【令和6年7月10日(知財高裁 令和5年(ネ)第10108号) 発信者情報開示請求控訴事件】
【判旨】
原告が、電気通信事業者である被告に対し、氏名不詳の発信者(本件発信者)が、P 2 P 方式のファイル共有プロトコルであるビットトレント(BitTorrent )を利用して、原告が著作権を有する映像作品を複製して作成された動画ファイルを送信可能化したことにより、原告の著作権を侵害したことが明らかであるとして、発信者情報の開示を求めた事案。原判決は、本件発信者が行った通信はダウンロードの可否を確認するハンドシェイク通信に係るものであり、その通信自体は当該著作権侵害をもたらす通信ではないから、「権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)にあたらないとして原告の請求を棄却していたが、本判決は原判決を取り消し、原告の請求を認容した。
【キーワード】
著作権、複製権、送信可能化、P2P、プロバイダ責任制限法、権利侵害の明白性、権利の侵害に係る発信者情報
1 事案の概要及び争点
本件は、映像作品(本件映像作品)の著作権を有する控訴人(原告)が、電気通信事業者である被控訴人(被告)に対し、氏名不詳の発信者(本件発信者)において、P2P方式のファイル共有プロトコルであるビットトレントを利用し、本件映像作品を複製して作成された動画ファイルを送信可能化したことにより、本件映像作品に係る原告の送信可能化権を侵害したことが明らかであるとして、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めた事案である。
原審は、本件発信者の行為により原告の本件映像作品に係る著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことは明らかと認められるが、本件発信時刻における通信はダウンロードの可否を確認するハンドシェイク通信に係るものであるところ、ハンドシェイクの通信それ自体は当該著作権侵害をもたらす通信ではないから、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当たるとはいえないなどとして、原告の請求を棄却した。
これに対し、原告が、原判決を不服として控訴したのが本件である。
2 裁判所の判断
(1)権利侵害(複製権・送信可能化権侵害)の明白性
まず、裁判所は、ビットトレントの仕組み(本件仕組み)の下では、各参加者は当該仕組みを認識した上でこれを利用していると認められ、主観的にも客観的にも、他の参加者と共同してインターネット上でピースを流通(転送・交換)させることにより、当該特定のファイル全体について複製及び送信可能化を行っているものと評価することができるとして、権利侵害の明白性を肯定した。
※判決文より引用(下線部は筆者付与)
(3) そこで、まずビットトレントを利用して特定のファイルを共有する仕組みについて検討する。 (4) そして、前提事実(4)(原判決3頁13行目から4頁4行目まで)及び証拠(甲3~9)によれば、本件調査に用いられた本件検出システムは、本件映像作品を複製して作成された動画ファイル(ハッシュ値により特定される。)について、トレントファイルにより当該ファイルのピースを共有している他のピアに関する情報の提供を受けた後、当該他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、その結果、本件発信者に係る別紙2発信端末目録記載のIPアドレス及びポート番号の各ピアが、同目録記載の発信時刻(本件発信時刻)において、当該ファイルのピースのアップロードが可能であることを通知するUNCHOKEの通信を行った事実が認められる。 (5) したがって、本件発信者は、本件映像作品について、前記(4)のトレントファイルに記載された他のピアに係る参加者と共同して、複製及び送信可能化しているものと認められる。 |
(2) 「当該権利の侵害に係る発信者情報」にあたるか
そして、裁判所は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」への該当性について、本件発信者情報(ハンドシェイク通信)は侵害情報の通信そのものではないが、侵害情報の発信者の特定に資する情報として、なおプロバイダ責任制限法5条1項柱書の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当し、また当該通信を侵害情報そのものの通信に係る発信者情報と同視して、同項柱書の規定を適用することも許容されると判示した。
3 争点2(本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」〔プロバイダ責任制限法5条1項柱書〕に当たるか)について |
この点、被告は、本件発信時刻におけるUNCHOKEの通信では侵害情報を流通させていないこと等を理由として、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しないと反論したが、かかる主張は認められなかった。
(3) また、被告は、本件発信時刻におけるUNCHOKEの通信では、ピースをダウンロード又はアップロードしておらず、侵害情報を流通させていない、また、本件発信時刻においては、情報を記録する行為等(著作権法2条1項9号の5)は行われていないから、送信可能化が行われたとはいえず、送信可能化が継続したともいえないとして、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に該当しないと主張する。 |
3 検討
本件のように、権利の侵害が複数の主体や場所により分割して行われているケースでは、従来の法律の文言を厳格に当てはめると法令上の要件が満たされず、権利者が十分な救済が受けられない場合があった。しかし、近年は、法令上の文言を実態に沿う形で柔軟に解釈し、権利者の救済を行う裁判例が散見され、本判決もそのような権利者保護の流れに沿ったものといえる。著作権ではなく特許法の事案ではあるが、同じく権利侵害行為が分散して行われていた事案として、「コメント配信システム」事件(令和4年(ネ)第10046号)なども参考になると思われる。
以上
弁護士・弁理士 丸山真幸