【令和6年3月6日判決(知財高裁 令和5年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件)】

 

【要約】

特許法126条1項の規定は、同項柱書本文に続くただし書が「ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。」として同項1号~4号が掲げられていることから、同項の訂正が同項1号~4号を目的とするものに限られることは明らかである。

 

【キーワード】

無効理由、訂正審判、訂正要件

 

1 事案

原告(特許権者)は、原出願をし、その後、明細書等の補正を経て、原出願の一部を分割して新たな特許出願とし、本件特許の設定登録を受けた。なお、原告(特許権者)は2名いるが、併せて「原告」という。

原告は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面を訂正することを求め、本件訂正審判を請求した(当初、原告2名のうち一方のみが訂正審判請求をしたが、その後原告両名を請求人とする補正がなされたので、本稿では、この点については捨象する。)。訂正事項(「本件訂正事項」)は58項目にわたり、そのうち54項目(「本件判断対象訂正事項」)は、明細書又は図面を訂正するものである。

特許庁は、本件判断対象訂正事項について、特許法126条1項各号のいずれにも該当しないことを理由として、本件審判の請求は成り立たないとの審決(本件審決)をした。

原告は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

 

2 判決

「…訂正審判は、特許登録後に、特許権者が願書に添付した明細書等を自ら訂正するために請求する審判であるところ(特許法126条1項)、特許権は登録によりその権利の範囲が確定するものである上、訂正には遡及効があることから(同法128条)、恣意的にその内容の変更を認めるべきではなく、他方、特許権の一部に無効事由、記載の誤り、記載の不明瞭等の瑕疵がある場合、その瑕疵を是正して無効理由や取消理由を除去することができなければ特許権者に酷であり、不明確、不明瞭で権利範囲があいまいな特許権を放置しておくことは第三者にとっても好ましくないことから、特許権者と社会一般の利益の調和点として訂正審判の規定が設けられたものである。

そして、特許法126条1項の規定は、同項柱書本文に続くただし書が「ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。」として同項1号~4号が掲げられていることから、同項の訂正が同項1号~4号を目的とするものに限られることは明らかである。これは、上記の訂正審判の趣旨から、訂正により第三者を害することがないよう、訂正が認められる範囲を厳格に制限したものと解される。」

 

「また、原告らは、本件特許出願には分割出願手続上の瑕疵があることから、これを治癒するための訂正は同項3号の明瞭でない記載の釈明に該当する旨主張する。

この主張は、①本件設定登録時明細書等の記載は、原出願当初明細書等の記載の範囲内であるものの、本件特許出願時までに補正されていた分割直前の明細書等に記載された事項の範囲内のものではなかった、②その結果、分割出願としての要件を満たしていないことになるが、拒絶理由通知による注意喚起もなされないまま特許査定されてしまい、本件特許は瑕疵を帯びるものとなった、③本件判断対象訂正事項の実質的な内容は、本件明細書等の記載を原出願当初明細書等に相当する記載内容からその後補正された分割直前の明細書等に相当する記載内容へと訂正することで、上記瑕疵を解消しようというものである、というものと解される。

しかし、特許法126条1項にいう「願書に添付した明細書」又は「図面」は、訂正審判請求時の特許明細書及び図面と解すべきであり、したがって、同項2号、3号に規定する訂正の目的の要件を満たすか否かについては、訂正審判請求時の明細書等と訂正後の明細書等とを対比して判断すべきであって、このことは同項の条文の文言からも、その趣旨(上記(2))からも明らかである。

そして、本件において上記①~③の事情が認められるとしても、分割直前の出願明細書等と本件設定登録時明細書等の関係における分割手続の瑕疵は、同法44条の適用における問題であり、それ自体は訂正の対象である本件設定登録時明細書等自体に明瞭でない記載(同法126条1項3号)があることを意味するものではないし、同項2号にいう誤記又は誤訳に当たるものでもない。

本件特許出願に係る分割手続の瑕疵が看過されたという事情が仮に認められるとしても、原告らの主張は、明細書等の訂正の名の下に分割出願のやり直しを求めるに等しいものといわざるを得ないところ、これを正当化する根拠を見いだすことはできない。」

 

3 検討

本件における訂正の対象は多岐にわたるが、少なくともその一部には、設定登録時の明細書等の記載によれば特許に瑕疵があり、原出願の当初明細書等の記載によれば瑕疵がないと原告が主張する訂正が含まれている。本判決では、そのような瑕疵の存否について事実認定がされていないが、本判決は、仮に瑕疵があったとしても、そのような事情は訂正の要件に該当しないという判断を示した。

補正に関する特許法17条の2第3項の「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面…」との規定とは異なり、特許法126条1項は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」の訂正をすることができると規定され、訂正審判請求時の明細書等を意味する。無効理由や取消理由を除去することができなければ特許権者に酷であるという観点と、不明確、不明瞭で権利範囲が曖昧な特許権を報知しておくことは第三者にとっても好ましくないという観点から、特許権者と社会一般の利益の調和点として訂正審判の規定が設けられたという本判決に述べられたところによると、無効理由や取消理由を解消するためであっても、第三者を害することを避けるため、126条1項各号に該当する場合にのみ訂正審判を認めるものと解することはごく自然であると思われる。本件において、原告があえて複雑な訂正審判請求をした事情は不明であるが、上記の論理に基づくと、分割出願の過程で誤りがあったために分割出願に基づき成立した特許が無効理由等の瑕疵を有するとしても、原出願に基づく訂正が認められる結論となることは難しいであろう。本判決では、誤記又は誤訳の訂正に当たらないと判断されたが、審判請求時の明細書等に基づき誤記又は誤訳を主張できるかどうかについては、検討の価値があり得る。

以上
弁護士 後藤直之