットの広告を掲載し続けていたこと(乙11、13)や、原告において、被告からの抗議に対し条件次第で使用許5 諾を認めるかのような態度を示していること、本訴においても、引用商標を知らなかった旨の事実とは異なる主張をし、極めて高額の対価をもって譲渡する旨の提案をしていることも考慮すると、原告が本件商標の登録出願をした動機は、自らの支配する会社に本件商標を用いて本件サービスと同種のサービスを提供する旨の表示をさせ、需要者を混乱させるとともに、被告からの抗議を待って自己に有利な取引の妥結を図ろうとする点にあったと認めるのが自然である。これに反する原告の主張はいずれも採用することができない。
 そうすると、原告は、真摯に本件商標を使用した事業を行うためではなく、被告に対する妨害又は自ら不当な利益を得る目的で本件商標の登録出願をしたものと認めるほかはない。
(5) したがって、本件商標登録は、その出願経過に照らし、著しく社会的妥当性を欠くものである。前記のとおり、本件サービスと同種の役務についての本件商標登録が商標法4条1項10号により無効であるとしても、そのことは、本件商標が同項7号に該当する場合に、同法46条1項1号の規定を適用して、本件商標登録が全体として無効であると解することは妨げられないというべきである。
(6) 以上によると本件商標が商標法4条1項7号に該当するとした審決の判断に誤りはないから、原告の主張する取消事由のうち、同号該当性に係る判断の誤りをいう部分も理由がない。
(以下省略)

 

【若干の解説等】

1 総論
 商標法46条1項1号は、商標登録が同法4条1項に違反してなされたことを商標登録の無効事由として規定する。4条1項10号及び同項7号の規定は以下のとおりである。

商標法4条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
七 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
(略)
十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用するもの
(以下略)

 本件は、本件商標が同項10号及び7号に該当し、これに係る登録が無効であると判断した本件審決の取消しを求めるものであり、本件商標の同項10号及び7号該当性について、改めて判断が示されている。以下、本件の判断について若干の解説を加える。

2 本件の判断
⑴ 商標法4条1項10号該当性
 本判決において裁判所は、以下のア~クの事情(判決中の第5・⑵のア~クにそれぞれ対応する。)を考慮し、引用商標が使用された本件サービスが、遅くとも令和2年頃までには美容外科及び美容皮膚科に転職しようとする意思並びに意思を求める美容外科及び美容皮膚科の医療施設にとって多く利用されているサービスとなっていたと認め、引用商標も、本件商標の出願時である令和2年7月31日及び登録査定時である令和3年6月2日において、本件サービスを表すものとしてその需要者である美容外科医、美容皮膚科医及びその医療施設関係者の間で広く認識されていたと認めるのが相当であるとした。

ア 被告が、平成24年8月29日頃には「biyou-ikyoku.com」のドメイン名を取得し、引用商標が表示された美容クリニック専門の医師転職サイトを開設して、本件サービスの事業を開始しており、以後現在にいたるまでこれを継続していること
イ 令和元年度の美容外科医及び皮膚科向けの有料職業紹介事業における本件サービスの売上シェア(具体的には非公開)
ウ 令和2年度の美容外科医及び皮膚科向けの有料職業紹介事業における本件サービスの売上シェア(具体的には非公開)
エ 平成27年度から平成30年度までに係る本件サービスの売上高、及びその増加率が医師向けの有料職業紹介事業全体の総売上高の増加率よりも大きいこと
オ 平成25年から令和2年までの各年の本件サービスに新規登録した医師の数等
カ 平成24年9月以降の、被告が本件サービスの一環として行ったセミナーに係る実績
キ 本件サービスの広告の出稿、及び当該広告に係る令和2年5月から7月までの間の表示とクリックの実績
ク 令和3年8月2日付けのインターネット上の記事による本件サービスの評価(特に「美容医局」の求人数について)

 なお、原告からは、医師全体の有料職業紹介事業に対するシェアからすると本件サービスに周知性があるとはいえないという旨も主張されていたが、当該主張は裁判所により否定された。裁判所はその理由として、⑴本件サービスの対象は美容外科又は美容皮膚科の医師であり、その医師全体数に占める割合は約4.7%に過ぎないことから、本件サービスの医師全体の有料職業紹介事業に対するシェアの程度をもって引用商標の知名度が低いということはできないこと、⑵また「美容医局」との商標が本件商標の指定役務である「職業のあっせん、求人情報の提供、人材派遣による職業のあっせん、人材派遣による求人情報の提供」において用いられる場合には、美容外科又は美容皮膚科に関係する医療関係者以外を対象とするものとは考え難いのであるから、美容外科又は美容皮膚科に転職する可能性のない医師までを需要者とみるのは相当ではないことを挙げている。

⑵ 商標法4条1項7号該当性
 裁判所はまず、4条1項7号について以下のとおり判示し、同号の商標には、商標の構成自体が公序良俗に反する場合だけでなく、その出願経過に鑑み、登録を認めることが著しく社会的妥当性を欠く場合も含まれることを確認している。

  •  …商標法4条1項7号は、商標登録を受けることができない商標の類型の一つとして、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」を掲げているが、これは、当該商標の構成自体が公序良俗に反する場合のほか、商標登録の出願の経緯に鑑み、当該商標の登録を認めることが著しく社会的妥当性を欠くような場合も含まれるものと解される。

そして、本件については、

  • 原告は、本件サービスが周知であることや、被告が本件サービスに引用商標を使用しており、引用商標が本件サービスを表すものとして周知であることを知りながら、それが未登録であったことを奇価として、本件商標の登録出願をしたことが明らかである
  • 原告は、真摯に本件商標を使用した事業を行うためではなく、被告に対する妨害又は自ら不当な利益を得る目的で本件商標の登録出願をしたものと認めるほかはない[2]

と述べ、結論として本件商標登録がその出願経過に照らし、著しく社会的妥当性を欠くものであると認めた。

3 若干の補足
 なお、裁判所は本件において、以下のような判示もしている。

  •  前記のとおり、本件サービスと同種の役務についての本件商標登録が商標法4条1項10号により無効であるとしても、そのことは、本件商標が同項7号に該当する場合に、同法46条1項1号の規定を適用して、本件商標登録が全体として無効であると解することは妨げられないというべきである。

 上記の判示に関連して、最後に商標法4条1項10号と同項7項の相違について簡単に触れておきたい。
 まず、同項10号では、該当性判断の対象となる商標が使用される商品役務と、比較対象となる商標が使用される商品役務とが類似することも要件とされる。これは、同号により商標登録の無効を主張する場合には、商標登録の指定商品役務の中に、比較対象商標が使用される商品役務との類似性が認められないものがあると、その範囲においては商標登録が無効でないと判断される可能性があることを意味する。
 一方で、同項7号については上記のような個別の商品役務に関する類似性は(少なくとも明示的には)要件とされていない。したがって、商品役務の類似性の判断を経ず、商標登録全体について一律に無効とする判断がされることもあり得る。
 本件では、本件商標の指定商品役務が多数であったことから、個別に本件商標に係る指定商品役務と引用商標に係る商品役務との類似性が判断されるよりも、そのような判断を経ずに本件商標に係る登録全体が無効とされる方が、被告にとって利益が大きかったものと考えられる。したがって、被告により商標法4条1項10号と同項7号双方の主張が行われた背景には、(勿論考えられる主張は網羅的に行うべきという価値判断もあったと思われるが、)上記の事情による影響もあったものと推察される。
 裁判所の上記判示は、以上の事情を背景に、本件商標が本件サービスと同種の役務について同項10号に該当し、本件商標登録(の一部)が無効である場合でも、同項7号にも該当する場合は、本件商標登録の全体を無効とすることも妨げられない、ということを確認的に述べたものであると考えられる。

 

[1] 文脈から「引用商標」の誤記と思われる。

[2] このような判断の前段で、裁判所は「原告が本件商標の登録出願をした動機は、自らの支配する会社に本件商標を用いて本件サービスと同種のサービスを提供する旨の表示をさせ、需要者を混乱させるとともに、被告からの講義を待って自己に有利な取引の妥結を図ろうとする点にあったものと認めるのが自然である。」と述べている。またその根拠としては、以下の事実等が考慮された。

  • 原告が支配する会社(エムアールエム)は、その行っている有料職業紹介事業の実態が明らかでないにもかかわらず、本件サービスと混同を生じさせるようなインターネットの広告を掲載し続けていたこと
  • 原告において、被告からの講義に対し条件次第江使用許諾を認めるかのような態度を示していること
  • 本訴においても引用商標を知らなかった旨の事実とは異なる主張をし、極めて高額の対価をもって譲渡する旨の提案をしていること

以上
弁護士 稲垣紀穂